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「なに?」
「ちょうだい」
ちょうだいと言っている。いったい何が欲しいのというのだろうか。
「何が欲しいの?」
そう問いかけたあと、
少女はこちらをふり向いた。
顔が無かった。
影なのか闇なのか、穴が空いているみたいだった。
「おまえの命」
歪んだくぐもった声で少女は言った。
身が裂けるような悲鳴。
天我は玄関を出て自転車置き場に来た。
自転車の鍵を開けて勢いよく漕ぎだす。
「ちょうだい」
パッと後ろを見る。
さっきの顔の無い少女がいる。
「うわあああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ひたすらペダルを強く漕いだ。唸りを上げるタイヤ。
全身がわなわなと震えた。口からかってに嘆きがでた。恐怖に首を絞められているようだった。
明かりの殆どない町を走り続けた。すれ違う影。
天我は視線を感じた。
緊張が背中に張り付く。恐怖が足元を引っぱる。気が違いそうになってくる。
漕ぐのに疲れて、太ももがパンパンになってきた。
「ああ、もう漕げないないよ」
汗でシャツが張り付く。制服のボタンを外した。
ゆらゆらと自転車は蛇行する。
路地を曲がった。そこには地蔵ほどの大きさの影がいた。
「うわああああああああああああああああああああああ」