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90話 スカー

90話です。

週末を予定していましたが、本日更新いたします。

結希達の状況を考えると、

1分でリハーサルを終えて、再度亜空間に戻らなくてはならない。

「さぁ行って」

「うんっ」

スカーは順番にみんなを『ポータル』から出していく。

肺にひびが入るくらい、大きく息を吸った。

このリハーサルが、『自転利用高速移動式ポータル』を

実戦前で使う最初で最後の機会になる。

「急げ!!」

此処は、結希達がいる学校の校舎を想定した公園の広場だ。

全員が配置につく。

「OK!」

決められた通りの位置に、ソーニャがオドを向かわせる。

「よし。

順番を間違えるなよ!」

全員が決められた手順で動いていった。

繰り返し練習した成果か、とてもスムーズな進行だ。

「完璧だな」

「練習したもん!」

伊都子が進行のタイミングを、身振り手振りで知らせる。

「いいですよぉー」

オドの光と太陽の位置を確認すると、スカーは『ポータル』を出した。

「・・・よし」

ここまでは良い。

だが、

思うように『ポータル』が自転の力を生かせなかった時には、

この作戦自体が実行不可能になってしまう。

「ま、できなかったら、できなかったときね」

それでも、スカーに緊張は微塵ない。

スカーには、自分なりの強固な理屈があったからだ。

「懐かしい、この感じ・・・」

過去に一度だけ、スカーは大規模なコンサートを開いたことがある。

大勢の観客の前で、なおかつ失敗できない状況で、

歌を披露するのは初めてだった。

直前まで足が震えていたのを覚えている。

土壇場で人は、自分の人生を賭けて事に当たることになる。

そのとき思った。


歌は自分の人生だった。


人生を賭けたものがうまくいかないのなら、仕方ない。

結局うまくいくかどうかは、土壇場を乗り越えるほどの人生を、

これまで自分が歩んできたのかにかかっている。

もちろん、リハーサルは大切だ。

しかし、直前に付け焼刃で何かをやったからといって、

成功の源になることはない。

それがスカーの考えであり、強固な理屈であった。

だからこそスカーはできると信じていた。


なぜなら、スカーは清十郎に出会った。


出会う前のスカーは水とタンパク質の塊だった。

今はどうだ。

ある思想が、形を感じられるほどにくっきりと、

スカーの内部に生まれている。

あんなに嫌いだった自分を愛せるようになった。

これは全部、清十郎のおかげ。

清十郎を愛している。

清十郎を愛し過ぎるがゆえに、

清十郎を愛している自分を愛するようになった。

くだらないと思っていた人生の中で、そんな奇跡が起こったのだ。

だから、間違いなくできる。


「あたしは、無限だ」


スカーにとって、『自転利用高速移動式ポータル』を

現実のものにするには、何よりもイメージが大切だった。

今まで百千と繰り返してきたように、

スカーは今も地球が高速で自転しているのを想像した。

挿絵(By みてみん)

それは、花を散らす健やかなる風。

人を地面に縫いつける重力。

もっともっと凄まじいなにか。

全てのものは音速を超える速さで、いつも次の場所に向かっていた。

止まることなく。

歌を愛し続けたあの頃のように、イメージを膨らませていく。

スカーがイメージしたものは、朝と夜を連れてくるものだった。

強大で有無を言わせない、希望と失意。

不幸ばかりなんてありえない。

その代わり、幸せばかりもありえない。

世界はいつも相補的だった。

「いける・・・あたしは天才だ」


あたしの人生は―――


「止まれ」

呟いた瞬間、空中で留まっている『ポータル』は、

本当の意味で止まった。

「そして動け」

全てを置き去りにした『ポータル』はあまりに速く、

まさに一瞬で眼前を通り過ぎて、消え失せた。


―――たった今、肯定された。



   ◇


一行は学校の校門前に到着した。

まだ亜空間内である。

少しの時間経過も許されない状況であったため、

『ポータル』を使わず、ここまで歩いてきたのだ。

「あーつかれた」

「終わったらジャンクフードがくいてー。

めちゃくちゃ脂っこくて体に悪そうなやつ」

最後のボトルをみんなで回し飲みしているとき、

紫が言った。

「ぜったいビールだよな」

うんうんと清十郎が頷く。

「ソーニャもお腹すいたー」

「みんなすごいですね・・・。

私はぜんぜん食欲ありません」

「僕も、伊都子と同じでまったく食欲ないよ。

まともなのは2人だけだね」

「ふふ。そうだねー」

伊都子から最後に回って来たボトルを、スカーは飲み干した。

「おら。

おまえらだらだらすんなよ」

「うん」

キーラが『賢者の真心の王国』の力を使い、光の輪を出現させる。

輪の中に、学校の映像が浮かび上がってくる。

そこには頭を怪我した葵が、陽子の手によって

ダニエル達の前に引き摺られていくところが映っていた。

「こりゃまずいな」紫が言う。

「大変・・・っ。

葵ちゃん。ひどい怪我をしてる」

「でも、死んでない」スカーは伊都子の手を握った。

伊都子は頷くが、彩度を一段階失ったような顔色をしていた。

「やるしかない」覚悟を決めた様子でキーラが言った。

「うん。やろう」

呟いた清十郎の肩に手をかける。

みんなに見えるように、スカーは眉をぐっと上げた。

「あいつらに地球の偉大さを教えてやろうぜ」

みんなの口元に苦笑いが浮かぶ。

苦笑いであっても、笑いは笑いだ。

「そうだな」

「・・・じゃあ、やるかぁ」

「うん。

練習はしてきたし、リハーサルもばっちりだったし」

清十郎が言うと、一同が視線を集めた。

「きっとうまくいく」

「うまくいくに決まってるだろ」

清十郎の震えた語尾を抱きしめて、スカーは大きく頷いた。

「ですねっ」

「全員で大一番を乗り越えようぜ」

紫と伊都子が勢いよく言った。

それまで黙っていたキーラが、視線を左右に振った。

「俺も・・・頑張る」

「ソーニャもー!」

双子が強く手を握り合った。

「あのさ。

こういうの、してみるか?」

清十郎が手を出すと、皆がそれに手を合わせていく。

次に全員がゆっくりと視線を交わした。

「成功させよう」

「おーっ!」


   ◇


まずは校門の外側に、伊都子と紫、清十郎の3人を送り出した。

名残惜しかったが、実世界の時間が過ぎるのを防ぐため、

すぐに出入り口を閉じる。

「ソーニャ。

出たらすぐに、ここにオドを集めるんだよ。

イメージできる?」

「うん。できるー」

「あと、怖くても叫んだり、泣いたりしちゃだめだ」

「わかってるよー」

「間違えないようにね」

「キーラしつこいっ。ぶー。

ソーニャのがお姉さんなんだから!」

「いや、そういう意味じゃないだろ」

頬を膨らませたソーニャを、キーラが本気で案じているのが

面白くて、スカーは吹き出した。

「スカーどうしたの?」

「なんでもない。

でも、2人は仲いいよなぁ」

「そんなことないよ」

ソーニャは嬉しかったようだが、

キーラの方は恥ずかしそうに俯いた。

「タイミングはキーラに任せるから」

「わかった。

なるべく早く始めるよ」

「ああ」

スカーは校舎の真ん中にある出入口の陰に、2人を送り出した。

声が出ないよう左手で口を押さえたまま、

ソーニャが『ポータル』越しに手を振ってきた。

「・・・」

こころを血みどろにしながら、スカーは『ポータル』を閉じる。

もう後戻りはできない。

亜空間に1人残されたスカーは、

拳と手のひらを何度か叩き合わせて気合を入れた。

「よしっ」


   ◇


スカーは1秒に満たない時間で、

『ポータル』を幾度か開閉しつつ、

直前まで状況を把握することに努めた。

「伏兵はなし。

ロックのやつは油断しているのか」

校舎の階段を登り、屋上から見下ろすように全容を見渡す。

結希と葵、倒れた従者達と、『3人』がいた。

「『3人』とも、グラウンドにいる。

こんなに都合がいいことはないな」

スカーは清十郎が言っていた、将棋の話を思い出す。

この状況を作り出したのは、葵と結希と月子という、

かけがえのない大切な仲間達だ。

絶対に無駄にはできない。

キーラが上空のドローンを、ゆっくりと旋回させていく。

上空には風があるが、大丈夫だろうか。

「まずは1手目・・・」

狙い通り、ドローンがダニエル目がけて落下していく。

「さすがキーラ・・・どう出る?」

スカーは小刻みに『ポータル』を開閉しながら、

状況を頭の中で整理していく。

陽子が反応して、ドローンを斬り落とす。

「やっぱ、あいつは仕事が早いな」

厄介なのは、素早い反応速度を持つ陽子なのかもしれない。

だが、彼女には盤面をひっくり返すような巨大な力はない。

やはり、注意するべきはダニエルなのだ。

スカーはダニエルの視線の方向をしっかり確認してから、

『ポータル』を閉じる。

「ふぅー」スカーは長息する。

視線誘導は今のところ上手くいっているようだ。

スカーは階段を下りて校庭に出ると、女神の噴水の水面ぎりぎりに、

『ポータル』を設置した。

その『ポータル』と、以前島で潜った一番深い海を繋げる。

「2手目」

水圧によって、『ポータル』から海水が吹き出していく。

「次は・・・」

次はキーラとソーニャが囮をする番である。

2人が走って行く姿を見守る。

スカーは2人がいつ襲われるかと、こころが張り裂けそうだった。

幸運なことに、ダニエルに大きな動きはない。

彼はただじっと、双子を見つめている。

「3手目・・・大成功」

スカーは海水を噴き出させた『ポータル』を閉じる。

そして、ソーニャの出したオドの位置をしっかりと脳裏に焼き付けた。

リハーサル通り。

その真下に、いそいそと清十郎と伊都子と紫が向かっている。

「4手目」

スカーはダニエルの動きが、

キーラの思い通りになっているのが面白くなってきた。

清十郎達が3人並んで、上空を飛んでいるオドをまっすぐ指さした。

彼らのポーズとオドの動きに、ダニエルは完全に気を取られている。

「よし」

スカーはダニエル達を亜空間へ送り込むため、

一際大きな『ポータル』を2つ準備した。

準備が完了しても、『3人』は誰ひとりとしてこちらに気付かない。

おかげで一瞬だけ、精神統一する時間ができた。

その時、ダニエルがスカーの『ポータル』に気付いた。

だが、もう遅い。

『自転利用高速移動式ポータル』が、『3人』を正面にしっかり捉える。

ロックがダニエル達を庇ったが、飲み込まれるのは防げない。

スカーはすぐさま『ポータル』を閉じた。

「よし!」

大事なのは、ここからだ。

スカーはキーラから伝えられた

『ポータル4点縛り』の手順を思い出す。


   ◇


「わかった。

それなら、閉じ込めることは可能だ」

「どうしたらいいの?」

スカーがぐいぐい迫ると、キーラは鼻白みながら言った。

「ま、まずは、ダニエル達の左右を『ポータル』で挟むんだ」

「えぇ? 『ポータル』開いたら、外に出ちゃうじゃん」

スカーはすでにキーラに頬ずりしている。

「・・・出ないよ。

左右に『ポータル』があるんだから」

「どういうこと?」

「『ポータル』は、亜空間内に斥力と引力を生じさせる。

力と力に挟み込まれて、身動きが取れなくなるんだよ」

「へ~。

ちょっと試してみよ」

「だめだよっ。

今やったら、僕ら大変なことになっちゃうよ!」

「そ、そっか」

「念のため上下にもひとつずつ『ポータル』を設置すれば、完璧だね」

「ほうほう。

上下左右から挟み込むわけか」

スカーが首肯していると、紫が口をはさんだ。

「なるほど、これぞ『ポータル4点縛り』って感じだな!」

紫の言に、キーラが目を細める。

「そのネーミングはいったいなに?」

「センスクソすぎだろ」

清十郎がからかうように言った。

「『自転利用高速移動式ポータル』だって、

似たようなもんだろっ」

「いや、なんか、お前・・・やっぱりいいわ」

清十郎が言うと、伊都子も首肯した。

「紫さん。ダサいです」

「伊都子ちゃんまで・・・」

スカーは、口をあんぐり開けて悲しそうな紫の肩を叩く。

「まぁ、仕方ねぇからそのネーミングは採用してやるよ」


   ◇


『ポータル4点縛り』を実行したスカーの口元は、

あの時のようにわずかに笑っている。

上下左右を『ポータル』でリバーシのように挟むと、

強力な斥力と引力がダニエル達に向かって生じた。

だが、これで終わりではない。

スカーは『ポータル』を当初の予定よりも、かなり大きく開いた。

大きく開くことで、『ポータル』が生じさせる力が

強くなることは経験上知っていた。

そして、4つではなく8つの『ポータル』を使用する。

『3人』を確実に押し潰し、この世から消滅させるためだ。


「死んで・・・ダニエル」


スカーはそうすることを、キーラには言わなかった。

キーラには、加減を間違えたとか、

不慮の事故で亜空間のひずみに挟まれてやつらは死んだとか、

適当なことを言って誤魔化すと決めている。

彼に責任は負わせない。

全部自分がしたことにして、全て終わらせるのだ。

「死んで」

その時、ロックが周囲に強い囲いを作った。

囲いは強固で、『ポータル』の斥力と引力の力をもってしても、

引きちぎることはできなかった。

スカーは限界まで『ポータル』を広げてみたが、結果は同じだった。

「・・・くそ」

『3人』は押し潰されることなく、亜空間内で生き残ってしまった。


殺せなかった。


スカーはゆっくりと目を閉じた。

ありがとうございました。

次話は、週末に更新を致します。

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