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78話 スカー 結希 月子

78話です。

よろしくお願いいたします。

スカーは1人で多数の大鬼を相手しても、

まったく引けを取ることはない。

『ポータル』がスカー自身の思想と完全にマッチしたこと、

清十郎と出会ったことで、スカーの精神性は弾力を増し、

戦略的な力はさらに増した。

だが、そんなスカーにも2つだけ弱点だけある。

ダニエルと不意打ちだ。

今、スカーの5メートル前方に、2つの弱点が直立している。

スカーはダニエルを認めてからの1秒間で、自分の命を諦めた。

その上でどうすれば皆を逃がせるかを、考えることに決める。

経験と、自身の能力、状況、全てを踏まえた上で、

今をどう切り抜けるか、戦略を立てる時間が必要だった。

だから、ダニエルが急に動き出さずに佇んでいたことは、

これ以上ない程の僥倖であった。

「ダニエル。

もう来たの?」

命を割り切ったスカーの声は、真っすぐ彼に届いただろう。

挿絵(By みてみん)

ダニエルは応えるように、ゆっくりフードを取り去った。

純朴そうな黒人の青年が表情をあらわにする。

腹立たしいことに、

彼の所作には、まるで一国の王であるかのような余裕があった。

だが、その緩やかな動きにだまされてはいけない。

スカーはむやみに動くことを自分に禁じた。

彼が仕込んだ『黒い何か』が、

仲間達を一瞬のうちに串刺しにするのを想像する。

ここにいる全員が、まさに瀬戸際に立たされているのだ。

「スカー。

久しぶり」

ダニエルの口から出たのは、意外にも日本語だった。

虚をつかれたスカーは思わず訊いていた。

「日本語?」

彼はサプライズが成功した子どものように、

得意な笑みを浮かべた。

「ああ。

1から教えてもらったんだ」

彼はすぐに目を逸らして、吸い込まれそうな青空を見上げた。

彼はスカーと自分を結ぶ線からずれるように歩いた。

「他国の言語を現地の人に習うというのは、

不思議な体験だった」

場面が違ったら、理知的な発言をしたダニエルに、

尊敬の念すら抱いたかもしれない。

だが今はそれが不気味で仕方がない。

絶妙なタイミングで、スカーは目を動かして仲間達を見た。

尋常ではない雰囲気を察してか、

ソーニャ含めて全員が静かにやりとりを見守っている。

一瞬だけ伊都子と目が合ったが、

何らか安心させるメッセージを送ることができないまま、

スカーは目線をダニエルに戻した。

「・・・」

決断の時だった。

スカーは両手を上げて、ダニエルに向かって数歩進み出た。

平素なら気持ちいいと感じただろう風が、

手のひらの汗を掬って中空へ流れていく。

「何の真似だ」

両膝をついたスカーを見て、ダニエルが眉宇を寄せた。

「降参したい」

「それは、ここで死ぬということか」

「ええ。

その代わり、ここの人達を見逃して。

数年だけでいい」

スカーが言うと、隙間を埋めるようにダニエルが言った。

「君が命乞いをするとはね」

つまらなそうに言うと、彼は人の居ない、

残骸と化した日本の街並みに顔を向けた。

風の音にじっと耳を澄ませているようだった。

深い吐息。

「初期であれば、それも可能だった」

スカーはダニエルの言に、わずか希望を抱いた。

「お願い」

「もう無理だ」

同情するような眼差しが、こちらを見下ろしてくる。

「何でだよ?」

ダニエルは両手をだらりと下げて、

「人はみんな死んだ」と残念そうに言った。

スカーは目を剥く。

ダニエル達はすでに、日本以外の人間を全てを蹂躙したというのか。

「は、早すぎるだろっ」

しかし、彼が嘘を言っているようには思えない。

嘘を言う必要もない。

「中国はどうなった?」

逃げる算段も、戦う算段もつかないまま、

ただの好奇心でスカーは訊いていた。

「自滅した」

自室のフローリングの埃は掃除し終わったよ、

とでもいうような言い方だった。

ダニエルにとって、人間の命などそれくらいの価値しかない。

スカーにとって最も大切な、清十郎の命も。

「悪いけど、もうおしゃべりはやめにしないか。

自分は、あまり仲間に後れを取るのが好きではない」

首筋を冷たい汗が伝ってシャツの中に入っていった。

「・・・他の2人も来ているのか」

「そう。

彼らはあっちだ」

残りの2人は、結希達の方にいる。

スカーは項垂れた。全部終わったと思った。


   ◇


葵の通う高校の校庭には、緑色と青色に発光する

2つの女神の噴水がある。

緑色に発光する方の噴水近くに、結希はいた。

足元には、3人の腫瘍持ちとなった人が倒れており、

結希は手から流し込んだ電流によって、彼らの動きを封じている。

傷つけずに動きを封じるということは、

かなり緻密な力のコントロールを必要とする作業だ。

数日前、『トールの雷竜』が暴走した件があったことで、

雷のコントロールがうまくできるのかずっと不安だった。

そのせいで、屋上では動き始めが鈍くなり、

みんなに迷惑をかけてしまった。

だが、最終的には力の暴走はなく、

結希は何とか3人の腫瘍持ちを拘束することに成功していた。

何らかのきっかけでまた『トールの雷竜』が暴走するとも限らない。

一切の油断を許されない状況の中、

結希は雷のコントロールに注意を集中させた。

しかし、ここで問題が起こった。

校舎の方で大規模な爆発音がしたのだ。

あまりに大きな音だったので、耳をふさぎたくなるほどだった。

結希は滞空しているドローンに合図を送った。

状況がつかめないので、とりあえずスカーを呼んで指示を仰ぐためだ。

だが、何度合図を送っても、彼女は現れなかった。

ドローンの故障だろうか、

だがドローンは平常運転で、安定した飛行を続けていた。

「あっちでも、なにかあったんだ・・・」

再度校舎の方から轟音が響いた。

大規模な破壊が引き起こされていることから、

結希はただの腫瘍持ちではなく、以前出会った赤い巨人のような

大物が現れた可能性が高いと予想した。

月子の返陽月は、巨大な相手との相性が悪い。

葵が『呪視』の力を使ったとしても、できるのは時間稼ぎだけだ。

自分が行かなくては、2人は無事ではすまないだろう。

だが、腫瘍持ちとなった3人を拘束している最中のため、

結希はここを動けない。

この人達の手を放して、葵達を助けに行くべきだろうか。

いや、腫瘍持ちが自由になってしまえば、

現場はもっと混乱するかもしれない。

最悪の場合、作戦失敗となる可能性もある。

「くそ・・・どうする?」

結希は目を閉じた。

本来なら、1人でやる作業ではないが時間がない。

「・・・」

結希は彼らの腫瘍を破壊することに決めた。


   ◇


『あれ』が声を上げながら、こちらへ這って来た。

巨体を生かした体当たりだ。

月子は最短距離を走って躱そうとしたが、

『あれ』の足から伸びてきた一本の腕に裾を掴まれた。

「!」

大きく振り回されて、地面に叩きつけられる。

月子は受け身を取りながら体を回転させると、

『あれ』の腕を斬り落として、すぐに離れた。

背中の重い痛みと、揺れる視界を気合で無視する。

『あれ』はとても大きいので、

完全に動きをコントロールすることはできない。

このままの状況で戦っていては、葵を守り切ることは不可能だ。

せめて、彼女が自分の足で逃げてくれれば。

不意に『あれ』が葵へ身体の向きを変える。

「っ!!」

焦った月子は、危険を承知で『あれ』の正面に回り込んだ。

悪手だと分かっていても、どうすることもできなかった。

幾度か胴体を斬りつけると、すぐに反撃がきた。

触手のように伸びてきた人の白い手足を躱しきれず、

月子は受け止めた。

受けた膝と肘が痺れて感覚が無くなる。

「・・・っ!」

何かが真横から向かって来たので、

気配を頼りに飛び退いた。

わずかに間に合わず、肩をしたたかに叩かれる。

倉庫に閉じ込めたはずの平野だった。

「まみむめもまみむめも!!」

聞く者を戦慄させるような叫びを発すると、

平野がアスリートのようなフォームで疾走してくる。

月子は困難に直面した時、

むしろ身体を前へ押し出すよう鍛錬してきた。

足先を前方へ向けて、大きく一歩踏み出す。

月子は平野の身体を差し出した右手で触れると、少しだけ横に押した。

そうすることで、平野の身体と月子の身体は、

衝突することなくすれ違った。

地面につく一瞬手前にあった平野の左足を素早く払う。

平野が前のめりに倒れるのを尻目に、

月子は葵に向かおうとする『あれ』へ向かって走った。

幾度か斬りつけて注意を引いた直後、

後ろに迫ってきた平野の突進をまともに喰らってしまう。

「・・・っ」

月子は地面に倒れた。息が詰まって動けなくなる。

「ききききききっ」

平野が足を振り上げて蹴りを放ってくる。

月子は刀身で受け止めた。

彼女の足首が断たれて、鮮血がまき散らされる。

平野はそれでも一向にひるまず、月子の上から覆い被さった。

「きききぃ!」

馬乗りになった平野が、上から両腕を振り下ろしてくる。

咄嗟に頭を庇うが、衝撃を全て逃がすことはできない。

「・・・っ」

渾身のブリッジで態勢を崩させて、足を取って体を反転させる。

何とか馬乗りから逃れると、月子は顔を上げた。

葵に向かって、『あれ』の巨体が突進していくところだった。

ありがとうございました。

今日中にまたいくつか更新いたします。

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