92話 清十郎
92話です。
よろしくお願いいたします。
清十郎は校庭で一夜を過ごした。
隣にいるスカーの横顔は、明らかに疲弊している。
彼女は、『3人』を亜空間に捕らえておくため、
『ポータル』を開いたまま、一睡もせずに一晩過ごしていたからだ。
清十郎はスカーを屋内に連れて行こうとしたが、
彼女は頑として動かない。
「いいんだよ。あたしは此処で」
表情は神仏のように穏やかだったが、
内部には不可侵の決意が滲んでいるようだった。
音がしないよう慎重に立ち上がり、噴水の水を飲んだ。
渇いて腫れた喉が奇跡によって瞬時に癒される。
「ふー」
息を吐いたら、スカーが足に触れてきた。
「汗くさいだろ」
「ううん。へーき」
スカーは細目で朝日が昇るのを見守っていた。
「静かだな」
長息とともに座った清十郎の肩に、スカーは頭をもたれた。
猫毛のように細い髪が、清十郎の頬をくすぐる。
「やっと一晩」
呟きは固くて重かった。
この先、彼女は常に緊張に曝されたまま過ごすことになる。
「ほとんど疲れないって、キーラに言ったのにさ」
彼女には後悔があるようだった。
「清十郎。
しくじったよ、あたし」
「仕方ないだろ」
こめかみの辺りがチクリと痛む。
清十郎には、彼女が悔いている理由がわかっていた。
「俺だって、しくじってる」
「何を?」
「地球には、公転というものがある」
スカーが清十郎の肩にキスをすると、冷たい息を吐いた。
「知ってた」
「それならどうやって」
「想像力と、溢れ出る魅力でフォローした」
スカーは、ふっ、と時が流れるのを悲しむ老人のように笑った。
これからどうなるのだろう。
スカーは疲弊する一方だ。
『3人』が出てきたら、どうやって対応すればいい。
清十郎のこころには嵐が吹いていた。
「清十郎」
「なに?」
「あんた、さっきから余計なことを考えてるだろ」
「余計?」
「ダニエルとか、あたしのこととか」
「そりゃあなぁ・・・」
「考えないで。いまのあたしだけを見て」
スカーは両手を後ろ頭に胸を張り、セクシーポーズをとった。
彼女の美は十分官能的で魅力的だったが、
「無理な話だ」と清十郎は左右に首を振った。
こんな状況でなければ、思うまま手を触れられたのだろうか。
「ぶー。つまんねぇなぁ」
スカーは宙に丸い息を吹きかけた。
「清十郎。
あたしはこのまま7日耐える。
ちょっといいアイディアがあるんだ。
でも、それ以上はわからないから。
みんなには、7日間、好きにしろって伝えといて」
「ちょっと待て。いいアイディアって?」
「この状態を7日もたせる方法」
清十郎は長息した。
「本心をいうと、もっといいアイディアかと思った」
「悪かったな」
スカーは舌を出したが、すぐに真面目な顔になった。
「結希達はまだ知らないんだよな」
「うん」
眠っている結希達は、クロエが死んだことを知らない。
聞いたらショックを受けるだろう。
だが『3人』が出て来るかもしれない状況で、
彼らには落ち込んでいる暇すらない。
だからきっと、スカーはその時間を稼ごうとしているのだ。
「あたしには、なんとなくわかるんだ。
あの子達は、サバイバー」
「サバイバーね」
遠くの空を見つめるスカーの瞳を、清十郎は息をとめて見守った。
「そう。
あたしを含めてね」
「そうだな」
スカーは唇の右側だけを釣り上げて、不敵に笑った。
「そして、あんたは、『引き受ける人』
あたしみたいなサバイバーを、
あんたみたいな人が『引き受ける』のよ」
スカーは含みのない純粋な笑みを浮かべた。
「みんなには、好きに過ごして欲しいって言ったけど、
清十郎は別。
あんただけは、あたしを『引き受けて』くれないと」
「なんなんだよ。それ」
「いいからさ、頼んだよ」
彼女はこちらから目を離そうとしない。
清十郎は頷いた。
「なんだかわからんが、その『引き受ける』ってやつ?
やってみる。わかった。任されよう」
清十郎は腰を押さえながら立ち上がった。
「さて、生き残るために準備をしようかな」
「何すんの?」
「テントを張るんだよ。
必要だろ? 外で過ごすサバイバーには」
皮肉を込めて言うと、スカーに尻を叩かれた。
ありがとうございました。
次話も近々更新いたします。




