72話 清十郎
72話です。
よろしくお願いいたします。
「暑い」
本当ならもう冬になっている時期だが、
日差しは初夏のように暑い。
「疲れた」
地面に座り込んだ清十郎のもとへ、紫がやってきた。
紫も暑いようで、着ているシャツに汗がべったりと染み込んでいる。
「セイ。ノルマは終わったな」
「うん。
俺もお前も、ゆっきー達の分を引き受けちゃったからね」
紫と清十郎は、結希と月子が『3人』との戦いに
備える時間を作るために、2人がしていた作業を一手に担うことにした。
「肝心の佐藤はどこだ」
「月子さんと走りに行くってさ。
外に出て行った」
少しだけ見たが、月子と結希はかなり激しい
トレーニングをしているようだった。
まるでアスリートだ。
「外敵に会わないといいけどな」
「いや、会うのが目的らしい」
「・・・あいつらやべぇな・・・」
紫が清十郎に背中合わせに座った。
「暑いよ。ひっつくなって」
「俺、休むときは背もたれがいるんだよ。
てか、佐藤、よかったな」
「ん?」
「あいつが感情的になったの、初めて見たから」
「ああ。確かに。
結構熱い男なんだな。ゆっきーは」
「何か変わった気がするな、あいつ」
「うん。
思い悩んでいるのはいつもだけど」
「うまくフォロー出来てよかった」
「サキもたまには役に立つ」
清十郎と紫は同時に笑った。
「学校は今どうなってる?」
紫が声色に憂慮を込めて言った。
「例の病気だ。地獄みたいになってる」
学校にいる人達の状態は、病気ではないと清十郎は思っているが、
2人の間では便宜上、『病気』という言葉を使うことにしている。
「葵ちゃんに見せなくて正解だったな」
清十郎はキーラに言って、ドローンを学校に寄せなかった。
若い連中の精神的負担を考えてのことだった。
「でも、結局は見ることになるな。
それより、先生達も病気になってたら、どうする?」
清十郎は背もたれを欲している紫から体を離して振り返る。
「・・・」
紫が笑うしかない、といった様子で口の端を上げた。
「ゆっきー達は強いけど、まだ子どもだ。
病気になった人達をどうするのか、考えさせるのは酷だな」
「そうだな。
で、どうするんだ?」
「まずは噴水を使う。あれはどんな怪我でも治るから、
もしかしたら病気にも効くかもしれんだろ。
でも、ダメだったら」
「殺すか」
「きっとそうなる」
紫がため息をついた清十郎の背中を強く叩く。
「若いやつらばっかりが大変な目に遭う」
「そうだよ。俺にも力があったらな・・・」
2人は同時に息を吐いた。
「葵ちゃんと佐藤は、なんかあれから変だよな」
「ああ。ぎこちないよなぁ。
2人とも考え過ぎなんだよ」
「それならさ、最初から佐藤に話を振らなきゃいいのに」
「いや、誤算だったんだ」
清十郎は眉間に力を入れた。
「ゆっきーは、葵さんの手前、
みんなを助けようって、言うかと思った」
「意外と冷静だった?」
「違う。大人だった。
ちゃんと厳しい判断ができるんだ」
「俺からした当然だけど」
「俺もそう思う。
本当なら、助けに行くべきじゃない」
そうだなぁ、と紫がつぶやく。
「結希は最初から怒っていた。
もう、ずっと悩んでいることがありそうな感じ」
頭を振ると、棚の陰に隠れているキーラの靴が見えた。
「キーラ居たのか」
棚から顔を覗かせた彼に手招きする。
「うん。
俺もやることいろいろ済ませた」
キーラは2人のいる地面に腰かけた。
「で?
佐藤が怒ってたって?」
「結希は、みんなが平和呆けしているのに怒ってる」
「確かになぁ」清十郎が鼻を鳴らして笑った。
「そうだったか?」
紫が眉を寄せると、キーラがわざとらしく肩を上げた。
「俺はちょっとだけ、結希の気持ちがわかる」
清十郎は姿勢を変えてキーラの方を見た。
「どんな風に?」
「俺はソーニャが大人にされたことを覚えている。
だから、クロエとか、ジューローみたいな大人がいることが、
今でも信じられない。
たまに、ここはどこだろうって思うことがある」
キーラの言っている意味がよく分からなかったのだろう、
紫が眉を上げた
「キーラ。
紫がわからないってさ」
キーラが口を尖らせて首を傾げる。
「俺は、恵まれていることが当たり前だと思えない。
恵まれることは、奇跡みたいなものだ。
俺とはちょっと違うかもしれないけど、
きっと結希も、そう思ってる。
なんとなく、分かる気がするんだ」
「恵まれてるって、今の生活が?」
紫がキーラを見て首を捻る。
「不便だろ。何するにも手間がかかるし」
清十郎はくつくつと笑った。
「いや、キーラの言いたいことはそうじゃない。
きっと、人に恵まれているってことじゃないかな」
どうやら当たっていたようで、キーラがそっぽを向いた。
「意味わかんねぇ。
もうちょっと丁寧に言ってくれよ」
「過去に大変な思いをしたやつは、良くも悪くも、
恵まれた現状がいつでも崩れ去る不安を感じている」
清十郎が言うと、紫がやっと合点が入ったように頷いた。
「なるほど・・・失うのが怖くなるってことな。
それってさ、幸せになったから、起こることだろ?
せっかくなのにさ、なんだか辛いことばっかになっちゃうんだな」
「そう思うか?」
「ああ・・・?
そうじゃないのか?」
「結希やキーラみたいなやつらは、
大変な思いをした分、辛い思い出が多い。
だけど、人一倍今を大事にできるってことでもある」
「ああ、そうか。
当たり前に思わないってことだもんな」
「そう。
佐藤は此処のみんなを人一倍大事に思ってる。
だから、ダニエルに壊されるのがすごく不安なんだ」
そっぽを向いたキーラがこちらを向いた。
ほんの少し耳が赤いのは気のせいだろうか。
「結希とこんな話はしたことはない。
そうかもしれないってだけ」
キーラの言を聞いて、紫が感心したように息をついた。
「キーラって、人生何週目なんだよ」
「里親に撃たれて死んだから、2週目なのかな」
それを聞いた紫が顎を引いて、ひどく苦々しい顔をした。
「ゆっきーは、俺にはずっと偽善者に見えていた。
だからこそ、此処の人を守るために、
学校の人達を助けないって選択肢を出した時、
しびれたよ」
「そうだな」
「でも、あいつはきっと、今頃自分のことを
ゴミみたいだって思ってる」
清十郎の指摘に、キーラが頷いた。
「うん。
結希はきっと自分を責めてる」
「俺は佐藤が少し好きになった」
紫の言に、キーラが眉を上げる。
「俺は前から結希が好きだけど」
「キーラって、好きとか言うやつだったんだな。
意外としゃべるし」
紫の意地悪なセリフにキーラはそっぽを向く。
「キーラはよく話してくれるぞ」
3人の間に、和やかな雰囲気が漂ってくる。
キーラの言った通り、自分達は恵まれているのかもしれない。
「ゆっきーとキーラがそうならさ、
月子さんも、葵さんも、そうだよな」
キーラと紫がこちらを向く。
「女神さんから特別な力をもらっているから、強い。
でも、その分、みんな辛い死に方をしている。
きっとみんな、思いも強い」
「そうだな」
言った紫の頬に筋が浮く。
「すげぇ力を持ってても、
中身はたくさん傷ついてきた子どもなんだよな」
自分に力が無いのが惜しまれる。
少しでも、結希や葵、月子の戦いを手伝える力が自分にあれば、
と思わざるを得ない。
「ま。主人公にはなれなかったってやつだな。
でも、あいつらがガキな分、俺らにやれることはある」
紫が言った。
「そうかな」と清十郎が呟くと、
「そうかもね」と意外にもキーラから返事がきた。
「ジューローは俺を助けてくれた」
清十郎は驚いた。
キーラはこんなに素直に話せる子だったろうか。
「そっか」
言ってから、小さな頭を撫でた。
「・・・」
自分には力がないが、みんなを手伝える。
清十郎は、その言葉をこころの中で反芻した。
「何の話?」
声がした方を見ると、丁度清十郎の目の高さに、
スカーの顔があった。
「うわっ! びっくりした」
スカーは満足そうに笑うと、ボロボロのリュックを肩から外して
紫に向かって放り投げた。
紫がリュックを受け止めたのを確認すると、
スカーが清十郎へ顔を向けた。
「学校の中、しっかり見て来たわ」
◇
清十郎はみんなをホールに集めた。
スカーがテーブルの上に、手書きした学校の見取り図を出してくれる。
よく見ると、見取り図の所々にソーニャの落書きがある。
それを真面目な顔でスカーが指さした。
「結論から言うと、あんまりよくない」
見取り図の両端に手を置いて、スカーは言った。
そこに葵の質問が飛んでくる。
スカーは冷静に答えながら、手で口元を隠した。
<清十郎。
聞こえるか?>
脳内に直接響くような、大きな声が聞こえた。
<『ポータル』を使って、あんたにだけ声を送ってる。
分かったら、テーブルを二回指で叩いて>
スカーはそんな器用なこともできるのか。
驚きつつ、面には出さないように注意を張り巡らせる。
清十郎はゆっくりとテーブルに触れると、人差し指で2回ノックした。
<あんたに確認しつつ、話をすすめる。
少し手間のかかるやり方だから、フォローお願い>
清十郎は2回ノックした。
「何が一番よくないの?」
会話のペースを緩やかにするため、気持ちゆっくり言う。
「食べ物が少ないみたい」
スカーは清十郎の意図を察してか、
しばらく間を作ってから返事をする。
「そうか。
それは困ったな」
「なんでわかったんですか?」
結希が鋭い口調で割り込んでくる。
一度息を吸ってから、スカーが髪をかき上げた。
「備蓄があんまりなかったのよ」
<清十郎。
本当に、言っていいの?>
清十郎は目を閉じてテーブルに触れたが、ノックはしなかった。
「そんな・・・」
葵が言うと押し黙った。
「生きている人は、いるんですよね?」
結希が訊いてきたので、スカーが俯いて黙り込んだ。
<結希と葵が気になる。
あいつらはガキで不器用だから、全部まともに背負うかもしれない>
確かに、そうだ。
思慮深い意見を述べたスカーと目を合せそうになって、
清十郎は慌てた。
『真実を見通す目』を持つ葵にだけは、
気取られないようにしなければ。
<清十郎の言った通り、あそこの人達はもう死んでるように見えた。
きっと女神の噴水でも助からない>
清十郎は岐路にいた。
<結希達には嘘を言ってもいいんじゃない?
あたしは平気。
全員を海に沈めても、仕方ないことだって割り切れる>
スカーに嘘を言わせれば、結希達にわからないところで
病気の彼らの処理を頼むこともできる。
処理というのは、殺すということだ。
<ごめん。清十郎。
あたし、頭悪いから、どう判断したらいいのかわからなくて、
あんたを巻き込んだ>
清十郎はスカーを見て、小さく首を振った。
スカーだけに背負わせたりはしない。
清十郎はテーブルにのせた指を、2回ノックした。
<・・・オーケー。
大人の対応だな>
スカーは目を伏せると息を吸った。
その時、葵が挙手をした。
視線は真っすぐにスカー、そして清十郎に向かった。
「スカウトさん。清十郎さん。
もうやめて」
清十郎は飛び上がりそうになった。
<ぎゃー。まずいまずい>
「オーラでわかります。
私達のことは気にしないで、本当のことを言ってください」
「葵。
どういうこと?」
結希がスカーと葵を見比べながら言った。
「スカウトさんと清十郎さん、紫のおっさんも」
<清十郎とあたしだけじゃくて、
紫もバレてんのかよ>
スカーが目を白黒させている。
もう完全にバレているが、そこまで表情に出すのはまずいだろう。
「ごめんなさい。
私達に気を使って、嘘を言ったのよね?」
彼女はこちらを非難するではなく、ただ申し訳なさそうに話す。
「あたしが嘘ついてるって決めつけんのかよ?」
「決めつけじゃあないです。
見えるんだから仕方ない。
でも、ごめんなさい。
私が前にあんなに感情的になったから
心配させてしまって」
琥珀色に光る視線が、スカーの頬を照らした。
<あー。だめだこりゃ。
完全にバレてる>
スカーは口元から手を除けると、立ち上がった。
「バレちゃあ仕方ねぇ」スカーが言うと、
「おお。悪者みたいだな」紫がにやりとする。
「紫のおっさんも一味でしょうが」呆れ顔で葵が言う。
「騙して悪かった。
あそこのやつらは、みんな腫瘍持ちになってた」
「腫瘍持ちっ?!」
結希が思わず立ち上がり、椅子を後ろに倒した。
「無事な人はいないんですか?」
葵の額が真っ白になっている。
「かなり探したけど、いなかった。
でも、全部の部屋を見たわけじゃあない。
どこかに隠れている可能性もある」
此処にいる全員の視線を受け止めて、スカーは腕を組んだ。
「でも、良いニュースもある」
スカーが校庭の真ん中にある噴水の絵を指さす。
「此処と同じ噴水が2つ、広場にあるだろ。
外敵を追い払う効果は、敷地内一帯に広がっている。
不幸中の幸いって感じだな」
「急がないと・・・」
葵が枯れた声で言った。
「あたし、もうちっと粘って、
生きている人を探そうと思うんだけど」
腕を組んだスカーが言った。
「お願いします」結希がスカーに頭を下げる。
そこでクロエが「でも、危なくないかしら」と心配そうにいう。
「さんきゅークロエ。
でも、あたしは大丈夫。絶対に見つからないから」
「腫瘍持ちはどうする?」紫が言った。
葵が挙手をする。
「結希の雷と、女神の噴水を使えば、
腫瘍が取れるかもしれない。
銀ちゃんの時はそれでうまくいったの」
「そんな方法があるのか」
清十郎がスカーに目線をやると、
「わかった」彼女が頷く。
<無理な気がするけど、一応方法はあるみたいだし、
仕方ないか・・・>
清十郎は唇で弧を描いて頷く。
「ゆっきー。
どう思う?」
「心配があります。
銀さんは、とても頑丈でしたから何とかなりましたが、
人が雷に耐えられるかどうか。
あと、腫瘍に長く冒されたままだったのを救えるのかどうかも」
清十郎は頷いた。
場が少し落ち着くように、清十郎はゆっくりと言った。
「出来る限り頑張ろう」
<ダメだった時は、どうする?>
耳の中に響いてきたスカーの声に、清十郎は顔をしかめる。
「葵さんはどう思う?」
「・・・私は皆を助けられるかもしれないなら、
やってみたい」
「わかった」
<結局は、ガキどもが何とかすることになりそうだな>
スカーと清十郎は視線を交わすと、ため息をついた。
「そこっ。またコソコソしてるでしょ」
葵が2人に釘をさしてくる。
「ああもう、うるせーなー葵は。
ファンだったら少しくらい大目に見ろよ」
スカーが葵の首に腕を巻きつけると頬をくっつけた。
「ちょ、ちょっとスカウトさん」
「スカーでいいっての」
「裏でコソコソしてる人とは仲良くしませんー」
「あっ。こいつ言ったなっ」
スカーが葵の頬にキスをする。
「許してくれるまでやめねー」
「ぐあー」
葵は顔を真っ赤にして身動ぎするが、
まんざらでもなさそうに見える。
そこで伊都子が立ち上がる。
「じゃあ、準備しましょう。
助けた人が食べるものが必要でしょうし」
「そうだな。伊都子ちゃん、手伝うよ」
「ソーニャも―」
「俺はドローンで学校を外から見張っておくから」
「それはいい。学校だけでなく、周囲も見ておいてくれ」
「わかった」
みんなが動き出す。
高校への救済作戦が始まった。
ありがとうございました。
次話はすぐに更新いたします。
参考文献
『集団行動の心理学: ダイナミックな社会関係のなかで 本間 道子』




