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63話 クロエ

63話よろしくお願いいたします。

配送センターに拠点を構えてから1ヶ月が経過した。

一行は街から物資を集め、菜園を作り、

何とか自活出来るようになった。

ここには噴水公園であったような、外敵の襲撃はない。

どうやら、銀という狼のマーキングが、

外敵避けの役割をしているらしい。

銀のことは、最初の頃は恐ろしかったが、

次第に慣れてきて、今では背を撫でることもできる。

「さて、お料理の準備をしなくっちゃ」

クロエがキッチンに立つと、三毛と虎がやってきた。

最近は、もっぱらクロエの助手は猫達だ。

葵の従者だという三毛と虎はすこぶる知能が高く、

手先も器用なので、とても役に立ってくれる。

「三毛ちゃん。虎ちゃん。

お皿とお鍋を持って来てくれる?」

2匹が揃って「うんみゃー」と手を挙げて、

テキパキとお手伝いを始めた。

クロエには三毛と虎の言っていることは、

「みゃーみゃー」と聞こえるだけでよくわからないが、

あちらにはクロエの言っていることが分かるらしい。

「2人とも、いつもありがとう」

2匹がまた手を挙げて「うみゃー」と返事をしてくれる。

猫達がクロエを手伝ってくれるおかげで、

伊都子や葵、月子の自由時間が増えた。

それがクロエにはとても嬉しい。

「さて、私は冷凍庫に入ってくるから。

お野菜を切っておいてね」

クロエが言うと、虎がキャベツの入ったボールを、

飛び跳ねながら三毛に渡す。

三毛はそれを大慌てで受け取ると、

虎を指さして注意をしていた。

賑やかなものだ。

「うふふ」

噴水のあるホールの奥には大きな冷凍庫がある。

この冷凍庫は、世界が天変してからというもの、

使用できなくなっていたが、キーラが修理をして、

使えるようにしてくれたのだ。

クロエには詳しくはわからないが、オドによって動くように

冷凍庫の機構を作りかえたのだそうだ。

中に入ると、クロエはすぐ横にあるスイッチを押す。

すると、冷凍庫内に設置されたライトが点灯した。

このライトもキーラが作ってくれたものだ。

「キーラ様々ねぇ」

進むとすぐに、凍った段ボールが綺麗に並べられている。

その内の1つを手に取って、クロエは頷く。

「今日はスープにしましょう」

寒い中にずっといると腰が痛くなるので、

ライトを消してすみやかに外へ出る。

すると、虎と三毛がやってきて、

段ボールの箱を受け取ってくれた。

「ありがとう。

三毛ちゃん。虎ちゃん」

キーラは冷凍庫だけではなく、

風呂が焚けるようにボイラーを作ったり、

ホールの空気を入れ替えられるように、

大きな換気扇を作ったりしてくれた。

今湯煎を温めているコンロも、キーラが作ったものだ。

キーラの物作りの様子は、

今思い出しても不思議なものだった。

キーラは『賢者の真心の王国』という黒い本を

しばらく読んでいたと思ったら、

「設計図ができたから、材料を集めて来て」と言った。

清十郎と紫が材料を集めてくると、今度は本の表紙を

指でさらさらとなぞり始める。

すると、ホールにいるオドが、

いくつもキーラの周りに集まってきて発光を始めた。

自分で組み立てたという黄色い高模様のドローンが、

光を吸いこみ、材料に向かって吐き出す。

しばらくすると、材料がひとりでに動き出し、

どんどん組み合わさっていった。

もはや、魔法というしかなかった。

出来上がったものは、キーラの思惑通り、

オドで稼働する換気扇や、コンロになった。

その素晴らしい力で、キーラは次々便利なものを生み出して、

ホールでの生活を豊かにしてくれた。

キーラが才能を開花させるきっかけに

なったのは、清十郎だった。

清十郎は辛い過去を持ち、こころを閉ざしたキーラを

精神的に支え続けた。

最初は、清十郎がいくら話しかけても、

キーラはずっと無視をしていたが、

それでも彼はめげずに、関わり続けた。

時には少し強引で、時にはゆっくりと。

清十郎は以前看護師をしていたと言っていたが、

彼には対人援助者として、素晴らしい才能があるとクロエは思っていた

清十郎は、キーラのことは口癖のように褒めるのに、

クロエが彼を褒めても、「いやいや」と笑って誤魔化す。

彼はいつも、何か悔しさのようなもの胸中に抱いているようにみえた。

その気持ちは、クロエにもある。

子ども達には力があるのに、大人である自分には無いという悔しさ。

それを押し殺して、力がある子ども達を導くと言うのは、

並みの大人にできることではない。

彼は大した人物だ。

「ふう。ちょっと休憩するわ。

後はお願いね」

湯煎を三毛と虎に任せると、クロエは椅子に腰かけた。

「あたた・・・」

最近は少し動いただけで、腰と背中が痛むようになった。

たくさんの出会いと、目まぐるしい環境の変化があったおかげで、

自分の余命があとわずかであることを、クロエはすっかり忘れていた。

それがこの上なく嬉しい。

「本当に・・・。

こんなにも充実した日々が待っていたなんてねぇ」

「クロエさん。

何だか楽しそうですね」

振り返ると、大きな工具箱を持った結希が立っていた。

「あらあらっ。

佐藤さん。お疲れさま」

思わぬ客に、クロエが胸の前で両手を合わせて喜ぶと、

彼は控えめに笑った。

「座って。

お茶でも入れますからね」

椅子を引いて促すと、結希は工具箱を

音がしないよう丁寧な所作で置いてから座った。

結希が来たのに気付いた三毛が、麦茶を入れてやってくる。

「ありがとうございます」

三毛に頭を下げて、結希はコップを受け取った。

クロエは控えめで礼儀正しい、この青年が好きだ。

だから忙しいのが分かっていても、

ついこうして引き留めてしまう。

「忙しくしているのね。

いつもありがとう佐藤さん」

「あ、いや。大したことはしてませんよ?」

「葵さんが言っていたわよ。

佐藤さんは、作業の合間に鍛えてらっしゃるとか」

苦笑いを浮かべると、恥ずかしそうに結希は視線を彷徨わせた

「そ、その。

動いてないと落ち着かないだけです」

「あとね、紫さんから聞いてます。

怖いくらいよく働くって」

「臆病なだけです。

外敵が怖いから、見回りをしないと落ち着かなくて」

「みんな、あなたに守られているのね」

結希がコップから視線を上げて、クロエを見た。

しばしの沈黙が訪れる。

何かを言いそうになって口を開けたが、

結局、彼は背中を丸めただけで何も言わなかった。

結希がよく働いているのは周知のことであるし、

戦いのことはわからないが、彼はとても強いらしい。

それなのに、この自信のなさはどうしたものだろうか。

クロエは頬に手をやりながら、思案する。

「あ」

結希が指さした方向に、

手の平サイズのドローンが舞っているのが見える。

「キーラ。また新しいものを作ったんですね。

すごいなぁ」

結希の言にクロエは、あなたもすごいんだけどなぁ、

とこころの中で思った。

「キぃーらぁー。遊ぶなら外でやりなさい」

座ってタオルを畳んでいた葵の声がホールに響いた。

「遊びじゃないよ、実験してるんだ。

できれば風がないところでやりたい」

キーラが立ち上がり、葵に言い返す。

反論されるとは思っていなかったようで、葵が目を剥いた。

「おもちゃで遊ぶなら、外でしなさいってば」

「聞いてなかったの?

遊びじゃあないし、中でないとできないことなんだよ」

2人は部屋の端と端で、大声で言い合いを始める。

「あらあら。また始ったわね」

結希に視線をやると、彼は居心地が悪そうに俯いた。

ここのリーダーはあなたなのよ。

「キーラ。

葵さんが正しいよ」

清十郎が間に立った時、

「キーラ。すごいねー。

また新しいの作ったんだ!」

キーラのところへ、ソーニャが走って来る。

月子も一緒だ。

2人とも屋外で作業していたので、泥で汚れている。

「ソーニャ。ダメよ。

私とキーラは大事な話をしてるの」

「聞こえなーい。

話すなら、もっと近くで話さないとー」

ソーニャが葵にお尻を向けて左右に振った。

スカートが見えそうになるのを、月子が慌てて上から押さえた。

さっきまで怒っていた葵が、それを見て薄く笑う。

月子を振り切って、ソーニャがまたお尻をふりふりすると、

みんなの間に笑いが起こり、ホールが和やかな雰囲気に包まれる。

「あー・・・仕方ないわね」

緩やかな表情になった葵が、双子の元へ歩き始めた。

隣の結希が、ほっと息を吐く。

「ソーニャちゃんには誰も勝てないわね」

「そうですね」

葵とキーラの話し合いはすぐに終わった。

ソーニャにしがみつかれながら、葵がこちらに向かって来る。

「ソーニャ。

そんなにくっついてちゃ、歩けないよ。

あっ。あんた泥だらけじゃないのっ?」

「いいのー。葵とソーニャはいいのー」

文句を言いつつも、葵の顔には笑顔が浮かんでいる。

「結希。

おかえりなさい」

葵が席につくと、ソーニャがその膝の上に座った。

「ちょっと水分補給に」

結希がコップを持ち上げると、葵は眉を寄せた。

「また出るの?

働き過ぎよ。いい加減にしなさい」

「・・・すみません、でも」

「だめだってば。

トレーニングもやり過ぎだわ」

「はい」

年下なのに姉さん女房ね。

すっかり葵の尻に敷かれている結希を、クロエは笑顔で見守った。

葵がクロエに向き直る。

「すみません。クロエさん。キーラったら」

「大丈夫よ。

みんなの役に立つことかもしれないし」

三毛が注いできた麦茶を、葵は一気飲みした。

「そこなんですよ!」

「え?」

「実験だとか何とか言ってれば、

やりたい放題できると思ってるんだから。あの子

最近強情で、口も達者になったみたいー」

「ま、まぁ、あの子はそのくらいがいいかもねぇ。

会った時はあまり話してくれなかったもの」

葵が「うぬぬぅ・・・確かにそうだけどぉ」と言いながら、

おかわりの麦茶を飲む。

これ、お酒入ってないわよね。

「佐藤さん。そろそろ時間じゃないの?」

クロエは静かになっていた結希に助け舟を出してやる。

「はい。

じゃあ、僕はこれで」

「えー。

結希も私の話聞きなさいよ」

葵は飲んだら絡み酒になりそうなタイプだ。

「葵さんも心配するから、あまり無理をしないのよ」

「わかりました。気をつけます」

「わかれば良しっ」

クロエは結希の背を押した。

「クロエー」

結希が離れて行くと、ソーニャがクロエの膝元へ移動して来る。

ソーニャはまるで幼い子のように、膝に頬をすり寄せた。

「ソーニャ。あんたってば」

葵が注意しようとするのを、クロエはやんわり止めた。

「いいのよ。葵さん」

クロエは葵に手招きをして、彼女をもっと近くに寄らせた。

頭をゆっくりと撫でてやる。

「あ、あの・・・」

「葵さん。

佐藤さんのこともいいけど、あなたも働き過ぎよ」

わずかに葵の体が緊張する。

「髪の毛、ちゃんと梳かしている?」

「あ、いえ。最近はちょっと。

でも、どうせ癖っ毛だし」

「そんなことないわ。

綺麗な髪なんだから、大事にしなきゃ」

嫉妬したソーニャがクロエの膝を叩く。

「クロエっ。ソーニャもー」

「そうね。あなたもいらっしゃい」

片手でそれぞれの頭をゆっくり撫でてやる。

しばらくすると葵もソーニャも、目を閉じて安らいだ表情になる。

キーラのドローンが、オドを避けながら、

ホール内をゆっくりと旋回していく。

「あー。キーラってばまた・・・」

「端っこだし、いいんじゃない?」

「・・・うん」

葵が少しずつこちらに体を傾けてきたので、

クロエはその小さな肩を抱き寄せた。

「葵さん」

「はい・・・」

「あなたは、此処に必要な人よ。

みんなにとって、とっても大切な人」

ソーニャが手を挙げた。

「はーい。そーにゃもー・・・そー思うー」

クロエは笑った。

「そう。ソーニャちゃんも思うよね。

でもね、葵さん。もっと楽になさい」

「え・・・」

「そんなに頑張らなくても大丈夫よ。

少しくらい、大丈夫だから」

「は・・・い」

「ずっと、大変だったものね。

でも、どうにかなったの。もう大丈夫」

クロエがつぶやく。

葵は半分眠ったような表情を浮かべたまま頷く。

「どうにか、なったんですかね・・・」

「なったわよ。これからも、何とかなるわ」

すっと、彼女の体が弛緩した。

ああ、普段からこんなに力が入っていたのね。

しばらくすると、2人は本格的に眠ってしまった。

それに気付いた月子が、タオルケットを持って来てくれる。

「ありがと」

小さく頷くと、月子は2人にタオルケットを掛けた後、

クロエの体もグルグル巻きにした。

「ちょっと、月子さん」

月子がいたずらっぽく笑い、

人差し指を立てると細く息を吹いた。

クロエも一緒に、そのまま休めということかもしれない。

いそいそとやってきた三毛と虎が、足元で寝転がった。

すぐに寝息を始めた彼らを見て、目を閉じる。

何かがお尻に触れたので、少しだけ目を開けると、

月子と伊都子がご丁寧にタオルケットを持ってきて、

クロエに寄りかかっていた。

「あらあら・・・みんな来たのね」

伊都子と月子の頭に触れると、さらさらと滑らかな感触があった。

とても安らかな気持ちで、クロエは目を閉じる。

ありがとうございました。

次話もすぐに更新いたします。

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