05.運命
山の中腹あたりにある小さな小屋の中で目を覚ました私は、意識がぼんやりとする中で状況を確認しようとした・・・けど。
・・・力が入らない。
・・・体を動かせない。
・・・なんで・・・。
全身の骨が抜かれたみたいな・・・そんな感じだった。ただ視線は動かせたから、見える範囲と感触から情報を集めることにした。
・・・場所は移動してないらしい。ただお菓子とかコーヒーとかはなくなってる。
服装に乱れはなし。特に何かをされたような感じもしない。
私は布団の上で寝かされている。それで・・・なんかおしっこ臭いしそこ周辺の布団が濡れてる感じする。これは漏らしてる可能性ありだ・・・。
・・・久々すぎて・・私の羞恥心がオーバーヒートぉ〜・・・。
・・・しかし一体なぜ・・この年にも為って・・・。
両足首に何かが付いている感じがする。そして僅かに鎖も見える。これは拘束されてる感じかな。
彼の姿は見えない。彼の荷物も。
私の荷物は隅で綺麗に並べられている。
あと口には・・・人工呼吸器?みたいなのが付けられている。
・・・分かるのはこれくらいか・・・。
・・・この状況から察するに彼の目的はおそらく監禁・・・。
・・・・・さてとどうしたものか。
とりあえず体が動くまでは何もできないとして・・・。
・・・なにもできないな・・・。
彼の帰りを待つしかないかぁ・・・。
それに待ってれば、ほったらかしにしておいたトモモが心配して私の家に行き、いずれメモ書きを見つけて警察に言ってくれるだろうし。
・・・少し楽観的すぎるか?
いやでも・・こうなることを予測はしてたし・・・今現在そこまでの恐怖は感じないし・・何かしらされても殺されることは無いだろうし・・・ここの位置も記したメモ書きを机の上で隠し置いてるし・・・。
そういや監視カメラ・・・ちゃんと写ってるかなぁ・・・。
ん〜・・・録音機はちゃんと内ポケットにある・・・けど触られた可能性があるか・・・。
・・・証拠・・・残ってればいいけど。
・・・ーーーお?
ちょっとだけ指動いた?
なんとなく力入ってきたかも?
え〜っと〜・・・・目覚めてから何分くらい経ったけか・・・。
わからん。
まあいいか。
よし、うご〜け〜うご〜け〜〜・・・うごけ!
「フンッ!」
お!
ちょっと声出た。
もっかい・・・・ん?
小屋の外から、微かに声が聞こえた気がする。・・・そして数秒後にもう一回。
「ルナナァァァァ!」
まだ小さいけど、それでもはっきりと聞き取れた。
トモモの声だ・・・。
来てくれたんだ・・・。
ちょっと安心するな・・・。
あ・・・涙・・・。
・・・バンッ・・と勢いよくドアが開き、トモモが中へと入ってきた。
熱を放つ体・・・。息遣いは荒く・・・額には汗が流れている。そして真剣な表情が安堵に変わり、泣きっ面に変わり、涙を流し始めた。そのまま私に抱きつき・・・。
「し゛ん゛は゛い゛し゛た゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
汚い声・・・。
でも・・・良い。
その声が、私に安堵をくれる。
「・・・ごめんね。」
良かった。
ちゃんと声出た。
しばらく泣き続けたトモモがようやく落ち着いてきたから・・・。
「・・・警察には言った?」
そう問いかけた。
するとトモモは首を横に振る。
・・・おかしい。
ここの場所を知ったということは私が隠して置いたメモ書きを見たということになる。そしてメモ書きには現状で起こりうるであろうと予測した情報を記し、警察への通報をお願いしていたはず。
・・・それを見てない?
「じゃあママたちが通報してくれたの?」
その問にもトモモは首を横に振る。
おかしい・・・。
「私のメモは見てないの?」
それにも同様の動作を取るトモモ・・・。
おかしい・・おかしい・・・。
トモモはこの場所を知らない。
なのにやってきた。
一体どうやって?
いやそんなことよりも今は通報が先か?
絶対に先だ。
考えうるに、トモモはここに一人で来ている。故にもし今彼が戻ってきたら・・・。
・・・ザザッ・・・・。
・・・小屋の外壁・・私の頭方面・・つまり山の奥手側で・・足音がした。いや、どちらかと言うと立ち上がる音か?
いや違う。
そんなことはどうでもいいんだ。
「電話!警察に電話!急いで!」
叫んだ。
しかし・・・。
「私・・携帯持ってきてないよ?」
「なんで?!」
「だってルナナが・・置いてきてって・・・。」
「私が?!そんなこと言ってない!そもそもどうして・・・。」
そうか私の携帯から!
「私が必死になって探し回ってる時にルナナがメールしてきたんじゃん。話したいことがあるって・・・。」
「逃げて!」
「え?」
「いいから早く!」
「う、うん。」
私の焦りを察知したのか、トモモは急いで小屋の外へ向かっていく。だけど・・・。
トモモがここに来てしまった時点でほぼ詰みだ!
最悪だ最悪だ最悪だ!
この状況を作り出したのは彼だ!
考えが足りてなかった!
なんで私は携帯を置いてこなかったんだ!
「・・・やっぱり神様は・・・僕たちのことを見てくれているよ・・・。」
視線を上げると、出入り口に彼の姿があった。
・・・終わった。
・・・・・それは・・確信?
トモモは尻もちをついたまま立ち上がれずにいる。・・・トラウマが呼び起こされてしまったのだろう。全身が震え、表情は怯え、微かな息を漏らすのみ。
・・・助けないと。
そう想う心が、再び熱を放つ。
大丈夫。
体は動く。
絶対に動く。
彼が入って来て隙を見せたところで飛び蹴りを入れる。
隙を作って、トモモを逃がす。
私なら、できる!
「君が僕の下へやってきてくれた。彼女は偽のメールを信じ、疑うことなく携帯を置いてきた。まさに僕が望んだ通り。神様への祈りが通じているんだ。素晴らしい。」
彼はバカなことを喋りながら、トモモに向かってゆっくりと歩み寄っている。
・・・落ち着け・・・落ち着け・・・タイミングを見計らえ・・・。
「それじゃあ。儀式を始めるための準備といこう。」
彼がしゃがんだ。
行ける!
蹴りを入れて、トモモを連れ出す!
脚に力を入れ、全力で大地を蹴った。しかし・・・。私は鎖の存在を忘れていたことを思い出す。瞬間・・・脚は止まり、顔面が地面に打ち付けられ、床の上に突っ伏した。
顔を上げると、トモモが拘束されていくのが見える。両手は上で、座った状態のまま柱に縛り付けられて・・・。
激情は痛みを消し去り・・・魂が叫ぶ。無力な体は前へ前へと這いずり進もうとするけれど・・・金属でできた足の拘束具はビクともしない。
・・・これから目の前で起こる何かに対して・・・目を逸らしてもいいのかな・・・・。
・・・無力に打たれ・・心が絶望し・・・私は逃避を求めている。
・・・トモモへの拘束が終わると・・・彼は包丁を手に取り私の下へ近づく。もう片方の手にあった布を口に当てられると・・・全身から力が抜けていって眠気に襲われた。
そして意識が朦朧とする中・・・。
「僕と君とは運命で結ばれている。離れることなんてできやしない。奪われた居場所は自らの手で消し去らなければならない。これは儀式。」
そんなことを耳元で囁きながら・・・彼は私の手へと包丁を移す。そこで・・・私の意識は閉ざされた。