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74話 月子

74話です。

挿絵を入れてみました。月子さんです。

よろしくお願いいたします。

挿絵(By みてみん)

救出作戦の大まかな打ち合わせは、早朝から始まった。

話し合いの流れは清十郎が執り、スカーが適宜修正を加えていく。

その中で、結希や葵、紫が気付いたことを伝えるといった形で

話し合いが続いた。

「ごはんですよー」

昼食の時間を告げるクロエの一言で、話し合いは一旦終了となった。

作戦の要であるスカーはリラックスしている様子だったが、

葵と結希、清十郎はかなり緊張しているように見えた。

月子は食事に手を付けないままでいる、葵の隣に座った。

一瞬体を強張らせた葵が、月子を認めて苦笑する。

「月子さん・・・」

月子の目線が手つかずの食事へ向かったのを悟ると、

「食べられなくって・・・」と葵は俯いた。

月子は彼女の冷え切った手に触れた。

「ごめんなさい。

頼りなくて」

月子は葵のしっとりした睫毛に気付く。

琥珀に輝く大きな瞳は、ここ最近下を向いてばかりだと思う。

こんなとき、彼女のそばに結希がいてくれたら。

月子は離れた場所にいる結希を見た。

先日衝突をしてから、一応和解はしたものの、

2人の関係はぎこちないままだ。

仲が悪くなったわけではなく、

互いに思い合うからこそ生じている問題だとは思う。

しかし。

月子は葵と目を合わせた。

話し合ってみたら?

「いいです・・・なんて言ったらいいか分からないし」

葵は月子がじっと目を合わせて言葉を念じると、

詳細なニュアンスまで察してくれるようになった。

もう、普通に会話をしているようなものだ。

佐藤さんはわかってくれると思うけど。

「それが辛いの」

このままでいいの?

「良くないけど」

仕方ないわねぇ。

じわりと笑みを浮かべ、腰に手を当てて息を吐くと、

葵がふくれっ面を向けてきた。

「意地悪いわないで下さいよ。

仕方ないじゃん・・・」

その表情が、月子に陽子を思い出させる。

全てが完璧に見えていた陽子も、

葵のように素直になれないことがあった。

自分は知らず知らずのうちに、

妹を過大評価し過ぎていたのかもしれない。

あの子も、葵と同じただの高校生だった。

「月子さんだったら、

きっと、大人の対応ってやつをするんだろうけど」

月子は首を振った。

私は、そういうの未経験者です。

だから、葵ちゃんの方が先輩ね。

「ええっ?

そうなの? 月子さんモテそうなのに」

閉じかけていた目を真ん丸に開いた葵が、

隠し立てできないほど愛おしくなる。

2人なら、きっとうまくいくわ。

私が保証する。

「月子さん・・・」

葵はしばらく迷っているようだったが、

やがて、しっかりと頷いてくれた。

「うん。

落ち着いたら、話してみる」

そうだね。まずは食べるべし。

月子が微笑むと、葵も笑って食事を口にした。

ゆっくりと食べていく葵を見て、月子はほっとした。

食べてくれてよかった。

もし、月子がこんな風に陽子へ寄り添えていたら。

そんなことを簡単に思ってしまった罰か、急に喉が痛くなる。

「・・・」

声を失ったのは、妹を助けようとしなかった自分に対する呪いだ。

そう。

だから、この呪いを楔にするのだ。

あんなことを、2度と繰り返さないために。

透き通るような笑顔がたまらなく美しい葵と、

命を賭して月子を助けてくれた結希を守る。

たとえこの身を。

月子は幾度となく繰り返してきた所作で、返陽月の柄に触れた。


   ◇


紫が屋上に小さなテントを立て、作戦本部を作った。

設置されたテーブルを中心にして、

スカーと葵、結希と清十郎が作戦の詳細を詰めている。

「こういう時は、どうしたらいい?

あらかじめ決めておいた方が良いと思う」

清十郎がホワイトボードを指さした。

「確かに、決めてた方が動きやすいな。

ただ戦うだけじゃないんだから」

スカーがテーブルの上に尻をのせて足を組んだ。

「自由に動ける人を作っておいた方がいいでしょうか。

その人が臨機応変に動くとか」

結希が真剣な面持ちで言った。

「そんな余裕ないってば。

みんな動かないとそもそも成り立たなくない?」

葵が結希の書いた文字を指さすと、不満気に言った。

彼女は無意識だろうが、結希に対する当たりがきつい印象を受ける。

月子ははらはらしながら様子を見守った。

「そうか。

慎重すぎると、時間もかかるよね。

じゃあ、三毛と虎は?」

結希は葵の言葉を素直に受け入れると、彼女に水を向ける。

「手加減をしながら戦うのは無理だと思うけど。

銀ちゃんは、腫瘍持ちが大嫌いだから襲いかかっちゃうかも」

月子は挙手をすると、葵に向かって思いを綴った。

私がみんなを守ります。

そうすれば、みんな自由に動けるはず。

「・・・えっと」

葵は少し困った顔をしていたが、月子が首肯すると口を開いた。

「いざとなったら、月子さんが皆を守るように動くって」

「そっか。

やっぱりそれがいいな」

スカーがこちらを見て、目を細めた。

厳しい視線であるはあるが、認めてもらえたようで嬉しい。

「じゃあ、従者組は居残りだ」

風を切る音がしたので視線を動かすと、

キーラがいくつものドローンを飛ばしていくのが見えた。

一旦話し合いが終わると、月子はキーラのところへ向かった。

キーラはこちらを一瞥すると視線を逸らした。

手には発光した『賢者の真心の王国』が握られている。

「月子。

どうしたの?」

紙とペンを持ってくるのを忘れたので、

どう伝えたら良いものかと悩んでいると、

キーラが本を開いて月子に見せてきた。

目の前にいくつもの光の画面が生じて、

ドローンが撮影している映像が映し出される。

「なるべく死角がないように配置する。

見えないところがあったり、トラブルがあったりした時は、

3台が臨機応変に動くようにプログラムされている」

キーラが真ん中に配置されている3つの画面を、

それぞれ指さした。

「清十郎と一緒に考えたやり方だけど、

なんか文句でもあるの?」

言いながらキーラは月子を睨んだ。

そんなつもりはなかったので、月子は慌てて手を振った。

「え・・・何の意見もないの?」

月子ははっとした。

この忙しい時に、何の考えも持たずに近づいて、

キーラの手を煩わせてしまったのだ。

申し訳なくなって頭を下げると、キーラは首を振った。

「月子。

あの・・・俺も。

いや、何でもない」

キーラの表情は不満気だったが、こちらを咎めるような鋭さはない。

そこへ、清十郎と共にスカーがやってきた。

「話し合いは終わり?」

キーラがそっけなく言うと、清十郎がやや渋めの表情を見せた。

「とりあえず、終わった。

あとはまぁ、臨機応変にだな」

キーラが目を細める。

「あんなに長く話し合ってたクセに、臨機応変?

どうせそんなことだろうと思った」

「そう言うなって」

「結局はスカー頼みだね」

キーラは頷くと、スカーの方を見た。

「頼りにしててね、キーラ。

可愛い子」

スカーが屈んでキーラを抱きしめて、頬にキスをした。

キーラは片目を閉じて受け入れると、スカーにキスを返す。

キーラがスキンシップを嫌がらないのが意外に感じる。

「スカー」

「何?」

「いや・・・やっぱりいい」

「何よー。

お姉さんに言いなさいよー」

「いい。また今度言うから」

キーラはスカーに絡まれながらも、作業に戻っていく。

賑やかな一団から離れると、月子はひとり体操を始めた。

「月子さん。

調子は?」

屈んだ状態から上を向くと、結希の白い顔があった。

結希に少し場所を譲る仕草をすると、

彼は遠慮がちに隣で背伸びを始める。

決戦に向かう結希の姿は、

Tシャツと下は黒いスパッツにハーフパンツという軽装だ。

吹き上げる風にシャツがめくれて、

鍛え抜かれた腹筋が見えた。

そして、そこに残された深い傷跡も。

「・・・」

結希は葵の想い人。

そして、途方もない鍛錬を日々続けている人。

雷光のごとく駆ける人。

他人のために自分を厭わず手助けをする人。

決めつけないで、考え続ける、それ故に悩んでしまう人。

「月子さん?」

結希の声で我に返る。

いつもの癖でぼうっとしてしまっていたようだ。

「うまくいくでしょうか」

月子は頷こうとして、俯いてしまう。

作戦がうまくいく保障などどこにもない。

「確かに、すこし心配かも」

彼は引き攣った笑みを浮かべたまま呟く。

月子は思う。

結希は、今回の作戦ではうまく力が発揮できないだろう。

月子は立ち上がると、

身に受ける陽光を弾くように手を上げ、

そして、ゆっくりと指で弧を描き、刀の柄に添える。

結希が常時発動させている『麒麟』の力を、わずかに高めた。

もし、月子が抜いたとしても、彼はすぐさま対応するだろう。

だが。

『麒麟』は結希の『トールの雷』を活用した、

自動で危機を回避する術だ。

それを応用させることで、回避直後に反撃をすることもできる。

月子は幾度か結希と手合わせした時に、

『麒麟』は非常に強力な術だが、弱点もあることを知った。

例えば、

横一文字を放てば、結希の『麒麟』が反応して後ろに下がるとする。

それは、逆にいえば横一文字の挙動を見せることで、

結希を後ろへ下がるよう誘導が可能、ということでもある。

こちらの意図通りに相手を動かせる要素があるというのは、

対人戦において足かせとなり得る。

結希は『麒麟』とは別に、『雷獣』という身体強化の術も持っている。

だが、『麒麟』から『雷獣』に切り替える速度が非常に遅い。

一瞬で決着のつく真剣勝負の場では、それは致命的なことである。

それ以上に致命的な弱点が結希にはある。

優しすぎるのだ。

月子と手合わせした際、結希はまともに動けなかった。

万が一、月子を怪我させたらと不安になったのだろう。

学校にいる腫瘍持ちは、もともと人間で、助けるべき相手だ。

だから、きっと彼は動けない。

いざという時に動けるのは自分だけだ。

月子は柄から手を放した。

結希の力ない笑顔の理由を、月子だけが知っている。

月子は結希との訓練で、『麒麟』の弱点を突いて、

彼を完封してみせた。

結希はこの戦いで前へ出るべきではない。

だからこそ、彼の自信を根こそぎ削いだのだ。

人差し指を離れている葵に向ける。

あなたは、彼女のもとへ帰って来なくてはならない。

何を犠牲にしても。

結希は顎に力を入れたと思うと、観念したように頷いた。

「さすがにぎこちないですよね。

紫さんにも言われてて。終わったら、ちゃんと話をします」

葵のようにはしっかり伝わらなかったが、

当たらずとも遠からずといったところか。

月子は底まで息を吐くと、そのまま隙なく笑みを浮かべた。

ありがとうございました。

次話もこの後に、更新させていただきます。

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