20話 葵
20話です。よろしくお願いします。
「ん」
葵は深夜に目覚めた。
虎が準備をして外に出ていく。
<見回りです>と三毛が小声で言った。
虎と三毛が交代で見回りに行くとき、
葵は必ず目を醒ました。
三毛が行くときは虎を、虎が行くときは三毛を抱きしめて帰りを待つ。
<私達のことは気にされず、お休みになって下さい>
三毛が起き上がり、匂い消しの香に火をつけた。
その間、葵は三毛の尻尾を掴んで放さなかった。
やがて虎が帰ってくる。
虎は葵が起きているのを確認すると、雨が降っていると言った。
<おかげで匂いが流されるから、今夜はかなり安全にゃ>
虎は安心しきった様子で葵の隣に座り、
切り干し大根を1つ齧った。
「ね。虎。三毛」
<はい>
虎は咀嚼中なので、代わりに三毛が返事をする。
「2人はどこから来たの?」
虎が咀嚼を止める。三毛の方も考え込んでいるようだった。
<ここじゃないどこかにゃ>
<そうですね。ここではないどこかから来たのです>
「鬼達も、セベク、もそうなの?」
<そうですね。
外敵達は私達と同じ場所にいたものと同じです>
「なんで、みんなここに来たのかな?」
<わかんないにゃ。どうしてそんなこと考えるのかにゃ>
「どうしてって・・・みんなここには元々いなかったし、
私、何にも知らないから」
手の中にある三毛の尻尾が動く。
<私達も、此処のことはわかりません。
巨大な建物ばかりで、森の少ない世界はとても不安です>
「そうなんだ」
<そうです。もしかしたら、鬼達は不安で
あれほどに好戦的になっているのかもしれません>
「もともとは、あんなんじゃないの?」
<うんにゃ。あんなんだったよね>
<いや、もう少し大人しい面もあったような気がする>
<そうかにゃ?>
「そっか」
<私も虎も、今起こっていることはよくわかりません。
ただ、今は虎が帰って来て、周りは安全で、
葵さまは寝ることが先決だということだけは定かです>
三毛の理屈っぽい言い方に頷く。
「はいはい」
言われた通り目を閉じる。
まだ三毛の尻尾は放さない。
静かだった雨音が強くなってきている。
横向きになり、窓の外を眺める。
安全だと言ってくれたからだろうか、
非常時なのに葵のこころは驚くほど落ち着いていた。
結希はどうしているだろう。
葵には虎と三毛がいるから良いが、
結希は1人で雨に濡れていないだろうか。
寂しくないだろうか。
あのときのことを思い出した。
アパートまで行ったあの日、結希は玄関先で突然調子を悪くした。
荷物をたくさん持たせてしまったから、
疲れたのだと最初は思ったが、違っていた。
結希は、苦しいけど頑張って生きようとしている人だった。
彼は悲痛な面持ちで、見てわかるくらい震えていた。
結希を守ってあげたい。
その為に、葵は強くならなくてはいけない。
葵はいじめてきた同級生達を止め、
鬼をも止めた呪視のことを思い出した。
この力を葵がしっかり扱えれば、
三毛と虎が困った時には、
外敵を足止めするくらいはできるかもしれない。
翌日早朝に目を覚ますとすぐに、乾かしてあった制服に着替えた。
<よい匂いのする実です。これを朝食にしましょう>
三毛が鞄からパイナップルを出してきた。
スーパーで会ったオタク男子にもらったナイフは、
刃渡りが長くて切れ味がよく、
パイナップルを切るには使い勝手が良かった。
一切れずつ猫達にあげる。
食べるようにすすめると、2匹は大きな身を一口で食べた。
<うまいにゃ!>
<故郷の果物よりも、甘くてみずみずしいです>
葵も一切れ食べる。
甘酸っぱさが口内に広がり、痛いくらいにおいしかった。
一行は口々に「おいしいおいしい」と言いながら、
あっという間に平らげてしまった。
「もう一個欲しいくらいだったね」
<そうですね。また取りに行ってもいいかもしれません>
「ごめんなさい」葵は頭を下げた。
<どうしたにゃ?>
<頭を上げてください>
「昨日はごめんなさい。
私の動きが遅くて、2人に迷惑をかけた。
それに、あの通路に向かおうとしたことも」
<そんなことはありません>
<小鬼がいたから、結果オーライだったにゃん>
虎の言うこともわかるが、あれは結果的にうまくいっただけだ。
「虎と三毛の動きはセベクよりも早かった。
だから、あわてずに少しずつ移動する方を
選んだ方が安全だったかもしれない。
確かに、結果的には良かったかもしれない。
でも、私は、私があそこで慌てたのがいけなかった」
<まぁ、そうかもしれませんが、
あまり後ろばかり振り返るのも良くないかと思います>
三毛が目の上を掻きながら言う。
猫達はいつも前向きだ。
後悔を繰り返す葵の態度が理解できないのかもしれない。
葵は今まで後悔ばかりしてきた。
だが、今回のこれは正確には後悔ではなく、
反省だと自分では思っている。
「だから聞いてってば。聞いてくれたら、また頑張るから」
猫達の肩を掴んで、身を乗り出した。
<わかりました>
<わかったにゃ>
「これからは、どんな時も、落ち着いていることにする。
あの時は迷惑をかけてごめんなさい」
一礼してから、両手を叩く。
「はい。反省おしまい。2人に私から言いたいことが
あるんだけどいい?」
虎と三毛が頷く。
「虎はすごく勇敢で頼りになる」
三毛の刺すような視線を受けつつ、葵は虎の頭を撫でた。
「でも、少し行きすぎるところがあると思うの」
<そ、そうかにゃ・・・>
虎が目に見えて元気を失う。
三毛をみると、今度は嬉しそうに頷いている。
「も、もちろん、助かることもあったよ。
だから、もう少し私達を見て欲しいの。
私は虎みたいに勇気がないから」
ちゃんと伝えられたかはわからないが、
思ったことは言えたと思う。
次は三毛に向き直る。
「三毛はとても周りを見ているから、冷静な判断ができる。
私や虎の性格もよく分かっている。
だから、何かあったら遠慮なく私や虎に言って欲しい。
でも、私を守ることを中心に動きすぎている気がする。
もっと、自分を大切にして欲しいの」
言葉を聞いた三毛の口が開いた。
戸惑いが伝わってくる。
<し、しかし、それでは>
「試しよ。試しにやってみて。
いろいろなことを考えて、三毛ができると思ったことで良いから」
自分の意見を、こんなにたくさん話したことはない。
緊張しすぎて、少し休まないと呼吸がおかしくなりそうだった。
葵は喉が震えるのを必死で飲み込んで言った。
「私達の良いところは、少しずつ強くなれるところだと思う。
だから、話し合いながらゆっくり成長していきましょう」
三毛は唸り、虎が頷く。
<でも、急がないといけないときもあるにゃ。
さっきみたいに>
「うん。そうだね」
昨日の戦いを思い出す。
戦いには素早い判断と行動が必要な時もある。
「確かに。だったら、その判断は虎に任せる。
三毛と私は、それに合わせましょう」
一行の命を左右する判断が瞬間的に現れた時、
常に先行している虎が一番状況を把握しやすい。
また、葵が指示を出すよりは、
虎の動きを見て後の者がフォローした方が、
群れ単位で見た時の瞬発力は上がる。
これで猫達の潜在能力をもっと引き出せるような気がする。
以前から感じていたが、2匹は葵を大切にし過ぎている。
虎も三毛も葵に構わず自由に動いた方が戦いやすいだろう。
外に出ると、道路は濡れていたが、雨は上がっていた。
葵の提案で、一度噴水公園に向かうことになる。
狼がいた方向だ。
出会う可能性はゼロではない。
危険なことはわかっていたが、
夜中に雨音を聞いた時から、
結希のことが頭から離れなくなってしまっていた。
「ごめんね。私の勝手で頼んじゃって」
<いいよ。近くに狼の匂いはしないし。
早く会いたいなら仕方ないにゃ>
<葵さまがお慕いしている方に、私も早く会いたいです>
晴れ間が覗く空の下、葵達は歩き始めた。
ありがとうございました。
次話はすぐに更新いたします。




