54話 清十郎
54話です。
よろしくお願いいたします。
教えてもらった高校の場所はすぐに分かった。
紫と清十郎は閉じられた校門の格子から、中を覗いた。
「誰もいないな」
運動場の真ん中には、ギリシャ調の精巧な石像が置かれており、
大きな噴水が2つ設置してある。
それだけで学校全体が荘厳な雰囲気に包まれている。
「すげぇ学校だな。
噴水があるぞ」
「ああ」
「セイ」
「何?」
「気を付けろ」
2人は周囲を確認しながら、ゆっくりと校庭に向かって歩く。
すると、中から2人の女性が慌てた様子で出てきた。
「良かった。
人がいる」
清十郎が手を挙げて挨拶をすると、片方の女性が厳しい口調で言った。
「隠れて下さいっ」
清十郎と紫は一瞬抵抗したものの、
相手の2人がこちらに危害を加えるつもりではないことを悟ると、
大人しく体育館脇まで移動した。
「ちょっと待って」
紫と清十郎はひっつめにしている女性に押されて、
自動販売機の陰に追いやられる。
「じっとしてて下さい」
女性の体が密着してきて、清十郎はどぎまぎする。
「なんだ・・・」
自分よりも奥に隠れている紫がつぶやいた。
自動販売機の向こう側で、誰かが荒い息を吐いた。
「あじ。
あじあじあじあじあじ・・・」
喉に何かがつっかえたような声が聞こえてくる。
尋常ではない雰囲気に、清十郎は息を止めた。
「あじあじあじあじあじ・・・あじあじ」
音を立てないよう、じわりじわりと首を動かした。
僅か数センチの距離で、女性と目が合う。
彼女の恐怖に引き攣った目が、何かを必死に訴えかけてくる。
清十郎は頷き、息を止めてじっとした。
「あじあじあじ。
あじあじあじあじあじあじあじ」
清十郎はわずかに首を動かして、自販機の方へ眼を向けた。
学生ズボンとカッターシャツの袖が見える。
「・・・」
もう少し、首を伸ばす。
シャツの袖に、血痕のようなものが見えた。
清十郎は女性に腕を掴まれたが、
覗こうとする自分を止められなかった。
「・・・っ」
そいつは感情のない、昆虫のような目を虚空に向けていた。
かたかたと顎を震わせて、よだれを垂らしながら叫んでいる。
肉をそぎ落とされたような細い手で、盛んに腹を擦っているせいで、
シャツの腹部がどす黒く染まっている。
そして、首の辺りに小さな瘤のようなものが見えた。
我に返った清十郎は、素早く身を隠す。
非難するような女性に目顏で謝罪をしていると、
異常な声はしばらくすると遠のいていき、
やがて聞こえなくなった。
「ふー」
4人はその場に座り込み、ため息をついた。
「あれは何なんですか?」
清十郎が訊くと、ひっつめの女性がこちらを見た。
「うちの生徒です。
前は普通だったのに、突然ああなったんです」
彼女は大きく息を吐き、顎を上向けながら言った。
「気が狂ったのか」紫が渋柿に齧りついたような顔をする。
すると、もう一人の女性が言った。
「わかりません。
何かの病気かもしれない」
清十郎は小さく首を振った。
今までたくさんの病人を見てきた自分にはわかる。
あれは病気じゃない。
もしかすると、もう人間じゃないかもしれない。
考え込んでいる清十郎を尻目に、
紫が手早く自己紹介をしていく。
ひっつめの女性は、羽生と名乗った。
学校で事務員をしているという。
もう一人の女性は植山といった。
こちらは養護教諭をしているという。
2人とも非常時にあって、冷静を保てる強さを持った人のようだった。
「で、さっきみたいなやつと一緒に居て大丈夫なのか?」
本心では心配をしているのだろうが、
紫がやや苛立った様子で訊く。
「ええ、私達は大丈夫です。
・・・でも」
「でも?」
清十郎が訊き返すと、植山が言った。
「外から来た人は駄目です。
前に、入って来た人を襲ったことがあって」
植山が額を拭いながら、声を震わせて言った。
「襲ったって・・・。
どうなったんだ?」
「も、もう少しで、殺すところでした。
私達、必死で止めて」
「そいつはどうなった?」
「怪我をして。外まで逃げていきました。
でも、外には怪物達がいて。それで・・・」
「怪物?」
「はい。
体が大きくて、鬼のような角があって」
「まさか」
紫が引き攣った笑いを浮かべる。
清十郎は笑えなかった。
「信じられないですよね。
でも、本当です。
ここの生徒も、家に帰ろうとしてたくさん襲われました」
真っ白な顔をしている羽生と植山を見て、
清十郎と紫は目を見合わせた。
どう見ても嘘を言っているようには見えない。
「でも、良かったです。
外に無事な方がいらっしゃって」
羽生が言う。
「外の様子は、今どうなっているんですか?」
植山に訊かれると、紫が答えた。
「俺達は駅の方から来た。
でも、辺りに怪物はいなかったよ。
近くの役場に避難している人がいた」
「そ、そうですか。
よかった」
「人の心配ばっかりですけど、
お二人は大丈夫なんですか?」
清十郎が訊き、
「確かに、さっきみたいなやつは、
あんたらじゃあ手に負えないだろ?」
紫がさらに質問を重ねる。
「え、ええ。
でも、私達の生徒ですし。
それに」
羽生と植山が目を見合わせて何かを思案しているのを見て、
紫が眉を寄せた。
「言ってくれよ先生。
ここはどうなってるんだ?」
強い口調で問い詰められて、植山が唇を震わせた。
「脅さないでっ」
植山が突然頭を抱えてうずくまった。
どうしたのかと清十郎が近付くと、
羽生が腕を伸ばして植山を庇うように抱きしめた。
「怖い思いをしたんです・・・だから」
小さな子どもをあやすように、羽生が頭を撫でると、
植山の震えが少しずつ収まっていく。
「すみません。
いろいろ言ってしまって」
清十郎は頭を下げた。
羽生は視線を逸らして、悲しそうに運動場を見た。
「さっき会った子は、弓道をしていたんです」
「さっきの・・・子?」
清十郎は変わり果てる前の青年を想像してみた。
「はい。
私は事務方で、あんまり生徒とは関わらないんですが、
少しだけ面識があって。とても優しい子でした。
家に帰る子が多い中、ずっと私達を手伝ってくれたんです」
羽生の頬を、細い涙が一筋伝う。
「僕は寮に帰るだけだから。
家族は遠くに居るからって、言ってくれた」
「そうか」
「他にも、怪我をした子や、
外にいる怪物が怖くて動けない子達がここに残りました。
でも、みんな、変わってしまった」
「あんたち以外は、みんなああなったのか」
羽生が悲痛に目を細める。
「私達以外に、ひとりだけ無事な子がいます」
「そいつはどこにいる」
紫が訊くと、羽生は校舎の2階を指さした。
「無事なのか」
「はい。
でも、あの子に捕まってる」
「あの子って?」
「変わってしまった、うちの生徒です。
なぜか・・・あの子を掴んで放さなくて」
「掴まってるって、だいじょうぶなのかよ」
この学校が異様な状況に置かれていることを実感したのか、
紫がらしくない青ざめた顔をしている。
「大丈夫じゃないわ。
ここはもう、前のような学校じゃない」
羽生の腕の中にいた植山が呟いた。
「ここから出ないのか?」
紫が訊くと、羽生が頭を振った。
「出ません。
あの子達を置いていけない。
植山も、私もそう決めたんです」
「そう、ですか」
清十郎が言うと、紫は小さくため息をついた。
◇
この世の何もかもが異常に変化していて、
頭の整理がつかない。
何もかも狂っている。
自分が見たものすら、本当かどうかもわからない。
訳がわからない。
清十郎は学校の方を振り返ることができなかった。
困っている人がいるのに、誰にも何もできず、
逃げ続けている自分が情けない。
「セイ。
いつまで泣いている」
「泣いてない。うるさいな」
また涙が出てきそうで、それ以上声が出せない。
「何考えてるんだよ。
言えよ」
紫が肩を小突いてくる。
「全部信じられない。
わけわかんないんだよ」
「そうだな。
みんな死んじまったみたいだし」
「くそったれ。
しんじまえ」
「だから、死んじまったんだって・・・」
「それに何もかも狂っている」
「ああ。
子どもが被害に遭うのは辛いな」
「俺達は、大丈夫なのかな?」
「わからん。
あれが何かの病気なら、俺達も多分終わりだ」
「あの高校生は、本当におかしかった」
「直接見たのか」
紫が声色を低くして言った。
「見た。
俺は病気の人を知ってる。
あれは病気じゃない気がする」
「じゃあ、なんだよ」
「わからん。
脈をとった訳じゃないけど、もう死んでいるように見えた」
「死んでるのに声が出るかよ」
「出ねぇよくそったれ」
最後には交互に悪態をつきながら、2人はただ歩き続けた。
「てか、何で見捨ててきたんだ俺は。
くそ過ぎる」
「仕方ねぇよ。
全部くそまみれなんだから」
「くそが」と言えば、
「くそが」と返事が返ってくる。
清十郎はただそれを確かめるために、悪態をつくようになる。
「サキ」と声を出すと、涙が止まらなくなった。
「そういえば、
その呼び方懐かしいな」
紫が清十郎の肩を掴んで言った。
中学生の時、清十郎は紫のことをサキと呼んでいた。
女みたいだから嫌だ、と言われてからは呼ばなくなったが、
清十郎にはムラサキよりも、サキの方がしっくりくる。
「中学校、の、時も、こうやって、歩いたね」
「うん」返事をして、紫が清十郎の肩を揺らした。
思い出す。
2人は部活もクラスも違うのに、登下校はいつも一緒だった。
「俺は(斜めからものごとを見るから、
お前にとってはすごいことを言っているみたいに
聞こえるかもしれないけど、)結局格好つけているだけなんよ」
清十郎は紫に向かって言った。
小さな頃から、紫は清十郎を過大評価するところがあった。
清十郎が絵のコンクールで賞を取った時も、
読書感想文で賞を取った時も、紫は自分のことのように、
周囲に自慢した。
清十郎が何をしても、紫は過剰に褒める。
だからいつも、紫の褒め言葉を素直に受け取らなかった。
「結局、俺が一番薄情者なんだ」
困った様子で「話が飛んだな」紫は笑った。
清十郎は、咳払いをひとつしてから言った。
「俺は、結局、肝心なところでは、
お前に任せてしまってるんだ」
「ああ。
そういうことか」
紫の顎が、得心がいったように上下する。
自分の顔が紅潮するのを感じる。
酒があったら、浴びるほど飲みたい気分だ。
「まぁ。言いたいことは分かった。
でも、俺は頭悪いから、
セイになんて言ったら良いかわからん」
2度背中を叩かれた。
◇
2人はずいぶん長い間、あてもなく歩いていた。
周囲に靄が出ている。
「おい。
あれ見ろよ」
紫が指さした方に、一点の白い光が見えた。
「みえる。何だあれ」
ぼんやりしたまま、2人は光を目指して歩いた。
そうしているうち靄は晴れ、2人は小さな公園に辿りつく。
敷地内に入ると、中央に見事な装飾のついた噴水があった。
辺りは静寂そのもので、水の流れる音だけが、
世に存在するたった1つの音のように感じる。
「こんなところに・・・公園があったのか」
紫が放心したようにつぶやいた。
気付けば2人とも、途中からずっと会話をしていなかった。
どれだけ歩いたのだろうか。喉が痛いほど渇いている。
「あ。あれ」
清十郎は噴水の一角に、光が浮かんでいるのを指した。
「ああ。あれだ」
紫が目を覚ましたように言う。
2人は目を見合わせて頷くと、
噴水を回り込むようにして光の元へ向かった。
「あ!!」
回り込んでいる途中で、清十郎は
女性が俯いて座っているのを発見する。
女性が清十郎の声に反応して、こちらを振り返る。
「あ」
綺麗にそろえた前髪、エプロンと名札、
黒いパンツと7分袖のシャツ、
手には年季の入った本が握られていた。
まるで仕事中に抜け出してきたみたいな恰好だ。
清十郎は無意識に一歩退いた。
目の前の人は、本当に人なのだろうか。
「わ」
清十郎は光が回転しながら、
女性の持つ本の中に滑り込んでいくのを見た。
「おわっ・・・・入ってった」
情報過多が起きて、清十郎の頭はフリーズ状態になる。
紫も同じような感じで、一点を見つめたまま停止していた。
しばらくの間、3人は顔を見合わせたまま沈黙した。
「こ、こんにちは」女性が言った。
「はい、こんにちは・・・」
清十郎と紫は遅々と動き、噴水の影に隠れるように腰かけた。
みんなしばらく何も言わなかった。
ただ、喉が渇いている。
紫が噴水から出る水を、水筒に入れて飲んだ。
「イケる」
水筒を受け取ると、清十郎もそれを口にする。
「あの、どうぞ」
清十郎は水筒を一度濯いでから、女性に渡した。
「ありがとうございます」
膝をついて丁寧に受け取ると、女性は中身を飲み干した。
「おいしい」
女性がつぶやくと、
「そう。おいしい」と清十郎も続いた。
「ああ。おいしかった」
紫が口元を歪ませたまま、
彼方を見るような目で、小さく言った。
「井上、伊都子です」
伊都子は言うと、頬を赤くしてうつむいた。
彼女は引っ込み思案な性格のようだ。
紫がザックからビーフジャーキー取り出して、
伊都子と清十郎に配る。
「じゃあ、伊都子ちゃん。
お近づきのしるしに」
「ありがとうございます」
「これうま」
紫と清十郎が食べると、
遠慮していた様子の伊都子も食べ始める。
「おいしい。
口の中が痛いくらい」
伊都子の台詞が、変わった言い回しだなと思った。
清十郎はその場に寝ころんだ。
疲れていた。
目を閉じてしばらくすると、伊都子と紫が言葉を交わし始める。
「紫さんって。
面白い方ですね」
「親にもよく、お調子者だって言われた」
清十郎が眠ったのだと思ったのか、2人は静かに会話を続けていた。
頭がぼんやりしてきたと思ったら、清十郎はいつの間に眠りについた。
◇
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
自分がどこにいるのか分からず、あわてて体を起こす。
身体の芯に重たさを感じる。
すると、目の前に辺りを見回している紫が居た。
「おっ」
紫が片手を上げて、手招きをする。
清十郎は立ち上がり、紫のところまで歩いた。
「食えよ」
ガムを一枚渡される。
「うま。あま」
「あまいな」
「もうすぐ朝だぞ」
遠くに白んだ空が見えた。
「どれだけ寝てたんだ」
あくびと背伸びを同時にしながら聞いた。
「うーん。
多分だけど、10時間は寝てたな」
「そんなにか。
お前は寝たのかっ」
紫が人差し指を立てて、
少し離れて眠っている伊都子を指さした。
そして、「ああ。お前の半分くらいな」と笑う。
背伸びをすると、少しずつ目が覚めてきた。
朝日が、遠くのビルの頭にかかるのが見える。
「あのさ、セイ」
「何だよ」
紫は背伸びをしながら、さりげなく言った。
「俺はお前が薄情とか思わんよ」
清十郎は黙っていたが、乾いた土に水をかけるように、
紫の言葉が胸にしみわたって行くのを感じていた。
「なんだよ。
いきなり」
紫がこちらに手の平を向けて言う。
「前にさ、仕事を辞める時の話してただろ。
あの。
名前なんていったっけあの人」
「谷口さん」
「そうそう。美人の谷口さん。
お前が職場で、たくさん悩んだこととか、
考えてやったこととか。
いろいろひっくるめて、俺は薄情なんて思わない」
清十郎の頭に、痺れるような記憶の数々が浮かんでくる。
「俺がセイをすごいって言ったのは、
いろんなことを上手に説明できたからじゃない。
表面的ってゆーか、そういうのじゃないんよ」
「じゃあ何だよ・・・」
紫がうーんと、唸り声を出す。
「要するにな・・・。えー
ちょっと待てよ。何て言ったら良いかな・・・。
あー。要するに、
お前が周りのクソみたいな人間と向き合おうとしていたからだ」
「え?」
こころが揺らぐ。
「俺だったら、そんなこと考える間もなく、
クソみたいなやつらのことは切り捨てる。
そいつらについて、必死で考えるようなことはしない。
そいつらが生きようが死のうが、関係ないからな」
「まぁ、確かにな」
清十郎はため息をついた。
「でも、お前は考えたんだろ」
不意に涙が出てきそうになる。
「俺がきちんと理解できてるかわからないから、
合っているかわからんけどな。
お前は必死で人について考えて、
答えを出したんだと思う。
矢面に立たなくたって、いじめられている人のために、
残業までして、助けようとしたんだ。
それのどこが薄情なんだよ」
「でも、おれは・・・結局・・・」
紫が息を吸う音が聞こえる。
清十郎の目には、もう何も見えない。
「セイ泣いたよな。
スーパーで見た女子高生とか、
さっき会った怪しいおっさんとか、学校の先生とかさ。
あのとき少しおかしかったけど。
まぁ、おかしくていいんだ。
そこは気にすんな」
紫が清十郎の肩を小突いた。
「セイは確かに、穿ったものの考え方をする。
でも、お前、泣くじゃんか。
35にもなって。泣くじゃんか」
「なんで2回言ったんだよ・・・」
紫が口を尖らせて、中空に息を吹きかける。
「こんな年にもなるとさ、
9割くらいの人がさ、辛くて自分をごまかすんだ。
酒とか、パチンコとか、男なら女、女なら男に逃げたりしてさ。
大逸れたことをしなくても、不満を抱えながら、
結局同じことを続けるんさ。
みんな、自分に嘘ついて生きるんだ。
嘘を嘘と気付かないまんまのやつもいる。
自衛隊にもたくさんいたよ。
家庭がめちゃくちゃでさ。
ごまかして、棚上げしながら、それでなんとなく生きてく。
俺、今かっこいいこと言ってる?」
清十郎は紫を肘で小突いた。
彼は大げさに痛がるふりをして笑う。
「でも、セイは、散々人間に失望したとか、
所詮人間も動物だっていいながらさ、結局泣くじゃん」
「うるさいな。
何が言いたいんだよ」
「だからさぁ。
自分を責めて、傷つけてでも泣くじゃんか」
「意味わかんねぇ」
「だ・か・らぁっ。
俺は、お前が本物だと思うってことさ。
お前みたいな人は、他にはいない」
「褒めてんのか。
それ」
「褒めてるぞ」
紫の言葉を最後にして会話が途切れる。
もうすぐ冬が来るという時期なのに、
湿った空気と生暖かさが頬を撫でてくる。
2人は同じ姿勢でじっとしていた。
「俺はさ、伊都子ちゃんみたいな、
ちっちゃくて健気で、
がんばり屋さんな子が好きかもしれん」
「お前、こんな時なのに、
本当ふざけてんな」
清十郎が呆れた口調で言うと、
紫が小さく「マジだよ」と答えた。
清十郎は白み始めた空を見上げた。
上には、大小の月が2つ並んで浮いている。
「おい」紫が言う。
「ああ」清十郎が答える。
「セイは彼女いないのか」
「いるわけない。いたこともない」
「なんでなんだろうなぁ」
紫は乾いたため息をつく。
「知るか。
今、それ関係あるのか」
「あるよ。
みんな見る目ないんだよ。
でも、きっといるぞ。お前を好きになる女が」
「はいはい。
ありがとありがと」
肩を竦めると、清十郎は言う。
「俺も、1ついいか」
「おお」
「井上さんのことさ。
助けようよ」
紫から返事が無かった。
「てか、これから会う人、できるだけ助けたい」
「いや、無理だろ」
「無理でもいいんだ。
無理なら、無理しないよ。
でも、できるだけ、助けたいんだ」
紫が大げさに吹き出した。
「泣きながら?」
紫に茶化されて、清十郎も思わず笑う。
「うるさいよ」
ため息をついてから、紫の肩を肘で押した。
ありがとうございました。
次話もすぐに更新いたします。




