29話 結希
29話です。
よろしくお願い致します。
数日で葵は食事が摂れるようになった。
体力も戻ったが、肝心の視力はまだ回復しなかった。
いくら目を女神の噴水で洗っても、
ダメージは回復せず、たまに血涙を流することがある。
何がいけないのかわからず、結希は焦った。
葵がもっと休めるよう、結希は新しい着替えと寝具を
準備してやる必要があるかもしれない。
目の見えない葵を置いて行くのはこころ苦しかったが、
結希は物資調達のため、すぐに出発した。
目当ては、街にあるホームセンターだ。
橋を越えて繁華街にさしかかった時、結希は背後に気配を感じた。
「ん?」
姿勢を低くしたまま、振り返る。
視線の先に、三毛と虎がいた。
「は?」
三毛と虎は結希が振り向いたのに気付くと、すぐさま物陰に隠れた。
「ちょ、ちょっと二人ともっ」
結希が三毛と虎のいる物陰に行くと、2匹が一斉に鳴き始めた。
何か訳を話している様子だったが、結希にはさっぱりわからない。
ため息をつくと、「いったん帰るか」
配送センターに向かって歩き出す。
すると、虎に引っ張って止められた。
三毛が結希の前に回り込んで、膝をつく。
なにやら謝っているように見える。
「どういうことですか?」
うみゃーうみゃーと、三毛が必死で鳴いたが、やはりよくわからない。
「あの・・・もしかして、帰っちゃ駄目なんですか?」
可愛い瞳を潤ませて、虎が頷く。
「葵さんに言われたんですね?」
三毛と虎が一斉に頷く。
結希は腕を組んで思案する。
銀が残っているから、外敵に襲われる心配はないだろうが、
もし葵が体調を崩した時には心配だ。
「やっぱり戻りましょうよ。万が一があるし」
2匹は一切引けないという様子で首を振る。
仕方なく、結希は2匹と一緒に出かけることにした。
「でも、心配ですよね。
早く戻りましょうね」
三毛が繁華街の方を指さす。
「そうですね。僕もそっちに行こうと思ってたんです」
進んでいると、虎に手を引かれた。
物陰に身をひそめると、結希は周囲を確認した。
小鬼が4体。弓持ちはおらず、みんな小ぶりな刃物を持っていた。
結希が気付くずいぶん前から、虎は外敵の存在に気付いのかもしれない。
息巻いて飛び出そうとする虎を、三毛が引っ張った。
2匹がうみゃうみゃと喧嘩を始める。
「ちょっと、静かにしましょうよ」
声をかけたとき、虎が脇をすり抜けて、物陰から飛び出した。
「わわっ」
虎と小鬼達が光線を始めると、結希は三毛と目を合わせた。
言葉が通じなくとも、三毛の残念そうな気持が伝わってくる。
「仕方ない。行きましょう」
結希が追いついた時、虎は3体目の小鬼を貫いたところだった。
しかしそこへ騒ぎを聞きつけた数体の小鬼達が
わらわらと物陰から出て来た。
首を振って姿を追う。
全部で11体。
結希が『雷獣』で応戦しようと身構える。
三毛が股を開き、地を這うように構えると、
その背を虎が蹴って回転し、槍を振るった。
4体目の小鬼の顔面が真っ二つになり、
そこから深紅の軌跡が弧を描いた。
三毛が盾を掲げ、そこに虎が片足で着地する。
虎が体を捻り、地面に背を向けた。
身体を回転させることで、槍の先端に鋭い螺旋を生じさせて放つ。
その槍は、結希の背後まで迫った小鬼の首を貫いた。
虎の体を三毛の盾が横から叩いて、更に回転させた。
クルリと回転して、虎が優雅に着地する。
虎を挟み撃ちしてきた刃物が、三毛の盾に叩き落とされた。
小鬼が体勢を崩したところに、槍が横薙ぎに振るわれる。
虎の全体重が載せられた一撃は、小鬼の体をバターのように切り裂いた。
「すごい」
三毛と虎が踊るように小鬼達をせん滅していく姿に、
結希は敵中にありながら目が離せなくなる。
三毛が盾を使って防ぎ、虎が槍で相手を攻撃する。
三毛と虎の動きには素早く無駄がない。
小鬼は反撃を試みるが、三毛が盾の横で弾き返した。
受け流されたことで前傾になり、
体勢を戻すのに時間がかかったところに虎の槍が伸びた。
磨き上げられた虎の美しい槍は、小鬼の槍を絡めとるように
旋回しながら喉に突き刺さった。
水面を叩いたような軽い音がして、切っ先が獲物を絶命させる。
死に体となったそれを、戦いの邪魔とばかりに三毛が蹴り飛ばす。
飛ばされた死体は、後方の小鬼2匹を巻き込んで横転する。
いつの間に跳んだのか、転倒した2匹の真上に虎がいた。
虎が空中に身を置いたまま突きを放つ。
的確に放たれた突きは、
固い皮と骨に覆われた眉間に突き刺さり、脳を破壊する。
虎は滞空時間に余裕を持たせて、ふわりと着地した。
着地の隙を取るために、2体の小鬼が襲いかかった。
虎の斜め後ろから、脇腹めがけて放たれた刃物は、
地面を這うような下段から浮かび上がってきた
三毛の盾によって打ち上げられる。
咆哮にも似た金属音が結希の耳朶を叩く。
音の余韻も消えぬ間に槍がしなり、小鬼の顎と喉を奪い取った。
虎の槍は素早いだけではなく、破壊力も凄まじい。
左右に回り込んだ小鬼が体ごと突っ込んできた。
まさに捨て身の攻撃だ。
虎の体に触れる寸前のところで、
三毛が大地に爪を立てて受け止める。
そのまま姿勢を落とすと、
虎が三毛の背中を擦るようにして踊り出る。
背骨と槍が一体化したかのような重い一撃が、2体の頭部を貫いた。
あの小さな身体のどこに、2つの頭蓋を破壊する力があったのだろうか。
よく見ると、槍の柄を、三毛の盾が後ろから押している。
2匹で協力して、力を補い合っていたのだ。
結希の口から、感嘆の声が漏れる。
あっという間に戦いが終わり、
満足そうに近づいてきた2匹を見て、結希はわずかに後退した。
この2匹は結希よりも強い。
思わず握った手に力が入る。爪が食い込んで、痛いくらいだった。
自分も強くなりたいと、結希は思った。
繁華街には小鬼達の小さな住処が点在しており、
結希達の行く手を阻んだ。
だが、小鬼達は三毛と虎によって、
消しゴムの粕を払うように屠られていった。
結希も負けじと『雷獣』で戦ったが、2匹のせん滅力にはかなわなかった。
幾度目かの戦いが終わった時、
三毛と虎がおもむろに敷物を広げて腰かけた。
虎がこちらを見て手招きをしてきた。
「どうしたんですか?」
三毛と虎は戸惑う結希に構わず、
鞄から干し椎茸や乾燥わかめを食べ始めた。
仕方なく結希も傍に腰かける。
三毛が鞄からバナナを出して、結希に2本渡してきた。
ちょっと黒くなっていたが、食べられないことはない。
「こんなもの、どこから持ってきたんですか?」
虎と三毛が乗り出してきて、交互ににゃーにゃーと鳴く。
どうやら、どこで見つけたか律儀に説明をしてくれているようだった。
何一つ意味が分からずに結希が曖昧に笑うと、
2匹とも興味を失ったようで、また食事に戻ってしまった。
無邪気に食事を続ける2匹を見て、結希はもらったバナナを食べた。
一行は歩いているうちに、大きめのホームセンターを見つけた。
「良い物がありそうですね」
結希が言うと、三毛も虎も飛び上がって喜んだ。
だが、ホームセンターの周辺は由々しき状態だった。
広い駐車場は、セベク達の集落と化していた。
大きな鰐の頭をした怪物達は、
適当に数えただけでも30体はいた。
「うわぁ・・・なんでこんなにたくさん」
三毛が結希の足をつついて鳴いた。
視線の先を辿ると、駐車場の半分以上が浸水していた。
水位の深いところでは、膝の高さまで来ている。
鰐だから、水辺を好むというところなのかもしれない。
停めてあった車の陰に隠れながら、結希はどうするか思案した。
虎が1匹で跳び出そうとしたので、
結希と三毛が慌てて首の皮を掴む。
「虎さん。あれだけたくさん居るんだから、無理です」
虎が槍を持ち上げて、結希に見せた。
目をらんらんと輝かせ、まさにやる気十分といった様子だ。
しっかり胸に抱きかかえようとした瞬間、
虎はぬるりと動いて結希の手を逃れて、
駆け出して行ってしまった。
「うわぁっ。ちょっと!!」
一番近くにいた小鬼の5匹グループに、虎が突っ込んでいく。
「ま、マジか・・・」
虎が不意打ちで2体を仕留めるたが、すぐに他のセベクが敵襲に気付いた。
気付いた者を、『雷獣』で追いついた結希が感電させる。
セベクの体は電気が非常に通りやすかった。
辺りが浸水していることで、ここにいる大半のセベクの体は濡れている。
濡れたものは、電気を通しやすい。
虎のせいで大量のセベクに囲まれて、結希達は絶体絶命だが、
うまく状況を利用すればどうにかなるかもしれない。
すぐ近くのセベクの体が、こちらに向かって咆哮を上げた。
まっすぐそいつめがけて結希は走り出す。
結希の『雷獣』で強化した蹴り足が、烈火のごとく地を焦がした。
腱が耐えられるぎりぎりの負荷が足に集中する。
「―――っ」
一歩目で常人のトップスピードまで加速すると、二歩目で跳ぶ。
風切りながら滑空し、空中で蹴りを放つ。
叫んでいたセベクは、結希の圧倒されたのか、
まともに蹴りをくらった。
全体重と絶大な勢いの乗った蹴りがセベクの顎を砕く。
結希はさらに『トールの雷』を足裏に込めて、
セベクの脳髄を焼き尽くした。
見晴らしの良いところで大立ち回りをしたせいで、
セベクの群れ全体に気付かれてしまう。
結希は敵中で囲まれながら戦っている三毛と虎を見た。
「雷を落としますっ!! 出来るだけ離れて!!」
叫ぶと、結希は2匹の方向へ走った。
セベク達の槍を躱し、進めば進むほど周囲を囲まれていく。
『雷獣』でうまく躱してはいたが、すべてとはいかなかった。
真横や背後から肩や背中を突かれて結希は流血した。
「くそ」
向かってきた槍を寸前で躱して、セベク達の配置を確認する。
一目だけで15体に囲まれている。
「離れろ!! 近づいたら死ぬ!」
三毛と虎は何かを言っていたが、結希は構わず『トールの雷』を
体中から噴出させた。
結希が放つ雷が尋常ではないことに気付いたのか、
2匹は群れの囲いから逃れるように走り出す。
結希は両手を合わせる。
力の源泉である心臓から本流を築き、
結希はありったけの雷電を両手に流し込んだ。
合わせた両手を左右に広げると、
強靭な力で結ばれた雷電がゴムのように引き伸ばされる。
轟雷の放つ光とともに、『トールの雷龍』が顕現する。
以前に放った龍よりも数段力強い龍の斥力は、
結希の腕を弾き飛ばそうと暴れまわった。
「ぐ」
龍の力にわずかに押しやられた時、火花が生じて袖が燃え上がった。
油断すると、『トールの雷龍』は三毛や虎の方向へ飛んでいくかもしれない。
結希は腹に力を入れると、龍を思い切り体の中心に引き寄せた。
「大人しくしろっ」
セベク達を倒すように方向性を持たせる。
「いけ!!」
地上へ向かって力を放った瞬間、
ジェットエンジンを何体も稼働させたような轟音で、何も聞こえなくなった。
強烈な光と轟音の中にあって、結希は『トールの雷龍』の動きを感じ取った。
まるで凶暴な意志をもつ獣のごとく、龍は敵を次々に食い荒らしていく。
雷龍が顎を閉じる度、結希は体力を一気に吸い上げられていくようだった。
『トールの雷龍』が最後のセベクに食い殺し、遠くにいる三毛と虎を認めた。
「駄目だ!! もう終わりっ」
まだ獲物が残っていると龍は結希に訴えかけてくる。
結希はその訴えを拒否し、力の供給をストップさせた。
火花とともに、雷龍は上空へ上がっていき、中空で轟音とともに爆ぜた。
「ふー」
ほとんどのスタミナを失った結希が腰を下ろすと、
三毛虎が走ってきた。
空や地面を指さしたり、結希の燃えている袖をはたいたりと、
2匹は大騒ぎを始める。
結希は三毛と虎に守られながら、ホームセンターの風徐室で少し休ませてもらった。
「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」
頭を下げると、虎が2、3度背中に触れてくれた。
結希が受けた槍傷を、三毛は器用に縫ってくれた。
痛みはひどかったが、『困難を与えられるほどに強くなる肉体』
のおかげで、そこまでひどい傷にはならなかったようだ。
猫達が鞄から木の実や干し椎茸や昆布を取り出して齧り始めた。
結希も勧められたが、喉が渇きそうだったので断った。
休憩はなんとなく、三毛と虎が
食事を終えたことを機に終了した。
寝具売り場で寝心地の良さそうなマットレスと毛布を選んで、
専用の袋に入れた。
猫達の方も、葵の衣類を集め終わったようで、
鞄をぱんぱんに膨れ上がらせている。
「もう終わったんですね。よかったです」
2匹が満足そうにうなづく。
「帰りましょうか」
結希が店を出ようとした時、
三毛が鞄からとんでもないものを出した。
それは女性物の下着だった。
「うわぁっ」
三毛はやってきて、結希に下着を掲げて見せてくる。
もしかして、これは葵の。
そう思い至った結希はすぐさま目を閉じて、
両手で顔を覆った。
「見てませんっ! 僕は見てませんっ」
三毛はしばらくの間、結希の目の前でうんみゃーうんみゃーと、
鳴きながら騒ぎ始めた。
「・・・」
足を叩かれたので目を開けると、足元に虎がいた。
「え」
虎の手には、あの下着がしかと握られていた。
「わぁああっ」
虎が下着を押し付けるように向けてきたので、たまらず走って逃げた。
「見てない見てないっ」
虎は叫びながら逃げていく結希が面白いのか、
それとも動物の習性なのか、素早い動きで追いかけてきた。
『雷獣』と『トールの雷龍』を使った結希は、
思うように走れず、すぐに追いつかれる。
端に追いつめられた結希は、虎の持つ下着で何度か頭を叩かれた。
「ぎゃああああっつ。無理ですってばぁああ」
結希はすぐに逃げ出したが、すぐに追いつかれてしまう。
その度に結希は下着で叩かれて叫んだ。
「ぎゃあああ」
三毛が止めてくれるまで、追いかけっこは繰り返された。
必要なものはなんとか揃い、一行は帰路につくことになった。
ありがとうございました。
次話は来週に更新いたします。




