45話 月子
45話です。
辛い内容がありますので、閲覧注意です。
よろしくお願いいたします。
剣ってなんですか?
鍛えるって、何?
妹1人救えないで、何を鍛えてきたっていうの?
◇
陽子はいったん病院に運ばれたが、すぐに帰ってきた。
遺書が残されていた。
家族も地元の人達もみんな混乱していたこともあり、
葬式は3日後に行われることになった。
家にはマスコミがやってきた。
父と母は冷静に対応し、
喪主を務めた祖父は堂々としていて涙ひとつみせず、
立派な姿を周囲に見せた。
でも本当は全部、やせ我慢だった。
遠方から、陽子が部活で関わった子達がたくさんやってきた。
知っている顔が多い。
その中に、クラスメイトのあの男もいた。
月子は男の元へ向かう間、自分の手の平に爪を突き立てていた。
「怒らないんですか?」
一番陽子を苦しめたのは自分だ。
怒る資格などなかった。
男はただの青年だった。
「産土さんに知らせたのは、
僕です。
何も、言わないんですか?」
青年がもう一度言った時、
月子はようやく頷き、棺桶がある座敷に目をやった。
今さら何を言っても遅い。
「まさか、死ぬなんて。
どうすれば。僕はなんてことを」
月子が黙ったままでいると、男はややあってから姿を消した。
結局、火葬場には行けなかった。
優しくて、明るくて、強かった陽子が、
燃えてしまうのなんて見たくなかった。
陽子が煙になって天へ昇っている頃、
月子は陽子の部屋に入った。
部屋からは酷い匂いがした。
壁紙や家具はぼろぼろで、
生前の陽子がどれだけ苦しんだかがわかった。
大切に飾られていたトロフィーも、
メダルも、数々の表彰状も何もかもが無くなっていた。
鈴の音が聞こえる。
美しくも孤独で、寂しい鈴の音が。
月子は自分の耳に触れた。
陽子に噛まれて裂けた耳を、月子は縫わなかった。
数時間後に陽子は壺に入れられて帰ってきた。
これは陽子ではない。
ただの骨だ。
今や陽子の生きた証は、月子の耳に残った噛み傷だけだ。
そう思いたかった。
外で鳥の鳴き声がした。
もう朝が来たのか。
陽子が道場で元気に練習しているかもしれないと思った。
まだ薄い朝日が、道場の床を照らしている。
そこには小学生の頃の、陽子が立っていた。
奇跡のように美しい光景だった。
一丁前に道着を着て、子ども用の竹刀を手にしている。
笑顔が無邪気で可愛らしい。
「つきねぇ」
陽子が手招きをしたかと思うと、消えてなくなった。
いかないで。
月子の声にならない声では、妹を引き留めることはできない。
その場に跪いて、床に頭を打ちつけた。
こんなときになっても、何1つ姉らしいことができない。
剣術も、剣道も、家族との関わりも、友人との関わりも、
勉強も、何もかも月子は陽子に敵わなかった。
それなのに、陽子は月子への敬意を忘れず、
いつまでも姉でいさせてくれた。
どれだけ陽子のことを素晴らしいと思っていたか。
好きだったか。
結局、大切なことを伝えることができないまま、
陽子は逝ってしまった。
雲がかかったのか、美しい朝日が陰る。
いつの間に持ってきたのか、
月子は脇差を手に取り立ち上がる。
鎖骨を避けて思いきり突き立てた。
しばらくすると、血が服に染み出してくる。
正確さはあっても、力が足りなかった。
月子は柄を両手で固定したまま、前に倒れ込む。
体の軸をしっかりさせた上、勢いがかなりついている。
刃が心臓に届くのを確信して目を閉じた。
ありがとうございました。




