13 手向け≪ディヴァイン・マーシー≫
教室に向かう途中、視線を感じた。
まだ時間に余裕はあるので人気がない裏庭へと進む。
「出てこい。従事者の乙女。見ているのだろう?」
「バレましたか」
物陰から出てきたのはセレナ・ノクス。
「変な奴はいじめられているんですか?」
「あの状況を見てよくそんなことが言える」
訓練準備室のやりとりをセレナは見ていた。
もっと言えばこいつは俺が寮を出て朝活をしている時からずっと観察していたのだ。
まったくもって鬱陶しい視線だったが、時間がもったいなくてスルーしていた。
朝活はその日の水準を決めるぐらい大切なことだからね。
無駄な時間を過ごす暇はない。
「最初から気付いていたんですね。尾行は得意なのですが」
「えっ?
「なにか?」
「い、いや。なんでもない」
得意?セレナが尾行を?
いやいやいや。百歩譲って今日のはよかったとしても。
俺とヴィオラが偽デートをしてたときの尾行は酷かった。
気配を飛び越えてもはや敵意をずっと感じてた。
監視アピールして早めに解散させようとしてたのかと思ったほどだ。
「なにか言いたげですね?」
「俺がなにか言いたげなのはいつものことだろう?」
「そうでしたっけ?」
話すと長くなりそうだから、適当に誤魔化して。
「それで、わざわざ俺になにを言いに来た。まさか慰めにでも来てくれたのか?」
「あなたを慰めるなんてありえません。まさか慰めて欲しかったんですか?」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべて来たので。
「ふっ。俺はお前と違って独り身じゃない。冷徹の女帝に慰めてもらうからお前なんぞの優しさはいらんな。ははっ、羨ましいか?従事者の乙女。俺はあいつの恋人だ」
「ぐっ。相変わらずムカつく奴ですね……」
「先に仕掛けてきたのはお前だろうに」
悔しそうないい表情だ。
っと、いかんいかん。
なぜかセレナを見るとおちょくりたくなってしまう。
「それで、なんのようだ」
「なんであんなことされてたんですか?あなたは変な奴ですが、周りからバカにされているわけではいませんでした。無駄に強い力のお陰で」
強さに無駄はないだろ別に。
それに。
「随分と俺に詳しいな」
「あなたはお嬢様の恋……。恋び……」
途中まで言いかけ、ぶんぶんと頭を振るセレナ。
「要注意人物ですから。しっかり調べされてもらいました」
「なるほどそういうわけか。最近お前がめちゃくちゃ跡を付けてくるから俺のことが好きになったのかと思ったぞ」
「そんなわけないじゃないですか!」
「すまないな。俺の恋人は冷徹の女帝なんだ。お付き合いなら来世で頼む」
「あなたは本当に余計な事を言うのが好きですね……」
はぁ、とため息を吐かれてしまった。
「というよりわたしの尾行に気付いて」
「本題を進めるぞ!」
おっと失言。ここで傷つかれても困る。強引に話しを進めよう。
「従事者の乙女が言う通り、俺は今までなにもされてこなかった。さすがに注目を集めた時には色々いわれるがな」
それでも俺は学園で空気のように扱われていた。
それは俺が近寄りがたい変な奴であり、しかし実力を示してきたから。
まともに接したくはないし、悪戯すると実力でやり返される。
だから今まで嫌がらせなどは受けていなかった。
「そうです。露出狂たちも素行は良くないですが、あんなことをする子たちではありません」
露出狂呼び採用するんだ。なかなか鬼畜な性格してるな、こいつ。
「なにかやったんじゃないですか?」
「面倒な事は嫌いでな。誰かに絡まれるようなことを俺はしない」
「それは、そうですね。いつもひとりでいますし」
「むしろ気付いていないのか?この状況で俺に嫌がらせをしてくる奴なんてかなり絞られているだろうに」
「というと?」
首を傾げるセレナを、俺は指さす。
「なっ。わ、わたしですか!?」
「候補のひとりだ」
「なんでわたしなんですか!」
「当然だろう?時期的に見ればこの嫌がらせは俺がヴィオラと恋人になったから行われたもの。故に候補は絞られる。グレイシャ家に仕える従事者の乙女であるお前が候補にあがるのは当然の道理」
「それは、そうですが。で、ですが!わたしはやっていません!」
「知ってる」
「へっ?」
「冗談だ。お前がこんな事をやるとは思っていない」
自ら俺の後を付け回して情報を集めたり、デートを尾行したり。
ヴィオラの指示に従って直接的な攻撃をしないよう、うろちょろするのが精々である。
それに、もしセレナだったらこんな回りくどいことはしない。
「セレナだったらあの夜の時のように自ら挑みに来るだろう?」
「そ、それは」
「ヴィオラにやめろと言われている以上、それすら出来ない状況と見るがな。主に従順な奴だ」
「なんかムカつく言い方ですね……」
不満そうにこちらを睨む姿は子供そのもの。
しかし、となれば。
「その反応を見るに、グレイシャ家でもないようだな」
「どういう意味です?」
「ヴィオラの許嫁は第三王子。グレイシャの当主からしたら成り上がるのに絶好の機会。そんな中、どこぞの変な奴と付き合い始めたらどうする?邪魔をするに決まっているだろう?」
「それは……」
思い当たる節があるのか、セレナは何かを思考する。
「そして、彼らが邪魔をするのに使うのはお前だよ。セレナ」
「わたし?」
「セレナはグレイシャ家の従事者の乙女。であれば当主の命令は絶対だ。そしてそれは、ヴィオラの指示を上回る。違うか?」
「わ、わたしは。ヴィオラお嬢様の……」
「みなまで言わなくていい。だが、覚悟はしておいた方がいい。これは俺からの手向け。いずれ選択を迫られるとな」
主と友人。
選択しなくて済むならそれに越したことはないけどな。
「だが、そうなると。今回の件は完璧な第三王子の仕業か」
「ぱ、ぱーふぇくと、さー?」
「第三王子。クラウス・ザルヴァインのことだよ」
「王子に向かって……。よくそんなことを平然と言えますね」
「お前も察しているのではないか?クラウスが怪しいと」
「あなたのように、わたしは口には出せません」
どうやらセレナも今回の件にクラウスが関与していると思っているようだ。
「本人ではない可能性もあります」
「側近たちの仕業だとしても俺からすれば大した違いはない。どちらにしても、止めろと言って止めてくれる相手ではないのだからな」
許嫁を奪おうとしてる奴が『お前の部下が嫌がらせしてくるから止めさせろ!』なんて言って来たら、どうするだろうか?
仮にその場はいい顔をしたとしても、わざわざ部下を注意なんてしない。
するとしたら、『もっとバレないようにしろ』という指示か。
ヴィオラとの婚姻を待ち望んでいる者なら尚更そうなる。
「セレナはどう見る?完璧な第三王子を」
「その完璧な第三王子が誰の事かは存じ上げません。ただ、完璧な第三王子という人がいたとして」
クラウス・ザルヴァインを悪く言わないよう、回りくどい言い方をした後。
「あの方はそんな事をするとは思えません」
セレナは真っ直ぐな視線をこちらに向けながらそう答えた。
「ふっ。俺もそう思うよ」
それに同意する。
俺もさすがにクラウスの事は詳しく調べた。
王子でありながら若くして騎士団に志願。
最年少で特別部隊の隊長に就任。
貴族も庶民も分け隔てなく接する人格者。
戦場では冷静沈着で仲間想い。
戦場で聞いた民を想いを無駄にせず、第三王子として活動している。
まるで英雄だ。
「外面と肩書だけを見ればな」
「どういう意味です?」
「クラウスとは何度か会ったが、あの顔に張り付けたような偽りの笑みが気に喰わないのさ。あれは、人を見下している化物がする目だ」
いま思い出しても腹が立ち、嫌悪する。
笑顔でありながら、眼の奥に感情を感じられない。
こちらを人として扱っていない、蔑んでいるかのような瞳。
「意外と鋭いのですね」
「その口ぶりでは、従事者の乙女も気付いているということになるが」
「ノーコメントです」
考えを読まれないよう、視線を逸らして瞳を閉じるセレナ。
従事者ということもあり、視線や態度に敏感なのかも知れない。
故に、クラウスの何かしらを雰囲気で察しているのか。
「それに、俺とヴィオラが付き合ったと聞いてわざわざ学園にまで来て牽制してきた。よほどヴィオラに惚れているのか、或いは誰にも渡したくないモノなのか」
この前もヴィオラに会いに来てエスコートしていた。
随分とご執心に見える。
そもそも田舎の村にある領地を納める落ちぶれた貴族の娘に王子が婚姻を申し込むなど……。と、余計な妄想は止めておこう。
「従事者の乙女なら知っているのではないか?」
「わたしはただの従者です。詳しい話など知るはずがありません」
どうやら俺に渡す情報はないらしい。
「ではなぜお前は今回の件、クラウスの影を見る?」
「わたしは何も言っていませんが」
「回りくどい。であればお前と話すことはない」
これ以上ここ話しても時間の無駄だ。
さっさと教室に向かおうとすると。
「ヴィオラ様があなたとお付き合いをしたのであれば、そこにはなにか理由があるのでしょう」
「愛は盲目。ただ俺に惚れただけだよ」
「冗談。そんなわけないじゃないですか」
「そう思うならそう思えばいい。現実から目を背けたところで、俺とヴィオラが恋人であることに変わりはないがな」
「ええ。ですからヴィオラ様にそうさせるほどの何かがあったと考えるだけです」
はっきりと言い切るセレナ。
……なるほど。こいつは別にクラウスを疑っているわけじゃない。
ただ、ヴィオラを信じているからこそ、俺と付き合うことに違和感を抱き、原因がクラウス・ザルヴァインにあるのではないかと疑っている。
だからクラウスをはっきりと怪しいとは口にしない。
「お前の考え方、やり方はよくわかったよ。それは従事者の乙女という真名に相応しいと言えるだろう」
「わたしの名前はセレナ・ノクスです」
「ふっ。その気概に免じて教えてやる。俺は今回の件をヴィオラに伝える気はない」
「それはなぜですか?」
「愛ゆえに、だよ。独り身のお前に理解できるかはわからんがな」
そう言い残して俺はその場を去る。
「恋人だからこういうことは共有するのでは?やっぱりあなたは変な奴みたいですね」
ぽつりと言葉が聞こえてくる。
……そういうものなの?
恋人ってこういうこと共有した方がいいの?
経験がないからわからないが、それもセレナも同じはずだ。
きっとセレナの考えの方がおかしいと考え、俺はなにも言い返さなかった。




