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43話 月子

43話できましたので、早いですが投稿いたします。

よろしくお願いいたします。

目を開けると、月子はベッドで横たわっていた。

見慣れた剣道袴を着ている祖父が、すぐ傍に座っている。

体を起こそうとしたが、首と背中の筋が強張っていて無理だった。

「起きたか」

祖父と視線が合った瞬間、

月子は父から電話で聞いたことを思い出した。

「あ」

祖父に陽子のことを訊きたいのに、声が出にくいと感じる。

腕を組んだまま、厳しい目つきで祖父は頷いた。

「申し訳ない。先生。

孫が起きました」

祖父が言うと保健室の先生の声が、部屋の奥から響いてきた。

「はーい」

ぱたぱたとスリッパの踵を打ちつけながら、

近付いてきた先生がこちらを覗き込んできた。

「具合はどう?」

「・・・大丈夫です」

血圧と熱を測ってくれる。

その間、月子は喉を擦りながら黙っていた。

「貧血かな?

電話中だったって聞いたけど」

「大丈夫です」

先生から視線を剥して、祖父を見た。

祖父の渋面を凝視しながら、月子は手を伸ばして袴の袖を握った。

普段だったら人前でそんなことをしたら叱られたと思うが、

何も言われなかった。

「陽子ちゃんは、

どうなったんですか?」

ようやく言えたが、祖父は黙したまま月子を見返すのみ。

そこに保健室の先生が、電話中に月子は倒れ、

佐倉が知らせてくれたのだと説明をする。

そんなことはどうでもいい、と叫ぶ代わりに、

祖父の腕を思い切り掴んで、思わず爪を立てた。

「陽子ちゃんは、どうなったんですか?」

「落ち着け」

祖父がわずかに腰を上げたので、月子は体を竦ませた。

武術の心得がある祖父は、

月子の親指を取るか、腕を回すかして引き離しにかかるだろう。

だが、祖父の手はただ、月子の手を包んだだけだった。

普段厳しい人の優しさが、言外に陽子の非常事態をさしている。

ひどい状況が陽子に振りかかったのだと月子は確信した。

間違いない。どうしようもない。

「うっ・・・ううっ・・・」

しばらく泣いて落ち着くと、月子は立ち上がった。

祖父が先生に何度も頭を下げている。

それをぼんやりと見ていた。

祖父が月子の様子を見てため息ひとつ漏らすと、

ブルゾンを脱いで肩にかけてくれた。

廊下に出ると、佐倉がいた。

「あの」

月子はその声を俯いて聞こえないふりをした。

すかさず、祖父が月子の代わりにお礼を言ってくれる。

車に乗り込むと、祖父が缶コーヒーを渡してくれた。

「飲むか?

甘いやつだ」

渡されたコーヒーをいつまでも見つめていると、

見かねた祖父がタブを開けてくれた。

苦々しい表情で、祖父は陽子の状態を説明した。

陽子の怪我は上半身に打撲が数か所。

打撲は顔にもあり、その時に前歯が欠けたそうだ。

「ひどい・・・」

右手の骨折が一番の問題で、

悪い折れ方をしているので手術が必要になった。

最低でも1ヶ月は入院が必要である。

状態によっては、伸びる可能性もあるそうだ。

「・・・。

よ、陽子ちゃん、は襲われたって」

月子が訊くと、祖父は見たことのないような苦しそうな顔をした。

「ああ。

そうだ」

襲われたのは通学路で、男6人が相手だった。

男達は、陽子だと知って狙ってきたらしい。

月子の胸中に煉獄の殺意が芽生える。

普段の陽子は仲の良い友人数人と通学していたそうだが、

その日は珍しく1人だった。

月子は奥歯が鳴るほど噛みしめた。

間違いなく、男達は陽子が1人の時を狙ったのだ。

卑怯者。

「だが・・・」

祖父が重そうに口をひらいた。

その日の陽子は、素振り用の木刀を所持していたという。

「それなら・・・なんで?」

木刀を携帯している陽子なら、全員を倒すまでは行かなくとも、

逃げることくらいはできたのではないか。

思わず月子がつぶやくと、祖父が絞るように言った。

「陽子は木刀を使わなかった」

月子は、幼い頃から祖父に耳にタコができるくらい

言われ続けた言葉を思い出す。

剣術は人を活かすものであり、傷つけるためのものではない。

祖父は剣術を志す月子と陽子に、

剣の強さではなく、精神的な豊かさを大切にするように伝えていた。

「お前には言っていなかったことがある」

しばらく沈黙していた祖父が切り出した。

壮健だった祖父の顔が年齢以上に老いて見えた。

「陽子は、小さい時お前を守るためによく喧嘩をした。

教えた技術で相手をうち負かした時、

あの子は喜びを感じているように見えた。

だから、それを戒めるために言ったんだ。

月子は良いが、お前は特に気を付けろと。

陽子はずっとそれを覚えていたんだ」

子どもの頃に、祖父とした約束。

ただそれだけのことだ。

だが、祖父の言う通り、律儀な陽子はその教えを

守って来たのかもしれない。

祖父を人一倍尊敬している陽子だからこそ。

祖父は悪くない、悪いのは自分だ。

自分が陽子に助けられてばかりだったから、

祖父は陽子に楔を打つことになったのだ。

そう思っても、止まらなかった。


「なんで、私と陽子ちゃんを比べるような言い方をしたんですか?

最低。

あんな優しい子に。

陽子ちゃんが暴力を振るうことを喜んでいたなんて、

私は絶対に思いません。

どうしてそんなことを言ったんですか」


発した言葉が、どれだけ残酷に祖父を傷つけただろう。

叫んでいる間ずっと、祖父は何も言わなかった。

ありがとうございました。

次の話もこのあとすぐに投稿いたします。

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