65話 スカー
65話です。
よろしくお願いいたします。
これから語るのは、
孤独だった女が、愛すべき男に口づけをするまでの話だ。
まずは前置きが必要だ。
そして、やや支離滅裂な語り口であることを許してほしい。
◇
彼女の名前は、スカウト・グッドダイバーという。
数少ない友人には、スカーと呼ばれることが多い。
スカーは大体いつも独りでいる。
父親がアルコール中毒者だったせいで、
母親がスカーを生んですぐに家を
出ていったことが原因かもしれない。
これまでのスカーにどんな不幸があったか、
きっと一般的な家庭に生まれた者には想像もつかないだろう。
不幸のうちのひとつを思い出そう。
これはスカーが受けたいくつかの虐待でも、ほんの軽いものだ。
8歳の誕生日。
父親はスロットが当たったことで上機嫌だった。
父親はスカーの誕生日祝いをすると突然言い出して、
―――誕生日は1日ずれていたが―――家から15マイル離れた
ドライブスルーに連れて行ってくれた。
スカーは祈るような気持ちでテーブルにつく。
なぜか。
父親が酒を飲み始めてしまうことを恐れていたからだ。
最初は食事だけだったが、父親は「一杯だけ」と
言ってウィスキーを注文した。
父親の酒は22時まで止まらなかった。
「家に帰りたい」
スカーが言うと、父親は車の鍵を渡し、
テーブルに突っ伏したまま動かなくなった。
スカーは次の日学校に行くため、
泣きながら車を運転して帰宅した。
当時8歳の女の子だったスカーは、
自分が法を犯すとわかっていても、そうするしかなかった。
あれからというもの、スカーは車が大嫌いになった。
なんなら、ドライブスルーもクソだと思う。
こんな日々が続いたものだから、
スカーは世の中のほとんどのものが大嫌いだ。
スカーはいつもやせ細っていた。
好き嫌いに加えて、家にはろくな食べ物がなかったからだ。
そんなこんなで、16になる頃には、
スカーは周囲の全てを激しく憎む、
やせっぽちの不幸そうな少女になっていた。
育った片田舎では、スカーは質の悪い不良として有名だった。
いつもナイフを持ち歩いているとか、
クスリをやっているとか、もっぱら噂されていた。
不良たちも、地域の大人たちも、
学校の先生ですら、スカーには近付かない。
そんな生粋のはみ出し者のスカーにも、
ひとつだけ好きなものがあった。
歌だ。
歌はスカーの孤独を紛らわせてくれた。
ちなみに、スカーは売れた曲よりも、
インディーズを聞くのが好きだ。
中でも、しゃがれ声の老人が趣味で歌っているものが好きだった。
スカーはプロテストソングに夢中になる。
その多くが、黒人が奴隷生活を続ける中で得た絶望や、
わずかな希望を歌っていた。
曲のひとつひとつに、スカーは自らの境遇を重ねていく。
やがてスカーは自分でも歌うようになり、
15マイル離れたクソドライブスルーの近くにある
クラブで歌うようになった。
その時、友人ができた。名前をセスという。
セスはスカーよりも20年上で、クラブのママだった。
セスはプロ並みに歌が上手い。
スカーはよく「老人の中では一番だ」とセスを褒めた。
そういう時、決まってセスはまんざらでもない様子で、
スカーにウィンクを返してくれるのだ。
この頃、スカーが『この世で好きなもの』が3つに増える。
歌と、
セスと、
ジョークだ。
ジョークはセスから習った。
ジョークはスカーにとって、
辛い現実を笑い飛ばすための発射台だった。
18歳の頃、転機が訪れる。
セスが歌手だった時の知り合いが、
店を訪ねて来るなり、スカーの歌に注目したのだ。
その頃のスカーは、いくつかのプロテストソングを作曲していた。
どれも子どもじみた、乳臭い内容の歌だったと思う。
だが、プロの目から見ると、なにやら才能があるらしかった。
スカーはセスの知り合いの紹介で、CDを出すことになった。
今までに作っていた曲を、全部CDに押し込んだ。
レコーディングはクラブで行ったので、
音質は最低だったが、意外なことにまぁまぁ売れた。
収益のほとんどはセスの知り合いに持っていかれたにも関わらず、
追加で曲を作ってほしいと言われたスカーは、俄然調子に乗った。
そうこうしている内にデビューする。
同時に都会へ引っ越すことになった。
セスと別れるのは辛かったが、彼女に背中を押された。
注目を浴びるため、スカーはオーディション番組に出演した。
素人に毛の生えたようなスカーの歌は、
まさかの高評価を得て、世間の注目を浴びることになる。
まさにシンデレラストーリーだが、
今考えても、なぜスカーが注目されたのかわからない。
押し寄せてくる見えない波が、スカーをどんどん沖へ流していく。
事はトントン拍子に進んだ。
オーディション番組の影響か、
その後出したいくつかのCDはよく売れた。
顏が知られたので、アパートにはいられなくなり、
セキュリティのしっかりしたマンションに移った。
スカーがヒステリックだったせいで、
馬の合わないクソマネージャーと、
たくさんの高級家具、たくさんの高い洋服が、
スカーの前に現れては消えた。
新たな生活には、息苦しい程のストレスが伴ったが、
それでも酒だけは絶対に飲まないようにした。
父親と同じようにはならないと、こころに決めていたからだ。
歌手としてある程度の成功を収めたスカーだったが、
プライベートはとことんうまくいかなかった。
言い寄ってくる男達は、真摯気取りで見目は良かったが、
コンドームを使わないクソ共だった。
スカーは破局と堕胎を繰り返し、こころを抉られると、
やがてコカインに手を出すようになった。
あまりやり過ぎると歌えなくなると分かっていたが、
どうしてもやめることができなかった。
スカーは傷つきやすくて、
傷を癒すのにひどく時間のかかる面倒くさい女だった。
ある日スカーは、酒かコカインの違いがあるだけで、
結局自分が父親と同じ道をたどっていると気付く。
気付いたことで深く傷つき、コカインは益々すすんだ。
スカーの内部は壊れ果て、良い曲が作れなくなるまでに、
あまり時間はかからなかった。
仕事はクビになり、スカーは田舎に帰ることにした。
稼いだはずなのに、度々父親に無心され、
男達に騙され続けたスカーには、あまり金がなかった。
久しぶりにセスの店に行くと、ママが違う人になっていた。
話を聞くと、彼女はセスの娘らしい。
セスは半年前に自殺したという。
その事実は、ぼろぼろになったスカーを、
さらなる奈落へつき落とした。
なぜ連絡をしてくれなかったのか。
なぜ、頼ってくれなかったのか。
スカーは世界でたった1人の友人に裏切られた気がした。
その日、大嫌いだったドライブスルーで酒を飲んだ。
浴びるほど飲むと、少しだけ気が晴れた。
どこからかスカーが帰省してきたことを聞きつけた父親が、
店に乗り込んできた。
「金をくれ」
酔っぱらって呂律も回らないスカーに向かい合うと、
父親は言った
「他に言うことはないの?」
「何が?」
父親はスカーの財布から金を奪って去っていった。
「これがスカーの現実だ」
「こんなのはいつものことだ」
「これまでも、何度だってあった」
酔っぱらったスカーは呪文のように繰り返した。
タクシーでホテルに到着すると、泣きながらコカインをやった。
やりすぎて、途中で鼻血が出た。
血はいつまで経っても止まらない。
スカーは酒を飲んだ。
自分も父親のようになるのだ。
◇
「おっと」
見上げようとすると、首が痛くなりそうな大きな門がある。
後ろから風が吹いてきたので反対側を見ると、
そちらには真っ白な部屋が見えた。
「・・・」
スカーは悩んだ末、門へ向かうことにした。
自分は死んだのだから、部屋よりは門の方が正解だろう。
「地獄の門だろうね」
呟いたスカーに声をかける者がいた。
背の高い男は銀髪で、真っ黒な目をしていた。
整った顔立ちに、スカーは口笛を吹く。
銀髪の男はミーミルと名乗り、
そこら辺の女を一瞬で惚れさせるような笑顔を見せた。
だが、顔立ちの良い男にうんざりしているスカーには響かない。
<可哀想に。
非業の死を遂げたのか。>
その台詞を聞いた瞬間、
スカーは2回舌打ちをしてから、口の端を捻じ曲げた。
「それって、あたしのこと?」
<そうだけど?>
スカーは苛々を隠さずに、捩じった口を開いた。
「それはあたしが決めること。
それに気付きもしないあんたはゴミ同然ね」
ミーミルは不本意そうな表情をしながら、
それでもスカーの傍に寄ってきた。
<君は素質があるんだ。
私と来なさい>
ミーミルはなぞるように、スカーの頬に触れた。
整った顔が、間近くに迫ってくる。
「そういう話はもうこりごりなんだよ。
死ね」
引っ搔いてやろうと手を伸ばすと、
ミーミルは魔法のようにスカーから離れた。
<君はこっちじゃないな。
靡かないから>
ミーミルがスカーの背中側を指さす。
「あっそ。
あっちに行けばいいのね」
一応そちらを見てから、スカーはミーミルに向き直った。
すでに彼は居ない。
<姉によろしく>
どこからか響いた声を聞きながら、スカーはつばを吐いた。
白い部屋には、ミーミルと同じく銀髪の女がいた。
「今度は女か」
スカーはポケットに手を突っ込んだまま、
女に向かって侮辱するような言い方をした。
大概の奴は、これで鼻白んでしまうだろう。
しかし、女は丁寧な所作で頭を下げてきた。
<フォルトゥーナです>
その様子にスカーの方が鼻白んでしまう。
この女はさっきの男とは違い、自分を見下さないらしい。
「あたしはスカウト。
スカーって呼んで」
気を良くしたスカーに、フォルトゥーナは優雅に頷いた。
気取った仕草に見えるが、
スカーはそれが彼女にとても似合っているかもしれないと思った。
「で、これからどうするってわけ?」
言うと、フォルトゥーナは眉を寄せた。
<ミーミルに会いましたか?>
「ああ。あのクソ男?
会ったわよ。クソみたいだったけど」
スカーがため息交じりに言う。
<何か失礼なことを言ったのですね。
申し訳ありません>
フォルトゥーナは頭を下げた。
いつまで経っても頭を上げないので、
スカーは困ってしまう。
「いいって。
こちとら、生まれた時から失礼だから」
<ごめんなさい・・・>
再度頭を下げたフォルトゥーナの肩を叩く。
「もうこの話は終わり。
あんたみたいな人が、あたしに丁寧にしないでよ」
<いいえ>
彼女が息を吸う。
フォルトゥーナを中心にして、
空間が吸いこまれて行くような錯覚に陥る。
<あなたは、今まで見た中で、
もっとも高貴な魂を持っています>
「高貴?
そんな言葉、辞書引かないと出てこないわよ。
辞書なんて引いたことないけどさ」
たまらずそっぽを向くと、フォルトゥーナが笑う。
<スカウトさん>
「スカーでいい」
<では、スカーさん。お願いがあるのですが>
「いいわよ。
あんたのこと気に入ったから。
何でも言って。でも、料理と男の話以外で」
舌を出してスカーは肩を竦めると、女神はまた笑った。
<お料理よりも、ちょっとだけ大変なことだけど。
いいかしら>
スカーはフォルトゥーナの切り返しが気に入った。
「ちょっとだけだよ。言ってみな」
<生き返って。あなたの使命を全うして欲しい>
使命。生き返る。
あまりに飛躍した『お願い』のせいで、
スカーは口を開けたまま、ぼんやりとしてしまった。
「使命って、何さ?」
自分の人生が無価値であったということは、
スカー自身よくわかっている。
何も生み出さず、失うばかりの一生だった。
身体中の血液が足に向かって
一直線に進んでいくような、そんな気分になる。
「使命・・・」
だから使命を果たしていない自分が、
また戻らなくてはならないのは当然のことに思える。
「使命・・・使命か」
スカーはまだ命を全うしていない。
「あたしはコカと酒で死んだんだ。
使命どころか、意味のあることのひとつもしてないだろ」
<侮辱的な言い方をするなら。
あなたにはやり残したことがある>
スカーは声を上げて笑った。
「こりゃあ都合のいい夢だな」
<代わりに望むものを与えます>
「なにもいらない。
あたしに施すつもり?」
不機嫌になったスカーは歯を剥いたが、
<そうです。神ですから>
フォルトゥーナが長いスカートを掴んで持ち上げ、
そのまま優雅にお辞儀をした。
慇懃無礼にも見える振る舞いに対し、
ふっと息を吐き出すとスカーは笑った。
「あっそ。
じゃあ、なんでも聞いてもらえるのね」
<はい>
「旅行がしたい。いろんな人と話したい」
<わかりました>
こうしてスカーは『ポータル』と、『言語翻訳能力』を得た。
<この力で、どうか生き延びて>
フォルトゥーナはどこか不安そうにつぶやいた。
「ねぇ。さっきから、あんたは何が心配なの?」
言うべきか迷っているフォルトゥーナに向かって、
スカーは両手を腰にやって、両足を肩幅まで開いた。
「言いなさいよ」
<私は人が好き>
「人が好き?」
あまり気分の良いフレーズではなかったので、
ふーん、とスカーは鼻を鳴らした。
自分を指さして「こんなクソみたいなのが好きなんだ。
あんた変わってるよ」と皮肉った。
それをフォルトゥーナがまっすぐに見つめる。
<はい。好きです>
「けっ。恥ずかしいやつ」
こころがたまらなくなって、スカーは唾を吐き捨てた。
<ですが、これから多くの人が死んでいきます。
地球は大きな変化を迎えるからです。
そしてそれは、私達姉弟が仕組んだこと>
「へー。
そういう話は好き」
言った傍から、フォルトゥーナの頬を伝って
一筋の涙が落ちたので、スカーは後悔した。
誰の涙も、スカーは見たくない。
「いやさ、あんた神だから。
あたしにはわからないけど、偉い人だから、
いろんなことを考えてさ、
そういう判断もあるんじゃない?」
フォルトゥーナの涙を止めたい一心で、スカーは言った。
彼女は笑顔を作り、それに感謝したようだった。
<でも私は・・・人を滅ぼしたいわけではない。
スカーさんが生き残ってくれれば、結末は変わるかもしれない>
「生き延びるだけでいいのかよ?」
<ええ。
あなたの他にも数人仲間がいます>
「あたしはずいぶんひねくれているから、
仲良くはできないかもな」
<そうですね。ふふ>
「あ、言ったなてめぇ」
フォルトゥーナの微笑につられる。
2人は思ったよりも気が合うかもしれない。
「仕方ない。
ちゃちゃっと終わらせてくるから、
美味いものでも食いながら待ってな!」
◇
「んあ・・・?」
目を覚ますと、スカーは裸でトイレカバーとキスをしていた。
ユニットバスのあらゆるところに、血痕が飛び散っている。
自分が死ぬ前に汚したものを、スカーはシャワーで洗い落とす。
「ふーん・・・。
本当に生き返ったんだ」
水の吹き出すシャワーヘッドを自分の顔に向けた。
「あばばばば」
鼻や口や目、耳に勢いよく水が入って来る。
「ぐぶぶぶぶぶぶ。うべべべべ」
息をしようと吸い込むと、気管に水が入った。
「ぐあっ・・・・ごほごほっ・・・」
「ごほ・・・くししし・・・うへへへっ。
はははははははははっ」
濡れたままユニットバスから飛び出すと、
部屋のカーテンを開け放つ。
「だははははっ・・・・・ははははははははっ!!!」
何かを丁寧に始めるつもりはない。
手始めにスカーはアルコールとコカインをごみ箱に投げ捨てた。
「死ねっ。こんなもの、二度とやるもんか!
ばぁーか!!」
すぐに世界に向けて飛び立った。
旅をするうえで『ポータル』と『言語翻訳機能』は、
すこぶる役に立った。
世界一高い山、世界一広い湖、世界一長い川、
世界一美しい島と海、様々な世界遺産、有名な菜の花畑も見た。
見たことのないものを、とにかく見尽そうと思った。
今のスカーには、ファッション誌をめくる速度で、
世界中の観光スポットを巡ることが可能だ。
自分の世界がどれだけ狭かったのかを思い知った。
スカーは、見ることと感じることに夢中になった。
食べたり飲んだりで時間を無駄に浪費したくなくて、
道端に並んでいる安っぽいグルメを見つけては、歩きながら摂取した。
夜は夜景の綺麗な街を巡った。
まさしく、寝る間を惜しんで世界を楽しんだ。
しかし、あるとき転機が訪れる。
転機は誰かに影響されたとか、時間がなくなったとか、
飽きたとかそういうクソみたいな理由ではない。
こころの奥底にある本能のようなものが、
スカーを揺り動かした結果だった。
スカーは、ガラの悪い知り合い達とたむろっていた場所や、
唾を吐きながら歩いた通学路や、男達に引っ張り込まれた路地裏など、
生前に見てきた風景をどうしても見たくなった。
子どもの頃、腐るほど見た摩耗した道路、
消えかけた白線、錆びたガードレール、見晴らしの悪い路地裏は、
たった数年しか警戒していないにも関わらず、
整備され、更新され、新たな姿に変わっていた。
そうして最後、父親と一緒に住んでいた家に辿りついた時、
その寂れ果てた様相を目にした時、スカーの中に洞察が生まれた。
不変のものなどない。
何もかもが変わっていく。
フォルトゥーナは、近いうちに人は絶滅すると言った。
人の歴史がもうすぐ終わるのだ。
スカーがどうでもいいと切り捨ててきた、すべてが。
ほどなくして、世界を揺るがす天変地異が起こった。
何もかもが壊れてしまい、人々は死んだ。
父親も例外なく死んだ。
一瞬だけ、せいせいしたのは事実だ。
スカーの中には、まだ自分を傷つけ続けた世界を
憎む気持ちがあった。
でも、確かに少しだけ、残念な気持ちもあった。
だから、その気持ちに従うことにした。
スカーは困っている人を助けて回った。
必要なら外敵から守ってやり、食料を探して来てやった。
そんな日々の中、スカーは『3人』に出会う。
『3人』はスカーと同じく、神から力を与えられた存在だ。
『3人』は力を使って、終末世界で生き延びている人々を、
ひたすら殺して回っていた。
子どもの頃から、弱い者いじめが大嫌いだったスカーは
戦うことに決めた。
戦いに次ぐ戦い。
死闘に次ぐ死闘。
やがてスカーは戦いにおける、
『ポータル』と自分の相性が抜群に良いことに気付いた。
実戦を積むことで、スカーの『ポータル』の扱う技術は、
まさに至高の領域に到達する。
スカーは世界各地で虐殺を繰り返し、
数え切れない勝利を重ねていた『3人』を幾度も出し抜いた。
だが、相手もやり方を変えてくるようになる。
『3人』は数百人を人質に取る非道で、
スカーの精神的弱さを突く戦法に出たのだ。
徐々に押され始めたスカーは、
アメリカにある人類史上最強最後の砦で、
『3人』と雌雄を決することになる。
だが、そこでスカーは負けた。
友人達を逃がそうとした際、一網打尽にされたのだ。
大切にしようとした全てが目の前で失われた。
スカー自身も重傷を負ってしまい、生きる道を失った。
◇
スカーはいくつかの隠れ家の内、一番景色の良い場所へ逃げ込んだ。
壁に背を預けて座り込むと、
その場所が今生最後の居場所であるとスカーは感じた。
「ぐ・・・いってぇな・・・くそ」
だが、痛みもそんなに悪くない。
口元に笑みを浮かべた時、目の前に不思議な光が現れた。
いつの間にか、周りを白い靄に囲まれている。
光はスカーを誘っているようだった。
「ちっ」
誘われているからといって、立ち上がるのは辛い。
「クソ」
スカーは何度も悪態をつきながら、太陽を仰いだ。
脇腹の出血は、少しずつスカーの命を削っている。
腹を押さえながら、<使命を全うして>と言われたのを思い出す。
そういえば、自分の使命とは何だったのか。
いろいろと忙しくてちゃんと考えたことはなかった。
どうせ今際の際だ。
スカーは悪態をつくのを止めて、
腹から血が出尽くすまでの間に、答えを探すことに決めた。
考えている間、セスが一番得意だった歌を口ずさんだ。
お世辞にも美しいとは言えないセスの横顔は、
歌っている時に限り、少しだけ見れるようになった。
「はは。ごめんね。冗談だよ。
本当は大好きだったんだよ」
スカーはセスを前にしても絶対に口にはしないだろう言葉を、
ぽつりぽつりと繰り返した。
二度と会えない彼女との記憶は、
目映く鮮明にスカーの中に残っている。
「ああ・・・セス・・・」
記憶の中にあるセスの姿が金色に滲んだとき、
スカーの胸中に言葉にするのも恥ずかしいような、
青臭い願いが浮かび上がってきた。
もうすぐ死ぬ、という場面でなくては認めることすらできない言葉。
死ぬ前に誰かを愛したい。
「死ねよ」スカーは顔を両手で覆いながら言った。
こめかみから指先に伝わる鼓動が、まだ強く温かい。
「これが・・・あたしが最後に思いついたことなんて。
こんなガキみたいなこと・・・」
自分を憐れむことほど、情けないことはない。
それが死の前ならなおさらだ。
「ああ。
くそくそくそ」
目の前でたくさんの人が死んでいった。
それなのに、唯一生き残った自分が、
未だクソみたいな願いを抱き続けている。
死への冒涜を冒している気さえして、スカーは一度ナイフを握った。
だが、すぐに放す。
自分が小娘であることを認めざるを得ない。
スカーは足元へ向かって、血の混じった唾を吐いた。
そして立ち上がる。
あの光は、まだスカーを待っていた。
「ばかばかしい」
仕方なく光に向かって歩き始めた。
ありがとうございました。
次話は、今週末に更新予定です。
参考文献
『新版 アルコール依存症から抜け出す本 (健康ライブラリー イラスト版) 樋口 進』
『上を向いてアルコール 小田嶋隆』
『薬物依存症 【シリーズ】ケアを考える (ちくま新書)』




