16 偽りの笑み≪グリニエ・マスク≫
学園の中央棟、学園長室へと続く夜の回廊を進む。
闘技場に現れた刺客の件は、ヒルデに報告しておいた方がいいだろう。
まさか刺客を学園に送り込んでくるとは思ってもいなかった。
そうなると、俺だけの問題じゃなくなる可能性が高い。
自分の身は自分で守れるが、生徒達が何かの拍子に巻き来れたりしたら後味が悪い。
認識阻害の魔法。
医療班がもし刺客の手を取っていたらどうなっていた?
恐らく奴等なら……。
「偶然だね」
回廊の中央に立っていたのはクラウス・ザルヴァイン。
もはや見慣れた涼しげな微笑を浮かべている。
「これを偶然と言うか?それはあまりにお粗末だろう」
ストーカーでももうちょっとうまく隠れる。
「そんなことはないんだけど……。説明したところでキミには伝わらないかな。話しが通じる相手じゃないからね」
どうやら喧嘩を売りに来たようだ。
気に障る言い方をする。
「それより、先ほどの実戦訓練。見ていたよ」
やはり特別観客席にいたか。
刺客に俺が殺されるところでも見に来たのか?
「見事だった。ここの生徒の中じゃ頭一つ抜けて強いんじゃないかい?もう騎士団にいても十分に通用する強さだよ」
手放しにされる賞賛。だが、こちらに向けられている瞳に光はない。
「ボクの部隊に入って欲しいんだけど。どうかな?」
「冗談。心にもない事を言うのが趣味なのか?」
「冗談なんかじゃないさ。キミの強さは本物さ。だって彼を……」
言いかけた言葉を引っ込めて、クラウスは続ける。
「ボブをあっさりとやっつけた。彼も相当な実力者のはずだよ?」
「王子殿下が一介の生徒に過ぎないボブをご存知とは思わなかった」
「ヴィオラのクラスメイトだからね。皆の事は知っているよ。それに、ボブの動きを見れば実力者であることは明白だ」
「そう見えたのならクラウス王子殿下は見る目がない」
「というと?」
嘲笑うような表情をわざと浮かべる。
「アレ。ボブが実力者とは笑わせる。寝ていても勝てるぞ。あの程度の相手なら」
クラウスにとっては優秀な刺客だったのかも知れないがな。
「……なるほど。そうくるか」
納得するかのように、クラウスは頷く。
「キミはなんでそんなに強いんだい?」
「強さとはなにか。まずはそのことについて話し合わなくてはならない」
「今回のような、1対1で戦うことの強ささ」
「であれば生まれつきとしかいいようがない」
「そんな簡単なものじゃないと思うけどな。ボクも強いと言われているけど、キミほどじゃない。かなり努力しているつもりだけどね」
いつもの笑みで感情を隠しながらそう言うクラウス。
果たしてどこまで本気で言っているのか。
「強さとは。まず観測者に一瞥をもらってから考えるべきこと。むやみやたらと鍛えたところで成果は出ない。闇に生きる存在になりたければ相応の手向けが必要となる。神の選択が微笑んだとしても、欲する強さには届かない。それすなわち選ばれた人間の始まりってわけだ。んー……正義執行!これが世界の理だ」
クラウスは俺の長ったらしい発言に、わざとらしくため息を吐いた。
「やっぱり、キミは話が通じないようだね」
「これ以上わかりやすく説明することは出来ない。少しは学ぶんだな、俺の言語を」
「それは遠慮しておくよ」
そうそう。遠慮しておいてください。その方が助かるからな。
「強さの秘訣教えてくれなさそうだから、ヴィオラのことで少しいいかな?」
なるほど。もともとそっちが本題で来たってわけだ。
「キミは彼女の力をどう見た?」
彼女の力。というとあの氷魔法の事か。
ヒルデが作った魔法耐性が付いた壁を貫通した冷気。
あれが普通のものではない、というのは考えなくてもわかる。
だが。
「真実の目で観測したが、特になんの感想もない。ここの生徒と比べれば強いかも知れないが、終末機関から召喚される強さでは到底ないな。所詮は年相応だろう」
「……なるほど」
クラウスが疑いの視線をこちらに向ける。
「なにを疑う。完璧な第三王子は違う評価か?」
「いや、ボクも同じ評価さ。騎士団に来ても通用すると思うけど、突出した強さではないかな」
わかりやすい嘘、俺に合わせて来たか。
ここを突けばなにか得られるかも知れない。
惚けるつもりだったが、ここはあえて飛び込むか。
「とはいえ。少し魔力の根源の性質が違うように感じた。あれは本当に魔法なのか?とな」
「どういう意味だい?」
「ヴィオラの魔法は闘技場の魔法壁を貫通した。普通の魔力の根源でそれはありえない。となると、あれはまた別。なにか特別な力を宿しているのかも知れん。明かされる真実が求められるか。或いは延々の討論会の議題として提示するべきか」
偽りの笑み。
そこに見える瞳の色が、微かに変わる。
「完璧な第三王子はなにか知らないのか?幼い頃から許嫁として一緒にいたのだろう?」
「許嫁だからって過ごした時間が長いわけではないさ。それに、ボクから見たら普通の魔法にしか見えないから。キミの言っていることはわからないかな」
知らぬ振りを貫くか。
ということは、なにか隠されてそうではある。
「なるほど。となればますます気になるな。後で冷徹の女帝に聞いてみるか」
「それは止めておいた方がいいんじゃないかな?」
クラウスの言葉に圧が出る。
口調はいつもの穏やかさを保っているが、声音にそれは現れていた。
「年頃の女の子だから。あまりそういうことは聞かない方がいいかもね」
「……ふっ。許嫁からのアドバイスとなれば聞き入れよう。俺と彼女の蝕の聖戦など、観測者も望んでないと窺える」
その圧を出してくれるなら充分だ。
これ以上は言い合う必要はない。
クラウスはヴィオラの力に関して、なにかを知っていて、俺に知られたくない。
それだけわかればいいだろう。
「ヴィオラの話しはもうよそう。きっと、影でいろいろ詮索されるのもいい気はしないだろうし」
自分から話題を振ってきておいてよく言う。
「それより。キミのことを色々調べたんだけど、なにも出てこなかった」
「ふっ。それが闇に生きる存在になる条件。いや、闇に生きる存在だからこそ何も出てこないと言うべきか?どちらにしても狂人の運命を背負いしものに過去などない」
「そんなキミがなんでヴィオラと付き合い始めたんだい?」
笑顔の下に隠れる鋭い視線。
相も変わらず気に喰わない偽りの笑みだ。
「彼女が誓約を結びたいと言ってきたからさ」
「誓約?
」
「そう。俺に惚れたと。強くて、格好良くて、性格もよくて、気が使えて、優しくて。だから恋人になるための誓約を結びたいとな」
「普通に告白されたと言って欲しいな」
「そこに風情はあるか?俺は風情を大切にする。故に繋がるした。冷徹の女帝と運命共同体になることで恋人へと昇華した」
「つまりキミはヴィオラに告白されたから付き合っていると?」
「原初の書物にはそう描かれていたが、今は違う。俺の達の間にあるのは真実の愛。あまり容易く踏み込むなよ?俺達の愛し合う領域に」
「つまりキミもヴィオラを好いているということかな?」
「真実は常にひとつ、とは限らない。違うか?」
「好いているかどうかだから。ひとつだと思うけど」
「ではそうなのだろうな。王子殿下の中では、な」
ふっ、と鼻で笑う。
「ふざけないで答えて欲しいんだ」
いつもの作り笑いを止めて、こちらを睨むように見てくるクラウス。
「本当にキミはヴィオラの事が好きなのかい?」
吸い込まれるような瞳。
流石は第三王子と言ったところか。
人を惑わす輝きのようなものを感じる。
嘘を吐けば見透かされると、眼を見ればわかる。
こいつもただのお坊ちゃまというわけではないか。
「聞いてないのか?俺は冷徹の女帝と口付けをしている」
「ボクは好きかどうかを聞いているんだ」
「あまり俺に言わせるなよ?」
思い出す。普段のヴィオラを。
気品のある顔立ちに透き通るような白い肌。
手入れが行き届いている薄い蒼銀の髪に奇麗な瞳。
顔を真っ赤にしながら俺の言語に合わせ、顔を真っ赤にしながらご飯を食べさせてくれた。
そして思い出す。彼女の柔らかい唇を。
「す、好きではない相手と。つ、つき、付き合うと思うか?この俺が」
顔どころか体中が熱い。
普通に考えて俺からしたらヴィオラなんて高嶺の花。
偽装恋人と心を冷静に保っているが、魅力的な女性であることには間違いない。
そんな彼女と色々なことをしているわけだから、振り返れば恥ずかしくなるのは当たり前。
クラウスはそんな俺を見て、眼を見開いで驚いている。
「キミもそんな表情をするんだね。驚いたよ」
「王子殿下は俺をなんだと思っている」
「いや、だって。どう考えても言動がおかしいから。心がある人間だとは思っていなかった」
それは、そう。
第三王子に無礼をしまくってるんだから、人間かどうか疑われてもしょうがない。
ただ俺にも心はある。恥ずかしい感情なんて、なんなら人一倍ある。
「もう夜も遅い。そろそろ寝たいんだが」
「あ、ああ。そうだね。わかった。いったん今日は引くとするよ。キミが人間だということが知れただけでも収穫だからね」
そう言ってクラウスは歩き出す。
ふう、なんとかなったか。
これが俺の切り札。照れ隠しの術。なんて言ってられない。
ギリギリ騙せたようで助かった。
「それとだけど」
「ま、まだなにか?」
「ヴィオラはボクのモノだから。そこは勘違いしないでね」
そう釘を刺して、クラウスは角を曲がって姿を消した。
静寂が戻る夜の学園。
「疲れた」
まさかここまで追い詰められるとは……。
ヒルデも言っていたが、やはり俺は言い合いがあまり強くないらしい。
これからはもっと変な言動とでパッション押し切らないといけないな。
「ふぅー。熱い熱い」
服をパタパタさせて暑さを放出する。
窓から夜空を見上げると、ぼんやりと浮かんできたのはヴィオラの笑顔だった。




