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60話 月子

60話です。

よろしくお願いいたします。

月子は外で作業を続けている結希へ、弁当を届けることになった。

最初は葵とソーニャだけの予定だったのに、

クロエが月子も一緒に行くように言ったからだ。

今までの人生で、家族以外の人とあまり一緒にいたことはない。

いじめられている訳ではなかったが、

学校でも1人でいることの方が多かった。

月子自身も、人といることを避けていた。

しかし此処に来てから、それは変わった。

月子はみんなから、いろんなこと一緒にするように頼まれる。

みんなは月子を一人にしてくれない。

そして、それを断れない自分がいる。

なぜなら、嬉しくて楽しいから。

自分には勿体ないくらい、みんな良い人達だ。

こんな自分が、此処にいていいのだろうか。

「そんなに気にしなくていいんですよ」

葵が歯切れよく言った。

思考を読まれたのかと思うくらい絶妙なタイミングだったので、

月子は目を白黒させた。

「あ、え・・・えっとぉ・・・」

こちらの戸惑いを察して、葵が困ったように頭を掻いた。

「その・・・月子さんのオーラを見たら

気がかりがあるみたいだったから。

皿洗い途中だったこと気にしてるのかなーって」

琥珀の瞳が、申し訳なさそうに地面へ向く。

葵の『真実を見通す目』は相手の感情や機微が

大まかに見えるそうだ。

「ごめんね」

月子は謝る葵の手をとって左右に振った。

そして、クロエ達に皿洗いを任せたことも気になってはいたから、

月子は周囲に目配せをして頷いた。

葵は大きく首肯してから、

「それなら夕ご飯の時は、私達で頑張りましょうね。

と言っても、そんなに器用じゃないけど」

顔の近くまで拳を持ち上げ、気合の入ったポーズをとると、

彼女は明るく笑った。

その様子が、陽子を思い出させる。

少しだけ辛くなって伏し目になった月子の手を、

ソーニャが掴んでぶんぶんと振り回した。

「ソーニャもがんばるー」

月子も一緒になって腕を振り、手の動きをシンクロさせると、

「きゃっきゃ」とソーニャが笑う。


嬉しいことに、此処では月子は孤独になれない。


歩いていると、

廊下でキーラと清十郎が工作しているのが見えた。

「どっか行くのか」

清十郎が立ち上がって、こちらに手を振った。

「結希にお弁当を届けに行くんです」

「そうか。

ゆっきーはずっと外にいるのなぁ」

彼が思慮深そうな目を細めると、葵が腕を組んだ。

「そうなんですよっ。

清十郎さんからも何か言って下さい。

私の話なんてすぐにはぐらかされるんだから!」

興奮する葵に両の手のひらを向けて、清十郎が苦笑いをする。

「それははぐらかしてるんじゃなくて、

怖がってるんじゃあ・・・」

2人が話している間に、月子とキーラの目が合った。

笑顔を作るが、彼は何も言わずに顔を逸らしてしまう。

「・・・」

彼と月子は今まで全く話をしたことがない。

彼は姉のソーニャとは違い、大人と距離を取るところがあった。

優しいクロエや結希を前にしても、

笑顔を見せることがほとんどない。

そんなキーラと最近よく交流しているのが、清十郎だった。

一通り世間話を終えてからその場を離れると、葵が言った。

「月子さんってば、2人が気になる?」

見ると、彼女は顎に手をやって思案するような

仕草で眉間にしわを寄せていた。

「あの2人。

いつも一緒に何をしてるんでしょうね?

あやしいわね~」

葵が言うとソーニャも真似をして「あやしいわね~」と言う。

わからない、と首を振ると葵は頷いた。

「でも、キーラってば、あんまり人に馴染まないから、

清十郎さんと仲良くなって良かった。

月子さんもそう思うでしょう?」

月子は頷いた。

葵は月子が首を振るだけで応えられるような

質問を投げかけてくれた。

さらに、首を振っているだけでも、

月子の言外の思いをよく察してくれるので、

コミュニケーションがスムーズだった。

それは目の力だけではなく、葵が積極的に月子に注意を

向けてくれているからだと思う。

ありがとう、葵ちゃん。

葵がいてくれたから、月子はクロエや伊都子と向かい合うことが

出来て、迷惑をかけた清十郎や紫、結希とも

関わることができるようになった。

本当にありがとう。

月子は並んで歩いている葵に思った。

そんな葵がふとこちらを見て、

不思議そうな顔になった。

まさか、こちらの重いが全部伝わってしまったのだろうか。

自分の顔が赤くなるのを感じる。

気持ちを察してもらえるのは助かるが、

筒抜けになってしまうのは恥ずかしい。

外に出ると、大量の段ボールを台車で運んでいる紫に出会った。

彼の汗だくの額が、太陽を反射させる。

「ソーニャ。

屋上行かないのかー」

紫の後ろに回り込んで、ソーニャが彼のお尻を叩いた。

「サキ―。後で行くアチョーっ。

結希にオベントー届けるの!」

紫がはみ出しそうな笑顔を浮かべると、

ブルース・リーのようなポーズをとる。

「わかったアチョーっ。

またあとでなアチョ―!

てかアチョ―って何・・・?」

腕を組んだ葵が、紫の前へずいっと出てくると、

「あんたよ。

あんたがおかしな言葉をソーニャに教えるからじゃない」

それに対して紫は悪びれせず笑った。

「そっか。

じゃあ、作業してるから、終わったら来いよ」

「無視すんなおっさん!

・・・用事終わったら私も手伝うから」

月子もすかさず前に出て、あとで手伝います、

との意をこめて頭を下げる。

「んー?

月子ちゃん手伝ってくれるの?」

あ、それは、今から葵ちゃん達と行かなくちゃいけなくて。

月子が必死で身振り手振りをすると、

紫に伝わらなかった意を、すかさず葵がフォローしてくれる。

「そんなわけないでしょ。

あとでみんなで行くから、おっさんは先にやっててよ」

「ああ、そういうことかー。

じゃあ、あとでね月子ちゃん」

彼と別れた後、月子は密かにため息を漏らした。

葵の助けがなければ、会話もまともにできない自分が情けない。

肌身離さずに帯刀している、返陽月の柄を握りしめた。

「・・・」

月子のコミュニケーションの不備について、

葵にはずっと助けてもらっている。

だから、もし彼女に何かあった時は、

役立たずの自分が身を投げ出すとこころに誓っていた。

だから、立体駐車場の周辺は銀のマーキングのおかげで

外敵が入り込むことはないと分かっていても、

微塵も油断するつもりはない。

もしも、今外敵が襲って来たなら。

右手に握ったソーニャの手を後方に引き、

自分は盾のように前に出る。

そして、反動を使って柄に触れる。

身を捻ってそのまま居合斬り、

反対に葵側から敵が来た時は、鞘を半回転させて縦斬りに処す。

右足が前の時でも、左足が前の時でも、

息を吸っていても、吐いていても、

どちらでも同じように素早く動かなくては。

自分なら、ここにいる誰よりも早く動ける。

死地に赴ける。

「月子ー」

ソーニャの声で、思いつめていた月子は我に返った。

「結希。いたよー」

顔を上げると、ソーニャが指をさした方向に、

ボロボロのつなぎを着た彼が立っていた。

面白そうな笑顔を表情を浮かべると、

「おやおやー?結希ってば、作業サボってなんかやってるね。

みんな、隠れよう!」葵が物陰に身を隠した。

「かくれるー」

ソーニャと月子は、葵の背中に隠れる。

「結希ー。

なにやってるの?」

「なんだろうねー」

小声で話す2人の視線の先で、結希が石を上に放り投げた。

「遊んでる~。きゃきゃ。ソーニャも―」

物陰から飛び出して行きそうになったソーニャを、

「もうちょっとだけ」と葵が抱き寄せる。

結希は投げた石を、前に2歩進んでから右手でキャッチした。

「おー」とソーニャと葵が声を上げる。

結希はもう一度投げた。また2歩進んでキャッチする。

「石投げてるー」

「ふふふ」

可愛らしくソーニャが笑うと、葵が釣られるように笑顔になった。

「・・・」

だが、月子は結希を見て笑うことは出来なかった。

なぜなら結希の投げる動作、石の軌道、踏み出す歩幅が、

すべて同一だったからだ。

どれだけ訓練しても、まった同じ動きを繰り返すことは難しい。

それは、型の練習に取り組んできた月子が一番よく理解している。

動きにはどうしても、少しの微差が生まれるはずだ。

それなのに、結希には微差が無い。

まったく同じように投げて、同じようにキャッチしているのだ。

葵やソーニャは結希が遊んでいると思っているようだが、

これは遊びなどではない。

修練だ。

結希はどれだけの間、これを繰り返しているのだろうか。

こんな風に、誰にも見えないところで、

常人には理解の及ばない何かを繰り返してきたのだろうか。

どうやったら、こんな芸当ができるの。

月子は気付く。

一番死地に赴くのが早いのは、自分ではない。

きっと、この人だ。

「月子さん。

ちょっと顔色悪いよ?」

葵がこちらを心配そうに覗き込んでいる。

月子は心配いらない、と首を振った。

「・・・ちょっと変わった人だよね。

結希って」

葵が脳裏で何かを描くように、中空を臨んだ。

彼女の反応を気にしながら、月子は慎重に頷いて見せた。

「うん。だよね。

それに、少しくらい気を抜けばいいのにね。

できないのかしら。

本当最初から・・・そうだった・・・」

憂いに染まった表情を前に、月子は沈黙でしか答えられない。

葵はふとこちらに視線を戻すと、

「でも、月子さんもさ」

返陽月を指さして「結希と同じかもね」と言った。

月子は吸い込まれそうな琥珀色をした瞳を前に、思い知らされた。

葵は結希のやっていることを、しっかり理解している。

月子よりもずっと前から、この2人は。

「結希ー」

ソーニャが走って結希の元へ向かう。

結希は走ってきたソーニャを抱えた

「わぁっ。

ソーニャ、こんなところにどうしてきたの?」

葵と月子は物陰から出ることにした。

「2人も一緒だったんだ」

葵はわかりやすく大きなため息をつくと、

「うん。お弁当。

クロエさんから」

小包と水の入ったボトルを結希に手渡す。

「ああ・・・ありがと。

ご飯の時間忘れてた。

ごめんね」

「やっぱり、忘れてたんだっ!

もー。クロエさん残念そうだったよ。

本当はみんなで食べたいって」

結希は眉をへの字にして、申し訳なさそうにした。

「うん。

ごめんね」

結希はとても強い人なのに、

葵の前ではとても弱く見えるから不思議だ。

「月子さんも、ボディガードで来てくれたんだよ」

「月子さん。

すみません。ご迷惑をおかけして」

結希が深々と頭を下げたので、月子も慌てて頭を下げた。

「作業はもう終わった?」

「はい。

とりあえず終わりました」

結希が視線を上げた先には、

ワイヤーや解体されたフェンスで

作られたバリケードが設置してあった。

小鬼や皮無しの足止めをするには十分役に立ちそうだ。

「でも、この辺りは全面的に立ち入り禁止にした方がいいよね。

引っかかったら怪我をするかもしれないし」

葵が両手を腰に当てて、肩をいからせた。

「だ・か・らっ。

こっちは誰も来ないって。出入口も無いんだから。

結希ってば、ここまでやる必要なかったんだよ?」

結希はまた笑い、「そ、そうだね」と儚げに言う。

結希を見ていると、月子は落ち着かなくなる。

この場所を見つけたのは結希で、みんなを助けたのも結希だ。

ここにいる全員が結希を認めていて、

みんな彼の指示や意見を聞きたがっている。

それなのに、結希には圧倒的に自信がない。

いつも何かに怯えているようで、

いつも独りでいたがっているように見える。

そんな結希を、葵がしきりにみんなと

つなげようとしているのを月子は知っている。

もし、声が出せたなら、彼に言えただろうか。


あなたのことをみんなが必要としています、と。


結希がお弁当を食べている間、

月子はソーニャをおんぶして辺りを走り回った。

月子の頭を掴んだ腕が右に引っ張られれば右に、

左に引っ張られれば左に走った。

「月子ーはやいーすごいー」

頭の上で、鈴のようにソーニャが笑う。

先程食事をしたばかりなので、気分が悪くならないよう、

身体をあまり揺らさないように気を付けてやる。

足首と膝、腰を使って衝撃を和らげると、

ソーニャの体が揺れることがほぼ無くなった。

ふむふむ、これは良い訓練になる。

「あ。銀だ―。

月子ー見て見て!」

ソーニャが月子の頭を掴んで、無理矢理向きを変えさせた。

喜ぶ彼女が指さした先、遠くのビルの上に銀がいた。

銀は道場から逃げ延びた先で、月子の命を救ってくれた狼だ。

銀の体は以前会った時よりも、一回りも二回りも大きくなって、

威圧感を増していた。

手を振るソーニャに気付いたのか、銀の視線がこちらへ向く。

射止められるような鋭い視線が、背景の色を赤褐色へと変える。

震える足先を引き摺って、わずか後ろに下がった。

「・・・」

ソーニャやキーラ、クロエなどは彼を飼い犬のように

気さくに関わっているが、月子にはどうしてもできなかった。

銀は月子よりもずっと高次の存在であり、

簡単に触れられるような相手ではないのだ。

でも。

月子は銀にあの日の礼をずっと言いたいと思っている。

ありがとうございました。

次話は来週末に更新する予定です。

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