31話 葵
31話です。
よろしくお願いいたします。
葵は配送センターを結希に案内してもらった。
「へー。こうなってたんだー」
「へー。地下に倉庫があるんだー」
「へー。思ったよりも広いんだねー」
配送センターの地下に広がっている荷物置き場は広大だった。
ずらっと並んでいる棚は圧巻の一言だ。
「佐藤さん。すごい。あんなに高いところに荷物がある。
どうやって取るんだろ?」
わーと声を出すと、奥の方で葵の声がこだました。
「地下4階まであるんだー」
地下だというだけあって建物内は暗く、l
灯りがなければ、葵の『真実を見通す目』であっても
満足に移動はできない。
葵と結希は数時間倉庫を見て回り、
普段使いできそうな食器類を見つけた。
「すごいたくさんの荷物でしたね」
「そうですね」
地下から持ってきた荷物をホールまで運ぶと、
2人は座ってひと息ついた。
すかさず結希が水を渡してくれる。
「でも、どこに何があるか全くわからないんです。
きっとPCに記録されているんでしょうけど、使えないから」
「そっかぁ」
葵は飲んだボトルを結希に返す。
『真実を見通す目』を通して、結希の肩や背から、
金色のオーラが生じているのが見える。
ああ、このオーラをまた見られるようになって嬉しい、と葵は思った。
「ん?」
しばし見惚れていると、金色の中に何か黒い濁りのようなものがあった。
見間違いかと思って目を擦ってみるが、やはりある。
こんな黒いオーラは出会った頃にはなかった。
どうして、こんなものが。
黒いオーラはやや赤みがかっており、
輪郭のはっきりした存在感があった。
なんだろう。
葵はまじまじと結希を見た。
「な、なんですか?」
結希が瞼を瞬いて驚いている。
「え」
我に返った葵は、いつの間にか身を乗り出して、
結希に顔を近づけていた。
「ぎゃあっ」
押しのけて、身を仰け反らせる。
「いやいや、ぎゃあって・・・なんなんですか。
葵さんから近づいてきたんですよ」
普段は温厚な結希もさすがに不本意そうな顔をした。
「ご、ごめんなさいっ。思わず」
葵は結希の背にある黒い濁ったオーラを観察する中で、
分かったことがあった。
おそらくだが、あのオーラは結希と、
結希の中にある『トールの雷』の力を鈍らせている。
あれがなければ結希の力はもっと増して、彼自身も、もっと楽になれる。
葵はこのことを結希に言うべきだと思ったが、
ただ伝えるだけでは、不安にさせるだけだと踏みとどまった。
「・・・うーん」
「なんなんですか。僕の顔を見たかと思えば、
唸ったり、ため息をついたり」
「あ、いや。なんでもないです。ごめんなさい」
結希が徐々に憮然となり始めたので、葵は彼をじっとみるのをやめた。
結局、食事を終えるまで考え続けたが、
解決策がわかるまでは言わないことに決める。
「葵さん。
やっぱりランプが2つじゃあ暗いので、
新調しようと思うんです」
声をかけられて我に返る。
「は、はいっ」
結希は葵を心配そうに見つめた。
「僕、ちょっと外出してきますけど」
「あっ。それじゃあ、私も行きます」
葵の言を聞いて、結希が目を見開いた。
「え」
「え」
虚を突かれたように、2人が表情を硬直させる。
「私、行っちゃダメなんですか?」
「いや、その・・・。何か気になることがありそうだし。
あ、危ないから」
「い、いやいや。大丈夫です」
「すぐに帰ってきますから」
「いやいやいやっ」
葵は心配してくれている結希を説得し、一緒に行くことを承諾させた。
「わかりました。でも、調子が悪くなったら、言ってくださいね」
「うん」
「くれぐれも、『呪視』は、使わないで下さいね」
「うるさいなぁ。心配し過ぎだってば」
当の『呪視』は、小さな欠片となって葵の胸の辺りにひっついていた。
最初は気味が悪かった『呪視』も、今はそこまで拒否感はない。
あんたのせいで怒られたじゃん、と葵は『呪視』を指先でつついた。
毛のようなものが生えているにも関わらず、
『呪視』の表面はガラスのようにつるつるしている。
何だか心地よくて触れ続けていると、『呪視』は存在を薄くしていき、
最後には触れることも、見ることもできなくなった。
「あれ・・・?」
葵は目を凝らして辺りを見回した。
わずかだが、『呪視』のオーラが漂っている。
見えないが、完全に消えたわけではない。
きっと近くにいるのだ。
「もう、触らないから、戻っておいで」
そっと呟く。
得体の知れない相手といえど、去ってしまうのは寂しいものだ。
結局『呪視』は戻ってこなかった。
着替えを済ませると、葵は結希と従者とともに配送センターを出た。
先々で小鬼やセベクと出会ったが、銀が全て追い払ってしまった。
外敵達は銀を恐れているようで、姿を見ただけで散り散りになっていく。
「銀ちゃんてば、すごいのねぇ」
葵が銀の傍に駆け寄り、触れようとすると、
銀はさっと身を翻して遠くへ走って行ってしまう。
「もうっ。ちょっとー銀ちゃーん」
<哨戒へ行かれたのです>
三毛が銀を羨望の眼差しで見つめながら言った。
「哨戒って・・・?」
<外敵を近づけないようにするための見回りですね>
「はえ~」
<はえ~。じゃないにゃ。葵はもっとしっかりするにゃ。
本当は葵が指示を出してほしいにゃ>
「え~」
虎がぷんすかしながら、行く先を槍でさし示した。
そこでようやく葵は、先を歩いていた
結希との距離が離れていることに気付く。
<ちゃんと結希についていくにゃにゃ>
「は、はい」
追いついた葵に、待っていた結希が笑いかける。
「お話は終わりましたか?」
「ごめんなさいっ」
結希の数ある表情のなかで、柔らかく笑う今の表情が葵は一番好きだ。
しかし、その端に黒いオーラがまた見えて、葵の気分は沈んだ。
「葵さん」
「はい」
「銀さんが、外敵を追い払ってくれたので、
この辺りは何もいませんね」
「は、はい。確かに」
葵は辺りを見回した。銀が従者になったおかげで、
街を歩いていても外敵に襲われる心配はなくなった。
その後、一行はのんびりと街を歩き続けることができた。
「あ。鳥」
ひらけた場所へ出た時、
葵は遠くを飛翔している鳥を見つけた。
体長の数倍はありそうな程、尾が長い鳥だ。
「佐藤さん。ね。あれ」
葵は結希の肩を叩いて、遥か遠くの空を指さした。
「あれみて。あれ。鳥がいる」
「は、はい。うーん・・・」
結希は目を細めてしばらく空を見ていたが、
「どれですか?」と言った。
「え。あれよ。尻尾がすごく長い鳥」
「見えませんよ」
「はぁ。見えるってば」
2人で言い合っていると、虎が言った。
<きっと結希には見えないにゃ。人間の目には遠すぎるにゃ>
「私だって人間なんだけど」
<葵さまは人間離れしておりますからなぁ>
便乗するように三毛が言った。
「2人ともうるさいわよ」
繁華街に入ってしぱらくすると、ショッピングセンターに辿りついた。
出入口付近まで来た時、先を歩いていた結希が足を止めた。
小さなため息が聞こえる。
結希の体力は今や無尽蔵だ。疲れたわけではないだろう。
「あ」
葵は結希の黒いオーラが渦巻きを作っているのを認めた。
渦は黒い炎のように揺らめきながら、
中心に向かって回転し続けている。
渦はおそらく、
言葉には表せない因果。
積み重ねた業。
トラウマ。
どれも違うが、しかし、どれも当てはまるような気がする。
「ちょっと待ってっ!」
葵は結希が震える手で、ドアを開こうとしているのを止めた。
「私、開けたい」
彼の手を押し留めて、葵はドアを押し開いた。
葵は、言葉の上だけなら、結希のことを理解しているつもりだ。
だが、言葉というのはあくまでただの表層だ。
感じたり、体験したりしたわけではない。
そういう意味で、葵は結希のことを何も知らないのかもしれない。
彼の黒いオーラが渦を作るのを止めたのを見て、
葵は安堵の息を吐いた。
店内は外敵達の住処になっていたのか、やや異臭を放っている。
中の安全を確認するために、銀と虎が先に見回りをしてくれることになった。
しばらくして戻って来た虎の報告によると、
食品売り場は外敵に荒らされて、まともなものは残っていないそうだった。
「見てきたのは、食べ物だけ?」
<そうだにゃ>
<おまえは、食い気だけは一人前だな>
「外敵はいなかったのよね?」
<ううん。いたにゃ。奥に何かいるにゃ>
「奥?」
<こっちに気付いてるのに、逃げないにゃ>
「どういうこと?」
<銀さまのことが分からない余程の馬鹿か、
どこかの土地の主さまです>
「銀と同じってことは、強いってこと?」
<わかりません。主はそんなにたくさんいませんから>
葵がその旨説明すると、結希が思案後に言った。
「逆の方向を探しましょう。
必要なものだけ取って、帰った方がいい」
「わかりました」
外敵のせいで一行は思うように探索することができず、
時間だけが過ぎていった。
「あーないない。あっち側にならあるのに」
葵が愚痴を溢すと、何も悪いことをしていない結希が謝罪した。
その時、虎が声を上げる。
<おおうぅ。奥のやつが、こっちに来てるにゃ>
虎が嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「なんであんたはそんなに嬉しそうなのよっ?!」
葵は銀を見た。
「銀ちゃん。近いの?」
銀に返事がないのはいつものことだが、少し様子がおかしい。
「どうしたの?!」
葵が駆けよると、銀は後ろ足の腫瘍から出血していた。
「た、たいへん」
後ろ足は麻痺したように、引き摺っている。
「銀ちゃんどうしたの?」
葵は三毛を呼んだ。
<これは、銀さまの受けた呪いが、強くなっています>
葵はすぐさま『真実を見通す目』で銀を見た。
「わ、わぁ」
腫瘍から牙に巻き付けた従者帯へ、
黒い触手のようなオーラが伸びている。
従者帯は黒い筋に反応して、うっすらと輝いた。
「これは・・・」
腫瘍の呪いと、従者帯の力が銀を巡って争っているのだ。
葵は唸る銀を撫でながら、従者帯に触れた。
従者帯の光が増す。
少しだけ腫瘍よりも従者帯の力優位になったようだ。
「どうしたんですか?」
結希に力強く肩を掴まれて、どきりとする。
「あ、あの。腫瘍の呪いと、銀ちゃんの力が戦っています。
でも、少しだけ、こっちが強い」
<完全に乗っ取られる程ではなさそうですが、
今までのように動くのは無理でしょう>
「こっちに来ている子が原因?」
<わかりません。いや、そうかもしれません>
三毛と虎に殿を頼み、銀に寄り添って走り出す。
葵は走りながら、従者帯を掴み、銀を励まし、
結希に今の状況を説明しなくてはならなかった。
「葵さん。あそこ」
振り向いた結希が、前方を指さして叫んだ。
通路の奥に出入口が見える。
あそこから出られる。
<来たにゃ>
虎の声と同時に、一行はとうとう会敵する。
暗がりから飛び出してきたのは、
鬼よりも体格の大きな一つ目の外敵だった。
<トロルにゃ!>
叫ぶと同時に虎が跳ね上がる。
虎が寸前までいた地面に、
トロルが投擲した3人掛けのベンチが激突する。
ベンチは粉々に砕け散りったが、
鉄柵部分が葵に向かってまっすぐ飛んできた。
「!っ」
三毛がすかさず割り込み、盾で防いでくれる。
「た、助かっ・・・」
葵が息をつこうとした瞬間、トロルが咆哮する。
頭が上下に揺さぶられたような衝撃を受けて、葵は身を伏せた。
「ううっ!」
トロルの巨体から繰り出された咆哮で頭がくらくらする。
しかし、その隙を突いて虎がトロルの胸を突き刺した。
トロルは、一向に速度を落とさず、葵と銀の真後ろまで迫って来た。
植木鉢を鷲掴みにすると、それを持ったまま大きく振りかぶった。
「じょ・・・冗談でしょ」
植木鉢が振り下ろされる瞬間、雷光が奔った。
突如全身に息が詰まるほどの圧力がかかったと思うと、
葵は浮遊感に包まれた。
ぐっと閉じていた目を開けると、結希の顔と大きな文字があった。
文字は見覚えのある洋服店のものだった。
その看板は地面から2メートル上にあるため、
結希と葵は一瞬にして2メートル以上飛びあがっていることになる。
葵は息を呑みながら、眼下にあるトロルの背中を見た。
「え」
そこには大きな腫瘍があった。
ちょうど銀と同じような、いや全く同じものに葵には見えた。
腫瘍にはフォルトゥーナの気配に似た、見覚えのあるオーラもあった。
その時、浮遊感が消える。結希が壁を蹴って真横に跳んだのだ。
「わ」
直前にいた場所に、何かがぶつかり破裂した。
トロルが何かをこちらに向かって投擲したのだ。
少しでも結希の反応が遅かったら、直撃をくらっていただろう。
息を吐く間もなく着地し、結希と葵は地面を滑った末に停止した。
目まぐるしい動きに耐えられず葵が嗚咽すると、結希が背中を擦ってくれた。
「葵さん。大丈夫ですか?」
「め、目が・・・」
結希がかばってくれたおかげで体に痛みはないが、
葵はクルクルと回る景色に酔っていた。
<こいつは無理にゃ。にげるにゃ~>
<葵さま、結希さま、お早く!!>
三毛と虎が結希達を置いて駆け抜けていく。
結希は葵を抱いたまま、2匹を追う。
人一人抱えているのに、結希はものすごく速く走った。
これはきっと、葵の全力よりもずっと速い。
「すご」
結希に抱かれたまま、首を伸ばして後方を見ると葵は我が目を疑った。
「え」
すぐ目の前を、トロルが巨大な両腕を振り回して地面を掻き、
周囲を蹴散らしながら迫ってきていた。
視界を覆うような拳が振り下ろされ、直前の壁が粉々に砕け散る。
「わ、わぁ」
トロルの膂力は凄まじく、あの腕に巻き込まれたら
葵と結希の体はミンチのように潰れてしまうだろう。
「葵さんっ前!!」
結希の声に前方へ振り向くと、先を走っていた銀が見えた。
銀はいつもの走りからは想像もつかないほど、遅々としていた。
「銀ちゃん!」
追いついたとき、葵は銀の従者帯をすれ違いざまに掴んで、
思い切り引っ張った。
力が足りない、そう思った時、結希が葵の手を上から掴んだ。
「銀さんっ。頑張って!」
「頑張ってぇ!!」
2人の力で従者帯を引かれた銀は、苦しそうにしながらも、
必死で結希の走るペースに合わせてくれるようになる。
葵は結希の走りの邪魔にならないよう、
片腕を結希の体に回して、頬を彼の首すじにすり寄せた。
彼の身体越しに、トロルの息遣いと殺意の赤いオーラが見える。
攻撃がくる。
「危ないっ!」
葵が結希の体を引き寄せるように体重を移動させると、
紙一重でトロルの拳を躱すことに成功する。
しかし、無理やりしてしまったので、結希の体勢を崩してしまう。
これではだめだ。息を合わせないと。
「佐藤さん。私に合わせてっ!」
「え」
また命を突き刺すようなオーラが見えた。
「こっちっ」
葵が左に体を振ると、やや遅れて結希が左に寄った。
動きは不十分だったが、幸いなことに倒れていたベンチがトロルの邪魔をして、
攻撃を避けることができる。
「もっと早く合わせて下さい!!」
葵が言うと、結希があごを引いた。
額から汗を流す勇壮な彼の瞳が、葵の目と交差した。
「わかりましたっ」
次は左から殺気が落ちてくる。
「こっちっ」
「はい!!」
結希が葵の動きに合わせて右に曲がった。
今度は余裕で避けることができた。
「次来ます」
次は右から、さらに左。連続で来る。
2人の息がぴったりと合う。彼の体が動きやすくなっているのがわかる。
「よしっ。いける!」
赤いオーラが刺すように向かって来る。
今度は両側から挟み込むつもりだ。
葵は思い切り背後へ体重をかける。
結希は葵の意志通り、その場で急停止する。
トロルが結希の動きについて来られず、前につんのめって転んだ。
「三毛、虎!」
視線で左右を示すと、2匹の従者は葵の意図を
汲んで迅速に動いた。
三毛は右、虎は左から飛び出してきて、トロルの頭部に攻撃を加える。
虎の槍はトロルの片目を奪い、三毛の盾が重い打撃を与えた。
ダメージを受けたトロルは苦しそうにうめき声をあげながら、
頭を押さえて蹲る。
<逃げるにゃあ!>
虎が叫んだのを合図にして、結希と銀が走り出す。
<いやぁ・・・危なかったにゃ>
<虎。まだ気を抜くんじゃない>
2匹の元気な声が聞こえる。大きな怪我は無いようだ。
「葵さん。平気ですか?」
「はい」
我に返った葵は、結希の胸に押し当てた顔を少し離した。
不可抗力とはいえ、恥ずかしい。
ドアを開け放して、外に出る。
店内が暗かったこともあり、太陽の光が眩しい。
息を切らせて走ってきた結希がわずかに歩幅を狭くした。
「あ、あぶなかった・・・」
<なんとか逃げ切れたにゃ・・・>
<まだ油断できぬぞ>
その時、トロルが出入口を粉砕して飛び出してきた。
「くそっ。やっぱり来た!」
<油断大敵だにゃあ!!>
<おまえが言うな!>
トロルは巨体だが、かなり足が速いため、
簡単に撒くことはできないだろう。
「ど、どうしたら・・・」
逡巡する葵だったが、結希が立ち向かうように言った。
「試してみます」
結希がトロルを睨みつけたまま、葵を地面に降ろした。
彼の全身が雷光を発する。
「離れていて下さい」
走って離れた葵の指先に、しびれるような感覚が走った。
結希が構えると、生じた雷電が景色を震わせる。
「ゆ、結希・・・?」
<葵。離れるにゃ。結希が雷を落とすつもりにゃ>
<近くにいては危険です。離れましょう!>
「ええ?!」
葵は銀達と一緒に結希から離れた。
トロルが思わずといった様子で足を止め、
負け惜しみのように地面を叩いて威嚇した。
結希が一歩踏み出すと、トロルが一歩下がった。
彼の力に怯えて、トロルはあれ以上近付けないのだ。
葵には、結希の力の本流が轟轟と、心臓から両腕に流れていくのが見えた。
腕の先端から、弓のように引き絞られた雷が姿を現わす。
結希は雷に反発力を加えるため、さらに雷を左右に引っ張っていく。
力が限界を迎えて、ちぎれたとき、それは姿を現わした。
それは金色の竜だった。
千本の鞭を叩きつけたような音と、眩しい光が辺りを包む。
葵は耳をふさいだが、結希の圧倒的な力を前に、
立っていられなくなり、その場で尻餅をついた。
光と音のせいで、葵の視界と耳は完全に機能を停止する。
何も聞こえない、何も見えない。
「・・・うう」
耳を押さえたままじっとしていると、葵は何者かに体を持ち上げられた。
「わぁ」
思わずしがみつくと、くっつけた体から体温が伝わってくる。
先程までずっとそうしていたからか、
葵は結希に抱えられたのだとすぐにわかった。
体が上下に揺れ始める。どこかに移動しているようだ。
耳鳴りが収まっても、真っ白になった視界はなかなか元に戻らなかった。
「葵さん」
「・・・うん。ど、どうなったの?」
結希の言葉が聞き取れるようになって、葵はほっとした。
「大丈夫ですか?」
「はい。あの、みんなは」
「無事です。銀さんも、ついてきています」
徐々に真っ白な視界が、色を帯びてくる。
うっすらと、結希の顔が見えた。
「ごめんなさい。勝手に抱えてしまって」
「いいえ。私の方こそすみませんっ。
いつも助けてもらって」
葵は結希の腕から降りようと思ったが、
足が痺れた感じがしてとても走れそうになかった。
だから、せめて葵は結希の腕の中で何度も頭を下げた。
「あ、あの・・・トロルは?」
まだチカチカと白む視界の中で、彼が申し訳なさそうに目じりを下げる。
「思いっきりやったんですけど、駄目でした。
でも、追い払うことはできました」
結希の額が青白い。おそらく相当の力を使ったのだ。
彼がそうしなければ、体力のない葵は逃げ続けることはできなかっただろう。
結希のことが心配でついてきたが、結局負担をかける結果になってしまった。
なんだか泣けてきた時、ふと結希が足を止めた。
「葵さん。目は大丈夫ですか?」
「え。ええ」
結希の顔が近いので、葵はどぎまぎした。
「事前に説明してなくて、申し訳ない」
「いえ。急だったので、仕方ないですよ。
それより、すごかったです。ぴかーってなって!」
両手を振って凄さを表現すると、結希の申し訳なさそうな顔が、
湯に手を浸したように和んだ。
「いったん帰りましょうか。灯りの件はまた後日ってことで」
「はい」
顔を見合わせて笑った後、2人は帰路についた。
◇
翌日。
「銀ちゃーん」
葵が呼ぶと、銀が返事の代わりに尾を揺らした。
『真実を見通す目』が銀の後ろ足にある腫瘍を見つめる。
どうやら出血も麻痺もなくなっているようだった。
「元気になってよかった」
喜んだ葵が触れようとすると、銀はすくっと立ち上がると外に出て行ってしまった。
「はぁ・・・つれないんだから」
少し離れた場所で荷物整理をしていた結希と目が合った。
彼が薄らとほほ笑む。
「銀ちゃん。おかげさまで、とても良くなりました」
「良かったですね」
ふふふ、と2人で笑い合う。
2人は言葉は少なかったが、優しい視線を交わしながら時を過ごした。
葵がテーブルにつくと、結希が白湯を出してくれた。
葵はトロルのことを考えていた。
彼奴の背中には、腫瘍があった。
そこからは、フォルトゥーナの弟であるミーミルの気配がした。
トロルには結希の『トールの雷竜』が十分に効かなかったという。
いろいろな条件が、葵の中で整理されていく。
正解なのかはわからないが、話すことにした。
「私、考えたんです」
葵が口を開くと、結希が真剣な面持ちを上げた。
「最初に銀ちゃんに会った時、
私は噛み殺されずに生かされたんです。
それがずっと不思議でした。
いけにえの印を体につけられられたのも、
何か意味があるんじゃないかって」
「いけにえの印?」
「銀ちゃんに噛まれたところに、印が出ているんです。
タトゥーみたいに」
「そ、そうなんですか」
「いけにえの印っていうのは、自分の獲物に
手を出すなっていう印みたいなものだそうです。
そんなものを、なんでわざわざ私につけて、
逃がしてくれたんだろうって、思っていました。
それで、再会した時、わかったんです。
銀ちゃんは、私を殺そうとしているけど、
食べるためじゃないんだなって」
「それって・・・・・どういう・・・」
結希が眉間を寄せた。
「なんか、感覚なんですけど、私にまた会うためとか、
そんな、別の理由があったんじゃないかって」
「また、会うため?」
葵は緊張した。うまく言える自信がなかった。
「その・・・銀ちゃんは、何か事情があって、私と会えなかった。
だから、事情が解決してから、また再開するために、いけにえの印をつけた。
そんな感じがするんですよね。
でも、結局その事情は解決せずに、私達を襲うことになってしまった」
「葵さんと銀さんが出会うのを、何かに妨害されたってことですか?」
葵は頷く。
「そうです。それが、あの腫瘍だと思うんです。
そして、あれからはフォルトゥーナ様や、弟さんの気配がする」
「あの『目』で見えたってことですか?」
「はい」
「そんな。じゃあ、あれはやっぱり」
結希が驚きを隠せない様子で、口元に手を当てた。
葵も、突拍子もないことを言っているのは自覚している。
「本当のところは、わからないです。
でも、これなら佐藤さんの言ってたことと、辻褄が合いますよね」
「そうですね。腫瘍持ちの外敵が増えたときの対策も考えないと」
「はい。私もできることを考えてみます」
不安要素はたくさんある。
神のこと、外敵のこと、『呪視』のこと、結希自身のこと。
だが、ひとつずつ積み重ねていくしかない。
「とりあえず、ご飯食べませんか?」
「そうしますか。この話はまた今度」
ありがとうございました。
『物流革命2024 (日経ムック)』を参考に致しました。
次話は、来週に更新いたします。




