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76話 結希 葵 清十郎 スカー

76話です。

よろしくお願いいたします。

結希は高校の屋上に降り立った。

頭の上にはポータルと、スカーの顔がある。

すぐに葵が降りてきたので、腰を支えて下ろしてやる。

「よし。OK」

親指を立てて見せると、

スカーは結希と葵の目をしっかりと見てから、

「気を付けろ」と念を押した。

ポータルが閉じられるのを尻目に、

結希は葵の肩を掴んで引き寄せ、「姿勢を低く」と伝える。

葵は少しだけ無理をしているような鈍い感じで、口角を上げた。

「結希、あそこ」

葵が指さした前方10メートルの位置に、人が立っていた。

その人は袖の破れた学生服を着ていた。

手足と顏には、表皮がなく、筋肉と脂肪が剥き出しである。

キーラのドローンによってあらかじめ把握していたものの、

実際に目にすると、底冷えするような緊張感が生じる。

「う・・・」

彼の体が腐りかけている匂いなのだろう、

辺りを包んだ異臭に結希は顏を歪めた。

「腫瘍持ち・・・」

腫瘍持ちの姿を見ていた葵の辛苦が、掠れた声に交じっていた。

「ああ」

結希は冷静を装って頷いたが、内ではこころ乱されていた。

作戦では、結希が腫瘍持ちとなってしまった人を、

電流で拘束することが前提となっている。

相手を傷つけずに雷で拘束するのは、

細かな加減をする必要があるが、

腫瘍持ちには『トールの雷』が効きにくいため、

調整がより難しくなる。

自分にうまくできるだろうか。

結希が口の中の空気を吸い込んで、口内を密着させる。

その時、葵がそっと触れてきた。


   ◇


男子生徒は腫瘍に侵されて、見るも無残な姿だった。

こんな状態の彼を救うことができるだろうか。

葵は無意識に結希の手に触れていた。

結希が心配そうにこちらを見返してくる。

「葵」

葵は何とか頷いて、結希から手を放した。

迷っている場合ではない。

人としてあるべきオーラは消え去り、

完全に腫瘍持ちとしての禍々しさだけを持っているが、

彼はまだ生きているのだ。

結希の力で腫瘍を破壊し、女神の噴水を使えば、

きっと救うことができる。

ただれた皮膚も、治すことができる。

大丈夫。

葵は自分に言い聞かせて、前を向いた。

だから、腫瘍持ちとなった生徒を助けたいがために、

盲目的となっている自分に気付かなかった。

「行こう」

前へ踏み出そうとした時、

葵は腫瘍持ちの男子生徒の上靴を見て足を止めた。

男子生徒の上靴には、山﨑と書いてあった。

「や・・・山﨑・・・君・・・?」

弓道部で、生徒会をしていて、目立たないけどいつも一生懸命で、

葵が憧れていた男の子。

『真実を見通す目』が、かすかな山﨑の気配を掴み取る。

間違いない。山﨑君だ。

血の気が引いて、体が横にぐらりと傾く。

結希が葵の体を支えようとした時、

踏み込んだ足で石を蹴ってしまう。

転がっていく石の音を聞きつけて、山﨑君がこちらを向いた。


   ◇


キーラの使う『賢者の真心の王国』から生じた光の輪には、

ドローンカメラが捉えた結希と葵、

そして腫瘍持ちの姿が映し出されている。

「動かないぞ。

チャンスなのに」

結希と葵はいつまで経っても、腫瘍持ちに仕掛けないでいる。

見守る清十郎の心臓がうるさいくらいに鳴った。

「なんで動かない?」紫が身を乗り出す。

「わからん。

慎重になっているのかもしれん。

だが、様子がおかしいな」

スカーが舌打ちをする。

「覚悟してただろ。このぐらい・・・」

「どういうことだ?」

清十郎が訊くと、スカーは冷静な口調で言った。

「知り合いなんだよ。

あの腫瘍持ちが」

「そんな。じゃあ、葵ちゃんは」

伊都子が頬に両手を当てて言い淀む。

そうこうしている間に、結希と葵は腫瘍持ちに見つかった。

「だめだっくそ。

気付かれた」

結希は素早く腫瘍持ちに駆け寄るが、奇襲はかなわず、

戦闘状態に入ってしまう。

清十郎はすかさず、他のドローンが捉えている

2体の腫瘍持ちの位置を確認する。

どちらともが、屋上目指して動き出しているようだ。

「だめだ。

周りのやつらに気付かれたっ」

顔を引き攣らせた清十郎に、スカーが質問を投げかける。

「で、どうすんの?

行っていいのかよ?」

顔を上げると、スカーが月子と腕を組んで、

片足をポータルに突っ込んで立っている。

さすがスカー。

幾度の修羅場を潜り抜けてきただけに、準備が早い。

「一旦連れ戻せ。無理なら手筈通りに」

「ラジャー」

スカーが敬礼をして『ポータル』に飛び込んだ。

続いて月子が向かう。

「月子さん。ごめん。頼む」

直前まで体を動かしていた月子が、

汗で濡れた額をこちらに向ける。

まるで戦に向かうような彼女の表情が、

恐ろしくもあり、頼もしくもある。

月子は親指を立ててから、

水が流れるように入っていった。


   ◇


「ぎゅよおおおおおおおおおおおおおお!!」

葵が山﨑と呼んだ腫瘍持ちは、耳が痛くなるほどの雄叫びを上げた。

結希は『麒麟』から『雷獣』に切り替えると、

山﨑へ駆け寄って口を塞いだ。

「うきょきょきょきょ」

山﨑は腹の辺りから奇妙な音を立て始める。

雄叫びは止まったが、代わりに噛みつかれた。

「ぐっ・・・大人しくしろ」

結希は手から電流を流して、山﨑を拘束しようとした。

『トールの雷』が腫瘍に吸収されていくので、完全に拘束するためには、

常人なら致死量である雷を流し込まなくてはならない。

それは結希にとって、人殺しをしかねない恐怖を孕んでいる。

結希は震えながら、電圧を上げた。

さらに力を込めると、腕の中で暴れる山﨑の力が弱まった。

なんとかできそうだ、そう思った時だった。

フェンスをよじ登って来た2人目と、

階下へ繫がる通用口から3人目の腫瘍持ちが現れた。

「くそ」

2人目はこちらに向かって来るが、3人目は葵を狙っている。

「葵っ!」

結希は捕まえた腫瘍持ちから手を放して、

葵に向かってきていた相手を蹴りつけた。

彼女の手を持って引き寄せ、後ろ手に回す。

自由になった腫瘍持ちを合わせて、3人が襲いかかってくる。

死闘を覚悟した時、「山﨑くん。やめてっ!」葵が叫んだ。

無防備な葵を守るのが最優先だ。

だが、腫瘍持ちとなった人達を傷つけないよう配慮する必要もある。

『麒麟』か、それとも『雷獣』か。

相手が救出対象ではなく、

ただの外敵だったなら、迷わず『雷獣』を使う場面だ。

それほどまでに、今の状況は悪い。

『雷獣』と『麒麟』どちらも使えないうちから、

結希はあっという間に囲まれ、腫瘍持ちの打突を受けた。

「ぐっ」

打突を防御した結希の両足が、一瞬浮いた。

恐ろしい膂力だ、常人の力ではない。

手加減をしながら3人を拘束するのは不可能だ。

葵だけでも逃がさなくては。

どうする。

その時、虚空に開いたポータルから、月子とスカーが姿を現した


   ◇


スカーが『ポータル』が開くタイミングに寸分たがわず、

月子は飛び出した。

地面に着地したと同時に駆け、鞘に納めたままの刀を振るい、

3人の腫瘍持ちを横薙ぎに打ち払った。

結希に迫っていた腫瘍持ち達の動きが、

衝撃を受けて明らかに緩やかになる。

おそらく動きを鈍らせるために、骨を折ったのだ。

「おいおい子猫ちゃん。

手加減しろよ」

月子に注意しながら、スカーは『ポータル』から出た。

こちらを認めた結希と葵が、明らかに脱力したのを見て、

スカーは内心腹立たしかった。

あれだけ偉そうに言ってたくせに、口だけだなこいつらは。

「ハロー、くそガキども。お遊びはおしまいよ。

ささ・・・退却退却」

スカーは等身大に開いた『ポータル』を指さした。

清十郎との打ち合わせでは、

危険な場合は作戦の中断をすることになっていた。

ちなみに中断の判断は、冷静なスカーに一任されている。

「スカウトさん。

ま、まだ」

スカーは『ポータル』で葵の目の前まで移動すると、

食い下がろうとする彼女の唇に人差し指を当てた。

「まだ、じゃねぇんだよ雑魚が」


   ◇


スカーの指示する声を聞いて、結希は自分の大腿を叩いた。

自分には、覚悟が足りなかった。

葵とスカーのやりとりを見ていた結希は、

後ろから月子の肩を掴んだ。

「僕が、やります」

月子はこちらに顔を向けて首を振ったが、

結希が譲らないでいると、

月子は戸惑った様子で後ろに下がった。

「スカウトさん。

今度はちゃんとやります」

前に出た結希の前へ、

腫瘍持ちの3人が叫び声を上げて突進してきた。

『雷獣』で強力な足払いを放つ。

相手は全員ひっくり返り、地面に伏した。

腫瘍持ちの拘束に足る量の電流を、一気に流し込む。

3人は完全に動きを止めて、沈黙した。

結希はすかさずスカーを見た。

「すみません。

僕のミスで手間取りましたが、これで予定通りです」

苛立ちを露わにしていたスカーが咳払いを1つすると、

表情を改めた。

「最初からやれよ、クソガキが。

もし次ミスったら、全員殺すからな」

結希は怯まず言った。

「はい!」


   ◇


「作戦は続行可能ですよね?」

結希の言に、スカーは下に向けて息を吐いた。

「この状態をずっと維持できるかよ?

腫瘍を潰さずに?」

スカーが結希に顔を近づけ、歯を剥き出しにして威嚇する。

「はい」

結希は強い意志を瞳に込めてスカーを睨み返してきた。

スカーは顔を引くと、手をひらひらと振った。

「あっそ。じゃ、続行。

月子は葵と一緒に、生きている人を探せ。

キーラも探している。

こっちが先だったら『ポータル』で顔出すから」

「は、はい。わかりました」

安堵の表情を浮かべた葵を見て、

スカーはため息をついた。

「葵。

おまえがしくったんだよ。

それであんたのダーリンは怪我した。

わかってんのか? あぁ?」

「は・・・はい」

「わかったらさっさと行けよ。

心配させんな愚図が」

「はいっ」

葵は眉に力を入れると、すぐさま立ち上がり通用口に向かう。

多少の混乱はみられるが、

精神的に折れてしまったわけではなさそうだ。

月子が眉間を寄せてこちらを見ているのに気付く。

想像の域を出ないが、スカーに「言い過ぎだ」

とでも伝えたいかもしれない。

「何だよ?」

声の出せない月子は、強い威圧をその場に残すと、

視線を逸らして葵の後を追った。

「ったく。こえーよあの女」

2人が非常階段に姿を消すのを見届けてから、

結希に向き直った。

「そのままでいろ。絶対しくじるなよ。

下にある女神の噴水まで移動するぞ」

挿絵(By みてみん)


   ◇


清十郎は腫瘍持ちを無事捕らえた結希達を見て安堵した。

「ふぅー。

なんとかなったな」

「心臓に悪かったけど、良かったー」

伊都子が目を潤ませている。

結希も葵も月子も、人間を相手に命のやりとりをすることには

慣れていない。

少なからず動揺はあったはずだが、

最後にはしっかり動いてくれた。

生存者を探している葵の動きも、冷静さを取り戻している。

スカーと月子がうまくフォローしてくれたおかげだ。

「わりといいチームなのかもな」

清十郎がつぶやくと、耳の中へ声が響いてきた。

<他人事言って。

ガキどものお守りは大変なのよ>

スカーの声だ。

「スカウトさん」

<はい。こちらあなたの愛しきスカーよ。

い、と、し、き、スカーね。

もし次スカウトって呼んだら、この仕事はおしまい>

「ふ、ふざけている場合じゃないだろ。

こんな時に」

<こんな時だからよ。

とりあえず結希と一緒に女神の噴水に来た>

「そうか。よかった」

<砂埃がうざい。芝生でも植えればいいのに。

そういえば、あたしの学校は運動場がなくてさ。

その話はいいや。

とりあえず、こっち見える?>

光のモニターに、校庭に出たスカーが手を振っているのが見える。

「ああ。見えるよ。

無事でよかった」

<そうでしょう。

あたしが無事で本当によかったわね。

それより、腫瘍持ちの子達だけれど>

「どうした」

<結希がうまく調整できるようになった。

拘束は問題なく続けられるってさ>

「大丈夫なのか?」

<大丈夫に見えるけど。

もうちょい様子見したら、あたしはそっちに戻るわ。

ここじゃあみんなの様子が分からないから>

清十郎は、月子と葵を追っているドローンの映像を見た。

2人は慎重に廊下を進んでいるところだ。

「わかった」

返事と同時に『ポータル』が現れ、中からスカーが出てくる。

「おかえり」

「ただいまー。

ガキどもの世話で大変だった」

「おかえり」

「スカーおかえりー」

彼女がモニターに張り付いている双子にキスをする。

スカーは伊都子に顔を向けると、目を見開いた。

「伊都子っ。

心配で泣いてたの?」

「う、ううん。泣いてないよ」

スカーに言われた伊都子は、慌てて目元を擦った。

「うそうそ」

スカーが笑みを浮かべると、伊都子に顔を寄せた。

「大丈夫よ。

何かあったら、あたしがみんな助けたげるから。

あたしがいない間は、紫に慰めてもらいなよ」

「え?

う、うん・・・」

「ちょっと、スカウトさん、油断しないで。

まだあと1人いる」

清十郎が言うと、スカーは目を閉じてそっぽを向いた。

「聞こえない」

「ちょっと、頼むよ」

「厄介な目に遭いたくなければ、名前くらいちゃんと呼んで」

「そうだぞ、サキ」

紫が絶妙なタイミングで割り込んでくる。

「・・・す、スカー」

恥ずかしさで変な声が出た。

「油断しないで。

まだ1人いるし、他にも隠れているかもしれない・・・」

やっとの思いで言うと、

「オッケー」

スカーは清十郎の体にもたれながら、

小さな女の子みたいに笑った。

ありがとうございました。

次話も、この後に更新させていただきます。

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