68話 スカー 清十郎
68話です。
よろしくお願いいたします。
スカーは島にいた。
そこは年中温かい気候で、観光地用に開発されており、
住む場所も物資も豊富にある。
終わりの世界を生き残るには最適の隠れ家だ。
海辺にあるお気に入りのコテージには、
海を望める大きな窓がある。
下着姿のまま、バルコニーへ続くドアを開け放つ。
「クソあつい」
紫外線が強かったのですぐに部屋に戻り、
UVカットのパーカーと栓の開いたコーラを持って外に出た。
「ぬるい。うまい」
甘ったるいコーラを口に含みながら、
波と風の音が美しい音楽を奏でている最中へ向かう。
「気持ちいい」
浜辺へ降りてすぐに、あのキスを思い出していた。
コーラにはアルコールが入っていないはずなのに、
ひどく顔が熱くなる。
パーカーを脱いで、海に入った。
足元を魚がすり抜けていくのが見える。
泳ぎ方は分からないので、適当だ。
息継ぎが下手くそで、海水が口の中に入ってきた。
最初の頃は、磯臭い匂いも、海の塩辛さも、
海から出た時に髪がべたつくのも嫌いだった。
だが慣れた。
慣れには良い面と悪い面がある。
スカーは2日前に出会った連中のことを思い出す。
みんな平和呆けしていた。
危機に慣れたことで、危機が過ぎたと思い込んでいるのだろう。
スカーに言わせれば、本当の危機はまだ終わっていない。
あの『3人』は今も生き残った人を探しているからだ。
見つかれば全員死ぬ。
息を止めて、底を目指して潜った。
一度耳抜きをして、さらに奥へ進む。
底へタッチすると、スカーはその場に留まった。
海は澄んでおり、遠くまで見通せる。
「・・・」
そろそろ上に戻らなくては。
思ったスカーの目の前で、閃光が弾けた。
清十郎の乾いた唇。
私は人が好き。
驚いた清十郎の顔。
これから、多くの人が死んでいきます。
ドライブスルーで飲んでいた父親の姿。
地球は大きな変化を迎えるからです。
まるで、何かと戦っているようだった。
そしてそれは、私達姉弟が仕組んだこと。
上京する自分を送り出すセスの笑顔。
この世界でまた生き直すことを決めた。
だが、今は、それでは物足りなくなっている。
あれが今生の別れだと気付かなかった。
気付けば、スカーはのろのろと
水面へ向かって泳いでいる最中だった。
ずいぶん長い間泳いだみたいに、身体が重かった。
砂浜へ上がると、大の字になって倒れ込む。
「はぁ・・・はぁ・・・」
足を振り上げると、踵で思い切り砂を蹴った。
プレス機のように何度も繰り返した後、
「会いに行こう」
そう口にしたのを後悔する。
この選択のせいで、自分は死ぬかもしれない。
全てはあの男のせいだ。
◇
「ジューロー・・・・。
ねえ。ねぇったら、ジューロー」
清十郎はキーラの声にはっと顔を上げた。
「ああ」
油断すると、あの女のことを考えてしまう。
女は薄い唇を引き結んで頬に力を入れていた。
それが忘れられない。
「あの女の人」
「えっ?!」
清十郎は大きな声を漏らした。
「やっぱりそのことか」
改良型ドローン『ハチ』のプロペラの角度を
調整しながら、キーラが大きなため息をついた。
「ずっとそんな様子だけど。
クロエに聞いてみたら」
「な、なにを?」
やれやれと首を振ると、キーラは
ドローンに小型のカメラを取り付けた。
どういう仕組みか分からないが、カメラが捉えた映像は
キーラの本を通して見ることができるようになっている。
「紫が言ってた。あの人はまた来るって」
「そんなこと言ってた?」
「うん。
ジューロー臭いからすぐ風呂入った方がいいよ」
◇
スカーは、先日と同じ場所へ降り立った。
2日前よりも緑が増えているように感じる。
「きれいね・・・」
黄色い花と赤い花に見惚れていると、
隙間から、女の子が顔を出した。
此処で養われている、確かソーニャといったか。
「あー!!」
天真爛漫な彼女が指さして声を上げた。
あまりに可愛らしい仕草に、思わず頬を緩める。
「こんにちは」
「こんにちは!!」
蛙のように跳ねながら、こちらに向かって来る。
「これ、ソーニャが育ててるんだよ!!
ソーニャはスカーの手を引くと言った。
「そう。
すごいわね」
脇から視線を感じたので、スカーは『ポータル』に
片足を突っ込みながら、視界を左右に素早く振る。
鉢を抱えたパジャマ女と目が合う。
「あんた・・・猫を連れてた」
もし、彼女がその気なら、スカーの動きを止めて、
不意打ちをすることも可能だっただろう。
肩を竦めると、パジャマ女に手をあげてみせる。
「先日は、どーも」
「・・・どーも」
視線をこちらに固定したまま、パジャマ女は手をあげて応じた。
幾分浮ついた気持ちを、腹に力を入れて引き締める。
「あたしはスカウト・グッドダイバー。
あんたは?」
「葵です」緊張した声が返ってくる。
「葵。あんときゃ悪かったわ。
驚かせちゃって」
「もう、悪さはしないんですか?」
葵の視線がスカーの輪郭に沿って動く。
奇妙な観察の仕方だなとスカーは思う。
「しない。助けてもらったからな。
それに」
視線を落としてソーニャを見た。
「子どもに優しい人を邪魔したくない」
「そう、ですか・・・」
視線を戻した時、葵の顔が真っ赤になっているのに気付く。
「どうした?」
彼女は両手を胸に当てて、羨望の眼差しをスカーに向けた。
「ん?」
「あの・・スカウト・・・グッドダイバーって・・・」
「ああ。珍しい名前だよな。
一応、本名だけど」
足音を殺して近づいてくる2つの影に気付いた。
「結希―。月子ー」
ソーニャが声を上げると、優男と刃物女がゆっくりと姿を現す。
油断のない足取りをしている2人に向けて、
スカーは両手を上げて掌を見せる。
「戦う気はない」
月子と結希の額には、汗が浮き出ていた。
「おお。やっぱり来たな」
声のする方を見ると、見覚えのある男が立っていた。
ホールで声をかけてきた、あの憎たらしい男だ。
「佐藤。
言っただろ。こいつは大丈夫だ。
月子ちゃんも、大丈夫だって」
「紫さん。
でも」
紫は笑顔で、結希の肩に手を置くと強引に体重をかけた。
「やるつもりがあるなら、
もうやってるだろ」
「そうかもしれないですけど・・・」
「まぁ、俺に任せとけって」
こちらを安心させるつもりなのか、
紫が丸い目をこちらへ向けてきた。
こういう軽薄そうな男は嫌いだ。
「俺は紫。あんた、名前は?」
「スカウト・グッドダイバー」
紫が茶化すように口笛を吹いた。
癇に障ったスカーは、キレそうになるのを何とか我慢する。
スカーは紫から視線を逸らすと、月子の方を向いた。
「あんた」
戦いでは常に先頭に立っていた癖に、
月子はおずおずと葵の後ろに隠れてしまった。
「はぁ・・・?
何なのよ」
葵が月子と何かを話すと、窺うようにスカーを見た。
「スカウトさんは、
スカウト・グッドダイバーなの?」
葵が食い入るようにスカーの顔を見てくる。
「そうだけど」
「歌手の?」
「あー・・・そうだけど」
「やっぱりっ!」
葵が興奮した様子でスカーの両手を掴んだ。
「スカウト・グッドダイバーに出会えるなんて!!」
後ろに控えていた月子も、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「びっくりした。
葵、知ってるの?」
結希が間抜けそうな顔で口を開けている。
「知ってるも何もっ。大スターなんだから!」
「大スターって。
そんなたいそうなもんじゃないけど」
多少うんざりと首を振ったが、
葵は月子と一緒に、ぐいぐい近寄って来る。
「髪、少し伸ばしたんですねっ
もともとはスキンヘッドでしたけど」
話す葵の横で月子が何度も頷いている。
「あ、ああ、よく知ってんな。
しばらく散髪しなかったから、伸びたんだよ」
「その髪型も似合ってます」
「そう?」
「握手してください!」
「い、いいけどさ・・・」
スカーは戸惑いつつも、2人の手を交互に握ってやる。
「ありがとうございますぅっ。
後でサイン下さい」
「おおげさだって」
月子と葵は抱き合って、その場で飛び跳ねて喜んでいる。
しかし、仲良くしようと思って此処に来たのだから、悪くはないか。
はしゃぐ葵と月子の様子を見て、結希も警戒を緩めたようである。
何だか、歌手であったことが生まれて初めて役に立った気がした。
◇
出入口付近がにぎやかだ。
まぁ、女性陣はいつもあんな感じだな。
「ジューロー」
まだ動作確認中にもかかわらず、
キーラが『ハチ』を着陸させた。
「ねぇ。
ジューローってば」
キーラが苛立ちの混じった声を出す。
「なんだよ」
「あそこ見なよ」
キーラが背中を押して、清十郎の体の向きを変えさせた。
あの女がいた。
◇
ホールに入ると、少年と一緒にいる彼が見えた。
さっきまで話していた内容が全て彼方へ消し飛んだ。
自分の肉体が、まるで他人のように感じる。
足が震えて、歩くのがやっとだ。
ここに歩いて来るまでに、清十郎のことを少し訊いた。
彼にはいろんな呼び名があった。
ジューロー。
清十郎さん。
セイ。
どれも聞いた瞬間、こころに花が咲いたような気分になる。
スカーは、
『こころに花が咲いた』なんてクソみたいな歌詞は書かない。
一生書くつもりもなかった。
でも、彼を見ていると、書いてみたくなってしまう。
スカーの気分は、いつの間にか
幸せな人生を歩んでいる少女のようになっていた。
だが、彼に近づいて行くうちに、そんなことはどうでもよくなった。
大事なのは、今から清十郎へどんな言葉をかけるのかだ。
第一声が肝心だった。
そして、彼をどんな呼び方にするのかも。
絶対に失敗はできない。
呼び方は、その後の関係性を左右する。
ニックネームにするのは憚られる。
軽い女だと思われるのだけは絶対に嫌だ。
彼が不意にこちらを向いた。
それだけでこころが跳ね上がる。
ちょっと待って、今考えていたところなのに。
軽く手をあげて、「こんにちは」と言えば良い。
そして、先日のことを謝るのだ。
やがてスカーは、息も吐けていないことに気付いた。
彼は、他の誰でもないスカーの心臓を高鳴らせて、
息を吐けなくさせる能力を持っているのかもしれない。
それなら、言い訳ができる。
清十郎のせいで、自分がこんなことになっているのだから仕方がない。
そのつもりで行こう。
そうだ。
全部清十郎が悪いのだ。
こんな理不尽な考えに至るほど、
今のスカーには余裕がなかった。
「清十郎」
思いの外、大きな声が出た。
清十郎は脇目を振らずに真っすぐこちらを見ている。
男からすると、女は我儘らしい。
今まであった男はみんな、スカーと付き合うとすぐに、
「お前は我儘だ」とため息をついた。
未だに、自分の何が我儘なのか理解できていない。
それが大きなミスを引き起こしそうで不安だ。
「えっと・・・」
それにしても、コンドームをつけてくれというのが、
我儘なのだろうか。
いや、ちょっと待って。今はそんな話は関係ない。
自分から声をかけたにも関わらず、
スカーは清十郎に何か言って欲しかった。
もしかしたら、これが我儘なのかもしれない。
思考は、まさに遠回りして着地した。
『全部清十郎が悪い』と『女は我儘なもの』が
スカーの脳内で化学反応を起こす。
どんな回路を通ったのかスカーにもわからない。
頬の内側を噛みながら出た言葉は、
まるで祈りの言葉のように紡がれた。
それは、
「清十郎。大好き」
だった。
◇
「・・・は?」
意味がわからなくて、大きな声が出た。
ホールがしんと静まり返ると、
女は眉間にしわを寄せて、不服そうな表所をした。
「えーっと・・・これって」
言うと、女は両手で頬を挟んで俯いた。
その仕草が、少しだけ可愛らしいと感じてしまう。
清十郎にとって『可愛い』の判断基準はギャップにある。
たとえば、仕事の出来る女がオフになると甘えるとか、
金持ちの人が節水に勤しむとか、そういうギャップだ。
結希と月子曰く、この女は戦いになれば
2人を遥かに凌ぐ力を持つらしい。
そんな彼女が、清十郎の前で乙女のように恥ずかしがっている。
このギャップは、
清十郎の『可愛い』の判断基準を大いに満たしていた。
清十郎が「初対面だろ」と言うと、
「おいおい。
それじゃあ、まるで初対面でなかったら良いみたいに聞こえるぞー」
紫の野次が飛んできて、清十郎は顔が赤くなった。
「ちょっとっ!
紫のおっさんは黙って」
葵が紫に強めのひじ打ちをする。
「ぐえ」
腹を押さえて屈んだ紫はどうでもいいとして、
清十郎は今すぐシャワーでも浴びて頭を冷やしたかった。
「あたし、2日前に会ったの。
覚えてない?」
女は心底残念そうな声を出した。
「いや、覚えてるけど・・・」
「よかった」
女は大きなため息を吐いた。
「だからって・・・俺は君の名前も知らない」
「スカウト・グッドダイバー。
スカーって呼んで」
スカーは胸に手を置いて、敬虔な信者が祈るように言った。
なぜこんな綺麗な女が自分を気にするのだろうか。
「どっかで聞いた気がするな・・・」
さっきキーラに言われて剃った顎を擦っていると、
「はいっ!」と葵が挙手をした。
「学校じゃあないんだから」
紫のツッコミに体当たりをしてから葵が言った。
「スカウトさんってば、
人気歌手のスカウト・グッドダイバーなんですよっ」
そうだ。
海外のオーディション番組で人気を博した歌手の名前が、
スカーと同じ名前だったはずだ。
「そ、そうなんだ。
聞いたことあるかも」
驚いているところに、スカーが一歩踏み出した。
「不意打ちを受けて怪我して、死にかけていたら、
光が見えて、それを追いかけて」
「光・・・って。
こういうのですか?」
伊都子が肩に乗ったベルを指さして、スカーに見せた。
スカーはベルじっと見つめると、そっと頷いた。
「そうっ。
それだ!」
スカーが指先を出すと、ベルがその上に飛び移る。
「気が付かなかった。
こんな姿をしていたんだな。かわいい」
「かわいくねぇよ。
こいつ、相手によって態度変えやがる」
紫が憎々しそうに言うと、葵が腰に手をやって
「おっさんがうるさいからでしょ」と言う。
「スカウトさんは、さっき謝ってくれたんです。
それで・・・みんなで一緒に暮らしたいって」
「そ、そうだったのか。
でも、急な話だな」
清十郎は頭を振った。
「ゆっきーはどうなの?」
清十郎は判断を結希に委ねることにした。
「僕は、いいと思っています。
葵に見てもらいましたし」
「はいっ!
私お墨付きです」
葵が反った胸に手を当てる。
「葵ちゃんはファンだから、懐柔されてるけどな」
「されてないし!
おっさんは黙ってろぉ!」
清十郎は腕を組み、少し考えると
「葵さんとゆっきーが良いなら、俺はいいよ」
ため息とともに首肯した。
◇
「はい。どうぞ」
テーブルに座ったスカーの前に、大盛のカレーが置かれた。
「あ、ありがとう」
礼を言うと同時に満面の笑顔を浮かべたのは、
クロエという優しそうな婦人だった。
クロエはスカー達が話し合いをしている間に、
いそいそと食事の準備をしてくれていたようだ。
「最高においしいよ!
お肉もゴロゴロ入ってるんだから」
「肉?
肉なんて貴重なもの、どこにあるの?」
首を傾げると、追加の皿を持ってきたクロエが答えた。
「キーラちゃんがね、冷凍庫を作ってくれて、
そこにたくさん保存しているのよ」
「ええっ?!」スカーはびっくりして声を上げた。
まだ年端もいかないキーラ少年が、
冷凍庫を作ったというのだから驚きだ。
「キーラってば、発明家なんですよ」葵が誇らしげに言った。
「俺のことはいいから、
もう食べようよ」
耳を赤くしたキーラがスカーの視線から逃れようと身を捩った。
「そうだね。食べましょう」
結希の一声で、みんなが食事を始めた。
クロエが作ったカレーを、スプーン山盛りに掬って頬張る。
「おいしい!」笑顔とともに、クロエに視線を送る。
「あらー。お口に合ってよかったわ」
彼女は両手を合わせて、幸せそうに笑った。
「お米もすごくおいしい。
日本はすごいな」
「スカウトさんは、どこにお住まいだったの?」
「イギリスのクソ田舎。
木と畑以外、何もないところだった」
「いいじゃない。
自然が豊かなのは」
思えば確かに、自然は豊かだった気がする。
「そうね。
ダメだと思い過ぎていたのかも。
この野菜もめちゃくちゃおいしい」
スプーンに乗せたトマトを指さす。
「ソーニャが育てたのー!」
ソーニャが口の周りにたくさんつけて言った。
「なんて素晴らしいの。
一流の農家ね」
ソーニャがテーブルを叩いて喜んだ。
「こらこら、ちゃんとしなさい。
スカウトお姉ちゃんに笑われるわよ」
クロエの言に「はーい」とソーニャは食事に戻る。
「てか、イギリスでもカレー食うんだな」
もう一皿食べ終えた紫が、炊飯器から追加した。
「食うわよ。
ここほど美味くないけどな」
「日本人はカレー好きだからな」
「へー。
初耳ですね」
結希も食べ終えたようで、おかわりするために席を立つ。
「福神漬けもあるわよ。
スカウトさんも食べる?」
「さっきの赤いヤツよね? ちょうだい」
クロエが紫と結希の皿に入れた後、
スカーの皿にもどっさり盛った。
「さんきゅー」
明るく返事をしたものの、スカーは
清十郎が静かに食事をしているのが気になっていた。
「それにしても、歌手だなんて。びっくりしました。
ね。清十郎さん」
伊都子が言う。
「ああ。
まぁ・・・そうですね」
短い返事の後、
清十郎が半分以上残したままテーブルを立った。
「あらあら、セイちゃん。
どうしたの?全然食べてないじゃない」
「ごめんなさい。ちょっと食欲がなくて」
「そう。残念だわ」
清十郎が席を立ったのが、自分のせいかもしれないと思っただけで、
スカーは手先が痺れてスプーンを落としてしまう。
男にテーブルを立たれることなんて、何度も経験したことなのに。
「あ、あたし・・・っ」
スカーは出来の悪いびっくり箱みたいに立ち上がり、
涙で歪んだ視界の奥に清十郎を見た。
「あたし、やっぱりお邪魔よね。
ごめんなさい」
立ち去ろうとしたところで、結希がスカーの袖を掴んだ。
「此処にいてください。何かの縁ですし。
みんな喜んでいるんです」
彼が言うと、葵も腰を浮かした。
「うん。私、すっごく嬉しくて。
もっとお話ししたいっ」
彼女の笑顔に救われたスカーは、目尻に溜まった涙を拭った。
いつの間にか、となりに月子が立っていた。
月子は言葉を発しない代わりに、笑顔で手を握ってくれた。
「ありがとう。
あたしも、少しあんたらと話したいかも」
「やったっ。せんきゅーせんきゅー」
2人でしゃべっていると、
「セイ。お前ちょっと、座っとけよ」
小声で紫が清十郎に言った。
しぶしぶと言った様子で、清十郎が席に戻るのを視界の端で捉える。
スカー達は座ると
「あたしって、どんなイメージだったの?」
「大人っぽくて、静かなイメージだった」
「真逆ね」
スカーは頷く。
「でも、インタビューの時はそんな感じだった」
「そうしろって言われたからね」
「今まで、どんな風に過ごしていたんですか?」
伊都子が訊いてきた。
「いろんなところを旅した。
一度行ったところは『ポータル』ですぐに行けるから、
世界中を行ったり来たり」
「『ポータル』って、あの瞬間移動か」
紫が首をこちらに伸ばして聞いて来る。
「瞬間移動じゃないのよ。
空間に穴をあけて移動しているだけ。
中には亜空間があって、そこには時間の経過がないの。
だから他の人は、私が瞬間移動しているみたいに感じる」
「なんだそりゃ。最強じゃん」
腕を組んだ紫がため息交じりに言った。
「確かにね。
でも、やられることもあった」
「なんで?」
「すこぶる不意打ちに弱いんだ。
それと、あたしには相手を直接攻撃する手段がない」
そう言って、スカーはため息を吐いた。
みんながスカーの話に集中するあまり、
食事が進んでいないのに気付く。
「先に食べようぜ。
もし、みんなが良ければ後で話を聞いてくれ」
空になった皿を片付けると、クロエがコーヒーを入れてくれた。
「此処では、みんながよく助け合っているのね」
「そうよ。
ここに住むなら、あなたも働かなくちゃね」
「物を運ぶのは得意」
「助かるわ~」
ソーニャとキーラはもう寝る準備をするのか、
葵に連れられて寝床へ入っていった。
「おやすみ」
いつまでもこちらを気にしているソーニャに手を振ってやる。
「海外はどうなってるんだ。
俺達みたいなのが他にもいるのか」
紫が訊いてきた。
「いた。
でも、今はもうほとんどない」
「外敵にやられたのか」
「いや・・・」
「じゃあ、なんだ」
「人を皆殺しにして回っている奴がいる。
そいつらは『3人』いる。
私達のように神から与えられた力を持っていた」
スカーが言うと、皆の表情が真っ青になった。
結希と葵が神妙な表情でいたので
「あんた達2人はあまり驚かないんだな?」
訊くと2人は頷いた。
「何となく、そういうことになっているかもって、
話していたんです」
「もしかして、そいつら血迷ったのか」
紫が頭を掻きながら面倒くさそうに言った。
「1人は明らかに狂ってそうだった。
でも残りの2人は違う。
アルバイトみたいに淡々としている感じ」
「そんな危険な人達と
話をしたことがあるんですか?」
伊都子が言った。
「ちゃんとはない。
でも、やめさせようとして、何回も邪魔をした。
それで、やられたってわけ」
脇腹を擦りながら笑う。
「ここに来るかも」
葵が不安そうに言ったので、スカーは肩を竦めた。
「見つかる可能性はある。
ただ、すぐには来ないだろ」
「どうして?」
腕を組んだままの清十郎が訊いてきた。
彼の目の奥で、小さな火がちらちらしているように見えた。
「え・・・えっと」
歌詞が飛んだ時みたいに頭が真っ白になる。
「根拠がないだろ」
「一応・・・あるけど」
「教えてくれ」
スカーは呼吸が止まらないように注意を払った。
「あいつらは、人を感知する能力を持っていない。
それに、あたしのような便利な移動手段を持っていない。
最後に見たのはアメリカ北部だった。
日本からはずいぶん遠い。
それにこの国は海に囲まれているでしょう?
人は移動をするときは、地続きでしたがるものだから、
よっぽどじゃない限り後回しになると思う」
清十郎が深いため息をついた。
「だが、絶対じゃない」
スカーは背中を強張らせた。
「そうね・・・ごめんなさい」
「あのっ。あたしが嫌ならそう言って。
どこかに行くから」
「いや、そんなつもりはないよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
清十郎は結希に目配せをすると、とうとうテーブルを離れてしまった。
ありがとうございました。
次話は今週末に更新いたします。
(もしかしたら、平日の間に更新するかもしれません)




