06.忘却を願う
これは夢。
・・・何度だって・・言い聞かせる。
これは夢なんだ・・・と。
だけど手に持つ包丁は体と一体化し、すべてが赤く染まっている。
・・・次第に顔が乾き、心が割れた・・・。
・・・ーーー数分前。
薬によって眠らされていたルナは、小屋の中で目を覚まそうとしていた。
・・・ トモモの脚に抱かれている。
初めにその感触が伝わり、次々といろんな感触が蘇ってくる。
トモモの胸にもたれかかっている。
ルナの頭の上にトモモの頭が乗っかっている。
体がぐったりとしている。
手に何か握りしめている。
手が開かない。
手がベトベトする。
床もベトベトしている。
血の匂いがする。
クサい。
クサい・・・。
・・・目を開くと・・目の前は真っ赤に染まっていた。
初めはそれが何か分からなかった。けど次第にそこにあるのが自分の両手だって気づいて・・・両手で握りしめているのが包丁だって気づいて・・・それがトモモのお腹に突き刺さっているのに気がついて・・・。
目の前の赤は全部トモモの血液なんだって・・・そう理解した。
顔を上げて体を起こすと、トモモが崩れ落ちそうになった。けど頭の上で縛り上げられた両手がそれを阻止している・・・。
「・・・トモモ?」
返事はなかった。
ピクリとも動かなかった。
ただグッタリと・・・力無く倒れ込みそうな状態のまま・・・ずっと・・・。
少しして唐突に、彼女が死んでいると気づいた。気づいたら、記憶が・・・感触すらも合わせて蘇ってきた。
「・・・私が・・殺した?」
あの瞬間・・・眠りに落ちそうな夢の中で、ルナは彼の手に惹かれ・・ゆっくりと・・・手を動かした。そして手に持った包丁でトモモのお腹を突き刺して・・・そしたら血が溢れ出した。
「・・・嘘・・・・・嫌・・・嫌・・嫌ぁ!」
・・・え?トモモ?
目の前の事態を受け入れたことで、ルナの頭が混乱し始めた。
これ・・夢だよね?
血だらけの少女がいること。
何度も何度ももがいた後があること。
死んでること。
・・・本当に死んでる?
大丈夫大丈夫こういうのってもうすぐしたら目が覚めるものだし大丈夫。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫・・・・・・。
・・・・ほら・・・やっぱり夢だ・・・。
意識を失い倒れたルナが、ネチャッ・・と音を立てながら顔を上げると・・・やっぱり彼女は死んでいた。
「・・・あははは・・・・・・・・。」
・・・ルナは今、泣いているのだろうか・・・。
・・・ルナは今、悲しんでいるのだろうか・・・。
心が張り裂けそう。
それだけはわかる。
それだけはわかる・・・。
・・・でもそれ以外は何もわからない。
・・・・・・何もわからない。
しばらくして、小屋の中に数人の人影が入ってきた。その人たちがルナを何処かへ連れて行く。
・・・だけどルナは、何の抵抗もしなかった。
その人たちにたくさん喋りかけられた。だけど何も言い返さなかった。
その人たち以外からもたくさん喋りかけられた。だけどそれにも同じ状態だった。
悲しい顔をする人がいた。
泣いている人がいた。
優しく笑いかけてくる人もいた。
真剣な面持ちの人もいた。
みんなみんな、気持ち悪かった。
トモモのことを、事実として告げられるのが怖かった。
彼の存在に、怯えた。
だからルナは逃げ出した。
・・・ーーー電車に揺られて数時間。私は一人、国内随一の大都会・・・の外れ区域へとやってきていた。
・・・通称『親子の街』。それがこの区域の呼ばれ方。
その理由は至ってシンプル。
ここでは他人の子どもたちがいつも自分を買ってくれる大人、つまり親を待っているから。
そしてこの区域には捜索願が出されている少年少女たちも多い。
・・・私もいずれその内の一人となるのかな。
・・・お金は用意した・・けど三日と持つか怪しい。
早いところ親を見つけないと。
・・・大丈夫。
成人さえしてしまえば親元の確認は無くなる。
成人さえしてしまえば普通に家借りて仕事できる。
あと二年の我慢。
それまで耐えればいいから。
・・・この二日後から、私は自分を売り始めた。
・・・ーーーここに来てから一年ほど経って、私はある程度の知名度になった。
裏界隈で・・の話だけど。
まあ結構たくさんの人と関係持ったし、当然か。
・・・あと一年・・・これからどうしようかな・・・。
結構たくさんのお金が貯まったんだけど・・ずっと裸のまま隠し持ってるだけだし・・・ここ最近、怪しげな勧誘?みたいなの受けたし・・・。
しばらくネットカフェで隠れるか・・・それとも新しい街に行ってリセットするか・・・。
ん〜・・・新しい街・・・どこかいい場所あるかな。
できればあんまりネットを使わずに親を探せる場所・・・・ここ以外にはないか。
・・・いっそ誰かの住所を借りる?
そしたらこんなことしなくても普通のバイトができるようになるし・・・なる?
・・・・無理かな?
・・・いや、最悪逃げればいいか。
・・・・とりあえずはいけそうな人だけリストアップしとこ。
・・・ーーーそれから三ヶ月ちょい。
暑すぎる八月の日差しを、回避できる場所を見つけた。
つまり良い親に出会った。
今のところは・・かもしれないけど。
とりあえずそこに住むことにした。
様子見しながら。
カバンの中にあるお金のことは喋ってない。
成人後の為の貯蓄だし、取られる訳にはいかないから。
ただ家賃代だけは払うことにした。
相手側にあんまりストレス溜めさせないために。
これなら面倒事を起こす確率も減るでしょ。
そんなこんなでバイトを始めた。
とりあえず最初は日雇いの物から。
まぁ問題なく、特に面白みもなく、そんな感じ。
ある程度経験を積めたから、普通の方もやってみることにした。
面接も無事終わり、明日から入ることになった。
その帰り道。
私は攫われたらしい。
相手は危険な組織集団だと思う。
目的は奴隷売買だったり人身売買だったり。
家出した子どもたちを中心に写真を撮って裏に流して買い手を探す。
見つかれば睡眠薬飲ませてさっさと拉致る。
傷無しが基本らしいから、強引な拉致は最終手段だそう。
過去に数度、私が勧誘を受けた相手だ。
もちろん断った。
けど三回目の時に今までと雰囲気が違うのを感じ取って、それ以来逃げることにしていた。
気づいたんだ。
私に買い手がついたんだって。
・・・ホント最悪。
ここまできて奴隷堕ちかよ。
・・・ーーー目を覚ますと、知らないベッドに寝かされていた。
多分ここは私そのものを買った人間様の家かな。
早めに逃げたほうが良いか・・それとも様子見か・・・。
・・・家と周囲の構造をある程度把握してないと脱出は難しいか。
ならばしばらくは様子見しながら地図の作成・・・できればいいな。
・・・ーーー今何月だっけか?
携帯もカレンダーもないからわかんないな。
・・・拉致されて目覚めてから今まで、一度も部屋の外には出られていない。
これじゃあ地図も作れないし、計画も立てられない。
ちゃんと信頼は築けたと思ったんだけどなぁ・・・。
・・・どうしようか。
もう・・・強行突破しかないか?
いやそれは流石に厳しいって。
わかってるのはこの部屋が地下にあることくらいなんだから。
・・・いっそこのままここで生活する?
・・・ないな。
このままだと殺されそうだし。
私死にたくない。
・・・死にたくはない、か。
大切だったはずの誰かを忘れて・・・自分の名前も忘れて・・・感情すら捨て去って・・・そんなただの人形に成り下がった私が死にたくないって・・・。
死にたくないからって理由で生きてるだけの存在に、果たして生きる価値なんてあるのかな・・・。
・・・いや・・あるわけないか。
そんなどうでもいい無価値な概念。
うん。
好きなように生きよう。
生きたいように行こう。
・・・ーーー脱出劇は上手くいかなかった。
罰として、両脚を切り落とされた。
遊び半分で右手も落とされた。
でも死ななかった。
律儀に治療までもしてくれたから。
だけどもう生きれない。
死にたくないと思えないから。
そうやって諦めたら、知らない大人たちに救い出された。
多分警察かな。
病院に送られた。
母を名乗る人に出会った。
入院することになった。
複数の人たちと話した。
だけどどれにも、大切だったはずの誰か・・・その人の話題は出てこなかった。
退院することになった。
今日は私の誕生日らしい。
ケーキを買いに行った。
家につくとおっきな荷物が届いていた。
中身は私の手脚。
誰のおかげか、帰ってきたらしい。
これ、くっつくのかな・・・。
透明な何かで包まれているそれを拾い上げてよく見てみる。
そしたら気づいた。
右手の薬指・・・指輪ついてる・・・。
これでメインは完結。