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4話 結希

4話目です。よろしくお願いします。

挿絵(By みてみん)

結希は小さく悲鳴を上げながら、目を覚ました。

寝汗でシャツが胸元に張り付いている。

シャツをつまんで引っ張りながら首を回すと、見慣れた自室の風景があった。

結希はリビングのソファーで、横になって寝ていたようだ。

掛け時計の時刻は20時過ぎを指している。

長い夢を見ていた。

真っ白な空間で、フォルトゥーナという地球創生の女神に出会い、

再び生を授かったのだ。

女神とはたくさんの話をした。

得難い言葉と、力を与えられた。

どんな内容だったか鮮明に思い出せる。

しかし、現実との乖離が激し過ぎて、

今となってはただの夢だったとしか思えない。

「・・・夢・・・」

体を起こし、うーんと背伸びをして立ち上がる。

今までになく、体が軽い。

今すぐどこかに走って行けそうだ。

少し寝て、体の調子が良くなったのかもしれない。

後ろ頭にできた寝癖を指先で解く。

結希はコーヒーを床に落としたのを思い出す。

テーブルの下を覗き込むと、落ちて凹んだ缶が見つかった。

拾い上げた瞬間、帰宅直後のうつうつとした

感情が浮かび上がってくる。

寒気のように、腰から首にかけて大きな震えが昇ってきた。

自分は全てに絶望して死のうとしたのだ。

背筋の汗が一気に冷たくなり、

せっかく栓を開けたコーヒーを飲むのも忘れる。

巻き付けていたネクタイを探し始める。

「ね、ネクタイ。どこどこ・・・」

結希は半ば転げるようにして、クローゼットまで走った。

「あっ。こ、これって」

薄暗いクローゼットの中で、引き千切られたネクタイが見つかった。

ネクタイは少し引っ張ったぐらいでは千切れない。

人間以上の力を持つ者によって、強烈な力が加えられたのだ。

脳裏に青い瞳と長い銀髪が浮かんで消えた。

「ほんとに・・・ほんと?」

結希は夢遊病のようにうろうろしながらリビングに戻る。

ネクタイをテーブルに置いたり、また掴んだりと数度繰り返す。

とりあえず落ち着かなくては。

震える手で、ぬるくなったコーヒーを口に運ぶ。

なじみのある風味と苦みのはずだが、なんだか口に合わない。

まるで違う飲み物のようだ。

結希はいつもコーヒーを飲んでいた。

大人達を真似して飲むようになったのがきっかけだった。

最初は苦くて飲めたものではないと思ったが、

慣れてきたら平気になって常飲するようになった。

ことあるごとにコーヒーを飲んでいた理由の一つは、

みんなが飲んでいるものだから選んでも

目立たないということにあった。

取引先と喫茶店で待ち合わせをしたり、

職場で飲み物をもらったりするとき、

とりあえずコーヒーを選んでおけば、誰も気に留めない。

目を引くことも、間違ったと咎められることもない。

結希にとって、周囲の誰かの真似をすることは、

うまく社会に溶け込む方法だった。

自分は自立しており、好きなように生きていると思っていた。

だが、本当は自由なようで自由でなかったのかもしれない。

今の結希は、冷静にいろいろなことを考えることができる。

起こったことを振り返ってみる。

職場に行ってすぐに懲戒解雇を言い渡され、

結希は家に帰ってきた。

来月から給料は一切出ないので、仕事を見つけなければ

いずれアパートも出ていかなければならなくなる。

自然とため息が出てきて、薄暗い気分になった。

気持ちを切り替えるために、うーんと、背伸びをする。

テレビをなんとなくつけてみるとニュース番組がやっていた。

ニュースは悪い内容ばかりだ。

世界中の不幸を一気に浴びせられているようで不快になる。

だが、今日はなんだか見ていても平気だった。

目を背けて、テーブル上のサンドイッチを取る。

月が。世界の。何を象徴しているのでしょう。専門家の。

何かいつもと違う。

高揚した話し方に少し興味を抱いて、モニターを見る。

そこには大きく『突如月が現れる』『世界の終わり』

などとテロップが流されている。

大きく拡大された2つの月が映される。

「おお」

声を出しつつも本気にしてみることはない。

今の時代映像はいくらでも合成可能なので驚くことはないのだ。

テレビがやらせや嘘の報道をしていることなど、

いまや中学生でも知っていることだ。

だが。

テーブルに置かれたままの千切れたネクタイ、首を吊った時の苦しみ、

フォルトゥーナの声、抱かれた感覚。2つ目の月。

頭の中で、それらがパズルのように組み合わさっていく。

遠くで誰かが、鐘を鳴らしているようだった。

音は徐々に近づいてきている。

全身が粟立つのを感じながら、結希は窓際に向かう。

ベランダを出るまで、怖くて空を見ることができない。

冷たい外気が頬を撫でる。

おずおずとしながら顔を上げると、

見たことのない光景が目に入った。

「・・・ああ」

結希の声の半分は、口の中にあるサンドイッチに吸収された。

残り半分はくぐもった音になって、階下に落ちていく。

夜空には、夫婦のように寄り添って浮かぶ2つの月がある。

月の発する白い光が信じられない程明るく、街を照らす。

まるで神の威光を恐れる民衆のように、

コンクリートの建物のひとつひとつが

月に向かって傅き首を垂れる。

とても幻想的な光景だった。

油断すると、体がぐらりと傾きそうになる。

何が現実で、何が夢なのか、境目がわからなくなる。

たくさんの記憶、たくさんの言葉が走馬灯のように、

結希の脳裏を通り過ぎていく。

一人で過ごした長い時間や、

両親や教師、上司や同僚の言葉。

それらどの言葉よりも、結希が信じようと決めたのは女神の言葉だ。

<あなたが頑張って作りなさい>

フォルトゥーナの言葉は、胸の中でまだ湿り気を帯びている。

口に入れたままのサンドイッチを噛みしめて、飲み込む。

「・・・やってみます」

結希は生まれて初めて誓いを立てた。

「クリス・クロス 混沌の魔王」 という本を参考にしています。


この本は私が生まれて初めて読んだ小説です。

夢か現実か区別がつかない時、主人公がある方法でその問題を解消しました。

その場面がとても好きです。


次話は来週に投稿いたします。

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