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67話 紫

67話です。

よろしくお願いいたします。



女は清十郎に口づけをした。

「わ」結希から

「うきゃあっ」ソーニャから声が上がる。

さっき起きだしてきたキーラすら、その光景を見て目を見開いた。

誰もが呆気に取られている中、

紫だけが目の前で起こった事を冷静に見ていた。

「・・・」

女には今まで『いろいろ』あったのだろう。

その『いろいろ』が重なり合った末、

清十郎にキスをしたのだ。

計り知れない飛躍に、更に飛躍を重ねてこうなったのだ。

女が目から一筋の涙を落とした。

神秘的な光景だった。

人は時として、周囲には理解できない行動を起こす。

だが、それには重要な理由があると紫は思っている。

本人すら自覚できないほど深い場所にある、

こころと体に刻まれた理由だ。

ごく簡単に言えば。

清十郎と、清十郎の価値が分かる女が出会ったのだ。

ただ唇を重ねるだけの、初心なキスは長く続いた。

やがて女が離れる。

清十郎にとっては、そのくらいが丁度良いのかもしれない。


   ◇


「ああ、あの・・・ちょっとごめん」

なんだか曖昧な物言いをすると、

清十郎は女の肩を押して離れた。

そのまま歩いてベッドへのろのろと歩いていく。

「セイ」

紫の声は無視された。

場にいる全ての者が沈黙を携えて、清十郎を見送った。

彼がベッドに入り、掛け布団を自分の腹にかけたところで、

なぜかその場にいた全員がため息をついた。

「・・・寝ちゃった」

視線が男と女の間を何往復したか数えきれなくなった頃合いで、

葵が呟いた。

「え・・・えええー・・・」

両手を頬にあてて、彼女の顔が真っ赤になっている。

視線を交わした葵と結希が、なぜかびくりと肩を震わせた。

「ねー。

なんでジューローにキスしたのー?」

空気を読まないソーニャが、女に繰り返し訊いている。

口づけをした当の本人は、視線を彼方に硬直させたまま動かない。

「月子ちゃん」

小さな声で言うと、月子も放心していたようで、

驚いたように目を瞬いた。

「注意しといて・・・」

紫は月子に目配せすると、じりじりと近づいて女の肩に手を置いた。

「おい」

「あ?」

清十郎に見せていたのとは一転して、

女は獣のように鋭い目をした。

勝ち気そうな瞳、男のような短髪、

よく焼けた頬にそばかすが見える。

「さんざんちらかしてくれたな」

倒れたトマトの苗や、倒れた家具を指さす。

「そっちが先に仕掛けてきた」

女は両手を中途半端な位置まで上げると、薄ら笑いを浮かべた。

「夜中に無断で入って来たのはあんただろ」

意図的に大きなため息をつくと、女が目尻を上げた。

「そっちは武器を使ってきた」

女は月子へ向かって顎をしゃくり、中指を立てた。

「自衛だからな。そんなの当たり前だ」

「じゃあこっちも当たり前に襲っていいよな」

2人が言い合っている内に、月子が紫の脇に立つ。

紫は首を振って、手を出すなと合図を送る。

「話のわからない女だな」

紫は奥の手を出すことにした。

「この部屋は、いつも清十郎が綺麗にしているんだよ」

そう言うと、さっきまで偉そうな態度でいた女が

途端に傷ついた表情になった。

「あんたを心配したあいつが、傷も治した。

たくさん迷惑をかけられたのに」

「そ、それは・・・あの人が勝手に・・・」

紫は確信する。

こいつの弱点は清十郎だ。

あいつがこちらにいれば、これ以上の問題は起きない。

「今日は帰れ。

もし行く場所がないなら、寝袋位出してやる」

「うるさい。死ね」

女は顔を真っ赤にして中指を立てると、

次元の狭間に滑り込んで消えた。


   ◇


朝になると、みんな一様に眠そうな顔をしていた。

「月子ちゃんおはよ。

眠れた?」

腰に帯と刀が差している月子は、目を擦りながら首を振る。

もしかしたら、ずっと起きていたのかもしれない。

次に伊都子に声をかけた。

「全然眠れなくて」

「ああ。あんなことがあったからなー」

「びっくりしましたね。

特に最後の・・・」

言いかけて、伊都子は口を閉ざした。

「最後の、キスか」

伊都子は顔を朱に染めると「もうっ」と紫の背中を叩いた。

その時、伊都子の下着がシャツの隙間から

見えたので、紫は顔を逸らした。

思考が自動で動き回り、頭の中で伊都子とのキスを想像してしまう。

「それ」

伊都子が紫の手元を指さした。

「ああ。これ?

どうせ眠れないからさ。読んでた」

紫の手には1冊の文庫本が握られている。

伊都子にならって読んでみようと、本屋で拾って来たものだ。

「文豪コーナーでランキング一位のやつ。

伊都子ちゃんなら知ってるでしょ」

本の表紙を伊都子に見せる。

「はい。

中学生の頃に読みました」

「中学生・・・?

すごいね」

驚いて言うと、伊都子が慌てて両手を振った。

「部活にも入ってなかったし、暇だったんです」

「暇だからって、本を読むのは立派だ」

恥ずかしさをごまかすように、伊都子は文庫本を手に取った。

「表紙、リニューアルされてたんだ。

知らなかった」

「俺みたいなやつには、入りやすくて助かる」

彼女の本を確認する所作は丁寧で、洗練されていた。

「・・・あの人、何だったんでしょうか」

「わかんねぇ。

滅茶苦茶だったよな」

「はい・・・」

2人の間に沈黙が訪れる。

紫はまだ伊都子とこうしていたかった。

少しでも近づきたくて、文庫本を読んでしまうくらいには、

彼女のことが好きだった。

今も手触りの良さそうな髪に、簡単には手を伸ばせないでいる。

好きになった相手が、自分らしさを奪っていく。

そのことは恐怖でもあり、快感でもあった。

もしかしたら、

清十郎に口づけをした女も、自分と同じなのかもしれない。

「・・・」

目だけを動かして伊都子を見た。

時間があれば、何か手伝おうと周りに声をかける伊都子。

想像もできない不幸に見舞われたにも関わらず、

いつも笑顔でいようとする伊都子。

それでも耐えられず、屋上で人知れず泣いていた伊都子。

結希を葵に譲った伊都子。

紫は思わず歯噛みする。

「どうしたんですか?」

黙っている時間が長かったのか、

伊都子が心配そうな顔で紫を覗き込んできた。

心臓が痛くなる。

紫は動揺して持っていた本を落とした。

「だぁ・・・しまった」

落ちた本を、伊都子が笑って拾ってくれる。

「あ、ありがと」

受け取った手が、彼女の指先に触れて、

胸が痛いほどの喜びがこみ上げる。

清十郎を初心だとからかえないな。

伊都子を見ながらそう思った。

ありがとうございました。

更新日を週末に設定しているのに、

平日に更新することが多くて申し訳ありません。


次の話もすぐに更新いたします。


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