05.そして始まりへ
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4月22日。
目の下を黒くする私は、学校をズル休みして静かな森の中にある小さな小屋へと向かった。
そこの山と小屋は、元の持ち主に捨てられ放置された町の所有物。故にめったに人が入ってこない。だからかつて、活発だった私は彼を連れて山を探索した。その時に見つけた秘密基地。二人でキレイにして・・整えて・・・。今世で寄ってみた時点でも・・誰にも壊されることなくそのままの姿でそれは残されていた。
・・・・楽しい思い出だったよ。
ゆっくりと歩きながら、内ポケットにある録音機を動作確認のために取り出した。
「・・・・・4月22日。天真 桜は死にました。」
・・・言葉はなんでも良かった。・・・なんでも良かったから・・なんとなく浮かんだ言葉を喋ってしまった。
・・・別に悲しいとかはない。ただ言葉にしたことで、私は天光 月なんだって・・・それがより強固なものになった。ただそれだけ。
・・・カチッ・・と再生ボタンを押すと、録音機はさっきとおんなじ内容の言葉を繰り返す。
「動作に問題はなし、と。」
確認が終わった録音機は、再び内ポケットへ。
・・・隠しカメラは小屋内に設置済み。左のポケットには万が一に備えてのカッターナイフ。学校カバンの中には大きめの袋や着替え、タオルなんかを詰め込んだ。
・・・大丈夫・・準備は万端。
この二週間の間にしっかり整えたんだ。
だから恐れるな・・・私。
恐怖に打ち勝て。
この体で・・・.自らの行動で・・・私が望む明日を勝ち取ってみせろ。
恐怖や・・不安・・・。それによって作られた急勾配を登り続けるが如く・・・力んだ脚が素早くなっていく・・・。ここまで来た以上はもう止まれない・・・。
その現状を理解することで更に重圧が増えていく・・・。しかし刻んだ痛みが自我を保たせ、己を己へ回帰させる。
ついに辿り着いた小屋の外。進むことすらできない脚を前へと動かし・・・震えることも許さない手で扉の取っ手部分を握りしめた。
・・・深呼吸を三回。
熱を放つ心をそのままに扉を開くと・・その中で椅子に座る彼が待っていた。
私の心と正反対の感情を示す彼・・・。そんな彼が笑顔を浮かべながら立ち上がり、私の下へと歩み寄る。そして嬉しそうに言った。
「待ってた。・・・待ってた。」・・・って。
大の大人が子どもみたいにはしゃいで・・・。彼はずっとこの日を待ち望んでいたのだろう。でも・・・だからこそ・・・私は待たなかった。
「あなたとは結婚できません。」
この言葉で引いてくれれば・・・それが一番良い結果となる。・・・だけどそれを・・彼は選べない。これは彼の生きる理由そのものであり、最早これ以外に彼が望む願いはないから。
・・・そう思っていたけど・・・。
「やっぱり・・・そうなるんだね。」
・・・と、さっきの表情はどこえやら・・・。
落胆し逆に落ち着いた雰囲気を醸し出す彼の表情を見せられ、私は困惑した。
結婚できない・・・そう言い続ければ彼の感情がたかぶり、私を襲ってくると・・・そう思っていたから・・・。このまま何もされなければ、私は警察に行けない・・・。それは一番良い結果であると言えるけど・・・危険分子が残り続けるという意味にもなり得てしまう・・・。
だからそうさせないためにも・・・。
「わかってたの?」
彼に問いかけた。私が「結婚できない。」と言ってくることがわかってたのかって。
その問いかけに彼は視線を下に落とし、頷いた。
「・・・じゃあなんで・・・。」
なんでトモモを・・・。なんで咲良さんを・・・。そう言いそうになったけど、その言葉は飲み込んだ。なんとなく理解したから。
・・・咲良さんは、本当に事故だったのだろう。そして咲良さんも亡くしてしまったせいで、彼は狂ってしまった。結果、かつての彼が愛した居場所。そこを奪ってしまったトモモに対して、彼の矛先が向いてしまったのだろうと・・・。
許されない・・・決して許されてよいことではないけど・・・トモモは被害を墓まで持っていくつもりみたいだし・・・憔悴しきった彼はただの人間に戻ったし・・・。ならばこれまでのことは全て忘れてしまう方が良いと・・・私はそう考えた。
「最後にお茶でも飲んでいってよ。」
・・・しばらく間を空け・・・彼が喋った。
・・・だけどその言葉に、私は怪しさを感じた。
さっきはああ言ったけど・・・まだ完全に彼を信用してるわけじゃないし、そもそも戻ったとも限らないから。私が見ているのはあくまでも表面上の彼だけ。その内側にあるものを、今の私ではまるで感じ取れない。
・・・あるとすれば・・睡眠剤か・・・。
そうやってうだうだと考え事をしていると更に・・・。
「・・・コーヒーでも淹れる?一応と思っていろんな道具やお菓子なんかも持ってきてあるんだ。」
バッグを開いて中身を見せびらかしてきた。
・・・用意周到だな・・・。
その呆れ具合に・・・
「・・・はぁ。」
と、ため息が漏れた。
ま、ちょっとぐらい一緒にいてあげても・・・いいか。
なにかされたとしてもそれが警察へ行くための口実にもなるし。
まぁでも一応・・・。
自分のコーヒーは自分で淹れて、お菓子は要らないとだけ言っておいた。
これだけ飲んで、帰ろう・・・。
・・・一口目を飲んでからは10分くらいか・・・。
今日に限っては、ずいぶんとゆっくりしてるな。
やっぱり私なりにもいろいろと思うところがあるのか・・・。
・・・甘すぎず、かといって苦すぎないコーヒー・・・。個人的にはこれくらいのコーヒーがどんな食べ物にも合うと思ってる。それを半分くらい飲んだところで・・・聞き忘れていたことを聞いた。
「私たちのことを、忘れてくれる?」
つまり私とトモモに故意に近づかないでと・・・。その問いに彼はしばらく考え込み・・・。
「それはできないかな・・・。」
と、和やかな表情で頭を掻きながら言った。そして続けて・・・。
「君が好き・・・この感情はどうやっても消えないから・・・。僕には決して君を忘れることはできないよ・・・。」
「・・・ごめん。」
聞きたかったこととは別の答えが返ってきた・・・けど、これに関しては私の聞き方が悪かったな。
・・・申し訳ないことを聞いてしまった・・・。だから今度はちゃんと伝わるように・・・はっきりと・・・。
「・・・えっと・・じゃあ私たちに故意で近づかないでくれる?」
・・・そう伝えた。
この問にも彼はしばらく考え込んだまま・・・動かなくなって・・・私の瞼が・・・落ちそうになって・・・。
頭がうつらうつらと揺れる・・・。
どうやってかは知らないけど、睡眠剤が入っていたらしい。
・・・おかしいな・・・自分で淹れて・・・ちゃんと見ていたはずなのに・・・。