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39話 結希

39話です。

よろしくお願いいたします。

結希は今、屋上でトレーニングをしている。

辺りにはそこら中からかき集めた段ボールやパイプ椅子が

不規則に並べられており、

それを障害物にして回り込んだり、飛び越えたり、

ジグザグに走ったりする。

「よっと・・・ほっ」

跳んだり跳ねたり、いろんな体の動きをしていくので、

思いのほか楽しい。

近くのベンチに腰掛けたソーニャがこちらへ手を振ってくる。

結希が屋上でトレーニングをすると言ったら、

ついていくときかなかったのだ。

ソーニャは胸元に赤いりぼんのついた、

可愛らしいワンピースを着ていた。

一瞥すると、髪の間からひょっこりと白い蛇が顔を出す。

蛇はソーニャの首にぐるぐると巻きつくと、

尾に咲いた桜色の花を、彼女の鎖骨の上に置いた。

一見すると、花はお洒落な装飾品のように見える。

「ユキー。ガンバッテー」

「うん」

ソーニャが女神からもらった白い蛇は、シロと名付けられた。

どういう仕組みでソーニャの髪に入り込んでいるのかは、

ソーニャとシロにしかわからない。

「ユキー。ソーニャもー」

結希が傍まで近づいた時、

こちらへ来ようとしたソーニャがくぼみに躓いた。

「わ」

結希は急停止すると、ソーニャの下へ腕を滑り込ませて抱きとめる。

「こら。

飛び出して来ないの」

「エヘヘ」

結希はソーニャが退屈しないよう、

背負って走ったり、スタートの合図を出してもらったりするようにした。

「よし。そろそろ試してみるか」

身体の動かし方に慣れると、

今度は『麒麟』を使って同じ動きをやってみた。

身体が左右にぶれたり、無駄な動きがあったりした時は

その都度修正していく。

少しずつ効率が良くなり、回転率が上がっていく。

主な動きを『麒麟』で数回繰り返していると、虎が呼びに来た。

うんみゃー。うんみやー。

「もうそんな時間ですか?」

ここ数日はトレーニングをしていると、

虎が呼びに来るのが日課になっている。

「トラー。キター!」

ソーニャが虎の顔を両手で挟むと、強引にわしゃわしゃとする。

虎はうんみゃーうんみゃーと声を上げるものの、

ソーニャを拒むことは決してない。

「もう少し優しくしてあげてね」

「ウンっ!」

3人は屋上の隅に設置されている階段で下へ降りていく。

スロープを下っていくのも良いが、こちらの方が景色が良いのだ。

「ユキー。トリサンダヨー」

「そうだね」

「ユキー。ゴハンマダー?」

「帰ったら、ご飯あるよ」

鈴のようにソーニャが笑う。

子どもって、こんなにずっと笑っているんだな。

先導する虎へ向かって、ソーニャがドングリを投げつけて、

ケラケラと笑った。

「こーら。駄目でしょ。

ごめんなさいは?」

「ゴメンナサーイ」

虎が律儀にどんぐりを拾って結希に手渡してくれる。

それをソーニャに渡すと、「もう投げちゃ駄目だよ」

と念押しをする。

ソーニャはいたずらっぽい笑顔で「ハーイ」と返事。

「虎さんは、怒らないんですね」

虎は結希と目を合わせると、うんみゃーと鳴いた。

葵の話では、虎と三毛は猫族という種族で、

独自の文化を持っており、

人と同等かそれ以上高度な文化を持っているとのことだった。

ソーニャを守るべき相手だと分かっているのかもしれない。

そうこうしている内に、3人はホールに到着する。

「結希、お疲れ様。

すぐご飯だからね。ソーニャとキーラもー」

大きな葵の声が、ホールの奥から聞こえた。

首を巡らすと、キーラは銀の隣に座って、

女神からもらったという大きな黒い本を読んでいた。

黒い本の名前は『賢者の真心の王国』という

―――結希も見せてもらったが―――

見る度に内容の変わる不思議な本だ。

キーラは結希を一瞥すると、少し目を細めた。

かなり打ち解けてはきたが、未だにキーラと距離があるような気がする。

笑顔で手招きをすると、キーラは立ち上がってこちらに来た。

「腹減ったな。今日はなんだろうな」結希が伝えると、

「におい、するよ。わかる」キーラは軽く肩を竦めた。

辺りにはカレーの匂いが漂っている。

キーラからすれば、聞かなくても匂いで分かるだろう、

といったところだろう。

噴水の水にタオルを浸し、別室で体を拭いた。

ホールに戻ると、結希は食事の準備を手伝った。

調達した食器棚から、コップを人数分取って並べると、

ソーニャがボトルから冷ましておいた麦茶を注いでいく。

「お手伝い偉いね」

ソーニャは結希の顔を覗き込むと、得意げに言った。

「テツダッタ」

「すごいよ。

きっと良いお嫁さんになるな」

何気なく言うと、葵が「ずいぶん先の話よ」と釘をさす。

葵の足元には、プロパンガスの小容器とグリルと圧力鍋がある。

葵はそれを使って見事に米を焚いていた。

「すごく上手に炊けていますね。

すごいですっ」

「でしょ。

同じ量なら絶対失敗しないから」

「カレーは具が無いけど、上に冷凍カツを乗せます」

「すごい。ごちそうですね」

「そう?良かった」葵ほっとした表情になる。

料理が並び、みんながこちらを見る。

ソーニャとキーラは腹が減っているので、

すぐにでも食べ始めたいといった様子だ。

結希が「いただきます」と手を合わせると、

みんなが一斉に食べ始める。

葵がソーニャとキーラの間に入って「ゆっくり食べなさい」

「よく噛むのよ」と世話を焼く。

「あ、葵さん。

あの」

「うん。

おいしくなかった?」

葵が緊張したように顔を上げた。

「いえいえっ、もちろんおいしいです。

そうじゃなくって。

いつもさ、いただきますって、僕が言わないといけないの?」

「ああ。そのこと」葵が安堵したように双子に顔を戻す。

「ソーニャとキーラの所はそうだったみたい」

「ロシアで?」

先日キーラのおかげで、双子の故郷がロシアだと発覚したばかりだ。

「うん。2人のいた所では、

お父さんが来るまでみんな食べないんだってさ」

日本の文化は厳格だということをよく聞くが、

似たようなものがロシアにもあるのか。

「僕、お父さんじゃないんだけど」

葵が首を傾げて「これも、あれも、あれも、全部」

言いながら、葵が食器やガスボンベ、

圧力鍋やカレーの中身を順番に指さした。

「全部結希が持って来てくれた。

だから、あんたがここのお父さんだって、ソーニャが」

葵がにやりと笑う。

「そんな歳でもない。

でも、割と日本以外でも

そういう厳しめの文化があるんですね。」

結希が項垂れると、葵がふふと笑った。

「そうだね。しかたないねぇ」

葵がソーニャの零したカレーを素早く拭き取る。

「キーラ達ってば、

小さい頃からよく躾けられたって」

「そっか」

「そういえば、ロシアでも

実はカレー結構食べるんだってさ」

「へー」

葵は双子の世話と結希との会話のせいで、

一口も食べたようすがない。

結希は急いで食べ終えると、双子の世話係を交代した。

「ごめんなさい。

私は終わってからで良いのに」

「いいんです。一旦ね。一旦」

集中力の切れ始めたソーニャにカレーをしっかり食べさせてから、

2人で食器洗いを始める。

水道がないので、洗いものはいつも大変だ。

結希が噴水の水をバケツに水を汲んで、

排水のあるシンク持って行き、葵が洗った食器へ流すのだが、

距離が離れているので手間がかかる。

葵は泡きれを入念にするので、

結希は終わるまで何度もバケツを持って往復した。

ようやく片づけを終えると、ソーニャがこちらにやって来た。

「ユキー。コチコッチ」

「なんだ、こちこっちって」

手を引かれてホールの端に行くと、

ソーニャが小さなプランターを見せてくれた。

「お。いつのまに増やしたんだね。

今度は何を植えたの?」

「ミニトマト!!」

「今からミニトマト育てるのか。

でも、時期は夏だったような」

「ソダテルノ!!」

ソーニャが両手を差し出して、抱っこをおねだりする。

「わかった。楽しみだな」

芽が出るのは来年かもな、と思いながらソーニャを持ち上げてやる。

「結希。ちょっと」

背中に声をかけられると、寝巻に着替えた葵が立っていた。

「ああ。お疲れさま」

「ちょっと、話があるんだけど。

そのまえに、明日の朝はまたカレーで良い?」

「うん。いいですけど、何かあったんですか?」

「ちょっと・・・結希に相談があって」

結希と葵はテーブルについて向かい合った。

「どうしたの?」

結希がボトルを差し出すと、

葵は一口飲んでから大きくため息をついた。

「明日の朝はカレーでいい?」

「もちろんいいよ。

何かあったら僕も作るし。で、どうしたの?」

葵は言いにくそうに口を開いた。

「ごめんなさい。迷惑をかけるかもしれないけど、

銀ちゃんのことなの」

「銀さんがどうしたの?」

「銀ちゃんの足にある腫瘍なんだけど、すごく悪くなってて、

あまりこっちには見せないんだけど、この前見た時、

本当に痛そうで」

「・・・気付かなかった」

「うん。ソーニャとキーラにも、

上手に見せないようにしているみたい。

私は従者のみんなと心臓が繫がっているから、

銀ちゃんが四六時中痛がっていて、

痛みのせいでずっとイライラしているのがわかるの」

葵が両目を閉じて、口から細く息を吐く。

「どうしたらいいんだろって、考えた時、

結希が言ってたことを思い出した」

「僕がなんて?」

「鬼達にも、銀ちゃんと同じ腫瘍があって、

それはトールの雷を吸収するって。でも一定以上流すと破裂して

なくなってしまうって話」

「うん・・・した。したけど」

結希が逡巡していると、葵が手を掴んできた。

「お願い。結希」

「いや、でも、雷は」

「お願い。昨日は出血してて。最近は熱もある。

ものすごく辛そうなの」

「腫瘍が破裂したら、大量に出血するかも」

「噴水の水で治したらいい。腫瘍は無理だけど、

傷なら治るし」

結希はしばし考えてから、口火を切った。

「わかった。やってみる。

でも、危なくなったらやめるよ?

あと、場所は噴水の近くでやろう。怪我したら大変だから」

葵の顔が花咲くように明るくなる。

「うんっ!

ありがとっ。みんなにも説明しとく。」

「でも、やり方を練習するから、

明日まで待ってくれる?」

葵は眉間を寄せた。

本当はすぐにでもやってほしいのだ。

「・・・うん。

わかった。ごめんね。お願いします」

結希は頷き、すぐに準備に取りかかった。


   ◇


結希は屋上に上がると、ペットボトルを掴んだ。

『トールの雷』をなるべく細く研ぎ澄ませて、

流し込んでいく。

うまくいったが、生物の体に電流を流すのとは少し感覚が違う。

今度は自分の手に雷を流し込んでみる。

これも、駄目だ。

自分の体と『トールの雷』は馴染み過ぎていて抵抗がなさすぎる。

「いや。違うか」

結希は頭を抱えた。

鬼を倒すときには、外部に被害が出ることを気にはしない。

だが銀の時は、なるべく傷つけずに電流をながさなくてはならない。

緻密なコントロールが必要だ。

「うーん」

額に浮かんできた汗を強引に拭うと、結希は小さく唸った。

後ろのドアが開いた。

どきりとして振り向くと、葵の顔が見えた。

「結希。今、大丈夫?」

「うん」

「銀ちゃんのこと、どう?

難しそう?」

「うーん。今はまだ何とも。

みんなはもう寝た?」

「もうとっくに寝ましたよ。

てか、今何時だと思ってるの?」

「そんなに経った?」

「もう深夜です」

「そっか。もうそんなに・・・」

「結希」

「なに?」

「ごめんなさい。無理を言って」

「良いんです。銀さんの為だから」

葵が肩に顎をのせてきたので、結希は背中を強張らせた。

「結希。

お願いがあるんだけど」

「な、なに」

「私を練習台にして」

「え・・・?

だめだよそんなの」

手に持っていたペットボトルが落ちて転がる。

「そんなに驚くこと?」

「驚くでしょ」

「明日は銀ちゃんにするんだから、

試しに私を練習台にしたって、おかしくないわ。

ほら、電気マッサージとかあるじゃない。

あんな感じでやってみるの」

「無茶だ」

結希は葵から立ち上がって一歩離れた。

『トールの雷』は危険なものだ。

葵に向けることなんてできる訳がない。

離れた結希の隣に、葵がやってくる。

「結希・・・結希ってば」

腕を掴んで引き寄せられる。

「結希。ごめんなさい。こんなことを頼んで。

でも、銀ちゃんを助けてほしい」

「・・・わかってる。でも、本当に危ないんだよ」

結希が目を逸らそうとしたら、葵が頬に手をやって、

無理矢理元に戻される。

月夜に反射して、彼女の瞳が琥珀に輝く。

根負けした結希は、静かに頷いた。

「手の平をこっちに向けて」

「うん」

葵の手の平に、結希はそっと人差し指をつけた。

力加減を考えながら、『トールの雷』を少しだけ指先に集める。

葵の体に力を流し込むことは、強い緊張を伴った。

微弱な電流を扱うだけで、手が汗で滲んでくる。

「わ。くすぐったい」

非常に微弱な雷を葵は感じるようだ。

「分かりますか?」

「うん。じょりじょりする」

力加減を間違えると、大けがをするかもしれない。

結希は流す力を逐一調整する。

「もっと強くできますか?」

「ちょっと待って」

余裕がないので少し怒って聞こえたかもしれない。

結希は手を離すと、大きくため息をついた。

「スイッチ切り換えるみたいに簡単には出来ませんよ」

「ご、ごめんなさい。

じゃ、次は3目盛りくらい強くで」

「3目盛りって・・・。

わかるような、わからないような」

腕の範囲内だけなら、多少強くなっても被害は少ないだろうが、

流れ過ぎないように注意する必要がある。

力を流し込むと「うわ」と葵が声を上げた。

「大丈夫ですか」

「だ、大丈夫。でも、腕に力が入らなくて・・・」

腕の筋肉が『トールの雷』によって、

収縮と弛緩を繰り返しているからだろう。

葵の手が閉じていき、結希の指を掴んだ。

「わ、私やってない」葵が顔を赤らめて言った

「大丈夫です。そうなっちゃうんですよ」

葵の腕が下がって来たので、結希は空いた手で支えてやった。

支えた手を通して、『トールの雷』が結希の中に返ってくる。

そうか。

電流を流す場所を挟むようにして掴んで、

流れを作ってやれば、雷の流れる範囲を定めやすいかもしれない。

「ちょっとコツが掴めてきました」

「よかった。

でも、結希が触った手。変な感じ」

結希はだんだんとコントロールするのに慣れてきていた。

微弱な力にしていれば、

ある程度範囲が広がっても危険はなさそうだ。

結希は力を弱めていき、やがてすべて消した。

「かなりコツを掴めました。ありがとうございます」

「ななな、なんか、手が変な感じ。

逆の手もやって下さい。もう少し目盛り上げて」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。痛いという感じはないし。

ただ、力が抜けちゃうだけで」

2人はベンチまで移動すると、もう一度練習をした。

結希は雷を血管や筋肉の流れに沿ってゆっくりと泳がせた。

「今、肘の辺り」

「はい」

「ちょっと上に行ってもいいですか。

上腕二頭筋っていうところです」

「はい。うおお。力瘤のところだぁ・・・」

「そうです。うまくいった」

結希は手ごたえを感じていた。

あとは、銀の体にと腫瘍の強さに合わせて、

力を調整すればいいだけだ。

「できそう?」

「はい。多分ですけど」

額を拭って笑ってみせる。

「よかった。ありがとう」

葵が結希の首に腕を回した時、銀が現れた。


   ◇


「銀ちゃん?

おいで」

よろよろと歩いてきた銀を、葵が優しい声で呼び寄せる。

「結希」

銀の前に屈んだまま、葵は険しい顏でこちらを見た。

足の付け根にある腫瘍が前よりも大きくなっている。

わずかに出血もあるようだ。このまま放っておくことはできない。

「そうですね。

わかりました」

2人は銀が怪我をしてもすぐに治せるよう、

噴水まで向かうことにした。

「キーラとソーニャを起こさないように、

静かにしましょう」

ホールは、シロの尾から出た光、

(キーラが言うには『オド』というらしい)

によって照らされていた。

『オド』は夜になると大人しくなるらしく、

照らす灯りは昼間に比べると弱くなっている。

これもキーラが言っていたことだが、

『オド』はソーニャが眠るとなぜか大人しくなるそうだ。

水中で眠る魚のように漂う『オド』の下を、

2人と1匹が静かに歩いて行く。

噴水の縁に座った葵の肩に、銀が大きな顎を乗せた。

気怠そうに目を閉じている銀の首を、

葵は抱えるようにして頭を固定した。

まぁ、固定したといっても、銀がその気になれば

簡単に振りほどかれてしまうだろう。

それがわかっているのか、「大人しくしててね」と

葵が念を押して銀に伝える。

「銀さん。

腫瘍に直接触れて、『トールの雷』で破壊します。

それ以外の部位に力が流れないように気を付けますけど、

絶対にうまくいくかはわかりません」

結希が説明すると、銀がこちらを見た。

理知的な瞳を、承諾の合図として受け取る。

葵は銀の目を覗き込みながら、

「きっと、わかっていると思います」と頷いた。

ゆっくりと銀の背に触れると、

結希は深呼吸をしながら練習で得た感覚を思い出す。

ほんのわずかに雷を通してみると、

かなり力の抵抗を感じたが、何とか奥まで流すことができた。

「どうにかなるかも」

電流を流すことはできるが、

練習の時とは違い、腫瘍を破壊する分、

出力を上げる必要がある

出力をあげれば、その分怪我のリスクは高まっていく。

作業中は、少しの油断もできないだろう。

結希は銀の腫瘍の位置をしっかりと確認すると、

その両端を手で触れた。

「銀さん。葵。

始めますよ」

葵が頷いたのを合図にして、結希は腫瘍に雷を流し込んでいった。

すぐに、銀が歯茎を出して唸った。

きっと、かなり痛いのだろう。

「すみません。少し我慢してて」

長引かせるのは申し訳ないが、事故を防ぐため、

結希は慎重に流す力を増やしていった。

すると、腫瘍が雷を勢いよく吸収し始めた。

「始まった・・・っ」

銀が床に爪を立て身じろぎするのを、葵が必死で上から抑えつけた。

銀が唸る度、葵の体が幾度も浮く。

「銀ちゃん。頑張って。大人しくしてて・・・っ」

あまり時間はない。

だが、腫瘍は思ったよりも雷を吸収できる容量が大きいようだ。

「厄介だな」

結希の全身から汗が吹き出してくる。

銀の苦痛を少しでも早く解消したくて、結希は焦った。

少し無理をして力を強くすると、銀の体の抵抗と、

腫瘍の存在感が増した。

「うっ。

な、なんで?」

腫瘍を潰すため、さらに力を入れようとしたが、

それでは銀を傷つけてしまう可能性が高い。

どうする。

「結希」

不意に葵が手を伸ばしてきた。

「え」

一瞬意味が分からず、結希は思考停止する。

「ほい」

葵が帯電する結希の手を掴んできた。

「うわぁ!

何するんですか?!」

雷は止まらず、葵の体に入っていき、ある種の増幅と質の変化を経ていく。

「え・・・」

葵は手を銀の腫瘍に押し当てた。

葵を通して銀の体に入った雷は、

全く減衰がなくなり腫瘍へ直撃した。

「こ、これって・・・」

戸惑いながらも力を流し続けていると、やがて腫瘍が破裂した。

銀の後ろ足にへばりついていた肉の塊が地に落ち、

焦げ臭いにおいを残して消え去った。

「や・・・やった・・・?」

くたくたになった結希と葵は、患部をまじまじと見た。

まだ熱を帯びているようだが、患部からの出血はない。

成功したようだ。

「腫瘍・・・取れてなくなった?」

「なくなった、よね?」

「やった・・・やったぁ!!」

葵が勢いよく抱きついてきた。

「どわぁ」

結希は銀ごと後ろに倒れてしまう。

涙を浮かべている葵を、ゆっくりと撫でてやる。

「てか、無茶しすぎですよ。

どうなることかと思いましたよ」

「ごめんなさい」

葵の謝罪に笑顔で応えると、結希は訊いた。

「それより、どうやったんですか?」

「うん・・・銀ちゃんが結希の力に抵抗していたから、

私の体を通せばうまくいくかなって・・・」

「な、なんで、そんなことがわかったんですか」

葵は琥珀色の瞳を指さした。

『真実を見通す目』で葵は結希と銀の状態を推し量ったのだ。

「目は、そんなことまでわかるんですね」

「いや、確証はなくて。

銀ちゃんは、まだ私や結希を完全には信用していないでしょ?

だけど、私の方は従者帯で繫がっている分、

抵抗は少なくなると思ったの」

2人は体を起こして向き合った。

「だから葵の体を通して、僕の力を伝えようとした」

「うん。結希の力が、この目で、

腫瘍と銀の2重に抵抗を受けているってわかったから。

片方だけでも、楽になればって思って」

結希はひらひらと振っている葵の手に、

ひどい火傷の跡が見えた。

結希が最初に『トールの雷』を使った時のように、

腕にびっしりと電流が這った跡もある。

「葵さんっ」

結希は慌てて葵の手を取って、噴水の水に浸した。

「やっぱり、負担が大きかったんですね」

眉間にしわを寄せて結希が言うと、

葵がいたずらっぽく笑った。

「ごめん。でも、結希の『トールの雷』は、

私を傷つけたんじゃなくて、通って行っただけだから」

「通って行っただけ?」

「うん。何も悪さをしなかった。

結希が私を傷つけないように、気にしてくれたからね。

それでも、このありさまだけど」

葵と結希は、念のため銀の足にも噴水の水をかけた。

「平気そうですね」

「ああ。よかった」

また泣き出した葵の頭を撫でてやる。

「ありがとう」

「う、うん」

そうこうしているうちに、もぞもぞと三毛と虎が起きてきた。

2匹はすぐに銀から腫瘍がなくなったのに気付いて、

うみゃーうみゃーと鳴き始めた。

「こ、こら。三毛虎っ静かにしなさいっ」

そうこうしている内に、声を聞きつけた

ソーニャとキーラが眠そうに目を擦りながら起き出してくる。

「ユキー。アオイ―」

「ああ・・・やっぱりみんな起きちゃいましたね」

結希と葵は双子に駆け寄ると、それぞれひとりずつ抱えてあやした。

「ソーニャ。キーラ。起こしてごめんね」

「イイよー。アオイ、イッショニネヨー」

「うん。そうしよっか」

「フタリデ、ナニしてたの?」

「ちょっと、お話してたんだよ。

心配いらない」

明るくなったり、暗くなったりと落ち着かないオドの下を、

ゆっくりと4人で寝床へ歩いていく。

「明日はちょっと、遅起きしましょうか」

結希が言うと、「いいのかな?

この子達の生活リズムが崩れちゃうかも」

葵が母親のような顔つきになったので、

気にするなと肩に触れた。

「ま、ちょっとなら、大丈夫でしょ」

眠かったのか、双子はすぐに腕の中で眠りについてしまった。

「かわいいね、この子達」

「うん」

頷いてから葵は、結希に近付いて首筋に額を当ててきた。

さらさらした髪の毛が、くすぐったい。

ずっとこうしていたかった。

ありがとうございました。


参考文献

『ロシア文化55のキーワード (世界文化シリーズ7) 』


次回は来週末に更新を致します。

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