廃れた街道にて
少年を連れ拠点へと戻った私は、旅の支度を始めた。
強引に連れてきた事もあり、手足をばたつかせて抵抗している。
逃げられぬよう、力を強める。
「離して!死にたくない!」
「別に殺さないわよ。世界中の料理を食べに行くだけだよ」
「お姉さんは知らないの!?僕たち貧民街の人間が近くの街以外に行くには、あの街道を通らなきゃいけないんだよ!?」
「知っているけど」
貧民街と繋がる王国への街道。
そこは長らく放置されており、貧民街出身の確かな身分や戸籍がない者も使う事が出来る。
もちろんそんなルートが放置されているのには訳がある。
魔物が棲み着いているのだ。
貴族の馬車や商人が度々襲われ、次第にこの街道に人は寄り付かなくなった。
ただ、魔物が棲み着いただけならば討伐隊を送れば済む話だ。
しかしこの街道には最大の問題にして、魔物が棲み着いた理由がある。
火龍、古から悠久を過ごす古龍が君臨しているのだ。
大規模な討伐隊などを派遣すれば龍の怒りをかうことになる。
それが長らくこの街道を放置してきた理由だ。
龍から手を出してくることはほぼ無いとはいえ、強力な魔物が多いこの街道には関所も置かれていない。
誰もここから人が来るとは思っていないからだ。
「龍はいないのと変わらないからね。魔物の軍勢程度ならなんとかなるわよ」
「駄目だよ!あそこは熟練の兵士でも生還出来ないんだよ!?ゴブリンなんかもいっぱいいて、お姉さんみたいな人が入ったら…………」
「それでもこの街道を抜けなきゃ世界中の食事を楽しむのは難しいわよ?近くの街から出ようとしても身分を証明出来ないし、最悪捕まるわ」
「でも!!」
「君は黙って付いてきなさい。私が道を切り開くから」
その言葉に少年も諦めたのか、抵抗をしなくなった。
大体の身支度を終えると、明日の朝を待つ。
夜は流石にリスクが大き過ぎるので、魔物の少ない時間帯を選んだ訳だ。
夜明けを待ってしばらく。
次の日の朝に私達は出発すると、街道のいたるところに骨が転がっていた。
きっと魔物に襲われたのだろう。
少年は怯えながらも、私の背を掴んで離れないようにしていた。
半刻ほど歩いていると、狙っていたのだろうか?
ゴブリンの集団が襲撃していた。
その口からはよだれが垂れており、邪悪な笑みを浮かべている。
私のことを舐め回すように見てきて、正直気持ち悪い。余程色んな欲に飢えていたのか。
「囲まれたよ!どうするの!?」
「静かにしなさい。この程度の魔物なら」
私達を囲うゴブリンを更に囲うように円形の魔法陣が現れる。
そこから黒色の巨大な結晶が、ゴブリン達を無慈悲に貫いていく。
中には上位個体や、ボスと思われるものもいたが関係ない。
その結晶は等しく死を与え、地獄へと誘う。
少しの間魔物の悲鳴が鳴り響き、そこは地獄へと化す。
「魔物程度ならって言ったでしょ?」
「一瞬で魔物が……しかも今のって魔法じゃ」
「ええ、結晶の魔法。ナイフで殺す方が感触を味わえて最高だからあまり使っていなかったけど、これはこれで悪くないわね」
「お姉さんって……何者なの?魔法なんて凄いもの持ってて、貧民街なんてとこにいて」
「世の中には聞かない方が良い事もあるのよ、お姉さんからの教訓ね」
そう言うと少年はそれ以上は深入りをしてこなかった。
正直話して信じてもらえるようなものでもないし、気分の良い話でもないから安堵しているのだが。
最初の難所は突破した。
けれどもこの程度の問題しかないのなら国も放置したりしない。
気を引き締めて、先へと進む。
少年も守ってあげたからか、少しずつ打ち解けてきた。旅の最中に会話する事も多くなり、少し楽しい旅路へとなった。
■■■
「成る程、これは国も放置するわけだ」
街道に入って二日目。山道に入った私達は、目の前の光景に困り果てていた。
「ね、ねぇお姉さん?」
「なにかしら?」
「奥の方で飛んでるのって……」
「飛竜ね。それも1匹や二匹じゃない。あれは……群れね」
静かに私はナイフを構える。
既に数匹こちら気付いている。
斬撃を複数飛ばし、翼を落とすがそれでも数匹は逃れてこちらにくる。
近くまで寄ってきた飛竜は結晶で撃ち落とすが、私の魔力も無限じゃない。
いつかは途切れるし、そもそもこの量の飛竜を相手にするのは無謀だ。
この状況をどう切り抜けるか。そう考えていた時、それは突然訪れた。
大地が揺れた。
誇張でも何でもない。言葉通りに、そして何の前触れも無く揺れたのだ。
嫌な予感がした。
飛竜達が怯え、山に逃げ帰っていく。
この揺れはまさか………
「火龍!!」
揺れと共に現れたその龍は赤く、燃えるような鱗を持ち、鋭い眼光で私達を睨んでいた。
「お姉ちゃん!どうするの!?」
「逃げるわよ……」
少年を抱き抱えて私は山の中に入る。
せめて木々に隠される方へと考えていたが、それは間違いだったとすぐに思い知らされた。
それはかの龍にとっては虫を払うようなものだったのかもしれない。
周りを飛行する飛竜を邪魔と思ったのか、それは大きく一度翼を動かした。
木々は焼け、大地は燃え盛る。
周囲にいた飛竜は焼け落ちた。
大自然の化身である古龍を、私達は辞めていた。
決して軽視して良いものじゃなかった。
人が自然に勝てないように、私達も火龍には勝てない。
「……ごめんなさい、変な事に巻き込んじゃって」
「諦めないでよお姉ちゃん!ほら!あそこの洞穴ある!」
少年が指を指す方を見れば、確かに小さな洞穴があった。
ただ、あそこに逃げ込んだところで蒸し焼きにされるのが関の山だと思うのだけれど……
「僕から希望を無くしたいんでしょ!?なら生きないと駄目だよ!」
「え、ええ……」
火龍が攻撃する前に私達は洞穴へ転がり込んだ。
奥へいく最中に何度も揺れたが、気にもとめずに下へ下へと向かった。
■ ■ ■
私達が辿り着いた先、そこは人気のない小さな街だった。
なぜこんなところに街が?という疑問はあるが、私達にとってはありがたい話。
少しの間身を潜ませてもらおう。
「大丈夫かな?魔物の拠点になってたりしない?」
「多分大丈夫よ」
そうは言ったが、一応魔物の拠点となっている場合も少しはあった。
人間がいなくなった街を魔物が拠点とする。それはありふれた事であるし、疑問に思うことでもない。
ただ、その可能性はほぼ無いと確信していた。
飛竜の巣窟である山に徒党を組むような弱小な魔物は寄り付かない。ましてやここには火龍もいる。
街を一通り歩き、魔物がいない事を確認すると、一つの小さな家へと入った。
中の造りは一般的で、一つの家族が寝食を営むには十分だった。
食料もまだ残っていれば、雑貨もある。ここから去ったというよりは、一旦家を留守にしている様だった。
家から出て、今度は街の中で一番大きな建物へと入る。
どうやらそこは兵舎のようで、幾つかのベッドと、武器を立てかけるラックがあった。
しかしいくら探しても武器は見当たらず、最期の大きな部屋へと入る。
部屋には焼けた服を纏い、手の傍に剣がある骸骨と、一つのメモがあった。
「これって……」
「火龍か飛竜か。いずれにしろ戦っていたのでしょうね。けど敵わずにここに戻ってきた。もしかしたらメモにはその事が書いてあるかもね」
私はメモへと目を向ける。それを手にとって内容を確認した。
【これを読んでいる君達は、きっと飛竜や火龍から運良くここへ逃げ延びた者なのだろう。私は先人として、君達へこれまでの事を残そうと思う。この街は街道が封鎖され、魔物から逃げて来た者達が集まって出来たものだ。最初は三十にも満たなかった私達も数十年もすれば百人規模まで増えていた。地下生活も悪くない、そう思い始めてきた時問題は発生した。洞窟の入口から叫び声が響いた。本能的に恐怖するような音と共に、声は洞窟を巡った。それと共に洞窟の奥の方が崩れたのだ。緊急事態に街の人々は話しあった。次に龍が暴れればこの洞窟が崩壊するかもしれない。私達は話し合い、そして一つの結論へと辿り着いた。ここでの暮らしは危険と判断し、全員で王国へ向かうこと。龍の動きが収まるの待ち、最低限の荷物を持って洞窟から出た我々は後悔することとなった。私達の動きを見逃さなかった飛竜との戦闘、それが火龍の怒りに触れた。女子供も関係無く、生まれたばかりの赤子も、老人も兵士も、等しく焼き払われた。私はかろうじて生きて帰ってきたが、そう長くは持たない。君達にアドバイスをすると、火龍とて無敵では無かった事だ。私は目撃した。我々の放った魔法の一つで、火龍がほんの少しでも揺らいだ事が。ここにいてはいつかは死んでしまう。君達がどうするのかは知らないが、もしここへ住むのでなければ、森の中を通ると良い。飛竜の目を少しは掻い潜れるだろう。火龍を倒せる者なら、私達の無念を晴らして欲しい。】
ここの人々は街を捨て、王国へ向かう最中で絶えたのだろう。
火龍、強大な存在ではあるが人間の攻撃が通じるなんて。
読めばここにいても崩壊の恐怖に怯えながら暮らすしかない。
「どうするのお姉さん。ここも崩壊しちゃうかもしれないし、火龍に挑むのも……」
「……流石に勝てはしないでしょうけど。あの龍はムカつくわ」
「火龍に挑むの?」
「いや、無視して王国に逃げるわ。けど、一泡くらいは吹かせてやるわよ」
私は少しの食料と雑貨を拝借すると、今晩は眠りへとつくのだった。