34話 ソーニャ
34話です。
よろしくお願いいたします。
キーラが怖い声でソーニャを呼んでいる。
もしかしたら、学校に遅刻してしまうかもしれない。
思ったソーニャは、掛け布団を跳ね除けて飛び起きた。
隣にいるキーラの顔以外は、全部真っ白に見える。
起きたばかりで目が眩しいのだ。
しばらくして目が慣れてきたが、
キーラ以外はやっぱり全部真っ白だった。
ソーニャは少し怖くなって聞いた。
「ここはどこ?」
「わからない」
キーラが頭を振った。家ではないことは確かだった。
「いま何時なの?」
「わからない」
キーラが機械のように、繰り返し頭を振った。
「・・・えぇ?!」
びっくりして声を出したら、キーラがじっとにらんできた。
ああ、良かった。
ここは知らないところだけれど、キーラはちゃんとキーラみたいだ。
不安になって落ち込んでいると、
キーラがいきなりソーニャを抱きしめた。
キーラの愛が伝わってきて、とっても気持ち良かった。
だが、ソーニャは少しずつここに来る前のことを思い出してきて、
悲しい気持ちになった。
「それじゃあ、ここは天国なのかしら」
ソーニャがキーラの腕の中で呟くと、
「ソーニャ。ごめんね」とキーラが言った。
「私も。おねえちゃんなのに、守ってあげられなくてごめんね」
キーラの体から、甘い匂いがする。
ソーニャは首筋に鼻をひっつけて、思う存分匂いを嗅いだ。
「くすぐったいよ」
キーラが体をもぞもぞと動かして離れる。
「私たち、死んじゃったの?」
キーラは天才なのだから、きっとなんでもわかるだろう。
しかし、「たぶん、死んじゃったんじゃないかな」
なんだか自信なさそうに言うものだから、
ソーニャは吹き出した。
「キーラでもわからないんだ。変なの」
「僕だって、なんでも知っている訳じゃないよ」
キーラが頬を膨らませる。
こんな無邪気なキーラは久しぶりに見た気がする。
「ねぇ。キーラはなんで死んじゃったの?」
「うるさいなぁ。そんなこと聞かないでよ」
キーラがそっぽを向いた。
「いいじゃない。私も死んじゃったんだから。教えてよ」
キーラの背中を指でなぞる。
こうするとキーラはくすぐったがって笑うのだ。
「や、やめてよ」
「うりうりっ。おねぇちゃんに教えなさいよ」
「やめろって」
「やめないわよ」
「・・・たんだよ」
「なに?」
「刺したの!!あいつを!」
ソーニャは言葉を失った。
「さ、刺したって・・・?」
「そう。刺したの。ペーパーカッターで」
ソーニャが引いていると、
キーラが「ほら、聞くなって言ったろ」
と両手をあげてため息をついた。
キーラがお義父さんを刺したなんて、信じられなかった。
「あんなに仲良かったのに。どうして?」
質問すると、キーラの目がたぬきみたいに大きくなった。
今度はキーラが言葉を失ったようだ。
「・・・それは。ソーニャを撃ったのが、許せなかったんだよ」
「お義父さんが、撃ったの?
私を?」
「そうだよ。それでソーニャは死んだんだ。
ここが天国だとすれば」
「ふえー・・・」
ソーニャは上を向いた。
「確かに、キーラが撃たれたら
私も同じことをしたかも。で、どうなったの?」
「すぐに撃たれたよ」
「キーラも?」
「うん」
「かわいそう。キーラ」
言うと、キーラは困った顔になって、黙り込んだ。
そして「ソーニャだって同じだろ?!」と叫ぶと走り出した。
すぐに追いかけた。
足はソーニャの方が速いので、すぐに追いつく。
「ねぇ。痛くなかったの?」
追いついて背中を軽く押したら、キーラが立ち止まった。
今度はこっちが逃げる番かしら。
そう思って準備をしても、キーラは下を向いたまま動かなかった。
顔を覗き込むと、キーラは鼻と真っ赤にして泣いていた。
「な、なんで泣いているの?」
キーラが鼻をすすってから言った。
「ソーニャを愛しているから」
「私も。愛してる。キーラ」
キーラを思いっきり抱きしめる。
抱きしめたまま右に左に体を揺らしていると、
キーラが笑ってキスをしてくれた。
ソーニャの方も、お返しにキスをした。
すると、声が聞こえた。
<ああ、遅れてしまったわ。ごめんなさい>
2人のすぐ隣に、とてもきれいな王女様が出てきた。
キーラがまるで王子様のように手を強く握って、
ソーニャを引き寄せる。
キーラは黙ったまま王女様を見ていたが、
王女様は優しそうで、とってもきれいだったので、
何だか困ったような顔をした。
<こんにちは>
王女様はキーラとソーニャの前に膝をついて言った。
ソーニャはため息をつく。
ちゃんとした王女様は、
子どもと話すときは膝をつくという迷信は本当だったのだ。
「こんにちは」
ソーニャは丁寧におじぎをしてから、王女様にキスをした。
王女様はお礼とキスを返してくれた。
恥ずかしそうにぞもぞしている弟のかわりに、
姉として立派にできただろうか。
「だれ?」
<フォルトゥーナよ>
フォルトゥーナ。
なんて王女様にふさわしい名前だろうか。
いや、もしかしたら女神様なのかもしれない。
<こんな可愛らしい子達が、5番目と6番目だなんて>
フォルトゥーナは泣きそうな声で言った。
キーラは一歩前に出て、ソーニャと並んだ。
「フォルトゥーナ。5番目と6番目って何?
僕らは死んだんですか?」
キーラが言った。
「大切な数から5番目と、6番目に死んだのが、
キーラとソーニャ」
女神様が2人を交互に指さして言った。
キーラとソーニャは顔を見合わせる。
「やっぱり! だから女神様に会えたのねっ」
「いやいや、得意げになるところじゃない」
「あら。女神様に出会えたのは良かったと思うけど・・・」
「まだ子どもなんだ。会うのには早すぎるだろ」
フォルトゥーナは悲しそうにしていたが、
2人のやりとりを見て、少しだけ穏やかになった。
<2人とも、本当に仲良しね>
虹のように光っているフォルトゥーナの手が
輪ゴムのように伸びて、ソーニャとキーラをくるりと包んだ。
<キーラ。ソーニャ。もう一度、2人で生き返りたい?>
「生き返れるの?」
<生き返れるわ>
「やった、生き返りたい!」とソーニャはすぐに返事をした。
生き返って、お庭の花の世話がしたかった。
「僕は嫌だ」
キーラが突然、
目の前で部屋のドアを閉めるように言った。
「な、なんでなんで?!」
ソーニャは言ったが、
キーラは無視してフォルトゥーナに怖い顔を向けた。
「ソーニャも僕も、今まで悲しいことばっかりだった」
キーラが目に涙をためて、今にも泣き出しそうだ。
その声を聞いていると、見ているソーニャまで悲しくなる。
「生き返っても、また悲しいことがあるに決まってる」
ソーニャは嫌になった。
キーラは頭が良い分、なんでも決めつける癖がある。
<そうね>
すぐにフォルトゥーナが言った。
このままだとキーラの意見が通ってしまう。
そう思ったソーニャは、思わず大きな声を出した。
「どうして?!」
キーラがソーニャの方を向いた。
ソーニャの気持ちがわかったのか、キーラが複雑そうな顔をした。
「ソーニャ。
どうせ、また撃たれるのがオチだよ」
<確かに、生き返っても、辛いことがあるだけかも>
天才児と、女神様から言われると、ソーニャも少しだけ
こころが揺らいだ。
「で、でも」
でも、違うかもしれない。
キーラとフォルトゥーナがこちらを見ている。
注目されていると思うと、ちょっと恥ずかしい。
ソーニャは得意になり、「また悪いことが起こるなんて、
なんで思うのよ?」と言った。
人差し指を立てて、先生みたいに振る舞ってみせる。
「私はキーラとお花があれば、どこでも住めるわ」
キーラが頬をふくらませた。
「お勉強はいつも一番でした。だから、大丈夫よ」
「い、いや、ソーニャ話を聞いてたの?」
「そこ、うるさいですよ。
ということで、2人とも生き返ります」
ソーニャはフォルトゥーナとキーラを見てにっこり笑った。
<キーラはどうなの?>
「僕はいやだよ」
<お姉さんだけ生き返ることになるけど>
「ああ・・・そうなると思った」
キーラがお手上げポーズを取る。
2人で生き返ることが決まった。
<キーラは何が好きなの?>
いきなりフォルトゥーナが聞いてきたから、びっくりした。
自分にも聞いて欲しい、という気持ちを抑えながら、
キーラの方を見た。
「ロボット」
<ゴーレムね>
「ちがうよ。ロボットだよ」
フォルトゥーナはキーラの訂正をきかないまま、
風のように2人から離れると、小指を蝶々のように舞わせた。
すると、1匹の蝶々が現れて、キーラの手にとまった。
キーラは蝶々を見て、驚きの声を上げた。
「これ、チョウじゃない!!」
ソーニャも顔を近づけて蝶々をよく見てみる。
白い蝶々は、なんと石でできていた。
「こんなもの、どうやって作ったの?」
キーラが訊くと、フォルトゥーナが穏やかな笑顔になった。
<この本。その名も『賢者の真心の王国』に書いてあります>
いつどこから持ち出してきたのかわからない、
不思議な模様の黒くて大きな本を、
フォルトゥーナはキーラに渡した。
「大層な名前だ」
キーラは抱えるほど大きい本を受け取りながら言った。
もし、動物の図鑑だったら、
世界中の動物の事が詳しく書かれているに違いない。
<その子がキーラを助けてくれるわ>
「その子って、ただの本だよ?」
<そうね。ふふ>
我慢の限界が来て、ソーニャは叫んだ。
「ソーニャの分は?!」
フォルトゥーナは左手を取って何かをつぶやいた。
すると、フォルトゥーナの髪の間から、白い蛇が顔を出した。
ぎょっとして体を反らせると、ソーニャは
「蛇だ!!」と大声を出した。
白蛇はフォルトゥーナの肩から腕まで降りて来ると、
顔を上げてソーニャを見ながら、舌をチョロチョロ出した。
<この子の尻尾を見てごらんなさい>
言われた通り、白蛇の尾に目を向ける。
尾には薄い桜色の花が咲いていた。
蛇の尾から花が咲いているのを、ソーニャは生まれて初めて見た。
しかし、花は美しいものの元気が無いようだ。
ソーニャはおそるおそる花に触れてから、フォルトゥーナを見上げた。
「元気がないよ」
<そうね。では、これをあげなさい>
フォルトゥーナは真っ赤でつやつやした実を渡してくれた。
「これは?」
<マンゴーよ>
「初めて見た!!」
ソーニャはマンゴーを受け取ると、白蛇に向かい合った。
近付いても、白蛇は気が小さいのか
マンゴーとソーニャの顔を交互に見比べているだけだった。
ソーニャは気の小さな白蛇に親近感が湧いてきた。
「この子かわいい!!
食べていいよ」
マンゴー差し出すと、白蛇は信じられない程に
大きく口を広げてマンゴーを一飲みにした。
「ぎゃっ!!」
手首も一緒に口の中に飲み込まれたので、
ソーニャは小さく悲鳴を上げた。
痛みはなく、手のひらはすぐに解放される。
「・・・」
白蛇はゆっくりと頭を起こして、ソーニャの親指を舐めてくれる。
「・・・かわいいっ!」
そのままにしておくと、白蛇の尾に咲いた花が大きく開いた。
「わぁ・・・元気になった!」
ソーニャが叫ぶと、白蛇も嬉しそうに首を振りながら
こちらの腕に登って来た。
<ソーニャ。木々や花を育て、この子に与えなさい。
そうすれば>
フォルトゥーナが言い終えると、
白蛇の花から小さな蛍のような光が出てきた。
<生命の神秘であるオドが生じます。
キーラ、よく見なさい。
このオドこそが、ゴーレムの原動力となるのです>
一瞬首を傾げたキーラが「オドって、あのオド?」と
聞くと、フォルトゥーナは頷いた。
<あなたたちの力は、2人でひとつ。
絶対に離反せず、訴訟せず、互いに補い合って生きなさい>
ソーニャにはフォルトゥーナの言っていることが
難しくてよくわからなかった。
「わかんない!」
<うん。えっとね。
最後まで仲良くするってことよ>
「わかった!
女神様。ありがとう」
<ソーニャ。その子を大切にしてあげてね>
「うん!」
元気よく返事すると、フォルトゥーナは穏やかな顔になった。
<それではキーラ>
「はい」
<ソーニャが生き返ることを決めたから、
あなたには別のことを決めてもらいます。
よく聞きなさい。
あなたの故郷には、もう人はいません。
そこに戻るのか、それとも、人の多い異国へ行くのか、
あなたが決めなければならない>
キーラはそれを聞いて目を閉じた。
ソーニャは誰もいない故郷よりも、
人のいる異国の方が良いような気がした。
だが、これはキーラが決めることだと女神様が言っているのだから、
ソーニャは黙っていなくてはならない。
「もう人がいない。みんな、死んだってこと?」
<それは答えられない>
「こんな大事なこと、決められないよ。
異国・・・うーん」
<あまり時間がないわ>
「わかった」
キーラは1分ほど考えた後、異国に行くと言った。
フォルトゥーナの目が開く。
お空みたいに青くてきれいな目だった。
その中には、たくさんの星が流れていた。
いや、星ではない。それはきっと。
周りがまぶしくなってきて、何も見えなくなる。
見えなくなった代わりに、
ソーニャはキーラの手をしっかり握った。
「・・・」
キーラが手を握り返してくれた。
何があっても大丈夫。
2人はもう、何があっても離れっこない。
ありがとうございました。
次回は来週に更新いたします。




