11 記憶の回想≪メモリアル・ピルグリム≫
日が傾き始めた王都。高台にある時計塔の上。
そこからは王都が一望でき、俺がたまに来る隠れスポットだ。
「不思議な場所よね、王都って」
ぽつぽつと明かりが灯り始める街を見下ろし、ヴィオラは呟いた。
「朝から噴水が起動していたり、夜になれば当たり前のように街灯が働くんだもの」
「他の街が違うのか?」
「ええ。魔具がこんなにも贅沢に使われている街を私は知らない」
魔具とは魔力を熱や光のエネルギーに変換することが出来る道具だ。
魔具があるから、少しの魔力で夜の明るさは保たれ、噴水から水を出せる。
水道に魔力を込めれば水が出る。
照明に魔力を込めれば光が出て明かりになる。
台所で魔力を込めれば熱を発して料理が温まる。
もはやそれは生活の必需品。
この国。いや、この世界にはもはや必需品となっている。
「少ない魔力で魔具を簡単に使えるから初めは戸惑ったもの」
「他の街がと違うのか?」
「全然違うわよ。私がいた村は……」
言いかけたところで、ヴィオラは口を閉じだ。
そして、それを忘れように首を横に振る。
「今日は楽しかったわ」
気持ちを切り替えるようにそう言って、ヴィオラは遠くを見つめる。
「シュヴァはどうだった?」
「俺か?俺は」
彼女と王都を走り回った。
初めは周りの視線であったり気恥ずかしさだったりで疲れるだけだったが。
――気付けばあっという間の時間だった。
「観測者からの脅威は感じられなかった。それにより偽りの笑みの理から外れ、自由を渇望する者が訪れる。刻むかよ……。記憶の回想に」
「ねえ」
こちらに向けられた顔は、睨みつけるような半眼。
「今日ぐらいいいんじゃない?」
その問い。
自分でも気づいていた。
今日は余裕がなさ過ぎて、彼女が楽しそうに喋りかけてくるものだから。
いつもの言語を出す余裕がなかった。
まさかこんな強引に言語を捨てさせられるとは思いもよらなかったが。
「私は楽しかったわよ。シュヴァとデートできて」
細められた目が穏やかになり、口元が緩む。
「……俺もだよ」
素直に伝える。
つまらなかったか。楽しかったか。で言えば後者だ。
美味しいものを食べ、かっこいいモノを見つけ、可愛いものを見た。
悪くない時間だった。と言えるだろう。
「そう。ならよかった」
髪を風に靡かせる彼女は、王都を優しい瞳で見降ろしている。
「私ね。今日みたいに王都で遊ぶの、憧れてたの」
「貴族なら遊ぶ機会なんていくらでもあったんじゃないか?」
「私の実家は田舎だから。それに、小さい頃から貴族令嬢として振る舞うよう教えられきたから、遊んでる暇なんてなかった。位の高い貴族に嫁げるようになるためにって。だから」
どこか儚げに、彼女は微笑む。
「こんなにデートが楽しいなら、毎日あなたとデートしたいわ」
「それはさすがに疲れるだろ」
「そうかも知れない。でも、そんな疲れが気にならないくらい楽しかったのよ。……初めてがシュヴァでよかった。シュヴァじゃなかったらこんなに楽しくなかったと思うから」
よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを言う。
「誰といても今日のヴィオラなら楽しんでたよ」
しぶしぶ付き合った俺を連れまわして楽しんでたぐらいだからな。
「そんなことない。きっとクラウス様だったら楽しめなかった」
蒼銀の髪が肩で揺れる。それは肩がわずかに震えたからだ。
「そんなに嫌なのか?王子だし、容姿はいいし。一緒にいて不満はなさそうなもんだがな」
「そんな気楽に接することが出来るわけないでしょ?相手は王子。私は落ちこぼれた貴族の娘。変なことをしたら、許嫁と言ってもすぐに首が跳ねられるもの」
王子と貴族。そういうものか。
クラウスの態度を見ると、すぐに首を跳ねるなんてことはしなさそうだけど。
「それで。家は守れそうなのか?」
「……厳しいわね」
ヴィオラは俺に偽装恋人を持ち込んできた時、『グレイシャ家を守るために最後まで抗いたい』と言っていたが、どうやら進捗は好ましくないらしい。
まだこの関係を始めてそれほど経ってないので、しょうがないか。
「けど、これは私の頑張り次第だから」
「頑張りでどうにか出来るのか?」
「わからないけど、やらないといけないの」
そう言ってヴィオラはこちらに向き合う。
「シュヴァ。あと2年間、私に付き合って。叶ず恩は返すから。たとえどんな結果になっても」
あと2年間、か。
相手は第三王子。
俺と付き合うことで2年間も婚約を引き延ばせるとは思えない。
それに、延ばしたところで弱小貴族のヴィオラが婚約を破棄できるとは思えない。
クラウスのあの言動。ヴィオラをモノ扱いしている発言。
なにか理由があってヴィオラを手に入れようとしている気がする。
まあ、そこまで俺が深入りする必要はない。
結果はどうあれ恩を返してくれるならそれでいい。
恩なんて別にいらないんだけどさ。
「ヴィオラが約束を破らない限り、俺もそれを裏切る気はない」
「ありがとう。……本当にあなたがいてよかった。たぶん、あたな以外だったら、クラウス様の姿を見た瞬間、怖気づいて逃げていたと思うから」
「それはそうかも知れないな」
自分でも思う。
王子にあんな突っかかるのは俺ぐらいだと。
なかなかスリリングで、あれはあれで面白かったけどな。
「ただまあ。俺を脅してこんなことをしている奴のお礼とは思えないな」
「それは……。悪いって思ってるわよ」
まあいい。
ヴィオラが俺の呼び名しか知らないことはわかってる。
それ以上、俺の過去に拘らない。探らないのであれば俺も約束を守ろう。
探られたとしてもヒルデが出てこない限り大丈夫だとは思うが。
俺の呼び名をヴィオラに教えているあたり、何を考えてるかわからない。
大人しく約束を守っておいた方がいい。
「セレナがこちらを見てるわね」
地上の民家。その陰からセレナがちらちらこちらを見ている。
この距離ではこちらの姿を確認できなければ盗み聞きもできない。
そのせいでバレバレになっていた。
「これ以上セレナを心配させたくないから今日はここまで。またね、シュヴァ」
そう言ってヴィオラは時計台を降りる階段へと姿を消した。
と思いきや、顔だけひょっこりだしてきた。
「またね」
「……ああ。またな」
返事を聞くと、機嫌の良さそうなリズムで階段を下りる音が聞こえてくる。
地上にヴィオラが現れる。
セレナを呼んでいるが、どうやら彼女はバレていないと思っているらしい。
暫くすると1人で学園の寮へと歩き出し、そのあとをセレナが追いかけている。
平和な風景ではあるが。
「学園を卒業するまであと2年か」
クラウス・ザルヴァインの笑みを思い出す。
偽りの笑み。あの表情がどうも胸に引っかかる。
「……あいつがそんな猶予をくれると思わない方がいいぞ」
そこに2年もの余裕があるとは、俺にはとてもじゃないが思えなかった。
――――――ヴィオラ・グレイシャ――――――
学園寮の自室。
私は制服のままベッドに腰を下ろし、毛布の上に横たわる。
天井を見つめながら、深く息をついた。
「楽しかった。本当に」
王都の街並み。甘い香りのスイーツ。前から着てみたかったワンピース。
そして、噴水前で待っていてくれたシュヴァルツの姿。
「……ふふっ」
笑みがこぼれる。
「楽しかった」
改めて口にしたものの、恥ずかしくなって枕に顔を埋める。
「シュヴァルツ。彼は本当になにものなのかしら」
変な奴と呼ばれ、周囲から浮いている彼。
誰かと仲良く喋っているところは見たことがない。
わかっていることと言えば、他の生徒と比べて実力が圧倒的に高いということ。
それと、夢の中で見た『カミキ・ミナト』という本名。
半信半疑だったが、本人に伝えて夢で見たことが本当だったというのは確信した。
だけど、が知っているのはそれだけ。
「でも、今日で少しは知れたかも」
今日のデートを彼が嫌がっており、強引に連れ出したという自覚はあった。
しかし、それが功を奏して彼の本当の言葉が聞けた。
普段の彼はよくわからない単語は連発しないこと。
武器や防具が好きて、年相応の男の子と趣味があまり変わらないこと。
そして、私に気を使って接してくれていたこと。
「……相談すればよかったのかな」
枕をぎゅっと抱きしめる。
相談しそうになったが、それを止めた。
それがなぜなのか、自分でもわからない。
だが、いま相談したとして、それは今の関係。
偽装恋人を始めた時に使った脅しと変わらない。
やっていることが中途半端だという自覚はある。。
一度、脅して今の関係を作り上げたなら、二度脅すのも同じこと。
だけど、これ以上のことを彼に臨むのは酷だとも思っている。
コンコンと、控えめなノックの音が響く。
「どうぞ」
扉がそっと開き、セレナが入ってくる。
「ただいま戻りました、お嬢様」
「おかえり、セレナ」
セレナは静かに近づくと、椅子に腰を下ろし、じっと私を見つめてきた。
「随分とご機嫌そうですね。何かいいことでもありましたか?」
「知ってるでしょ?セレナが付いてきてたこと知ってるんだから」
「そ、それは……」
気付かれていないと思っていたのか、セレナは気まずそうに目を逸らす。
「お嬢様は本当に」
「セレナ。2人きりなんだから、いつも通りでいいのよ」
言われ、セレナは気持ちを切り替えるように目を伏せ、深呼吸を挟む。
「ヴィオラちゃん。本当に変な奴の事が好きなの?」
「そうよ。今日の私を見ていて、この愛が偽物だと思った?」
「あ、愛……」
ポッとセレナの頬が赤くなる。
生まれてからずっと付き人として育ったセレナは、そういう耐性がないようだ。
「本物か偽物かはわからいけど。……でも、変な奴は変な奴だよ?」
「セレナ。私の恋人を悪く言うつもり?」
「そういうつもりはないけど……」
申し訳なさそうにするセレナに、心が苦しくなる。
それは、嘘を吐いているという自覚のせいか。
「ヴィオラちゃん。わたしとキスできる?」
「ど、どうしたのよ急に?」
「だって変な奴が『キスしてない奴等が俺達の関係に口出しするな』いたいなこと言ってたから」
「しゅ、シュヴァのやつ……。セレナになにを吹き込んだのよ」
聞こえないよう、小さく零す。
「変な奴とヴィオラちゃんは恋人なのに、わたしとヴィオラちゃんは友達以上恋人未満だって。所詮は付き人じゃそんな関係性しか築けないって……」
「そ、そんなことないわよ!セレナは私にとって唯一の親友なんだから」
「変な奴より大切?」
「当たり前でしょ」
「じゃあわたしにもキスしてくれる?」
「それは……」
「やっぱり変な奴の方が大切なんだ!」
涙目になりながら騒ぐセレナに、立ち上がり近付く。
こちらを見上げる姿は子供そのもの。
それで同じ年というのだから不思議。
「ほら、セレナ。目を閉じなさい」
「な、なんで?」
「キスというのはそういうものなの」
本で調べただけだけど、そういうものらしい。
セレナが目を瞑る。緊張しているのか、その唇は振るえている。
そこに、セレナの頬に軽く唇を付けた。
「はい。これがキスよ」
「き、キス。でも唇じゃなくて頬に」
「セレナはまだ初心者なんだから。今日はここまで」
そう言いお風呂に行く準備を始める。
「セレナも一緒に行く?」
「いえ。わたしは後で入ります」
そう言って部屋を出た。
振りをして、扉の隙間からそーっと中を覗き込む。
「こ、これが。キス……」
セレナが唇が当たったところを触れている。
瞬間、顔がボッと真っ赤に染まった。
「しょ、初心者でこれ。つまりヴィオラちゃんは上級者?。それってどういう」
言いながらセレナの顔がさらに赤みを帯びていき、頭から湯気が出始める。
見ているのが恥ずかしくなり、お風呂に向かう。
部屋に戻ったころ、セレナは目を回して地面に倒れていた。




