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66話 スカー

66話です。

よろしくお願いいたします。

花と野菜と果物に溢れる農園に降り立つ。

辺りにはいくつもの光が飛んでいた。

「蛍・・・? 違う。

ここは・・・天国?」

植物達には、最近まで手入れをされていた形跡があった。

「こんなに・・・たくさん」

この場所を管理している人物は、さぞ園芸に長けた者なのだろう。

どの植物も精力的に伸びていた。

スカーを案内してくれていた光が、ゆっくりと進み始めた。

まだ先があるようだ。

遅々として進みゆく。

先々にはいくつものバリケードがあったが、

光が抜け方を教えてくれたので、楽に越えられた。

地下へ続く長い廊下を、スカーは下っていく。

奥には、農園で見たような光がたくさんあった。

「不思議なトコだな・・・」

中にはいくつか人の気配がある。

スカーは入る前に、静かに様子を窺った。

しばらくして気配が動き出す。

それが2手に分かれながらこちらに向かってきた時、

スカーは相手がこちらに気付いていることを確信した。

「気付いた? なぜ?」

小さく舌打ちする。

監視カメラか、センサーでも仕掛けられていたのだろうか。

いや、人の文明は滅んで久しい。

ということは、相手がかなりの手練れである可能性が高い。

スカーは素早く部屋に入ると、隅に身を潜めた。

部屋は、大きなホールだった。

正面には鉢に植えられたミニトマトが並んでいたので、

視界が遮られて奥は見えなかった。

左側に、ベッドが2つ並んでおり、3つのふくらみがあった。

「・・・」

ベッドに近づこうとした時、慎重に迂回していたはずの気配が、

直線的にこちらへ向かってきた。

おそらく、スカーが無防備な仲間に近づこうとしたので、

慌てて動き出したのだろう。

甘い相手だ。

ミニトマトを飛び越えて、姿を現したのは長い髪の女だった。

長身の女はすこぶる速く、着地と同時に駿足で間合いを詰めてくる。

2人の距離が触れるまで、あと一息もかからないだろう。

だが、スカーにはたっぷり余裕があった。

刃物を抜いた女が振りかぶったのを見計らいつつ、

悠々と『ポータル』を開いて亜空間へ逃げ込む。

「お嬢ちゃん、足速いね」

手を振りながら『ポータル』を閉じようとした時、

女が刀を突きだしてきた。

スカーの鼻先で切っ先が停止する。

もう少し近くだったら死んでいた。

「あぶねっ」

女は『ポータル』が閉じる寸前で刃物を引いて逃れた。

「『ポータル』見たらもう少し様子見するだろ!

あいつやべー」

スカーはゆっくり歩き、刃物女の背後辺りに見当をつける。

「この辺だな」

そして『ポータル』を開く。

亜空間には時間の流れがないため、『ポータル』に入った直後の状態から、

時間が流れ始める。

亜空間から出てきたスカーは、

切っ先を後ろに引いた姿勢になっている刃物女の、

隙だらけの背中へ思い切り蹴りを入れた。

不意を突かれ、体勢を崩した刃物女は、前のめりに転がった。

だが、受け身をとってすぐにこちらを睨みつけてくる。

「へぇ」

スカーはその動きに感心して眉を上げた。

刃物女は、訓練を受けた兵士だ。

もうひとつの気配が、真横から猛烈なスピードで迫って来る。

スカーはすぐに『ポータル』を開いて亜空間へ入ろうとしたが、

その前にシャツの襟を掴まれた。

「はやっ」

まさに、目にも止まらぬ速さだ。

体を仰け反らしつつ、『ポータル』を操作して、

相手ごと亜空間に引き込むことにした。

刹那、襟を掴んだ相手と目が合う。

気の弱そうな優男だった。

「こっち来てよ」

亜空間に入る寸前になって、

懸命にも優男は、手を放してスカーから距離を取った。

「・・・ふーん」

彼もかなりの手練れのようだ。

亜空間に逃れたスカーは、脇腹の出血を確認する。

シャツはもちろん、下着までぐっしょり血で濡れていた。

「あーくそ」

スカーは少し離れた場所に『ポータル』を開いた。

優男はすぐに反応した。

スカーの眼前に迫ると、電流を纏った手を突き出してくる。

「っ!」

こいつはフォルトゥーナに力をもらっている。

電流を喰らってはまずいので、

突き出された手を『ポータル』に飲み込ませる。

雷の手は半ばまで『ポータル』内に入り込み、こちらには届かない。

「な?!」

優男の顔が驚愕に変わった瞬間、スカーは体重を乗せた平手打ちをかました。

「う」

優男は腕を引き抜き、慌てて後退する。

「月子さん。大丈夫?」

『言語翻訳機能』で優男の言葉を理解する。

戦いながら仲間を気遣う優男に、少しだけ興味が湧いた。

「軟弱なやつはタイプじゃない」

スカーが彼らの言語を話すと、言葉が通じることに驚いたのか、

2人は顔を真っ青にした。

「上手でしょう?」人を驚かせるのはいつも楽しい。

スカーはポケットの中に小さな『ポータル』を

発生させて手を入れた。

さらに亜空間内にも『ポータル』を作り、

刃物女の後頭部辺りに接続する。

これでポケットの中と、刃物女の後頭部辺りの空間が繫がった。

彼女の長い髪に触れると、風呂上りなのかしっとりとしていた。

「っ!!」

刃物女は自らを抱くように前へ倒れ込み、手から逃れた。

同じ要領で、優男の頬にも触れる。

「わ」

不意を突かれて仰け反る優男が面白くて、スカーは声を出して笑った。

笑ったせいで、死ぬほど腹が痛い。

「2人とも初心なガキだなぁ」

「あ、あなたは、何者なんだ・・・」

片手を前に出して、優男が言った。

「もう話し合いかよ?

情けねぇ」

スカーは優男を侮辱するように、大げさに両手を振って見せる。

「もし、あたしが全員殺すって言ったら、

おまえどうすんだよ?」

スカーが言うと、優男の顔色が変わった。

その時、ホールの奥から3つの気配が駆けてきた。

「ん?」

気配のうち2つは背が低くて、素早い。

まるで獣だ。

高速でジグザグに駆ける2つを、ポータル』で飲み込んだ。

獣は頭が悪いから助かる。

「と、虎!!

三毛!!」

獣達の飼い主だろうか、残された気配が悲鳴を上げた。

「まぁ、安心しな。動物を殺す趣味はない」

亜空間へ移動し、引き込んだ獣の姿を確認する。

「ん?」

獣は可愛らしい猫だった。

だが、ただの猫ではない。

二足歩行で、それぞれが盾と槍を持っていた。

上着を着ており、その様子から理知さを感じる。

「なんなんだ・・・ここの連中」

槍を持った方の猫が、身を翻して襲い掛かって来る。

スカーは『ポータル』を使って、

襲ってきた猫を一度吸いこんでから元の場所へ吐き出した。

それでも猫が諦めずに向かって来るので、

動きが止まるまで13回ほど繰り返した。

猫は目が回して、うみゃーんと鳴いたまま、

動けなくなってしまう。

猫が何かをうみゃうみゃ言い始める。

よく見ると、猫達は服を着ており、しぐさが理知的であった。

スカーは『言語翻訳能力』で猫の言葉を話してみた。

「ハロー。言葉分かる?」

<うおお。

こやつ、猫族の言葉が分かるのか>

賢そうな方の猫が、盾を構えたまま唸るように言った。

「猫族ってか。すげぇな・・・。

話せるよ。女神に力をもらったから」

スカーが肩を竦めると、

目を回した方の猫が頭を押さえながら言う。

<うみゃーん。目が回るにゃーん>

スカーは2匹の目の前に膝をついた。

「ごめん。ごめん。

あのさ、ちょっとここでじっとしといてくれない?

行方不明になったら面倒だから」

<お、お主は、敵ではないのか?>

賢そうな方の猫が言った。

「あたしがそんなに悪そうに見える?」

<見えるにゃん><見えるな>

2匹の猫が同時に頷いたので、スカーは盛大に顔を顰めた。

「クソ猫が。

あとでぶっ殺す」

スカーは中指を立てると、『ポータル』を開いた。

目の前には、可愛らしいパジャマを着た女がいる。

「やほー」スカーが声をかけると、

驚いた彼女は「ぎゃっ」と声を出して後ろに倒れそうになる。

スカーはすかさず手を取って衝撃を和らげてやる。

「安心しな。

猫は殺してないから」

「2人を返して!!」

スカーは顔を女の真近くまで寄せた。

「ギャーギャーうるせぇな。

黙ってなきゃ殺すぞ」

歯を剥き出しにして威嚇すると、女の顔色が真っ青になる。

そこに刃物女と優男が間合いを詰めてきた。

2人が左右から同時攻撃を仕掛けてくるが

スカーは『ポータル』を使って、軽々といなしていった。

刃物女も優男も動きはスカーよりもはるかに素早く強いが、

能力を持つ人間との戦いに慣れていない。

これではスカーの足元にも及ばないだろう。

「・・・足りねぇな」

スカーは今まで戦ってきたあの『3人』を思い出す。

『3人』を相手にしたら、ここの連中は何もできずに死ぬだろう。

「こっちだよ」

スカーは女の刃物を奪い取り、『ポータル』に放り込むと、

男の腹に正面から蹴りを入れた。

「結希ーっ!」

子どもの叫び声が聞こえたので、スカーは内心驚いた。

「・・・子ども?」

すぐに『ポータル』で声のした場所へ移動する。

そこには、白人の小さな女の子が立っていた。

「ふーん。子どもか」

スカーは息を吐いて、小さな女の子の前に膝をついた。

刃物女が駆け寄って来たので、

スカーは女の子に手を伸ばして、凶悪な笑みを浮かべた。

「来たらこの子を殺す」

青ざめて硬直した刃物女を鼻で笑い、

スカーは女の子に向き直った。

「初めまして」

「だぁれ?」

「あたしはスカー。あなたのお名前は?」

「ソーニャだよー」

「ソーニャ。ここの人は優しい?」

「うん。クロエが一番優しい!」

小さな女の子は満面の笑みを浮かべた。

「ふーん。そっかぁ・・・」

スカーは立ち上がり、刃物女と優男に向かって両手を上げた。

「もうやめるわ」

突如無防備になったスカーに、目の前の2人は動揺を隠せない。

「な、なんなんだ・・・いったいっ」

優男が拳を戦慄かせながら声を上げる。

「馬鹿かおまえ。

もうやめるつったろうが」

スカーは亜空間から、奪った刃物を取り出して刃物女に渡した。

「いらねぇから返すわ」

唖然としている2人の目の前で、

スカーはゆっくりと胸ポケットに入れておいた

煙草に火をつける。

これはとっておきの1本だ。

湿気ている可能性もあったが、無事吸うことができてほっとする。

吸い込んで吐くと、痛みが緩和したような気がした。

「ふー。最高・・・」

両者に沈黙が訪れた。

ちらりと腹の傷を確認したとき、眩暈がした。

もう潮時のようだ。

「ああ、何やってたんだろ。

あたし・・・。

まぁ、最後に、ちょっと楽しかったからいいか」

死体がここに残るのは迷惑だから、最後は亜空間で死のう。

スカーが1人思案に耽っていると、パジャマ女がやって来た。

「三毛と、虎を、返して・・・」

「ん」

不可解なことに、突然スカーの煙草を摘まんでいる手が、

全く動かなくなった。

「何だ・・・?」

視線をやるとパジャマ女の目から、とめどなく涙が流れている。

「・・・これ、あんた・・・?」

返事はなかったが、スカーには確信があった。

こいつはフォルトゥーナの力を得ている。

スカーは自分の頭上に『ポータル』を発生させ、

自らを飲み込んでいった。

亜空間に入りきった直後、

スカーは正体不明の拘束から解放される。

どうやら彼女の力は、亜空間の中までは届かないようだ。

「なんなんだ。

力を貰ったやつらが集まってんのか?」

妙な力だが、また同じことをされたら、

すぐに亜空間に戻れば良いだけの話だ。

「おーい。猫達―」

スカーは亜空間に残してきた猫達を探した。

<にゃんだにゃ!>物陰から2匹が姿を現す。

「ほら。こっから出てもいいよ」

スカーは『ポータル』を開いて、猫達と一緒にもとの場所に戻った。

「ただいまー」

「三毛! 虎!」

<葵だにゃん。帰ったにゃー>

辛そうに目を押さえていたパジャマ女と、猫達が抱き合う。

<葵さま。

あやつは怪しいですが、何やら思惑がある様子>

賢い方の猫がパジャマ女に言った。

「思惑なんざ、ないけどねぇ。

無いのが一番ヤバイ気もするけどさ」

スカーが煙を吸っている間に、

他の仲間達がぞくぞくと集まって来た。

警戒、恐怖、不安、嫌悪、様々な負を含んだ視線が、

こちらに向けられる。

「ふん・・・」

煙を吐き出しつつ、懐かしいと感じる。

青春時代は、いつもこんな視線にさらされていた。

自分ができそこないだったのが悪いのだろうが、

教師も、民生委員も、家族も、近所のガキどもも、

みんな一緒だった。

「ああクソ。

またおんなじだな。あたしはいっつもこうだ」

自分は救えないゴミ屑だな、とスカーは思った。

センチメンタルとやらにならざるを得ない。

腹を少しだけ強く押さえて、もう一度吸った。

血がたくさん出ている。

体がとても冷たくて、もう倒れてしまいそうだ。

その時、背後で声がした。


   ◇


「なんの騒ぎだよ。

こんな遅くに」

バラードがよく似合いそうな、渋くて味のあるいい声だ。

スカーは体を捻って後ろを見た。

脇腹の痛みに思わず顔をしかめたスカーのすぐ脇に、

男が立っていた。

「え?」

いつの間にか間合いに入っていた彼は、

眠そうにするだけで、スカーに何かをすることはなかった。

正直に『ポータル』の弱点を言うと、それは速さだ。

『ポータル』の移動速度は、

スカーが遅めに手を振るのと同じくらいの速さしか出せない。

だから、手を伸ばせば触れられる距離まで入られてしまうと、

相手に何かをされた時、『ポータル』を使っても逃れることができない。

至近距離は、スカーにとって危険な距離なのだ。

「・・・あんた誰?」

後ろ頭を掻いてぼんやりしゃべる男に、意識を全て持っていかれる。

動けなかった。

いや、動きたくなかった。

スカーの不可解な状態を説明するにはたくさんの文字数と想像力を必要とする―――文字数を重ねようとする前に彼が動いた―――だから、説明をすることはできなくなった。

下から覗うように伸びてきた手が、スカーの煙草を取り上げてしまう。

「え」

動きは遅かったので、スカーがその気になれば、

躱すことはいくらでもできたはずだ。

「煙草はすみませんね。子どももいるから」

躊躇いがちに言うと、

彼は屈んで煙草を地面に擦りつけて火を消す。

消えた煙草をそのままポケットにしまう。

その仕草を見たスカーは、心身共にたじろいだ。

「か、構わないけど・・・」

返事するのが精いっぱいだった。

視線が交わされると、スカーは喉が震えて声が出せなくなった。

2人の間に、固く閉ざされるような沈黙が訪れる。

痺れた肺にかろうじて息を送り込み、せめてゆっくり吐き出そうと努める。

「・・・」

スカーは沈黙の時間を利用して、

混乱しきった脳内を整理することにした。

自分の中で、何かとてつもないことが起こっている。

そういえば、此処に来る前から、スカーは少しずつおかしくなっていた。

きっかけは、大勢の仲間を失ったあたりかもしれない。

だが、本格的におかしくなったのは、彼が登場してからだろう。

彼はスカーと同じくらいの身長で、少し腹が出ていた。

目は細く、鼻は低く団子のように丸かった。

どこにでもいるような男にみえる。

だが、細い目は神秘的で、丸い鼻からは愛嬌を感じる。

スカーはどこにでもいるような男から、

何か特別な良さみたいなものを感じてしまう。

一番気になったのは、

彼がスカーから煙草を取り上げる時の配慮だった。

間違ってもスカーに火を向けないよう、

煙草を両手で丁寧に扱い、身を屈めて火を消し、ポケットにしまった。

そうか。

スカーは彼の思いやりある仕草に感動していたのだ。

同時にスカーは感謝もしていた。

もし、この出来事が世界の天変が始まる前だったら、

素晴らしい世界のあれこれを目にする前だったら、

死へ向かうとともにセスの目映い美しさを感じる前だったら、

スカーは彼の魅力に気付かず、ただやり過ごしてしまったに違いない。

自分を落ち着かせるために、

灼熱にまで高まった吐息を吐き出して、脳天を冷やそうとする。

だが、無駄だ。

自分の故郷にいる男には、いや、都会に行った時にも、

こんな感動的な仕草ができる男はひとりもいなかった。

彼と出会えた感動もあったが、胸痛む感覚もあった。

スカーは禁煙場所で煙草を吸ったことを、心底後悔していたのだ。

「あ、あんた。

清十郎っていうの?」

スカーは無意識に自分の髪を整えながら言った。

「・・・うん」


うん、だって!!


自分よりかなり年上に見える清十郎が、

うん、と返事をしたのが、これ以上ないほどキュートに感じる。

「苗字は?」

「阿多」

『言語翻訳機能』が阿多 清十郎という名のニュアンスを

正確にスカーに伝えてきた。

この力を得ることができて本当に良かった。

でなければ、清十郎の名前がこんなに素晴らしいことに

気付けなかったかもしれない。

「いい名前・・・」

スカーは良い豆を使ったコーヒーの匂いを嗅いだ時のように、

うっとりと声を漏らした。

「ありがとう」清十郎は少し首を傾げて言った。

彼の方は、スカーの内部に頻発するビックバンに、

まるで気付いていないように見える。

そのリラックスと自然を融合させた立ち姿は、

この世の尊さすべてを凝縮しているようだ。

「怪我をしてるのか」

清十郎が、スカーの血で濡れたシャツを指した。

「ああ、これ?」

スカーは手をひらひらさせて、大したことではない風を装う。

「すごい血じゃないか」

彼は慌てた様子でスカーの手を取ると、ゆっくり引き寄せた。

「ちょ、ちょっとまって・・・」

血なんかどうでもいい。

シャツは数日前代えてそれきりだし。

たくさん汗もかいている。

こんな姿で彼に触れるなんて耐えられない。

「や」

ドラマに出てくる恥ずかしがり屋の女みたいな声が出た。

信じられない。

こんなこと知らない。

スカーの膝はがたがたと震えていた。

「もう大丈夫」

清十郎が優しく言った。

触れられている場所が燃えるように熱い。

途端に体から力が抜けて、スカーは倒れかかった。

清十郎はスカーの身体をしっかりと受け止めると、

「月子さん。

手伝って」

清十郎が声をかけると刃物女が一緒になって抱えてくれた。

「ごめんなさい・・・ごめん」

少し歩いたところに大きな噴水があった。

室内にこんな立派な噴水があるなんて滑稽だ。

「見せてくれ。俺は看護師だ」

清十郎が言ったのでスカーは頷いてから、

血の貼りついたシャツをめくった。

「ひどい傷だ。もうちょっとで死ぬところだぞ」

血を流し過ぎて自分はもうすぐ死ぬのに、

彼がまるで、スカーの命が助かったように言うのが不思議だった。

清十郎が噴水の池で手を濡らして、スカーの傷口に触れた。

見間違えかもしれないが、彼の手が輝いて見える。

「あ・・・」

数回呼吸を繰り返している間に、傷はなくなった。

完全に塞がっている。傷跡すらない。

彼が奇跡を起こしたのだ。

「え・・・」

奇跡を起こした男は、スカーの傷が治ったのを確認すると、

すぐに身を離した。

その仕草が初心な男のものだと気付き、

あまりにも大きな衝動が生まれる。

衝動に手を引かれて立ち上がると、追いすがるように一歩を踏み出した。


そしてキスをする。

ありがとうございました。

次話は来週末に更新いたします。

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