04.全ては愛が故に
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天光 月。彼女の携帯に、華一 太陽という男から一通のメールが入った。曰く・・・、
「事故にあった。
大切な人が死んでしまった。
だから君に、会いたい。」と。
大抵の人間はこれを見ると・・・「ん?」となるだろう。当たり前だ。「大切な人が死んだから君に会いたい。」などという言い回しを見れば、誰であれこの三人の間に何かしら複雑に糸が絡まっているのかと詮索するだろうから。
しかしてその真なる答えは、ただの一人も想像できないほどに非現実的で狂気的なものだと言えよう。そう。彼女と彼との間には、常人では理解も想像も不可能なほどの絡まりが存在しているのだ。
「・・・あ、メール入ってる。気づかなかった〜・・・一体なんだろお〜・・・・・ッッ!?」
呑気な表情からの落差。彼女は一瞬にして絶望と呼ぶに相応しい絵面を、その顔に刻み込んだ。
「咲良さんが・・・死んだ?」
咲良さん・・・本名、華一 咲良。旧姓、八重津 咲良。華一 太陽の婚約者。今年の十二月頃に長女が生まれる予定だった女性。それが、今。彼からのメールで死んだと告げられた。
あまりに突然のことゆえ、彼女はしばらくの間思考停止状態に陥った。しかしすぐさまに電気信号を巡らし、脳を動かす。
まずは彼が入院している病院を探すことから。それと並行し彼女の親友であり恋人でもある桜華 友、通称トモモへ『助けて。家に来て。』と連絡。
流れるように着替え、病院へ向かう準備を進めて・・・。
ピコンッ・・・という音と共に彼からの返答が帰ってきた。
「『天真 桜の入院場所』・・・あそこか。」
そのメッセージは彼女にのみ伝わる言霊である・・が、故に。彼女は決してその言霊に了承の意を示さず、聞き返さなければならなかった。しかし・・・あまりの衝撃による思考停止からの・・・一瞬にしてフルスロットルへと達してしまった彼女の脳みそでは・・・その痛恨のミスに気づく前に既に返信を送ってしまっていた。
「あッ!?えッ?!いや・・待って。どうする?!どうする?!」
すぐさま対応策を考えようと彼女の脳は全力疾走を始めたが、焦りと動揺による強烈な濃霧が彼女の行く先を阻害する。結果、彼女は自らの返信を取り消してしまった。
それを見た彼は一人笑う。己が真に愛した君がそこにいるのだと・・・そう・・確信へ至ったから。
☆
ピンポンとチャイムが鳴り響く。トモモが家へやってきた合図だ。とりあえず今は・・・。そう思い、ドアを開けた。すると不思議なもので・・・トモモを目にした瞬間一気に目が覚めた。
あの時、私は返信を消さずにそのままにしておくべきだった。そうすればどうとでも言い訳できたのに・・・。
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トモと会ったのに妙に落ち込んだ顔・・・。どうやら気づいたらしい。自らの失敗に。だからこそ見ものだ。ルナはこれからどうやって対処していくつもりだろうか。彼の確信に対して。
前回、ルナは自らを天真 桜とすることで彼・・太陽くんとのお別れ会に成功した。太陽くんの確信を上手く利用したんだ。でも実際のところ、それは成功したように見えただけの大失敗だった。だからこそ、八重津 咲良は殺されてしまったのだ。最悪の悲劇と言えよう。
であるのならば・・・今回はどうなる?もはや太陽くんに逃げ道はなく、確信は既に絶対のものとなったのだ。ここで更に天真 桜を出してしまえば、最早それは逆効果となってしまうだろう。
さあどうする・・・ルナ・・・。
「・・・ごめん。急に用事は入っちゃってさ。さっきのことはやっぱり忘れて。」
「いや無理でしょ。」
急いで家を出ようとしたルナの手を、トモは両手でガッチリホールドする。
「何があったの?」
「あ、ちょっと宿題で手伝ってほしいところがあってね。でも今はごめん。ちょっと用事。」
明らかすぎる饒舌な早口。多量の手汗。泳ぐ視線。わかる人間にはわかってしまう咄嗟の嘘。
「・・・どこに行くの?そんな顔貼り付けて。」
「・・・スーパーだよスーパー。ママに買い物頼まれてたの忘れてたの。」
「じゃあトモも一緒に行く。」
「あ、いやそれは・・・。私ひとりで充分だから。」
「はぁ?!」
当然の怒り。何故いけると思ったのか。
「意味わかんない!もういい!絶対に離れないから!」
トモの手に込められた力が・・怒りに比例し強くなる。
「・・イテッ・・・ゴメン!」
汗で濡れた手はさぞ滑りやすかったのだろう。ルナはトモの手を振りほどき、走り出した。水しぶきを飛ばしながら。
彼女たちはよく屋外で遊ぶ。それ故に二人とも同年齢と比べ平均的に体力はある・・・がしかしだからといって、二人の体力が同じ程度になることはない。彼女たち二人の間には大きな差が存在している。というよりもルナ一人だけがほか全てよりもずば抜けて体力がある。
ルナは幼少期から走っていた。とにかく走っていた。それはただの運動好きというより、狂気に近いほどのランニング。まるで全てを捨て去り己をも消し去らん雰囲気の・・・。
そして実際に過呼吸となり、幾度か倒れたこともある。それでも尚ルナは走ることを止めなかった。
そんな馬鹿に平均的よりもちょっと上くらいの人間が勝てるはずもなく、ルナはいつの間にかトモの前から姿を消した。
☆
病院についた・・・・けどどうしよう。・・・何も考えてない。
恐らく・・・というより絶対。このままいけばボロが出る。それをなくすためにも、ある程度考えてはおきたかったのに・・・。
「私のバカ・・・。」
・・・どうしようか・・・・・。
・・・・いや待って。
そもそも行く必要ないじゃん。
そのことに、ようやく気が付いた。
・・・なんで私・・・彼に会いに来た?
君に会いたいって・・・彼のその言葉だけでここまで来たの?
それとも咲良さんのことを聞くため?
咲良さんが本当に死んだのかって・・・・。
咲良さん・・・二人目が生まれるはずだったのに・・・。
すごく幸せそうだったのに・・・・。
たいよう・・・なんでこのタイミングで事故なんか起こしたの・・・。
浮かれてたの?
嬉しくなって前見てなかったの?
「・・・はぁ・・・。」
ほんとになんで事故なんか・・・・・・事故?
・・・・・・事件?
・・・・・・・ッ!?
・・・恐ろしい考えが、脳内をよぎった・・・。
・・・いやいやありえないでしょ・・・・そんなこと・・・。
絶対にありえないって・・・。
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ルナはひとり、家路を急ぐ。
そしてドアを開け、自分の部屋へ。
「お帰り。」
笑ってない笑顔から怒りを匂わせながら、トモがルナを出迎えた。
「あ・・え・・鍵は・・・。」
「開けっ放しで突然走り出したのはルナナでしょ?」
「・・・・あ・・うん。・・・・ごめん。」
すごーく申し訳そうに・・本当に反省していますという雰囲気を醸し出しながら・・・・謝った。どれだけ考えても、ルナはこの状況で謝罪以外の行動は地雷になると察したから。
その態度にため息をつきながらも怒りが収まったのか、それともただ呆れただけなのか・・・・トモはルナへの質問を始める。
「で?どこに行ってたの?」
「あ・・・。」
どこに行っていたのか・・・。
太陽くんの元へ行こうとしていたと言えば、トモの逆鱗に触れるだろう。だからといってスーパーに行っていたなどという嘘をついても、それは地雷でしかない。無視をした場合も同様に。
最早逃げ場なし。そう悟ったルナは、トモの逆鱗が最低限になるように真実と嘘を織り交ぜ話し始めることにした。
「咲良さんのこと・・・聞いた?」
「第二子が生まれること?」
「ううん、違う。」
「・・・じゃあなに?」
「さっきね・・・咲良さんの婚約者からメール来てるの気づいて、それを見たの。そしたら咲良さんが事故で死んだって。」
「・・・え?は?ちょっと待って。は?・・・ホントなの?」
驚愕・・・重ね、困惑・・・。そして疑念の反応を示すトモモ。
「わからない。あくまで聞いただけだから。でも・・・こんな嘘つく必要ないし・・・そう考えると・・・。」
「ホントに・・・死んだ・・・。咲良さんが・・・死んだ?」
トモの放つ悲哀の感情に・・・ルナが呼応する。彼女はようやく・・・涙を流し始めた。
「それ・・確認しに行ってたの?さっき・・・。」
「・・・うん。」
「わからなかったの?」
「病院の前までは行ったけど・・中には入りづらくて。」
「なら今からもう一回行こ。ちゃんと確認しに行こ。どこに行けばいいの?」
ついに来た質問に、ルナは覚悟し一言告げる。
「・・・婚約者が入院してるところ。」
咲良さんの婚約者。それは即ち太陽くん。
「・・・そこにひとりで行こうとしたの?」
「・・・うん。」
「なんで?」
トモの悲しみが・・・少しづつ怒りへと塗り替えられていく。
「トモモを悲しませる前に本当かどうかの確認だけしとこうと思ったから。」
心の奥深くでは感じていたかもしれない・・嘘。あのときのルナは、ただ・・・「行かなきゃ!」という想いに縛られ・・・本能の赴くままに突っ走っていた。
「トモのこと悲しませたくないって言うならなんであんな奴のとこにひとりで行こうとしたの?わからない?トモにとってルナは咲良さんよりも大事なんだよ?」
あんな奴・・・。トモが彼をそう呼ぶのには意味がある。
彼は約一年前、ルナにストーキングを行った。つまり犯罪者ということになる。ルナはそんな男のもとに、ひとりで赴こうとしていたのだ。更にルナは、その時既に恋人関係であったトモからある質問をされた折に、その男のことを「・・・好きなのかな?」と返したこともある。
これらの事実に対し今回の件。トモが怒ることは何一つ不思議ではない。
故にルナはただ謝ることしかできず・・・それがトモを再び呆れさせる。しかしそれでも・・・トモのルナへ対する愛情が消え去ることは・・・絶対にない。