表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

05.そして始まりへ

 4月22日。

 目の下を黒くする私は、学校をズル休みして静かな森の中にある小さな小屋へと向かった。

 そこの山と小屋は、元の持ち主に捨てられ放置された町の所有物。故にめったに人が入ってこない。だからかつて、活発だった私は彼を連れて山を探索した。その時に見つけた秘密基地。二人でキレイにして・・整えて・・・。今世で寄ってみた時点でも・・誰にも壊されることなくそのままの姿でそれは残されていた。

 ・・・・楽しい思い出だったよ。


 ゆっくりと歩きながら、内ポケットにある録音機を動作確認のために取り出した。

 「・・・・・4月22日。天真 桜は死にました。」


 ・・・言葉はなんでも良かった。・・・なんでも良かったから・・なんとなく浮かんだ言葉を喋ってしまった。

 ・・・別に悲しいとかはない。ただ言葉にしたことで、私は天光 月なんだって・・・それがより強固なものになった。ただそれだけ。


 ・・・カチッ・・と再生ボタンを押すと、録音機はさっきとおんなじ内容の言葉を繰り返す。

 「動作に問題はなし、と。」

 確認が終わった録音機は、再び内ポケットへ。

 

 ・・・隠しカメラは小屋内に設置済み。左のポケットには万が一に備えてのカッターナイフ。学校カバンの中には大きめの袋や着替え、タオルなんかを詰め込んだ。

 ・・・大丈夫・・準備は万端。

 この二週間の間にしっかり整えたんだ。

 だから恐れるな・・・私。

 恐怖に打ち勝て。

 この体で・・・.自らの行動で・・・私が望む明日を勝ち取ってみせろ。

 

 恐怖や・・不安・・・。それによって作られた急勾配を登り続けるが如く・・・力んだ脚が素早くなっていく・・・。ここまで来た以上はもう止まれない・・・。

 その現状を理解することで更に重圧が増えていく・・・。しかし刻んだ痛みが自我を保たせ、己を己へ回帰させる。

 

 ついに辿り着いた小屋の外。進むことすらできない脚を前へと動かし・・・震えることも許さない手で扉の取っ手部分を握りしめた。

 ・・・深呼吸を三回。

 熱を放つ心をそのままに扉を開くと・・その中で椅子に座る彼が待っていた。

 

 私の心と正反対の感情を示す彼・・・。そんな彼が笑顔を浮かべながら立ち上がり、私の下へと歩み寄る。そして嬉しそうに言った。

 「待ってた。・・・待ってた。」・・・って。

 大の大人が子どもみたいにはしゃいで・・・。彼はずっとこの日を待ち望んでいたのだろう。でも・・・だからこそ・・・私は待たなかった。

 「あなたとは結婚できません。」

 この言葉で引いてくれれば・・・それが一番良い結果となる。・・・だけどそれを・・彼は選べない。これは彼の生きる理由そのものであり、最早これ以外に彼が望む願いはないから。

 ・・・そう思っていたけど・・・。

 「やっぱり・・・そうなるんだね。」

 ・・・と、さっきの表情はどこえやら・・・。

 落胆し逆に落ち着いた雰囲気を醸し出す彼の表情を見せられ、私は困惑した。

 結婚できない・・・そう言い続ければ彼の感情がたかぶり、私を襲ってくると・・・そう思っていたから・・・。このまま何もされなければ、私は警察に行けない・・・。それは一番良い結果であると言えるけど・・・危険分子が残り続けるという意味にもなり得てしまう・・・。

 だからそうさせないためにも・・・。

 「わかってたの?」

 彼に問いかけた。私が「結婚できない。」と言ってくることがわかってたのかって。

 その問いかけに彼は視線を下に落とし、頷いた。

 「・・・じゃあなんで・・・。」

 なんでトモモを・・・。なんで咲良さんを・・・。そう言いそうになったけど、その言葉は飲み込んだ。なんとなく理解したから。

 ・・・咲良さんは、本当に事故だったのだろう。そして咲良さんも亡くしてしまったせいで、彼は狂ってしまった。結果、かつての彼が愛した居場所。そこを奪ってしまったトモモに対して、彼の矛先が向いてしまったのだろうと・・・。

 許されない・・・決して許されてよいことではないけど・・・トモモは被害を墓まで持っていくつもりみたいだし・・・憔悴しきった彼はただの人間に戻ったし・・・。ならばこれまでのことは全て忘れてしまう方が良いと・・・私はそう考えた。


 「最後にお茶でも飲んでいってよ。」

 ・・・しばらく間を空け・・・彼が喋った。

 ・・・だけどその言葉に、私は怪しさを感じた。

 さっきはああ言ったけど・・・まだ完全に彼を信用してるわけじゃないし、そもそも戻ったとも限らないから。私が見ているのはあくまでも表面上の彼だけ。その内側にあるものを、今の私ではまるで感じ取れない。

 ・・・あるとすれば・・睡眠剤か・・・。

 そうやってうだうだと考え事をしていると更に・・・。

 「・・・コーヒーでも淹れる?一応と思っていろんな道具やお菓子なんかも持ってきてあるんだ。」

 バッグを開いて中身を見せびらかしてきた。

 ・・・用意周到だな・・・。

 その呆れ具合に・・・

 「・・・はぁ。」

 と、ため息が漏れた。

 ま、ちょっとぐらい一緒にいてあげても・・・いいか。

 なにかされたとしてもそれが警察へ行くための口実にもなるし。

 まぁでも一応・・・。

 自分のコーヒーは自分で淹れて、お菓子は要らないとだけ言っておいた。

 これだけ飲んで、帰ろう・・・。


 ・・・一口目を飲んでからは10分くらいか・・・。

 今日に限っては、ずいぶんとゆっくりしてるな。

 やっぱり私なりにもいろいろと思うところがあるのか・・・。

 ・・・甘すぎず、かといって苦すぎないコーヒー・・・。個人的にはこれくらいのコーヒーがどんな食べ物にも合うと思ってる。それを半分くらい飲んだところで・・・聞き忘れていたことを聞いた。

 「私たちのことを、忘れてくれる?」

 つまり私とトモモに故意に近づかないでと・・・。その問いに彼はしばらく考え込み・・・。

 「それはできないかな・・・。」

 と、和やかな表情で頭を掻きながら言った。そして続けて・・・。

 「君が好き・・・この感情はどうやっても消えないから・・・。僕には決して君を忘れることはできないよ・・・。」

 「・・・ごめん。」

 聞きたかったこととは別の答えが返ってきた・・・けど、これに関しては私の聞き方が悪かったな。

 ・・・申し訳ないことを聞いてしまった・・・。だから今度はちゃんと伝わるように・・・はっきりと・・・。

 「・・・えっと・・じゃあ私たちに故意で近づかないでくれる?」

 ・・・そう伝えた。

 この問にも彼はしばらく考え込んだまま・・・動かなくなって・・・私の瞼が・・・落ちそうになって・・・。

 頭がうつらうつらと揺れる・・・。

 どうやってかは知らないけど、睡眠剤が入っていたらしい。

 ・・・おかしいな・・・自分で淹れて・・・ちゃんと見ていたはずなのに・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ