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37話 葵 結希

37話です。

ちょっと時間ができたので、更新いたしました。

よろしくお願いいたします。

ようやく配送センターに着いたのは、夕方過ぎだった。

<では、外を見てきます>

<葵達は休んでるにゃ>

三毛と虎は敵の追跡を防ぐため、

みんなの匂いや痕跡を消して回るという。

「あんたたち、疲れてないの?」

<大丈夫にゃ。今回は全然戦ってないにゃから>

<そうです。結希さまに守られっぱなしではいけませんから>

「う、うん。ありがとう」

2匹の言葉に甘えて一息つくと、

葵はキーラとソーニャを横にさせた。

2人はとても疲れていたのか、それとも危機を脱して気が抜けたのか、

声をかけても目覚めることはなかった。

腹に薄いタオルケットをかけてやっている間、

銀がその横で、不思議そうに2人を見ていた。

「銀ちゃん。

何か気になるの?」

銀は葵が話しかけても微動だにせず、双子を見ている。

睨みつけているといってもいい。

「・・・あ」

銀は足の付け根にある腫瘍から出血して、

銀色の毛並を赤く染めていた。

あの赤黒い巨人からは、腫瘍持ちの気配を感じた。

森から離れていたとはいえ、銀はその影響を受けたのだろう。

「あ、あのさ、銀ちゃん・・・」

葵は銀の傷を見ようとすると、銀の鋭い牙が音を立て始めた。

「わ、わかったってば。

ごめん」

葵は仕方なく手を引いて、双子に目をやった。

白か金の中間に位置する、透き通るような色の髪が見える。

双子の金色の睫毛は、肌の色も白さのせいで、

溶け込んでしまっている。

「ほんとに、外国の子だわ」

着替えと手当てを済ませた結希がやってくると、

葵の隣に腰かけた。

キーラに殴られて痛々しかった傷は、

すでに女神の噴水が癒しているが所々赤みが差している。

「なんとかなりましたね。

三毛さんと、虎さんは?」

「外に見回り。

前、トロルに追跡されたから、念入りにするんだって」

葵は赤黒い巨人を思い出して、寒気がした。

「葵さん。大丈夫ですか。

顏が真っ青ですけど」

「うん。

でも、怖かった・・・。

あのさ、結希」

「なんですか?」

結希が葵に顔を向けた。

「夢の中で、フォルトゥーナ様が言ってた。

あいつらはやっぱり、弟さんがやったんだって」

「きいたんですか?」

「うん。

話したくなさそうだったけど、無理矢理聞いたの」

フォルトゥーナの悲しそうな表情を思い出す

「僕には、姉弟がいないからわからないんですけど、

きょうだいであっても、分かり合えないことがあるんですね」

「うん。

あの2人は、お互いに大切に思っているからこそ、

すれ違ってしまうみたい」

「神様なのに、すれ違ってしまうんですね」

しばしの沈黙のあと、

過去に憂いがあるものだけが放てる光を瞳に宿して、

結希が口を開いた。

「僕達と、あの子達は、うまくやっていけますかね?」

「最初から、盛大にすれ違ったもんね。

ぼこぼこに殴られてさ」

茶化すと、彼にしては珍しく顔を赤くしていた。

「そうですけど・・・」

「そうですけど、何よ?」

「・・・すみませんでした」

「反省したなら良し」

「お・・・弟の方がキーラで、

お姉さんがソーニャでしたよね」

「うん。そうだけど」

結希は大丈夫?と、葵は口の中でそっと呟いた。

殴られるというのは、辛いものだ。

ずっと平野やクラスメイトにやられていた葵にはわかる。

表面的な傷は消えても、こころの傷は簡単には消えない。

そんなことを思っていると、

結希が「苦労したんだなぁ」と独り言を言ったので、

葵はため息をついた。

本当に自分を顧みない人だ。

「そうです。

でも、それは結希だって同じでしょう?」

結希へ強い視線を送る。

「う、うん」

彼が申し訳なさそうに目を閉じると、

それはそれで、言葉と態度で傷つけたみたいで辛かった。

「ごめんなさい。

責めたいわけじゃないの。

でも、結希だって傷ついてきたんだから。

自分のことを軽く見ないで」

結希はしばらく黙っていたが、こちらから目をそらすことはなかった。

そして。

薄いガラス細工のような笑みを浮かべて、

「ありがとうございます」と言ってくれる。

葵はようやく溜飲を下げて頷いた。

「この子達は、

フォルトゥーナさんが寄越してくれたのかな?」

「うん。きっとそうだよ。

フォルトゥーナ様から、お願いって言われたし」

「わかった。じゃあ、頑張るしかないね」

結希は迷うように手を差し出してきた。

「葵。

ご協力よろしくお願いします」

恥ずかしそうに言った顔が可愛すぎて、

頭痛の生じそうな脈動が呼吸を苦しくさせる。

どぎまぎしながら、結希の手を握った。

「うん。

こちらこそ」

「ありがとう」

心臓の音が結希に聞こえている気がして、

思わず一歩離れた。

「ご飯作ってあげなきゃ。

2人とも、きっとお腹空かせてるから」

「うん」

双子の見守りを銀に任せて、

葵と結希は一緒に食事の準備を始めた。

葵は湯煎を出し、結希は双子がテーブルにつけるように、

奥の事務所から椅子を2つ持ってきた。

「そういえば、この子達はどこの国から来たんですか?」

問いに答えられない葵は、思わず手を止めた。

「た、確かに・・・どこの国なんだろ。

考えたこともなかったわ」

「言葉わかんないですよねぇ」

2人は並んで、温かくなりつつある湯煎の前に立った。

「結希は、英語話せる?」

「いや。もう、完全に忘れてました。

葵さんの方は、まだ現役でしょう?」

「い、いやでも、話したことなんてないし。

そもそも、あの子達が英語話せるとは限らないし・・・」

「そうですよね。

でも、異文化交流ってあるし。

きっとどうにかなりますよ」

どうにかなる、と葵はその言葉を脳内で反芻した。

どうにかなるって、いい言葉だ。

結希の胸に触れたくなる。

触れて、顔を押し付けて、身体を抱きしめたくなる。

彼に抱きしめてほしくなる。

顔が熱くなってきたのに気付かれないよう、

葵は湯煎の方に手をやった。

慌てて手を出したので、鍋に当たって湯が跳ねた。

「あつ」

「大丈夫ですか」

結希が葵の手首を優しく掴んで、まじまじと見た。

爪を切っていないので、あまり見ないでほしい。

それよりも、結希が近くに来たせいで、

違う熱さが顔面にこみ上げてきて困る。

「だ、だいじょうぶだよ」

手を引き寄せられたのを良いことに、

葵はそのまま結希の腕の中に入り込んだ。

「ちょ、葵さん」

「うへへ」

葵の脳は痺れて、自分の思うままに動いてしまう。

腕の中で顎を上げると、すぐそこには相手の顔がある。

「結希。

私・・・」

葵がそう言った時、背後で子どもの泣き声が聞こえた。

あの双子が目覚めたのだろう。

「ソーニャ。

キーラ」

悲しい声を上げている方へ向かうと、

双子は怯えながら抱きしめ合っていた。

双子はすぐ傍で見守ってくれていた銀に、

ひどく怯えているようだった。

「ああ・・・銀ちゃんにびっくりしたのね。

怖くないのよ。銀ちゃんは。ほら」

葵は銀を手招きしたが、まったく動こうとしなかった。

「もう。銀ちゃんってば、ちょっとこっち来てよ。

怖がってるのよ」

葵は、結希と一緒に協力して、

銀の体を押しやり、徐々に双子から引き離す。

銀は心外だ、というように鼻を鳴らすとじりじりと離れて行った。

双子は銀が離れてしまうと、今度は結希を怖がり始めた。

あからさまな態度ではないものの、かなり警戒しているようだ。

「ゆ、結希」

葵は結希を見た。

あんな態度を取られては、きっとショックだろう。

「結希。ここは、私に任せてっ」

「え」

「いいからいいから」

葵は結希の背中を押して下がらせた。

しかし、内心途方に暮れていた。

「・・・ふ、2人とも、怖かったね。

こわーい狼さんとお兄さんはどっかに行ったからね~」

精一杯の笑顔で話しかけるが、2人の表情は硬い。

2人の姿は、壁に飾られた名画のようで、とても遠くに見えた。

一歩前に出ると、葵は膝をついてオイルランプをゆっくりと

双子に寄せるように置いた。

「大丈夫。

だいじょうぶ」

両手を出して何も持っていないこと、

何もしないことをアピールする。

少しは安心してくれるだろうか。

その時、甘い香りが辺りに漂ってきた。

失禁したソーニャが、大きな声で泣き出した。

「あららららっ」

キーラの方も声は出さないが、目に涙を浮かべている。

「ああ。どどど、どうしよう」

葵はどうしたらいいのかわからず、混乱した。

「どうしよ。どうしよ」

だが、このまま放ってはおけない。

葵は四つん這いになって、少しずつ進む。

「大丈夫よ~」

必死に声をかけているが、泣き声はひどくなる一方だった。

キーラが履いていた靴を葵に投げつけてきた。

「いでっ」

それは頭に直撃したが、

葵はめげずにじりじりと近づいていった。

やがてキーラの顔が引き攣り始めたところで、

ソーニャの髪から白い蛇が跳び出してきた。

「ぎゃーーー!!!!!」

葵はよりによって火傷をした指を噛まれ、

痛みと恐怖で絶叫した。

「いやーうおうおっ。

やめーー!!」

噛まれた手を振り回すと、白い蛇は口を離してするすると

ソーニャの元に戻っていった。

葵は泣きながら結希の所まで走って、その腰にしがみついた。

「な、ななななな・・・・ゆゆゆ結希・・・。

あ、あわわわ・・・結希。蛇が、火傷が・・・」

「蛇でしたね。真っ白な」

葵がソーニャの首に巻き付いている蛇を指さして言うと、

結希は「み、見てましたよ。頑張りましたね」と

頭を撫でてくれた。

「ふ・・・くく。くくく」

口を押さえていた結希が、急に吹き出す。

「ぐふっ・・・ふふふふ。でゆふふふ」

「お、おいっ。なに笑ってんだ。ばか!!」

「だ、だって、ブフォっ。でゆふふふふっ」

頭にきた葵は、結希の背中を何度も叩いた。

「ばか、ばかぁ。

私だって、頑張ったんだからぁ!」

叩いている内に、少しだけ葵も面白くなってくる。

「でゅふふうっ。うふふふ」

結希がこんなに笑うのは初めてかもしれない。

「えへへ。

結希ったら、まだ笑ってる」

やがて笑いが収まってきたのか、結希が双子を指さした。

「葵さん。見てくださいよ」

「え・・・?

ああっ!」

ソーニャも結希のように、無邪気に笑っていたのだ。

キーラはまだこちらに警戒しているが、

初めて出会った時のような鋭さが消えていた。

葵は自然と肩の力が抜けていく。

「ああ・・・わらってる」

「怪我の功名ですね・・・。

うふふふふ」

結希の脇腹を肘で小突く。

「うるさいばか。笑いすぎなんだよっ」


   ◇


別室で服を着替えたソーニャとキーラが、

葵に連れられてやって来た。

着替えている間に、双子は葵と打ち解けたようで、

口々に何かを話しかけている。

ソーニャは結希の持っていたTシャツ、

キーラはこれも結希のパーカーとハーフパンツを着ていた。

2人とも洋服のサイズが大きすぎて、

着ているというより被っている様相だ。

「大きいですね」

「ま、仕方ないでしょ。とりあえずだし」

葵は笑顔で言ったが、

結希の顔を見ると思い出したように憮然な顏をした。

「まだ怒ってるんですか」

「違うし」

白蛇に噛まれたのを結希が笑ったことを、

まだ根に持っているようだ。

「あんた1人でご飯作ってよね。

今日はもう手伝わないからっ」

「はいはい」

1人食事の準備をしている間、ホールには幾度も笑い声が上がった。

見てみると、葵はキーラとソーニャに手遊びを教えていた。

葵がキツネやワニ、チョウなどの動物を手で作ると、

鳴き声をマネして双子に見せる。

言葉は通じなくてもジェスチャーを交えて、

楽しくやりとりをしていたのだ。

背を丸めて双子と視線の高さを合わせ、

目を細めて笑う横顔。

そこには、人知を超えた美しさと尊さがあった。

苦しみに似た、突き刺すような愛しさがこみ上げてくる。

「どうやって覚えたんですか。

それ」

「小さい頃に、本で読んだの」

「図書館の本?」

「ううん。

お母さんが買ってくれた本」

ソーニャが葵に抱きついて、

彼女の手がどうなっているか確認し始めた。

「お母さんが、よく見本をみせてくれた」

キーラも寄ってきて、2人は葵の手を交互に触り始めた。

「この子達みたいに、私はお母さんの手に触れて、

どうやって作ったらいいか、習ったの」

葵が蝋燭に火を灯すような笑顔を浮かべる。

「僕にも教えて下さい」

「嫌だ」

食事が出来た頃、3人はくすぐり合いっこをしており、

もはや完全に打ち解けてしまったようだった。

テーブルに結希が近づくと、

双子は葵の影に隠れながらこちらを見た。

特にキーラは、結希への警戒度が高い。

「ねぇ。

結希。今ちょっと寂しいと思ったでしょ」

「え」

葵が大きな目を細くしたり、

大きく開いたりしておどけてみせる。

「寂しいなら、さっきのことをちゃんと謝りなさいよ」

頬杖をついて彼女はほくそ笑んだ。

「え」

「え。じゃないわよ」

葵は人差し指で結希の胸をつついた。

「ほら、はやく」

「ご、ごめんなさい」

「許しません!」

下げた顔を上げると、葵は両腕を組んでいた。

「ちゃんと反省してるのかぁ?」

「はい。

ごめんなさい。申し訳ありません」

「申し訳、なく思ってるのかぁ?」

「はい」

葵が口元を隠した。

笑いをこらえているのだ。

「お、くくく・・・。お前はぁ、反省・・・ぷぷ」

葵が大声で笑いだした。

「な、なんだよぅ」

「だって、会社員みたい」葵が手を叩いて笑った。

「会社員だったんだよ・・・」

「さすが、頭下げ慣れてるねー」

葵にからかわれて、結希は完全に降伏した。

「はいはい。悪かったって」

「ハイハイ。ワルカッタッテ」

その時、ソーニャが結希を真似して言った。

言葉も発音も完全に日本語だった。

「え。すご」と葵が言うと、ソーニャは「エ、スゴ」と言った。

「ソーニャ、日本語話せるの?」

「ソーニャ、ニホンゴハナセルノ?」

ソーニャがまた葵の台詞を復唱する。

話せるわけではなく、繰り返しているだけのようだが、

それでも十分すごいことだ。

葵とソーニャは結希のセリフを何度もくり返して笑い始めた。

「はいはい。悪かったって」

「ハイハイ。ワルカッタッテ」

「・・・なんなんだよ。もう」

「「ナンナンダヨモー」」

今度はキーラもソーニャに混ざって言った。

最初は文句を言っていた結希も、最後には一緒になって笑ってしまう。

「はぁ・・・笑い過ぎてお腹痛い」

「そろそろ食べよっか」

結希はキーラとソーニャの前に屈みこんで、

ジェスチャーで食べる仕草を繰り返した。

ソーニャは目を丸くして何度も頷く。

「よーし!準備するかぁ」と結希が腕まくりをすると、

ソーニャが「ヨーシ!ジュビスルカァ!!」と真似をする。

葵に隠れていたキーラも、

遠慮がちにジュビンビスルカァ、と呟いた。

キーラとソーニャが結希の隣に来た。

「手伝ってくれるのか?」

「テツダッテクレルノカ?」

結希は笑った。葵のおかげで、

双子が結希に対して少しは安心したのかもしれない。

温めたカレーに加えて、先日葵が倉庫から見つけてきた、

シーチキンとサバ缶を出してきて平皿によそう。

「テツダッテクレルノカー」と言いながら、

ソーニャとキーラがお皿をテーブルに並べていく。

「いただきます」結希と葵が言うと、

「イタダキマス」双子も続いた。

双子はお腹が空いている様子なのに、

互いに譲りあいながら食べていた。

ふと、視線を感じて顔を上げると、結希は双子に見られていた。

青と灰色の中間みたいな色の瞳が4つならんでいて、

見ていると、魔法にかかったような不思議な気分になる。

食べ終わった頃、小さな光が横切った。

「え」

光はふわふわと羽虫のように宙を漂いながら、

天井にぶつかると方向を変えてまたふわふわと飛んでいく。

「なんだ。あれ

葵さん、ちょっと見て」

「あ、蛍?」

葵が大きな目を見開いて、何度も頷く。

「わ。すご。初めて見た!

でも、蛍って時期今だっけ?」

葵が首を傾げた。

「でも、ちょっと蛍とは色が違いますよね。

白っぽいし、けっこう明るいし」

よく見ると、光はいくつもあり、

ソーニャとキーラの周りを旋回するように飛んでいた。

「ホールは暗いから、ちょうどいいかもね」

しばらくの間、ぼうっとした様子で光を見ていた葵が呟いた。

「うん。そうだね」

結希は光を見ているふりをして、葵の顔を見ていた。

隣に座っていたソーニャが、結希の肩をつついた。

「ん?」

ソーニャは葵と結希を交互に指さしてから、

両手でハートの形を作った。

結希に、「葵のことが好きなのか」と聞いているのだとわかる。

結希は慌てて、ソーニャの手元を葵に見せないように隠した。

「○×□△!」

ソーニャは何かを言うと、きょろきょろとよく動く目を細める。

返事をしろと言いたいのかもしれない。

刹那的にならざるを得ない生活と、ソーニャの天真爛漫さと、

葵への真心が、結希を首肯させるに至る。

ソーニャは満足そうに微笑むと、

もとの席に戻り嬉しそうにキーラに話しかけ始めた。

きっと、今のやりとりを報告しているのだろう。

ソーニャとキーラは順応が早い。

子どもの頃の結希は、

こんなにも早く周りと打ち解けられなかったと思う。

「結希。ちょっと」

食器を片付けたところで、結希は葵に手招きされた。

「洗濯終わったんだけど、もっと物干しが欲しいです。

あと、この子達にちゃんとした下着と服を準備しないと」

葵が難しい顔をしたまま指さした。

そこには、事務所から出してきたいくつかのテーブルがあり、

濡れた洗濯物が広げたままになっている。

物干しと服はこれから必要になるだろう。

「そうですねぇ。

倉庫になにかあるかもしれないから、

見に行ってきます」

結果から言うと、物干しになるようなものは見つからなかった。

だが、スタッフ用のロッカーからたくさんのハンガーを見つけた。

ホールに戻ると、キーラがビニールひもを編んでいた。

独特の編み方だったが、すでに数メートル分のロープが完成している。

「○□っ!」

キーラはパイプいすの端にロープを括りつけると、

噴水の装飾のやや高い場所を指さした。

丁度括りつけられそうな場所がある。

キーラの指示を確認しつつ、ロープを結んだ。

次にキーラはハンガーをいくつか取って、

フックの部分を編んだロープの隙間に差し込んだ。

「ほうほう」結希は感心した。

これならロープが多少斜めになっていても、

ハンガーが滑り落ちていかない。

「キーラは賢いなぁ」

大人びている感じはあったが、その印象通りキーラは頭が良い子のようだ。

結希はキーラに手を伸ばすと、頭を撫でようとした。

キーラはその手を払い、後ろに下がった。

「◇◇□っ」

「ああ。

ごめんな」

距離の取り方を失敗したことを、結希は素直に謝罪した。

洗濯物を無事干し終わると、葵に呼ばれた。

「結希。

ちょっと来て」

テーブルまで行くと、その上に先程の白い蛇がいた。

「おお。

葵さんを噛んだ蛇」

「それはもういい」じっと睨まれる。

よく見ると、白蛇の尾には妙なものがついていた。

それは、花だ。

「葵さん。

蛇の尻尾に、花が咲いてますよ」

「そう。不思議なの。

触らせてもらったんだけど、生花だった」

「本当に?」

「うん。不思議な蛇なの」

ソーニャが鯖缶の中身をスプーンで掬い、

口の前に出すと、白蛇が素早い動きで食いついた。

「おお」

すると妙なことが起こった。

白蛇の尾が光り、花が大きく開いたのだ。

花からいくつか、先程見た蛍のような光が飛び出てくる。

「ええ・・・」

ソーニャがきゃっきゃっと鈴のように笑いながら

結希を手招きする。

「□□□△○□□□△○・・・」

「さっきの蛍は、この蛇から出たの?」

結希が指さしとジェスチャーで訊いてみると、

ソーニャが頷く。

「ま・・・マジか」

続いてソーニャが白蛇に餌をやると、

尾の花が光を増して、また蛍が出た。

キーラが何かを言いながら、

結希に餌と、蛇と、花と、宙を舞う光を指さす。

「なるほど。

蛇に餌をやると、蛍が出てくるんだな」

「なるほど、じゃないわよ。

意味わかんないよ」

光が増えたおかげで、ホール内が結構な明るさになってきた。

もっと増やせば生活がしやすい明るさにできるかもしれない。

結希は頷くと、鯖缶を全部持ってきた。

「もっと食べさせるか」

「ちょ、ちょっと結希。

大事なご飯なのに」

「ここが明るくなったら助かりますよ」

「ま、まぁ確かに・・・」

缶詰を開けてキーラに渡す。

キーラとソーニャは交代しながら、

白い蛇に鯖を与えていった。

心配していた葵も、最後には一緒に餌を与えるようになる。

「綺麗・・・」

「そうだね」

ホールが明るく照らされるようになったので、

葵はオイルランプの灯りを消した。

缶詰が全部なくなると、両隣に双子が座ってきた。

「□△×・・・オド」

キーラが光を指さして言った。

「オド?」

結希が訊くと、キーラが頷いた。

「ああ、あの光は、オドっていうのか」

キーラと結希はしばし視線を交わす。

「君たちは、いったいどこから来たの?」

キーラが何かを言った。

内容は分からないが、なにやら間延びしたような言い方だった。

結希に分かりやすく伝えてくれているのかもしれない。

「ありがとう」

結希はキーラの優しさに礼を言った。

「アリガトウ?」

「そう。

ありがとう」

結希は頭を撫でようとするのをこらえて、

首を傾げたままのキーラに頷く。

「キーラ。ソーニャ。ありがと」

光は自由気ままにホール内を飛んでいる。

見ていると、疲れたこころが癒される気がする。

「アリガト」

「アリガト」「アリガト」とソーニャとキーラが言う。

「うん。

来てくれて、ありがと。キーラ。ソーニャ」

そっと背に触れてきたのは、葵の手だった。

「葵」

「結希。

良かったね」

「うん」

双子が生きていてくれてよかった。

笑顔になったとき、結希は頬に痛みを感じた。

笑いすぎて、頬の筋肉が痛いのだ。

こんな痛みがあるだなんて、信じられなかった。

生きていると、こんなことがあるんだな。

「「アリガトー。アリガトー」」

「ありがとー」

「ありがとー」

「アイガト―」

「ありがとー」

みんなで口々に言う。

頬の痛みに慣れてしまう日が来るだろうか。

来るといい。

楽しそうにしていると、三毛虎出てきて光を追いかけ始めた。

銀もホールに入って来た。

ソーニャとキーラは、もう怯えなかった。

「アリガトー」

「ありがとー」

一緒になって、みんながホールを駆け回る。

それを飽きずにずっと見ていた。

ありがとうございました。


参考文献は以下です。

『日本全国レトルトカレーの旅  ご当地&名店&料理人プロデュースのレトルトカレーを食べつくせ』

『世界の食文化 ロシア』


主に近所の図書館で借りて読んでいます。

次回は今週末に更新する予定です。

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