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天我は前を見た。下に目を向ける。高い。目が眩むようだった。見るんじゃなかった。
楓は胸いっぱいに息を吸いこんだ。
「命を粗末にするな!」
楓は天我の襟首をむんずと掴み引っぱった。天我の首がぎゅっと絞まる。
「ぐ、ぐるじい、じぬ! じぬうう」
天我はジタバタと苦しそうにする。
「死んじゃだめえええええええええええ!!!」
楓は襟首を引っぱり続けた。
本人は真剣に少年の行動を止めようとしているが、このままでは背中を押すのと同じことが起こってしまいかねない。
そんなやり取りをしている間に、
二人の目の前にあの摩訶不思議な渦潮が現れていた。
「え」
楓は目を見開いた。
手を離す。
天我は咳き込んだ。
「な、なにこの渦」
その瞬間の楓に天我の声は微塵も聞こえていなかった。
なんて幸運。行幸。ラッキー。
楓は思った。またあそこに行ける。
迷わずにフェンスに上がり、渦に飛び込んでいった。
渦に飲み込まれ、いなくなる少女。
目の前から少女が姿を消してしまって天我は困惑した。
「え……」
下を見る。
下にはいない。この渦潮みたいな穴みたいなモノに入っていったのだ。
どうなっているんだろうと天我は思った。
下と穴を見比べる。
「え? え? え?」
天我は穴に飛び込んでいた。