89話 清十郎
89話です。
よろしくお願いいたします。
亜空間で生活を始めて、かれこれ1週間になる。
わずかな時間で外に出て、食料を集めて戻り、
清十郎達は『自転利用高速移動式ポータル』をダニエルに
ぶつけるための準備を続けていた。
「ジューロー。
見て見て」
ソーニャが清十郎のジーンズを引っ張ると、
大きく手を振って見せた。
すると、空高く浮いていたいくつものオドが、
指示に従うように飛び始める。
「とまれー」
ソーニャが言うと、オドは空中でまた浮き始める。
何がきっかけになったかは定かではないが、
彼女はこの数日でオドを自在に操れるようになった。
「上手になったなぁ。
ソーニャ」
頭を撫でると、ソーニャはとんとんと小さく飛び跳ねて喜んだ。
「えへへ」
2人でみんなのいる広場に戻ると、
スカーと伊都子と紫が大きな3角形を作るような
位置取りで立っていた。
三角形の丁度真ん中にいるキーラが声を出す。
「伊都子の場所が目印になるから、
くれぐれも間違えないようにね。
紫がダニエルのいる位置だ。
スカーが立っているのが・・・」
スカーが手を挙げた。
「『ポータル』を作る位置ね」
「そう。
この向きを間違えないように、しっかり頭に入れて。
やる前に、太陽の位置を必ず確認するようにして」
「方向が合ってないと駄目だからな」
紫が腕を組んで、何度も頷く。
「そうだね。
もう耳にタコができたかもしれないけど」
清十郎は、思いをたくさん口にするキーラを嬉しく思う。
「よし。位置の確認は終わり。
最低、ここがしっかりできていれば、大きな失敗はない。
じゃあ、次はダニエルの気を逸らすための作戦だけど」
キーラが清十郎と手を繋いでいるソーニャを見た。
清十郎はキーラが何を言い出すのか予想がついていたので、
すぐに手を振った。
「やっぱりさ、だめだと思うんだ。
キーラ」
「でも、僕達が囮になるのが、一番効果がある」
「出た瞬間、殺されたらどうするんだ」
「そう。
だから、出るのは2番目だ。
2番目に出るのが一番効果がある」
腕を組んだ紫が眉を寄せた。
「俺も、出来ればやめてほしい。
囮は俺達で十分だろ?」
「そうかもしれない。
でも、そうじゃあないかもしれない」
清十郎は勢いをつけて首を振った。
「ソーニャと俺が何度も話し合って決めたんだ。
これをやるとき、俺達は十分役目を果たした後だ。
それに、囮は大事なものでなくては、効果がない。
そうでしょう?」
キーラが清十郎の手を掴んだ。
力を入れて握り返し、清十郎は頬の内側を噛んだ。
「お前は俺の本命中の本命だ。
お前が死んだら、俺はこれからどうしたら良いんだよ」
キーラはこちらをまっすぐに見ていたが、
清十郎が頑なだと気付くと、目を逸らした。
「計算した確率的には、清十郎達の方が2倍以上危険だよ」
「わかっている・・・でも、そんなことを言いたいんじゃあない。
クロエさんも死んで、お前まで死んだら」
「はいっ」
手を叩いたスカーが声を上げる。
「もし、そうなったら『ポータル』で防ぐわ」
「だ、だめだよ。
それじゃあ、スカーが切り札だってバレちゃう」
スカーがため息をつく。
「いいじゃない。
それで」
「だめだよっ」キーラが叫ぶ。
『ポータル』から意識を逸らすことが作戦の要なんだから」
スカーは両手を大きく上げると、
「最後に『ポータル』を使うなんてこと、ダニエルは百も承知よ。
『自転利用高速移動式ポータル』は、
これ自体が不意打ちみたいなものだし。きっとうまくいくわ」
そして笑顔を作った。
「『ポータル』を見た瞬間、彼らは警戒を強める」
キーラは眉間を寄せたまま、小さく唸る。
「そう。でもさ、
あたしがそうしないと、清十郎は許可を出さないわよ」
スカーからの視線を感じたので見つめ返すと、
彼女は少し痩せた頬を持ち上げた。
彼女はこの条件で、キーラとソーニャが危険を冒すことを
許すように言っているのだ。
「わかった。
そうする」
キーラが渋々頷くと同時に、清十郎も仕方なく頷いた。
◇
清十郎は眠れなかった。
不安が心臓と腹を絞ってくる。
作戦は、不測の事態が起こった時のことまで考えた。
対処法を練りに練ったものの、うまくいく保証はなにもない。
清十郎は何度も作戦の流れに穴がないかを確認した。
「ああ・・・くそ」
悪態をついて体を起こす。
離れた場所まで行き、水筒の水で顔を洗った。
浮腫んだ瞼の上で人差し指を往復させていると、キーラがやってきた。
「起きたのか」
「うん」
水筒を渡すと、キーラはそれでうがいをした。
「あのさ」
彼はちょっと面白そうな顔をして、清十郎を見上げてきた。
「ちょっとこれ見て」
キーラが『賢者の真心の王国』のページをめくると、光の輪が現れた。
その中には、結希達のいる学校の校庭が映っていた。
ダニエルの前に、黒い槍で貫かれた結希がいる。
葵と銀達はまだ戦っているが、
多くの腫瘍持ちに囲まれて絶体絶命だ。
頭が痛くなるほど、自分の血圧が上がっているのに気付く。
「もう時間がない。
必ず成功させよう」
キーラの前でなければ、
清十郎はそこまで毅然と言えなかっただろう。
「うん」
みんなそうだ。
みんな互いを気遣うために、自分のこころを押し殺している。
感情を出してしまったら、きっと全員のこころを巻き込んでしまい、
収拾がつかなくなってしまうことを知っているのだ。
キーラを見た。
彼はまだこんなに幼いのに、大人を気遣っている。
ずっとずっと我慢している。
どうにか報いてやりたい。
そう強く願うのは、1人の大人としてなのだろうか、
それとも、1人の男としてなのだろうか。
清十郎が物思いに耽っていると、手を握られた。
ここ数日でキーラがするようになった、
年相応の甘え方に戸惑わないよう集中する。
彼が自分の手を握ったことに対して、
「どうした」とは絶対に訊かない。
それが、彼よりも少し歳を取っただけのくだらない
大人のせめてもの矜持だから。
キーラの手が熱くなり、やがて震えはじめた。
彼の前に膝をつくと、潮の香りがした。
「あの時、クロエにさ。
思ったことを話せって」
清十郎はゆっくりと大きく頷いた。
「でも、僕。
怖くて」
「そうか」
「僕が言ったことは、全部本当になるんだ。
ずっと前から、そうだった」
キーラがしがみついてきた時、
清十郎は体を串刺しにされるような葛藤を感じた。
葛藤は身体中にまとわりついて、身動きを取れなくする。
「お父さんとお母さんに捨てられることも、
おじいちゃんとおばあちゃんと離れ離れになることも、
里親の人達に、きっと酷いことをされることもっ」
雪山で凍えた登山者のように、キーラが身を震わせて言った。
彼はこんなに苦しんできた。
「言うと、全部現実になるんだ・・・だから」
「キーラのせいじゃない」
キーラの知覚推理力や、記憶力は他者を圧倒する。
彼には、大人達の思いや意図は透けて見えたのだろう。
結果として、キーラは全てを予見したのかもしれないが、
それは彼のせいではない。
ただ、周りの大人達が歪んでいたせいだ。
キーラがしゃくり上げる。
「だけど・・・クロエは、言えって」
清十郎は、はっとした。
クロエはきっと、キーラの理由を知っていた。
だから最後に願ったのだ。
「でも、ほんとうはさ、言うのが怖いんだ」
清十郎は彼の感情を追跡しながら、全身全霊で聞いていた。
俺はどうすればいい。
「馬鹿々々しいと思ったよね?
僕だって、本当は全部わかってた。
言ったことが、全部現実になるなんて、ないことくらい。
でも、本当に、怖かったんだ」
清十郎はキーラのあまりにも不幸過ぎた境遇が、
ほんのわずかでも軽くなるように願う。
しかし、こうして願う事しか出来ないのが腹立たしくもあった。
何のための大人だ?
何のために、お前は生きてきた?
彼のような子どもを安らかにしてやるためだのかもしれない。
だが、自分はそれすらもできない、くだらない大人だ。
結希や月子のように戦うこともできない。
音が鳴るほど、拳を握り締める。
自分に力がないことが悔しくて悔しくて仕方がなかった。
「そうか・・・」
言えたのは、たったそれだけだった。
清十郎は自身に愕然としていたが、
体を離してこちらを見たキーラは笑顔だった。
「ありがとう。僕は、うれしい。
こんな風に僕の話を聞いてくれた人なんて
いなかったから」
笑顔だったキーラの顔がみるみる歪んでいく。
「ジューロー。
僕、一生懸命やったよ。
褒めてよ」
彼の頭を撫ぜる。
「ああ。よくやった。
お前はすごかった。俺は嬉しい」
未発達で小さな身体を抱きしめる。
「本当?」
「うん」
「じゃあさ、お願い聞いてよ?」
「なんでも、聞いてやる」
キーラは少し間を置くと、恥ずかしそうに言った。
「もし、もしさ・・・・。
全部終わって、それでも生きてたら・・・。
僕。
ジューローの子どもになりたい」
清十郎は呆気にとられた。
キーラの願いが本当に些細で、切実なものだったからだ。
「な、なんだ。
そんなことでいいのか?」
「だめかな?」
「イイに決まってるだろっ。
てゆーか、俺はずっとこころの中でそう思ってた」
「な、ななな、なんでだよっ?!」
キーラが恥ずかしそうに
清十郎の胸に顔を押し当てる。
「あー。言わなきゃよかったっ。
言わなくても良かった!」
清十郎は声を出して笑った。
笑い過ぎて、涙が出るほどだった。
こんな風に笑ったのは、いつ以来だろう。
「どうしたの? ジューロー?」
「いや、何でもない」
キーラはポケットからハンカチを取り出すと、
それで清十郎の涙を拭いてくれた。
「準備いいな」
「葵がしろってうるさいんだよ」
キーラと清十郎は、手を繋いだまま仰向けに寝転んだ。
「あ~あ。
もっともっと早く、清十郎に会いたかった」
キーラの言に、清十郎はひそかに同意した。
もっと早く彼に会っていたなら、
自分はここまで捻くれていなかったかもしれない。
先程までの不安は、嘘のように消えていた。
ありがとうございました。
次回は今週末に更新いたします。




