18 氷獄の支配者≪ルーラー・オブ・ジ・アイス・プリズン≫
騎士養成学園の敷地の奥、古びた石造りの図書館。
生徒が足を運ぶことは少ない。
かくいう俺も初めてここに来た。
扉を開くと、中は静寂。
広々とした空間に、木製の書架が何段にも並んでいる。
棚には、剣術書、魔術理論、魔物の解剖書、王家の記録。
そして、伝承や逸話が並べられている。
受付には管理者がひとり。
俺の制服を見ると、視線をおろして読書に戻った。
朝の訓練は始まっている時間だが、お咎めはないらしい。
そっちの方が助かるからいいけど。
「さて。ちょっと調べてみるか」
ここに来た理由はヴィオラの魔法について調べるためだ。
あの魔力は、やはり普通ではないというのが俺の出した結論。
俺が発した氷魔法と彼女が魔法壁を貫通させた氷魔法は作りが違う。
肌で感じただけで判断しているから確かとは言えない。
しかし、なにかがおかしいと俺の本能が言っている。
それにあの時のヴィオラの態度や体調。あれは普通ではなかった。
まるで何かを抑え込む様にしているような。
恐らくあれは魔力の暴走を抑え込む仕草。
俺はそれに関して心当たりがある。ほかの誰よりも。
「種類はかなりありそうだけど。適当に読んでいくか」
そこまで真剣に読み込まなくてもいい。
あの時の現象に当てはまるものはそう多くないはずだ。
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外から昼を知らせる予冷が聞こえて来た。
「なにも手掛かりがないな」
成果は芳しくない。
どれも、ヴィオラが見せた氷魔法の症状とはほど遠い。
それらしい記述をしているものは一冊もなかった。
「かなり読んだけど」
流し読みとは言え氷魔法を説明している魔導書はほとんど読み終えた。
これは望み薄かも知れない。
「腹も減ったし。昼にするか」
今日1日さがして手掛かりがなかった諦めよう。
何日もかけて調べるようなことじゃない。
調べているのはただの好奇心だ。
あの時、肌を撫でた冷気に対して魔法ではないなにかを感じたから。
ヴィオラの様子、魔力を抑え込む仕草にあまりにも思い当たる節があったから。
出口へと向かっている途中、首を回してストレッチをしていると、1冊の本が目に入った。
棚は伝承、逸話、御伽噺。
探している本のジャンルとは違うが、目に入った理由は明確。
認識阻害の魔法がかけられている本がある。
それも感じたことのある魔力。
クラウスの犬、実戦訓練で戦った刺客が自分にかけていたモノに似ている。
「……1冊じゃないな」
近付いてみると複数の本に認識阻害の魔法がかけられていた。
「誰かが何かを隠そうとしているのか?なにを目的に」
複数にかけられているのは1冊だけではあまりにも露骨過ぎるせいか。
1冊だったら明らかに怪しいが、それが複数あれば多少は誤魔化せる。
認識阻害に気付かれればの話しだが。
今の俺からしたら探してくださいと言っている目印のようなもの。
仮にクラウスの犬がこれをかけているとしたら、弱味かなにかを掴めるかもしれない。
「飯は後にするか。いまはこっちが優先だ」
認識阻害がかけられた本の中身を確認せずに、タイトルだけを探していくと。
『王の起源 ―氷獄の支配者からの解放―』
探しているモノと関連しているタイトルを見つける。
手に取る。表紙は朽ちかけているが、埃は付いていない。
ページをめくる。
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『王の起源 ―氷獄の支配者からの解放―』
いにしえ、氷獄の支配者は大地を覆い、天と海をもその手に収めていた。
人々はその圧政に耐え、長き闇の時代を生き抜くしかなかった。
しかし、一人の民が立ち上がる。
その者は、神授の武具を携え、幾千の戦を越えて支配者と対峙した。
激闘の果て、支配者は倒れ、地の底深くに封じられた。
勝者は王として民に迎えられ、世界に暫しの平穏が訪れる。
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氷獄の支配者は二度と解放されないよう、城の地下に封印されたようだ。
よくある伝承。魔物や魔女を倒した男が英雄として王になる物語。
しかし後に氷獄の支配者は封印を解かれている。
どうやら少しのエピローグがあるようで。
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やがて時は流れ――
王の血を継ぐ者のひとりが封印を解き、支配者を呼び戻した。
だがその後、二人は争うこともなく。
静かなる辺境の地で、ともに日々を過ごしたという。
これは始まりの物語。
氷獄の支配者との奇妙なる縁の物語である。
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封印を解いたのは王の子、氷獄の支配者は色々あり、共に国を去ったあと田舎で仲睦まじく暮らしたようだ。
「伝承か」
氷獄の支配者。
大魔導士が巨大な氷河に魔力を注ぎ、変異して意志を持ったモノと記されている。
天候をも操る特異体質。それを何十年も維持していた圧倒的な魔力量。
大陸全土は長い間、極寒の冬が続いたため、付けられた呼び名が氷獄の支配者。
「氷を扱う魔女。王の血により封印された力。偶然か」
そもそもこれは伝承。事実に基づいているかはわからない創作品。
なのだが。
「認識阻害魔法か」
図書館の本は持ち出しを禁止されている。
破り捨てようとすると防衛魔法が働き、管理者にそれを知らせる。
阻害魔法をかけたのはせめて見つかりにくくするためか。
ここを管理するのはヒルデだ。
変なことをすればすぐに尋問される。
だからこうするしかなかった。
「なんて。ただの伝承か」
「なにを読んでいるんですか?」
足音も気配も感じなかった。
「午後の授業は始まっているが、こんなところにいていいのか?従事者の乙女」
振り返ると、そこには赤い瞳の少女、セレナ・ノクス。
「ヴィオラ様の指示です。変な奴の姿が朝から見えなかったので」
「愛され過ぎるのも困りものだな。せっかくなら本人に迎えに来て欲しかったところだが」
「万全ではないのです。お嬢様に心配をかけないでください」
「なら一緒にいてやったらどうだ?」
「あなたがいないから探さなくちゃいけなくなったんですよ」
不貞腐れるような表情を浮かべるセレナ。
「それは邪魔をしたな。安心しろ、もう戻る」
調べたいことはだいたい調べられた。
これ以上、ここで得られるものはないはずだ。
「それで、変な奴がこんなところでなにをしていたんですか?創作物なんて興味がなさそうな顔をしていますけど」
いやどんな顔だよ。地味に失礼なことを言うな。
地味すぎで怒るのも微妙なところだわ。
「言語の幅を広げようとしていただけだ。たまにはこうして知識を付けないと、同じような言葉ばかりで飽きるからな」
「そんな面倒なことをするなら普通に喋った方がいいと思いますよ?」
「俺は風情を大切にする。それに、こっちの方が格好いいだろう?従事者の乙女もたまには俺の言語に合わせたらどうだ?観測者が望む物語。綴ることを許されるのは選ばれた人間のみ。過去を記す書物に黒歴史を刻むのもまた一興だ」
「いえ、いいです。そういうのに興味ないので」
きっぱりと断れた。それならそれでいいけど。
セレナが歩き出す、その背中に問いかける。
「従事者の乙女は知っているか?氷獄の支配者を」
足が止まる。
「……いえ」
微かな間が空き。
「知りませんね。なんですか?それは」
「書物。『王の起源 ―氷獄の支配者からの解放―』。を読んでな。なかなかの凡作だった。悪い魔女と正しき王を描いた物語。読んでみるか?」
「勧めてくるということは面白かったのですか?」
「言っただろ?凡作だと。だが、過去を記す書物は案外、真実を包んでいるものさ。史実か虚実かが重要なんじゃない。そこから何を学ぶのかが重要となる。そこに真実の目は必要ないぞ」
「変な奴はそれを読んでなにか学ぶことがあったと?」
セレナはこちらを振り替えならない。
平坦な声で淡々と返事をしている。
「望まぬ力は自分を殺す。それでも、藻掻き続ければ幸せになる未来もある。と言ったところか」
俺は本を閉じて棚に仕舞う。
そのまま歩き出す。
が、セレナが付いてこない。
「戻らないとヴィオラが心配するぞ」
声を掛ける。セレナが静かに顔をあげて、真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
「変な奴は、いま氷獄の支配者が復活したらどうしますか?」
内容を知らないはずのセレナがおかしなことを言う。
だが。
「愚問だな。当然、俺の配下になってもらう」
「相手は世界を支配してた魔女ですよ?」
「だからなんだというんだ?闇に生きる存在は常闇に包まれている。どれだけの零度が身を凍てつかせても無駄なこと。故に最強。それに、世界の終焉を企む終末機関が黙っていない。或いは氷獄の支配者の降臨こそが封印機構殲滅戦の引き金か?おいおい、ここに来て虚実の命が下るかよ?正義執行……。明日は我が身、か」
いつも通り格好いいポーズを決めるが、セレナの表情は硬いまま。
そんな真剣に見つめられても困るんだけど。
『またですか』ぐらいの温度感で対応して欲しい。
「ふっ。ふふっ……」
「なにがおかしい?」
「全部ですよ。全部おかしいです。あなたはずっとおかしかったし、きっとこれからもおかしいんだと思います」
いやおかしいのはわかるけど、未来の俺までおかしいと思うなよ。
もしかしたら普通になってるかも知れんだろ。
「けど、おかしいままでいて欲しいと思います。変な奴は変な奴のままでいてください。そうして……」
暫く俺と目を合わせ。
「いきましょうか。お嬢様が待っています」
歩き出すセレナ。
「変な奴でいることを肯定するかよ?セレナ・ノクス。踏み出すか?お前もこちらの言語に」
「ふふっ。それは結構ですよ」
また断られてしまった。
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訓練が終わり、屋外の訓練場で解散となった。
「シュヴァ」
すぐにヴィオラが駆け寄ってくる。
訓練直後だからか、額にうっすらと汗を滲ませている。
練習着は汗を吸い込み薄っすらと透けているが、気にした様子はない。
みんながみんな汗をかき訓練をしているので、見慣れたものだ。
「なによ。そんなにジロジロ見て」
身体を隠すように身をよじる。そこに決闘場で見て体調の悪さはない。
そして、冷気を放つ事もないし、魔力も溢れてはいないようだ。
「体調は大丈夫か?」
「へ?」
「昨日、悪そうにしてただろ?もう大丈夫なのか?」
俺なりに心配したつもりだったが、ヴィオラは目を見開き驚いているようだ。
「どうしたの急に?なにか悪いものでも食べた?」
「少しいいか?」
断りを入れてから、ヴィオラの額に手を当てる。
体調を確認するわけではない。
俺の魔力を送り込みヴィオラの身体で反響させる。
振動する魔力に……。反応はない。
昨日のような魔力も、怪しげな冷気も感じられなかった。
「ちょ、ちょっと。なによいきなり」
顔を真っ赤にして俯くヴィオラ。
強く拒否しなかったのは周りの生徒が見ているからか。
「恋人の体調が気になってな。問題なさそうだ。それじゃ、戻るか」
「え、ええ……」
図書館で読んだ伝承。氷獄の支配者。
まさかとは思ったが、やはり思い違いだったか。
彼女から感じたのは普通の人が持つ普通の魔力。
なにも変わったことはなかった。
思い違いならそれに越したことはない。
「なによいきなり。本当の恋人みたいなことして……」
そうな事を考えながら俺はヴィオラとわかれ、寮へと戻った。




