74
楽朗君を呼びに行く?
天我君が逃げたらどうする。
それはまずい。
楓は楽朗の名前を大声で叫んだ。これでもかというくらい喉が裂けるんじゃないかと思うほど、腹から声を出し、助けを呼んだ。
喉がひりつく。
白いところが無い黒だけの不気味な目がジロリッと楓をねめつけた。口からは影のような煙のようなもやが漏れていた。
「お前も生者だな……女……いいな、お前」
そう言って影は自分の手を見て鏡を見て楓を見た。
ニタリと黒い歯を見せた。
「どうせ、生き返るなら、おんな」
肌が粟立った。息をのむ。
「ちょうだい……お前の命……ちょうだい」
来る!?
天我は少女の声で高笑いをしている。向かってくる。
楓は剣を出した。赤い刀身が光る。
天我が一気に距離を詰める。なんと速い動きなのだろう。剣を鷲づかみにされ壁まで一気に押される。身動きがとれなくなった。とんでもない力だった。楓の力じゃ全く押し返せない。
「なに……この力」
生きた人間のモノではない黒い笑顔が目の前にあった。
「ひ」
一刻も早く距離を取りたいと思った。
(ごめん、天我君!)
楓は思いっきり天我の股間を蹴りあげた。
が、なんの反応もない。
天我は首を傾けて楓に闇の底のような瞳を向けてくるだけだった。
「嘘でしょ」
もう天我君じゃない。目の前のこれは人間ではない。
剣はいまだにピクリとも動かせない。
「う、うう」