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69話 クロエ 伊都子 清十郎

69話です。

よろしくお願いいたします。

クロエは鼻歌を歌いながら、

キュウリの皮を剥いて乱切りにしている。

隣にはソーニャが座って、その様子を見ていた。

ソーニャは身を乗り出してやりたそうにしているが、

慌てん坊の彼女に刃物は少し早い気がして止めていた。

クロエは集めておいた皮をボールに入れて、

ソーニャの前に置いた。

すると、彼女の髪の中から現れた白蛇のシロが

それを食べ始める。

この不思議な蛇のおかげで、毎回の残飯処理がとても楽だ。

「良い食べっぷりね」

クロエが人差し指を出すと、シロが舌を出して舐めた。

「キュウリは漬物にしようかしら」

「漬物すきー」

キャベツの千切りを始めると、

洗濯物を畳み終えた伊都子がやってきた。

「手伝うことありますか」

「ええ。ありがとう伊都子さん。

お米研いで下さる?」

「はいっ」

小気味よく返事をして、伊都子が作業を始めた。

米を入れたボールに手を突っ込もうとするソーニャを、

伊都子が優しく窘めている。

クロエはそれを笑いながら見つめている。

「スカウトさんは、帰ってしまったの?」

訊いてみると、伊都子は複雑そうな表情をした。

「ええ。しばらく、ここには入らないって」

「どこにいるの?」

「わかりません」

「まぁ・・・それはいけないわねぇ。

女の子が1人で外にいるなんて」

クロエはさっそくキーラと一緒に遊んでいる清十郎を呼んだ。

「な、なんですか?」

「あなた。女の子を1人放り出しちゃだめでしょう」

清十郎が目を剥いた。

「えっ。

いや。俺じゃなくて。

スカウトさんが自分で出て行ったんですよ?」

「だから。それがダメなのよ。

あの子は、あなたを頼って来たのよ。

守ってあげないでどうするの?」

「別に、俺を頼って来た訳じゃ・・・」

クロエは清十郎の両肩を掴んで、

無理矢理テーブルに座らせた。

憮然とした顔の清十郎に、伊都子がお茶を持ってくる。

「セイちゃん」

「いや・・・はい・・・」

何かを言い返そうとした清十郎が、クロエ前に萎れる。

「てか、クロエさんは、あの子のことを、

なんで俺に言うんですか?」

クロエは彼の隣に座った。

「あの子は、女の子よ。

たった1人なのよ」

「は、はぁ。

まぁ、そうですけど・・・」

ソーニャが落ち着かなくなってきたので、

気を利かせた伊都子が、ソーニャを膝の上にのせる。

「ソーニャちゃん。

クロエさんはね、怒っているんじゃあないのよ」

伊都子が笑顔でソーニャをあやす。

「そーなのー?」

「いや。

その感じは怒っているでしょ」

「まぁ、ちょっとは怒っていますけどね。

話を戻しますけど、あんまりだわ。

あなたの態度」

残念そうに言うと、目の前にキーラが近付いてきた。

「キーラくん。どうしたの?

座る?」

伊都子が椅子をすすめるも、

彼は黙ったままクロエと清十郎を見ていた。

「ど、どうしたんだ?」

清十郎の言にも反応しなかったキーラだったが、

やがて椅子に座り、本を読み始める。

「・・・話は戻るけど。

あの子は、口は達者だけど、まだ子どもなのよ」

「スカー子どもなのー?」

「うーん。

クロエさんからすれば、子どもかもねー」

「いやいや、彼女成人してますよ。

なにやら立派な仕事もしてたみたいですし」

「そうそれ!」

クロエは清十郎の手の甲を、人差し指で押した。

「あなたは、なぜあの子にそういう態度なのかしら。

みんなにはとても親切で優しいのに」

「それは・・・最初が悪かったんですよ」

「あの子は、誰にも守ってもらえなかったのよ?」

視線を感じて脇を見ると、

キーラとソーニャがこちらを見ていた。

「キーラとソーニャは、

スカウトさんのこと好き?」

「スカー好き」

「スカーは、嫌いじゃない。はっきり言うから」

双子の意見を聞くなり、クロエは清十郎を見た。

「セイちゃん。

子ども達が、こう言っているのよ。

大人のあなたが、そのままでいいのかしら」

清十郎は憮然とした表情を固めている。

「どういう理屈なんですか。それ。

ずるくないですか?」

クロエが胸を反って見せる。

「ずるくありません。

あなたはみんなに優しくする方がいいの」

清十郎が参りました、とばかりに両手を挙げた。

「伊都子さんはどうですか?

ぶっちゃけ」

「私は・・・。

私なんかが意見を言ってもいいのかな」

「いいのよ。

みんなの意見が大事なの」

「私は、いいと思います。スカウトさんは、なんか、

月子ちゃんとも、佐藤さんとも、葵ちゃんとも違う、

清々しいところがありますし」

「でも、急に襲ってきた」

「みんなに怪我はなかったでしょう?

きっと、手加減してくれたんだと思う」

伊都子はなぜか自信ありげに頷いた。

「本当は『3人』とやらの仲間かもしれない」

「それなら尚更、『3人』のことは言わないと思う。

油断させるだけでいいんだから」

経観していたキーラが突然断言した。

「スカーは、口は悪いけど、

大丈夫だって葵が言ってたよー」

ソーニャが絶妙なタイミングで口を挟んでくる。

「まぁ、確かにな」

逃げ道を塞がれた大名のように、

清十郎がため息交じりに言った。

「葵さんがいうなら、大丈夫だとは思う。

けど、心配だよ。

あの時。街が大混乱になって、皆が逃げている時。

誰も、転んだ人を助けようとしなかった。

1人で途方に暮れている女の子を、誰も助けなかった」

清十郎の頬が強張っている。

「みんな自分のことで必死だったのよ」

「俺の職場では、いじめがあったんです」

悔しい思い出なのか、清十郎が俯いて目を閉じた。

「・・・そう」

「みんなみたいに、俺は人を簡単に信用出来ない」

清十郎は信じたい気持ちと、信じられない気持ちの上で

葛藤しているのだと、クロエは思った。

真面目な男だ。

「ジューロー。何かジューローらしくないよ」

キーラが言った。

「前にジューローが結希をいじめた時、

俺はジューローの意見も正解だと思った。

何事も計算と根拠が必要だからね。

でも、今は違う。

今のジューローは話がちぐはぐで、感情的だ」

キーラの言に、清十郎は頭を抱えた。

「う、うーん」

「何を隠しているの?

ジューロー?」

一同の視線が、清十郎に集中する。


「あの子は悪い子だと思う?」

諭すように言うと、「そうでもないです」と素直な言葉が出てきた。

「じゃあ、どうして距離をとるの・・・?」

清十郎はがばっと顔をあげると、

眉をへの字にして、みんなを順番に見た。


「俺は、女の子と付き合ったことがないんだ」


   ◇


伊都子は吹き出しそうになったが、

目の前にお米があるので必死に我慢した。

「伊都子さん。

笑ったでしょう」

清十郎が険しい視線を送ってくる。

「いやいや。

笑ってませんよっ」

姿勢を正すが、すぐに笑いがこみ上げてくる

「うふっ・・・」

「伊都子笑ったー。

笑ったよーお腹が動いたもん!!」

ソーニャがきゃっきゃと騒ぐ。

「そ、ソーニャちゃん。

ちょっと、しー!」

伊都子とソーニャがわちゃわちゃしているのを尻目に、

キーラがじっと清十郎を見つめた。

「ジューローはスカーをどうしたいの?」

「わからん」

「ジューローでも、分からないことがあるんだ」

「言っただろ。

俺は女の子と付き合ったことがないんだ」

「でも、スカーはジューローのことが好きだ。

ジューローは、スカーのこと嫌いなの?」

キーラが直球で問いかけたので、

清十郎は目を剥いたまま静止した。

「・・・」

「と、止まっちゃった・・・」

「私は、もう2人がくっついちゃえばいいと思います。

伊都子ちゃんはどう思うかしら?」

クロエがずけずけと言う。

「わ、わたしは・・・・」

考えているとき、伊都子は紫の顔を思い浮かべた。

なんで彼の顔が思い浮かぶのだろうか。

「なんだろう。

もっと、2人は話し合えばいいと思いました。

わからないから、怖いんだと思います」

「そうね。

私もそう思うわ~」

クロエはダンスでも踊り出しそうな程ノリノリになっている。

硬直していた清十郎が目を覚ます。

「2人とも、他人事だと思って、

楽しんでるだけでしょう?」

「そんなことないわ。

私も、結婚してたんですけど、別れちゃって。

もっと、話し合えば良かったなって思うから」

伊都子は祖父を思い出した。

「私の祖父も、そう言っていました。

話し合えば、もっとわかり合えたのにって」

「いいおじいさまね。

ほら、セイちゃん。伊都子さんのおじい様の言う通りよ」

「もうっ。

意味わからん理屈で追い詰めるのやめて下さいよっ」

伊都子はまた吹き出した。


   ◇


清十郎は屋上に向かって歩いている。

本当は1人になりたかったのだが、後ろには

結希と葵、紫と月子がついて来ていた。

清十郎が足を止めて振り返ると、4人も足を止めた。

「なんなんだ。

さっきからお前らは」

「ええ。

僕達、ちょっと話し合いを・・・」

結希がそう言ったので、清十郎が向きを変えると

「い、いや、清十郎さんは

屋上行った方がいいんじゃないですかね~」

「なんでだよ。

ゆっきー達屋上で話し合うんだろ?」

「い、いや、あれは言葉のあやというか」

葵が結希の肩を横から押した。

「結希ってば、役立たず!

もう黙ってなさいよ」

彼を後ろに追いやると、葵が口を開いた。

「スカウトさんってさ、

ちょっと怖いけど、悪い人じゃないですよねー。

月子さんはーどう思う?」

葵のわざとらしい演技に対し、月子が律儀に大きく頷く。

清十郎は大きなため息をついた。

「月子さんも巻き込んで、こいつらは何をやっているんだ」

呆れていると、紫が両手を合わせた。

「葵ちゃんと月子ちゃんは

スカーちゃんのファンだからさ、セイ。

ここは頼む!!」

「何を頼まれてるんだよ俺は・・・」

紫の言葉に葵が頬を歪ませる。

「うるさい。紫のおっさん。

あんただって、スカウトさんのこと

美人だって騒いでたくせに」

「見てくれは大事だろ。

まぁ、新メンバーが誰かさんみたいに

ガキ臭くなくてよかった」

「はぁっ?!」

葵が声を上げたので、月子が追いすがるように宥める。

「ぎゃーぎゃーとうるさいなこいつらは。

それで、どうしてこっちについてくるんだ?」

清十郎が言うと、4人が顔を見合わせる。

「そりゃあ・・・ね。

月子さん」

葵が月子に話を振るが、当人は顔を赤らめて俯くだけだ。

「ちょっと、清十郎さん。

月子さんを責めないでよね!」

「え」

「可哀想でしょっ。

とにかく屋上に行ってきて!」

めちゃくちゃな理屈を並べた葵に閉口していると

「葵ちゃんやべー・・・」

紫もどん引きしていた。

「もういいよ。

何だかわからんけど、とりあえず、

屋上に行けばいいんだろ?」

清十郎が言うと、今度は結希へ注目が集まる。

「あの・・・実はこれ、紫さんの意見なんですが」

「ばっ、佐藤っ。

なんで言うんだよ」

「サキが言い出しっぺなんだな。

お前はいつも余計なことばっかり言う。

で、なんなんだよ」

清十郎はため息をついた。

「スカウトさんは、清十郎さんの話だけは

ちゃんと聞いてくれる感じだし」

「だから?」

「スカウトさんに、ここに居るように、

清十郎さんから伝えて下さい」

葵が言うと、清十郎は踵を返して歩き始めた。

「清十郎さんっ」

「わかったわかった。

で、屋上にあの人がいるんだな?

そうなんだな?」

埃を払うように手を振りながら、清十郎が言うと、

背後の4人が安堵の吐息をついた。

「ま、まぁそういうことです」

「面倒くさいなぁ」

なぜスカーは清十郎にだけは従順なのだろうか。

キーラの言う通り、スカーは清十郎のことが本当に好きなのだろうか。

初対面の男を、女が本気で好きになるものだろうか。

清十郎が屋上に上がったのを見届けると、

4人は下に降り始めた。

「おい。なんでみんなそっちに」

「え・・・いや」

そそくさと逃げようとする結希を捕まえる。

「ゆっきー達も、一緒に来いよ」

「俺らがいたら邪魔だろうが。

おまえ1人でいけ。馬鹿」

紫が結希を引っ張りながら、清十郎に辛辣な物言いをする。

「はぁ・・・・どうなってんだこいつら。」

「まぁ行け。

奥まで、はよ行けって」

紫が追い払うように手を振ると、月子と葵が、

申し訳なさそうに笑って手を振った。

強制的に送り出された清十郎は、農園の中に入っていった。

「あー。ハメられた。

どいつもこいつも」

文句を言いつつ、湿った空気を浴びた。

「・・・あ」

背の高いトウモロコシを避けながら進んでいくと、

農園の最奥、手すりにもたれてスカーはいた。

魔法のように綺麗な彼女はまだ、こちらに気付いていない。

ありがとうございました。

次話もすぐに更新いたします。

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