表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/135

56話 清十郎 結希

56話です。

よろしくお願いいたします。

結希と葵の案内で、清十郎達は配送センターの内部へ向かった。

地下へ続く搬入口を降りていき、

徐々に視界が悪くなってきたところで、不思議な灯りが目に入った。

灯りは、蛍のように空中をゆらゆらと飛んでいる。

「なんだっ?

あれは・・・」

結希は足元に気を付けるよう皆を促してから、

「あれは、オドです」となぜか申し訳なさそうに言った。

「オド?」

「ええ。

僕もよくわからないんですけどね」

彼がちょっと困った表情になったので、

清十郎は言及をやめた。

「ま、まぁ、信じられないことばっかりだから、

今更あれくらいで文句は言わないよ」

地下には、搬入された荷物を整理場所なのだろうか、

ひとつの大きなホールがあった。

その中心に、公園にあったものと同じような噴水が鎮座している。

「うわーひろいんだなー」紫が無邪気な子どものように声を上げた。

噴水の傍まで行くと、結希はズボンの裾をまくって上着を脱いだ。

Tシャツ姿になった結希が、膝を折って池に体を沈めると、

すぐに立ち上がった。

「な、なにしてるんだ。

佐藤」

紫が目を瞬いた。

結希は少し笑ってから「傷を治したんです」と言った。

「はぁ?

どういうこと?」

結希はまた困った顔になり、後ろ頭を掻いた。

「す、すみません。先に入っちゃって

2人とも、彼女をこちらへ」

「い、いや。意味わからないよ?」

紫と清十郎はびしょ濡れで薄ら笑いを浮かべる結希に戸惑いつつも、

とりあえず、伊都子をのせた担架を移動させた。。

この青年は、大けがをした伊都子を池に入れろと言うのか。

「意味わかんねぇ。

伊都子ちゃんは怪我してるんだぞ」

「そうだ。

体を冷やしては駄目だろう」

担架を持ったまま動けないでいる2人へ、葵が声を上げた。

「さっきも言ったと思いますけど、

この噴水の水は怪我を治してくれるんです。

早くしてくださいっ」

「あ・・・あ、おお」

紫と清十郎は2人に背中を押され、噴水の前へ向かった。

「お、おい。

本当に入れるのか?」

「はい。そのために来たんです」

結希の表情はふざけているようには見えない。

清十郎は狼狽えている紫に向かって頷いた。

「わ、わかった。

任せるよ」

結希が伊都子の体をゆっくりと池に沈めた。

彼女の体から、小さな光が泡と共に浮き上がってくる。

「わ・・・・」

「なんだ。この光・・・」

「傷が治っている証拠です」

葵が清十郎と紫を落ち着かせるように言った。

「そうなのか。

治っているのか、これは」

「はい」

結希が丁寧な仕草で、水を掬って伊都子の額にかける。

伊都子の真っ青だった頬が、今や赤みを帯びていく。

その様子を、紫と清十郎は口を開けたまま見守っていた。

葵が持ってきたコップに水を汲んで、伊都子の口に入れた。

「飲んでください」

伊都子はまだ目を閉じたままであったが、

コップの水を数度口に入れて嚥下した。

やがて伊都子が目を開ける。

「はぁ・・・・?!」思わず声を上げていた。

「な、なんで・・・」

あまりの出来事に紫も絶句している。

「あ」

池の中で体を起こした伊都子が、掠れた声を出す。

見開いた目は結希をじっと見ていた。

「さとうさん?

佐藤さん??」

水に濡れたような声で伊都子が言う。

「井上さん。

お久しぶりです」

「はぁ・・・?!」清十郎と紫はまた声を上げた。

結希が笑むと、伊都子は割れた硝子細工のように泣きじゃくる。

そこに、葵が真っ赤な顔をしながら、

池に飛び込んだ。

「伊都子さん・・・」

琥珀色に輝く瞳から、大粒の涙が転がり落ちた。

「あ・・・葵ちゃ、ん・・・?」

伊都子が信じられないといった様子で、葵の頬に触れる。

「葵ちゃん。

いきてたのぉ・・・?」

「はい」

2人は声を出して泣き始めた。

「お、おい。何が何だか・・・」

紫がどうしたらよいのか分からない様子で呟く。

「情報量が多すぎる。

もうわけわかめだな」

清十郎はお手上げポーズを取った。

次は月子の番だ。

伊都子の時と同じく、池に浸されると彼女も一瞬で全快してしまった。

月子を池から上げると、結希はクロエを抱き上げた。

「あらまぁ。

お姫様だっこなんて、生まれて初めてよ。

佐藤さんっ」

「え・・・は、はぁ・・・」

クロエの言葉に、結希は顔を真っ赤にしている。

「嬉しいわ~」

クロエの体も光に包まれて、足の傷がすっかりなくなってしまう。

自力で池から上がったクロエが、足を清十郎と紫に見せた。

「あらあら。前よりも良くなったみたいだわ。

ここのお水ご利益がすごいのねぇ」

池の縁に座って両手を合わせるクロエに、紫がツッコミを入れる。

「クロエさん。

ご利益なんてもんじゃないですよ」

紫の言う通りだ。これは奇跡だ。

清十郎は結希に向かい合った。

「君は、なんでこんなに、いろいろと詳しいんだ?」

「え・・・えっと」

まごついている彼の表情は、

20歳そこそこの普通の青年に見える。

それなのに。

清十郎のこころに、嫉妬に似た感情が芽生えてくる。

「偶然だったんです」

「怪我を水で洗ったら、良くなったので。

それで」

「佐藤も怪我をしたのか」

紫が下唇をつまんで小さく唸った。

「はい」

「ひどい怪我だったのか?」

「いえ・・・そんなには」

結希が過去から身をそらすように半身になった。

頬は悲痛な歪みを生じさせている。

「そうか」

険しさを捨てた紫が、結希に話しかける。

「大変だったのか」

「は、はい。

いろいろ・・・あって」

彼の声が詰まったのを見て、清十郎は気付いた。

結希も自分達と同じ、一連の事件に巻き込まれた被害者だったのだ。

まず紫は「悪かった」と結希の目を見て言った。

「佐藤の言う通りだった。

みんなを助けてくれてありがとう」

紫が結希に向かって深々と頭を下げた。

「いいえ。いいんです。

混乱するのも当然というか。

こちらも信じて頂いたので、ここまで来れたというか」

結希が両手を前に出して左右に振った。

その仕草に親近感が湧いてくる。

その間に、月子が目を覚ました。

彼女は何度も目を瞬かせながら、全員を順番に見比べる。

「あ。

月子さん起きた」

言うと葵は急に頬を赤らめた。

「ああっと。

ご、ごめんなさい。月子さん。

お名前で呼んでしまって。

私、なんか知っている気がして・・・いや、知ってて・・・」

月子が驚いた表情をしていたが、

まごついている葵を見て笑顔になった。

月子は立ち上がり、歩行状態を確かめるように進むと、

結希と葵へ丁寧に頭を下げた。

「そ、そんなご丁寧に・・・。

こちらこそ、いろいろとすみません

・・・どわあ!」

慌てて頭を下げようとした葵は、

濡れた地面に滑って足を振り上げながら池の中に落ちた。

しばらくして、沈んだ葵が池の中から顔を出した。

「ぶわーっ・・・」

すかさず結希が池に入ると、

恥ずかしそうにしている葵の手を取った。

「大丈夫・・・?」

「う・・・うん」

「ふ」

結希が何かを隠すために俯いた。

「ふ・・・?」

葵が問うと、結希はたまわずといった様子で吹き出して、

そのまま笑い始めた。

「葵ちゃん。

こけかた、派手すぎだろ」

「確かに」

次に紫と清十郎が笑った。

そうしていると、あの少女が池に飛び込んできた。

「ソーニャもー!!」

結希と葵は少女の作った水飛沫をまともに受ける。

「うぎゃあ! 

ソーニャってばもうっ」

葵が不満そうに肩をいからせるが、口許は笑っている。

「ソーニャ。静かにしているの、

我慢の限界だったんだな」

結希は仕方ないよと笑って、葵に視線を送る。

清十郎はそんな2人の様子を見て、

奇跡のような2人だが、こころはただの人なのだと思う。

ソーニャと呼ばれた少女は鈴のように笑いながら、

池の中を駆け回り、全員を水浸しにしてしまう

「ソーニャ。

もういい加減にしなさいよ。

皆さんにご迷惑でしょう」

「ヤダよー」

葵が追いかけると、少女は池から外に出る。

走ってどこかへ行ったと思ったら、ホールの端で銀と一緒にいた

少年を捕まえると、再度池に戻って来た。

2人が池に飛び込むと、「あー。洗濯大変なのに」と葵が肩を落とした。

結希がびしょ濡れになった少年と少女を捕まえ、

みんなの前に立たせた。

「この子は、ソーニャです。

この子はキーラ。双子なんです」

葵が2人の頭に手をのせながら、紹介をしてくれる。

ソーニャははにかんだ笑顔を浮かべているが、

キーラの表情は緊張に引きつっている。

「海外の子よね?

どこ出身なの?」

バスタオルで頭を拭きながら、クロエが訊いた。

「ロシアです」

「あら。私少し分かるわ。

専攻していたから」

クロエがロシア語で挨拶をすると、ソーニャが返事した。

「クロエさんすげぇな・・・」

紫が感嘆のため息をつく。

クロエがソーニャと幾度か言葉を交わすと、

ややくすんだ表情を見せた。

「住んでいたところは、施設だって。

孤児だったのかしら」

「はい。

そうだったみたいです」

「ロシアで孤児が、なんで日本にいるんだ・・・?」

紫が言うと、葵が複雑そうな表情をした。

「本当にいろいろあって・・・。

とても信じられないことがたくさん。

まずは体を拭いて、食事にしませんか。

話はそれからで」


   ◇


「佐藤が出していた雷は何だったのか?」


「突然現れた外敵達の正体は?」


「ホールを飛んでいるあの光の正体は一体何なんだ?」


「なんで外国の子どもがここにいるんだ?」


「なんでこんなところに噴水がある?」


「あの狼は外敵に見えるが、どうやって手懐けた?」


結希サイズの服に着替えたせいで、

ちんちくりんな姿をした清十郎と紫は、

食事の準備をしている間、結希と葵へ矢継ぎ早に質問を投げかけた。

「あ、あ~ええっと・・・」

キーラとソーニャの乱入により、何度か中断しつつも、

結希と葵は一通りの質問に丁寧に答えてくれた。

だが、その答えはあまりに現実とかけ離れていた。

いくら信じられずとも、この目で見たことが証拠になっているため、

紫も清十郎は、何度も「そんなまさか」と呟いたが、反論は出来なかった。

「いや~。信じられないわ~。

ゆっきーと葵さんが一度死んでしまって、神様に拾われて蘇り、

その甲斐あって神の力を手に入れて、

世紀末の世で夢想していて、キーラとソーニャはロシアに居て、

ゆっきーと葵さんと同じ境遇で神様に拾われたので、

助けてほしいって頼まれて、ついでに月子さんも頼まれて、

俺達はついでに助けられたってことだったなんてー」

清十郎の長い台詞を聞いて、紫がにやりとする。

「要約助かる」

紫が茶化す横で、結希が頷いた。

「概ねその通りです。

てか、ゆっきーって、僕のことですか」

結希に訊かれて

「ああ。結希だからゆっきーな」

清十郎は首肯する。

「さらに言うと、あの狼と猫は葵さんの手下で、

雷を落としたのはゆっきーの力だったなんてー」

紫が付け加えたとき、「手下じゃないですよ。

従者です。お友達なんです。もう準備できましたよ」

キッチンの方から葵の声が飛んできた。

ソーニャが「早く食べよう―よー!」とテーブルを揺らす。

「はいっ。

じゃあ、そっちの話は一旦終わりね。

結希」葵が結希に水を向ける。

彼はやや戸惑った様子になってから、手をあわせた。

「い、いただきます・・・」

「いただきまーす」!!ソーニャとキーラが声に続く。

「はーい。いただきまーす」紫がノリノリで声を出すと、

全員が手を合わせて声を出した。

「うまそうだな」

皆が食事を始めると、

クロエとキーラのロシア語での会話、

ソーニャの世話を焼く葵の声、伊都子と紫の会話がまぜこぜになって、

賑やかになる。

その中で、清十郎は向かいに座っている結希に声をかけた。

「ゆっきーはさ。

なんでこんなことしてるの?」

「こんなことって何ですか?」

結希がスプーンを置いて、清十郎に向きなおる。

「人助けだよ。ソーニャとか、キーラとか、葵さんとか、

俺達も。皆を助けてさ。

なんの酔狂があってやってるの?」

「人助け・・・僕は、そんなつもりは」

「でも実際、養ってるじゃん」

清十郎はホール内に視線を巡らせた。

全員が使用する一通りの生活用品を揃えるには、

かなりの労力が必要だっただろう。

「いえ。むしろ助けてもらってます」

結希が柔らかな視線を双子へ移した。

清十郎は彼の視線を追ってみる。

「こらこら。こぼれてるわよっ」

葵が汚れたソーニャの口を拭いている。

「□△△□」

キーラの方は不愛想だが、ロシア語でクロエに話をしているようだ。

「で、葵ちゃんがいいのか」

「え」

隣に座っていた紫が、結希の肩を肘で押した。

「好きなんだろ?」

「は、はぁ・・・!?」

結希が顔をみるみる紅潮させる。

「おいおい。

見たらわかるよなぁセイ」

「俺は今そういう話はしていない」

「はいすみません」

紫が引いた後、しばらく結希は考え込んでいたが、

顔を上げて清十郎へ言った。

「酔狂なんてことは、ないです」

「ふーん。じゃあ、何で?」

「・・・」

「佐藤は、葵ちゃんに恰好をつけるためにやったんだよな?」

「ち、違いますって」

「俺はそれでも良いと思うけど」

肩を竦めた紫に、清十郎は「邪魔をするな」と目顏で告げる。

「さっきも言いましたけど、神様に助けて

やれって言われたんです」

「それを素直にそのままやったってこと?」

「はい・・・そうです」

「ゆっきーは後先考えないタイプなんだな」

清十郎が言うと、もうすでにカレーを平らげた紫が

「で、これからどうするんだ?」と問うた。

いつの間にか、全員が静かに3人の会話を聞いていた。

「これからって・・・?」

「これからの生活だよ」

狼狽える結希に清十郎が詰め寄った時、

「ちょっとっ・・・」

眉間に怒りを灯した葵が声を上げた。

「責めるような言い方はやめてください」

清十郎は葵の迫力に息を止めた。

誰もが声も出さず、その様子を見守っている。

葵の目がほんのりと光を放っているように見えた。

「すまん。

助けてもらってばかりなのに、いろいろ言っちゃって」

清十郎はなぜ、結希への問いかけをやめられないか、

自分でも分かっていた。

分かっていてもやめられないのだ。

「でも・・・聞きたいんだ」

神妙な面持ちで放たれる言葉が、静かなホールに響いた。

ややあってから、結希が頷いた。

「清十郎さんの気持ちはもっともだと思います。

だから、僕なりに言いますと・・・。

ぼ、僕は、皆さんにここにいてもらいたいと思っています」

やはりそう言うと思った。

「ちょ。

ちょっと待ってよ」

興奮が表に出ないよう、出来る限り声色を潜めて言う。

「確かにここは良い場所で、俺達は・・・助かる。

だけど、みんな会ったばっかりだぞ」

清十郎が言うと、結希の息が荒くなった。

「俺達が悪いやつだったらどうするんだ。

ここにある食い物全部持って逃げるかもしれないんだぞ?」

テーブルの上が静まり返っている。

ソーニャが「食べ物持っていっちゃうの?」と聞いた。

「いやぁ。そうなるかもって話」紫が慌てて言った。

「それはないです」断じたのはクロエだった。

「清十郎さんは、そんなことはしません。

私のことも、伊都子さんのことも、

月子さんのことも、危険を顧みずに匿ってくれたの。

若いのに、こんなに立派な方はいません」

クロエは言うと、なぜか胸を大きく反った。

「え、えっとですね。

俺は、そういうことを言って欲しいんじゃあなくて・・・」

清十郎が困っていると、伊都子がおずおずと手を挙げた。

「私 いいかしら?」

伊都子の様子に、クロエは嬉しそうに両手を合わせた。

「いいわねぇクラス会みたいで。

伊都子さんどうぞ」

クロエが指すと、伊都子は立ち上がって言った。

「今日は助けて頂いて、ありがとうございました。

まずそれが言いたくて。

私、放っておいたら、きっとあのまま死んでいたと思います。

それと、紫さんと清十郎さんは良い人です。

何も持って来なかった私を受け入れてくれて、

今日まで助けて頂きました。

行動力もあって、頼りになって・・・。

お2人は、きっと皆さんの助けになります。

でも。

わ、私には何もないです。

でも、どこにも行く場所がなくて・・・。

なんでもします。だから、ここに置いて下さい」

涙ぐんだ伊都子を見て、葵が立ち上がり挙手する。

「もちろんです。私からもお願いしますっ。

伊都子さんには、ずっと、たくさん、

助けてもらいました。今度は、私が役に立ちたい!」

葵が真っ赤な顔をして、伊都子の手を取った。

「あら、とってもいいわね。

じゃあ、私も」

クロエが挙手をしてから、立ち上がる。

「私はおばちゃんだけど、勉強と料理と、キャンプが大好きよ。

ロシア語もちょっと分かるし。きっと役に立つわ。

何より、みんなで暮らせばきっと楽しくなると思うわ」

クロエがソーニャの頭を撫でる。

ソーニャは不思議そうな顔をして、クロエを見上げていた。

クロエが着席すると、今度はソーニャが立ち上がった。

「ソーニャねー。

お花スキー!!」

ロシア式なのか、踊るような仕草をしてから礼をする。

あまりに可愛らしく、周囲から自然と拍手が起こる。

褒められたことで、ソーニャ嬉しそうに何度もジャンプする。

テーブルをひっくり返しそうな勢いになってきたので、

葵が慌てて止めた。

清十郎はみんなに倣って、挙手をする。

「ゆっきーに質問がある。

ここにいてもいいっていうのは、全員のことか?」

「は、はい」結希は首肯した。

紫が挙手する。

「悪い。佐藤を責める気はない。でも聞いてくれ。

これだけの人数を養わないといけないんだ。

どうにかなる見通しがあるのか」

結希は視線を落とす。

「い、今のところは・・・大丈夫だと思います」

「でも、いつかはなくなるだろ」

「それは、まぁ、そうですけど」

「じゃあ、断れよ。

俺は出て行ってもいい」

「え」

慌てた様子の結希に、紫が大きなため息を返した。

「考えが甘いんじゃあないのか」

ここまで紫が言ったところで、葵が遮るように挙手をする。

「異議あり」

葵が紫の前まで歩いていき、胸元に向かって指をさす。

「おっさん。

何だか偉そうで気に入らねぇです」

「お、おっさん・・・」

鼻白んだ紫を葵がにらみつけた。

彼女に視線を向けられて、紫は圧力に押されたように退いた。

「食べ物はあるけど、きっと無くなるわよ。

いつかは。

でも、それはみんなが居てもいなくても一緒でしょう?

協力すればいいじゃない?

それに、私は、せっかくみんな会えたんだから、

もう離れたくないんです」

興奮気味の葵の声が、徐々に涙に染まっていく。

「私は、清十郎さんも、紫さんも、

前に会ったことがある」

彼女は頬を伝ったものを強引に拭う。

「スーパーで。端っこにいた私に、声をかけてくれた。

だから・・・」

清十郎の頭の中で、スーパーで会ったあのか弱そうな女子高生と、

目の前にいる葵が重なり合った。

「き、君は、あの女子高生・・・?」

清十郎は身体中を粟立たせた。

紫も心底驚いた顏をしている。

「な、なんで俺だってわかったの?」

「目が良いから」

泣いている葵が笑みを浮かべた。

清十郎は葵が潰れたパンを、祈るように拾っている姿を思い出す。

彼女がどれだけ辛い思いをして、今まで生き抜いてきたのか、

ここまで強く成長したのか、清十郎は想像する。

だが、だからこそ、大の大人たる自分たちが、

彼女達の負担になるわけにはいかない気がする。

閉口した紫と清十郎に向かって、葵は手を繋ぐように言った。

「出て行くなら、私も一緒に行きます」

「え」

清十郎は開いた口がふさがらなくなった。

「な、なんでそうなるんだ。

めちゃくちゃだ」

「めちゃくちゃですよ私。

もう、こうなってから、ずっとそうだよ」

紫が腰に手をやってため息をついた。

「参った。

JKには勝てん」

しばしの沈黙のあと、

「月子さん。ありませんか」とクロエが言った。

クロエの手には、ノートと鉛筆が握られている。

月子は受け取ると、文字を書いてこちらに見せた。

私も、ここに居ていいのしょうか。

葵がすかさず、「はい」と答える。

私は、何の役にも立たないと思います。

「い、いや。すごく強いし。役には立つだろ」

清十郎が突っ込みを入れる。

本当に、いいんですか?

「だから、いいってば」

葵が月子の肩に触れて揺らす。

皆さん、月子って呼んでください。

「え・・・?」

「こ、ここで呼び方なんだ。

天然なのかな」

紫が言うと、葵がにらみつけた。

「うるさいわよ。おっさん。

黙ってなさいよ」

「お、おい・・・年上を敬えよ」

「敬うわよ。

ちゃんとした年上ならねー」

葵が舌を出して紫に応戦する。

「参ったな。

根に持つタイプだ」

早くも葵に目をつけられてしまった紫の肩に手を置き、

清十郎は立ち上がった。

本音を言うと、清十郎はもう満足していたが、

言うべきことはいわなくてはならない。

「ここの所有権は、ゆっきーと葵さんのもんだ。

で、葵さんの気持ちは分かった。

君の意見はどうなんだ」


   ◇


結希は戸惑っていた。

みんなの視線が集まってくる。

突然緊張に襲われて、足に血液が回らなくなる。

足元がおぼつかないまま、何かを話そうと、口を開く。

だが、何を言えば納得してもらえるのだろう。

その時、自分には清十郎の言うことに

返答するだけの深さがないのだと気付く。

結希は自分の中に、ちゃんとした言葉を持たなかったのだ。

「え・・・えっと」

「その・・・」

鬼を倒し、葵と再会し、麒麟と雷獣を習得し、

巨人を倒し、みんなを救った。

葵のおかげで自分の抱えた問題に気付き、

乗り越えたのではなかったか。

「い、いや・・・はは・・・」

あの、赤黒い雷が鮮明に目の前に浮かんだ。

どうして今、そんなものが見えるのだ。


もしかして、怖いのか?


信じられる人が、葵に出会うまでずっといなかった。

いや、信じたとしても、度々に裏切られてきた。

最初は親だった。次に友人。

なにもかも諦めているところに、上司と出会った。

その出会いは、自らの人生を終わらせてしまう程の『諦め』を

結希に与えた。

清十郎に改めて問われているうち、

自分がいろいろなものを誤魔化していることに気付く。

結希は葵を見た。

葵だけなら、信じられる。

葵が良いと言ったことなのだから、どうなろうと構わない。

そう思おうとした。


それでも、怖い。


だから、自分は葵に責任を押し付けて逃げたのかもしれない。

自分でしっかりとした判断をしなかったのだ。

「・・・」

いーち。にーい。

あの声が聞えてきたような気がして、結希は胸を押さえた。

呼吸がうまくできなかった。

葵に立派な自分を見せなければ。

何かを言わなくては。

そう願うと、身体にのしかかるものがさらに重くなった。

自分は未だに逃げようとしていたのか。

葵のように真っ向から立ち向かう勇気など、

自分にはないのかもしれない。

清十郎に見抜かれるのも当然だ。

自業自得だ。

こんなに弱いんだもの。

情けない姿を見られて当然なのだ。

だって、怖いんだ。

どうしようもないんだ。

視界が暗くなっていく。

体が傾いていく。

葵の悲鳴が遠くに聞こえた。

ありがとうございました。

次話は来週末に更新いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ