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35話 キーラ

35話です。

よろしくお願いいたします。

キーラは知らない森の中で目を覚ました。

木漏れ日が手に当たって暖かい。

「あ・・・そうだ!」

慌てて周りを見回すと、傍らにはソーニャが呑気な顔で寝ていた。

キーラはほっと胸を撫で下ろした。

ソーニャの顔をまじまじと見る。

キーラは双子の姉であるソーニャを、

特別美しい女だと思っていた。

きっと、大人になったら女優のように

美人になるに違いない。

身内のひいき目というものがあるかもしれない。

でも、綺麗なソーニャは、いつも男に人気だった。

ソーニャは自分の美しさに気付いていない。

それこそが美しさの正体だとキーラは知っている。

小さな頃から、自意識過剰で気取ったヤツが嫌いだった。

建前ばかり大切にして、格好をつけて、

肝心なときに何もできない大人達も嫌いだった。

そうなると、好きなのはおじいちゃんとおばあちゃんと、

ソーニャくらいになってしまう。

実際、そのせいで1人も友達が出来なかったのだが、

困ったことは一度もない。

「ソーニャ。起きて」

体をゆすると、ソーニャは目を開いて欠伸をした。

「ここどこ?」

「わからない」

キーラはフォルトゥーナに、

異国と故郷どちらが良いか聞かれたとき、異国だと答えた。

だからきっとここは異国だろう。

見渡す限りの緑を見て、キーラは少しだけ後悔した。

異国であっても、人がいる場所に行かされると思ったのだ。

誰もいない場所で、しかも地理もわからないのでは、

これからどうしたら良いのかわからない。

だが、こうなる可能性について、キーラはちゃんと考えていた。

それでも、結局異国を選んだのには理由があった。

フォルトゥーナが生き返る場所について、

選択肢を与えたからだ。

キーラもソーニャもまだ子どもだ。

自然な流れに沿えば、故郷に戻ることを選ぶだろう。

しかし、フォルトゥーナとの会話にはルールがありそうだった。

それを冒すギリギリのラインで、ヒントを与えてくれたように、

キーラには見えた。

だからきっと、異国という選択肢があるということ自体に、

重大な意味があるとキーラは予想したのだ。

「選択は、間違ってない」

自分にいいきかせる。

とはいえ、深い森の中に子ども2人という状況は、

今のところ絶望しかない。

これからどう動くか、間違えないようにしなければ。

「ソーニャ、声を小さくして。

森には野生の獣がいるかも」

「うん・・・」

まだ寝起きのソーニャがぼんやりと頷いた。

ソーニャは頭が良く、前向きで精神力も強いが、

やや浮世離れしたところがあり、

厳しいサバイバルには不向きな性格だ。

自分がしっかりしなければならない。

周りに気を配っている途中で、

キーラはソーニャのお尻に敷かれた黒い本を見つけた。

確か、『賢者の真心の王国』という大層な名前の本だった。

「ソーニャ。僕の本」

ソーニャが慌てて、本の上からお尻を上げて謝った。

「わざとじゃないの」

『賢者と真心の王国』についた泥汚れを払っていると、

手にソーニャの温かさを感じた。

キーラは本を開くと、中身を読んでみた。

「なんだこれ・・・」

1ページ目には、元素記号とその説明。

2ページ目には、子猫の写真集。

3ページ目には、ドイツの詩。

4ページ目には、80年代風の古い漫画。

5ページ目には、素数についての説明。

あまりに統一性の欠ける内容だったため、キーラは戸惑った。

ソーニャが横から本を覗き込んでくる。

「お花の図鑑ね」

「お花じゃないよ。詩が書いてあるんだ」

「でも、チューリップの写真があるわ」

ソーニャが本を指さして「ここにピンクのチューリップ」

「そこには、Aが書いてある」

「いいえ。チューリップの花びらよ」

ソーニャの横顔は不満そうではあるが、真剣そのものだ。

「そんなはずない」

だが、ソーニャが嘘を言っているようには見えない。

キーラは本の角度を変えて見た。

「レンチキュラーじゃないのかっ!

見ている人によって見えるものが違うなんてありえないよ」

キーラは2ページ目に戻った。

すると、そこに書いてあるはずの素数の説明がなかった。

「・・・!

このページには素数があったのに」

代わりに、太陽暦と太陰暦について記述されている。

「あら、ここには養蜂箱ね。おばあちゃんが上手だった」

「養蜂箱?

太陽暦じゃなくて?」

ソーニャがページをめくる。

「今度はページいっぱいのヒマワリね」

「ヒマワリ?

中国語じゃあなくて?」

「うん。ここに写真と説明が載ってる」

わけがわからない。

1ページ目に戻ると、そこには元素記号はなく、

黒人奴隷制度の歴史について書いてあった。

「やっぱりさっきと違う。

それに、内容がとりとめない」

「とりとめ?」

「まとまりがないってこと」

「お花と生き物の図鑑よ」

「ソーニャにとってはそうなのかもしれないけど、

僕にとっては違う」

「キーラ何言ってるの?

わけわかんないわ」

「僕もわかんないよ」

キーラは困惑したが、

ソーニャは『賢者の真心の王国』を見て喜んでいる。

「とにかく、今はこの本は役に立たない」

めくるたびに内容の変わる魔法の本も、

サバイバルに関してはまったくの役立たずだ。

「火おこしにくらいは使えるかもしれないけどね」

「まぁ。ダメよキーラ。

フォルトゥーナにもらった大事な本なのに」

「ああもうっ。何が『賢者の真心の王国』だ。

名前負けもいい加減にしろ」

キーラが立ち上がると、ソーニャもお尻を払いながら立ち上がった。

「そういえば、ソーニャの蛇は?」

訊くと、ソーニャが両手を合わせて小さくジャンプした。

「ああっ。そうだった。あの子はどこに行ったんだろ」

おーい、おーいとソーニャが呼ぶと、

長いプラチナブロンドの隙間から白蛇が現れた。

「わぁ!」

キーラは一歩下がってソーニャの首元を指さした。

ソーニャが首に触れると、白蛇が音もなく腕に巻きついた。

「まぁ、お利口ね」

「蛇が頭にぶら下がっていたのに気付かないなんて、

ソーニャは本当に鈍感だ」

更に後退り、キーラは言った。

「そんな言い方しないで。

この子は軽いから、わからなかったのよ」

ソーニャの落ち込む顏を見て、キーラは後悔した。

ソーニャは鈍感ではなく、何事にも集中する質なだけだ。

それなのに、ついついキーラはソーニャを

傷つけることを言ってしまう。

謝ろうと思ったが、ソーニャが白蛇に指先を舐められたことで

すぐに機嫌を直してしまったので、キーラは永遠に機会を失った。

いつものパターンだ。

「なにか言った?」

「なんでもない」

「見て見て。可愛いでしょう」

ソーニャが無邪気な様子で、

白蛇を目の前に差し出してくる。

白蛇は赤い目をこちらに向けて、瞬くように舌を出した。

「うわ。そんなに近付けないでよ」

「ふふふ。キーラったら、怖がってるのね」

「怖くなんてないよ。本を落っことしそうになったから、

驚いただけだよ」

「その本素敵ね。キーラにぴったりよ」

ソーニャはキーラが一生言えないような言葉を口にする。

その白蛇は、ソーニャの綺麗な髪にぴったりだ、

なんて歯の浮く台詞はキーラには絶対言えない。

賢者の真心の王国は、下地は黒だが

カバーの四方と真ん中に大きなメダルがはめ込まれている。

真ん中のメダルが一際大きく、おそらく素材は本物の金だ。

曼荼羅のような模様が、赤い特殊な絵具で描かれている。

あまりに細い線で緻密に描かれているので、

かなり時間をかけて作られたか、

高名な職人の手によって作られたものだと分かる。

「まぁ。確かに凝った装丁だな。

でも、今はなんの役にも立たない。

ページのおかしくなった、ただの本だよ」

キーラの辛辣な一言に、ソーニャは目を細める。

「またそんなこと言うんだ」

「それより、これからどうするかを考えなくちゃ」

キーラが周囲に目を配ると、

真似をするようにソーニャも周りを見渡した。

「木。木。木。木ばかりね」

「そうだよ。森の中なんだから、木ばっかりだよ」

「あら、うまいこというのね。

いつの間にジョークなんていうようになったの?」

「ジョークじゃないよ。そのまんまの意味だよ。

こんな時にジョークなんて言わない」

キーラはソーニャと一緒に森の中を歩きながら、

たくさんのことを同時に考えていた。

それなのに、能天気なソーニャのセリフがひっきりなしに

飛んでくるのでだんだん不機嫌になってくる。

「あのさ。ちょっと静かにしてもらえる?

僕だっていろいろ考えてるんだ」

「知っているわ」

ソーニャのきっぱりとした言い方に不意をつかれて

キーラは二の句が継げなくなった。

「な、なんだよぅ」

「キーラのことだから、小難しいことを考えているんでしょう。

あんまり考え過ぎると、身体に毒なんだから」

「そんな言葉、よく知ってたね」

「キーラの考えてることを、教えて」

どうせわからないよ、と伝えたがソーニャは首を振った。

こういう時のソーニャは頑固だから、きっと折れてくれない。

キーラはため息をついてから、話し始めた。

「まず。生き返ったのがどういう原理なのかわからない」

「まずそこからなのね。確かにそうね」

「とりあえず、間違いなく僕らは死んだ。

お義父さんに撃たれて」

「私も覚えてる」

「でも、ここにいる。見たことのない木ばかりの森に。

それに、フォルトゥーナにも会ったばかりだ」

「生き返ったのよ。神様に出会って。

この子と、その本が証拠よ」

「この本も、その尻尾に花の咲いている妙な蛇も、

普通じゃない」

「そうね。神様にもらったんだから、普通じゃないのも当然よ」

「普通じゃないのも当然だという文章自体が、普通じゃないよ」

「そうね。もうわけわかんないわ」

「わけわかんないんだよ。

子どものころから、科学で説明できないものは

信用しないことにしているのに、

さっきから、そういうことばかり起こるんだ!」

キーラとソーニャは歩くのに疲れて一休みする。

「あのさ・・・」

「なによ」

「その蛇の尻尾の花から出ている白い光は

一体何なんだ。虫でもなければ、光線でもない」

キーラは頭が痛くなる。

「オドでしょ?」

「オド?」

「フォルトゥーナが言ってたわよ」

「ああ。そうだった。オドね」

ソーニャは人の話を聞いていないようで、よく聞いている。

そして一度覚えたことは絶対に忘れない。

覚えたものの本質をしっかり捉えているかどうかは知らないけれど。

「でも、オドなんてものは科学では実証できてない。

それにオドって、ゲームとか物語に出てくる魔力のことだ。

そんなものあるわけないじゃない」

ソーニャが白蛇の尾にある花に留まっている光を指さす。

「でも、そこで飛んでるわよ」

ソーニャは指先でオドが触れたが、透き通って飛んでいく。

「実体がない。触れられないんだ。

それなのに、なんでそこにあるんだよ」

オドはソーニャの周囲から離れず、

まるで生き物のように飛び回っている。

「頭が痛い・・・。

存在を疑われるようなものが、

存在を疑いようのない形で存在している」

「キーラは難しく考えすぎるのよ。あるものはある。

ありのままよ。おじいちゃんの好きなレット一トビーみたいに」

「あれはちょっと意味が違うよ」

「まぁ細かい。どうせ私にはわからないわよ」

「それに、僕とソーニャの力は2つで1つらしい。

あの得体の知れない光を使って、僕がロボットを動かすんだと!」

「ゴーレムよ。ゴーレム。

そうね。私達ちゃんと力を合わせなきゃ」

状況も大して飲み込めていないのに、ソーニャが楽しそうに言った。

「能天気だ」

この姉は、死ぬ寸前なのに、

キーラを一人にすることを心配していた。

本当に能天気だ。

「その蛇に食べ物を与えると、尻尾の花が綺麗に咲く。

綺麗に咲いた花からは、オドが出てくる。

フォルトゥーナがいうには、オドは僕の本から出る力の燃料になる」

キーラが女神の言葉を上手くまとめると、

ソーニャは興味なさそうに返事した。

「おい。めちゃくちゃ大事なことだよ」

「上半分しか私にはわからなかったわ。

キーラがちゃんと考えておいて」

キーラはため息をついて、また本を抱えて歩き出した。

森で迷ったときはむやみに動かず、救援を待つ方が良い。

だが、キーラとソーニャの場合は、救援を待つという方法は叶わない。

なぜなら、フォルトゥーナ以外、

2人が此処にいることを知る者が居ないからだ。

さらに、フォルトゥーナはキーラとソーニャの故郷に、

もう人はいないと言った。

キーラの故郷には小さいが町があった。

そこから人がいなくなるなんてことがあるだろうか。

フォルトゥーナの言葉を完全に信じるなら、

世界はおそらく恐慌状態にある。

強力な伝染病以上の脅威、例えば戦争が世界に訪れたのだ。

「ロシアは戦争なんてしないはずなのに」

もし、キーラの予想があたっていたとして、

人々に身寄りのないキーラ達を助ける余裕などありはしない。

異国である此処も、故郷と同じく恐慌状態だったとしたらだが、

マイナス思考のキーラはこのくらいは予想しておきたかった。

休憩のあと、2人は1時間程歩いたところで、

完全に疲れ切ってしまった。

「キーラ。私疲れた。喉も乾いたし」

「はいはい」

森にはほんの少し傾きがあったので、上へ上るように移動していたが、

やはり素人の知識だけでは、森から抜けることは出来そうもなかった。

ソーニャが倒れた大木の上に腰かけたところで、

キーラは妙な音を聞いた。

小枝の擦れる音だ。

ソーニャの口を押さえると、

一本指を立てて静かにするよう指示する。

「犬か、狼かも」

キーラはゆっくりとソーニャを下ろして、

大木の下にある隙間に入らせた。

自分はソーニャの前で、本を盾にするようにして身を隠す。

キーラはともかく、これでソーニャは外から見えないだろう。

「キーラ。狼って、ほんと?」

「静かに」

息をするのも忘れて藪の方を見ていると、

そこから現れたのは巨大な狼だった。

だが、何かおかしい。

狼にはふさふさの体毛があるはずだが、そいつにはない。

赤黒い体表は、まるで皮をはがされた食肉鶏のようだ。

ソーニャが小さく悲鳴をあげた。

皮無し狼は悲鳴に気付き、短く唸る。

どす黒く染まった眼球は、正確にこちらの位置を捉えている。

風に乗ってきた異臭が、キーラの鼻を突き刺した。

吐き気を覚えるような臭さだ。

キーラは鼻をつまんで呼吸を押さえながら、

ソーニャにもっと奥に入るように伝えた。

皮無し狼がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

罠や反撃を警戒しているのだろう。

だが、こちらにはなんの作もない。

このままでは、キーラが食われるのも時間の問題だ。

何かできることはないか。

ソーニャだけでも助けてやりたい。

神にでも祈りたい気持ちだった。

しかし無慈悲にも、皮無し狼が一声上げるとこちらに走ってきた。

「うわ」

狼がものすごい勢いで本に噛みついた。

そいつに本を取り上げられないように必死になっていると、

他の狼が本と地面の隙間に鼻先を入れ込もうとしてくる。

キーラは何度も足を噛まれそうになった。

もうだめかもしれない。いや、きっともうだめだ。

「ソーニャ。僕が噛まれたら、ここから出て逃げるんだよ」

何もかもを覚悟してキーラが叫ぶと、

ソーニャが悲鳴を上げた。

「いやよ!!また離れ離れになるなんて」

「仕方ないんだ」

キーラは半泣きになりながら、入り込んできた狼に踵をぶつける。

反撃を受けた狼達は怒り、さらに攻撃を激しくした。

その時、キーラの真後ろで光が差した。

「?!」

狼の猛攻を防ぎながら、キーラが後ろを振り返ると、

ソーニャの体と白蛇が、オドと全く同じ光を放っていた。

「わ」

光がさらに大きくなると、

皮無し狼が怯んで後ろに下がっていった。

キーラは本の位置を直して防御の態勢をとりつつ、

ソーニャの顔を覗き込む。

「ソーニャ、体が光ってるよ。

どうしてこうなったんだ」

「わかんないわよっ。こんなの初めてなんだから!」

「おちついて。おちついて。

体が光るなんて、蛍じゃないんだから、もうやめなさい」

「こんな時におじいちゃんみたいな言い方やめてよ。あ」

ソーニャは突然目を閉じ、光に包まれた体をぐったりさせた。

「ソーニャ!」

キーラはソーニャの小さな体を受け止めながら、

皮無し狼を見た。

狼は光に慣れたのか、またこちらに向かってきている。

「うう」

ソーニャを抱えたまま、身を守るのは不可能だ。

どうしようもないと思ったその時、

ソーニャの足元から小さな茎が大量に生えてきた。

見たことはあるが、なんの植物だったか思い出せない。

それは恐ろしい勢いで成長していき、みるみる2人の太ももまで

這い上がってきた。

「なんだこれ!」

茎は2人を囲むように伸び、どんどん外に広がっていく。

茎には茨がついており、皮無し狼を外へ外へと退けた。

茎には小さな茨が大量についていたが、

なぜかキーラとソーニャの側には出ていない。

「そ、ソーニャがやってるのか」

そのうちキーラは茎に囲まれて、何も見えなくなった。

ありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

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