129話 結希
目を開くと、葵の顔があった。
辺りがあまりに静かなので―――それはただの言い訳に
過ぎないかもしれないが―――ずっと彼女の耳や髪を見つめていた。
「ん?」
こちらの視線に気付いて、葵がこちらを向いた。
目が合っただけなのに、とてつもない願いが叶った気がした。
「よかったぁ・・・結希」
彼女に支えられながら身体を起こすと、
周囲を見て微動できなくなった。
「・・・ここって」
一度死んだときに来た、あの白い部屋だった。
「僕達は死んだのか」
結希の台詞を聞いた葵が、顔をしかめた。
「結希は勝ったはずなんだけどね」
彼女が人差し指を顎にくっつけて、考え込むように目を閉じた。
「勝ったの?」
「うん」
「それから、どうなったの?」不安そうな葵に手を伸ばした。
彼女の手は、しっとりひんやりしていて気持ちが良い。
「月が落ちてきて、地球が壊れちゃった・・・」
「あ・・・へー。なるほど~」
返事しながら、やっぱり首を捻っていると、
葵も一緒になって首を捻ってくれた。
「わかんないね」「わかんない」
葵が瞳を揺らして彼方を指す。
「あれってば、『呪視』だ!!」
彼女は喜んでいるが、結希には何も見えない。
葵が『呪視』を呼びながら、手招きをする。
「あー。逃げてく!
いつもなら、すぐに来るのにーっ」
その光景を茫洋と見つめていると、
近くから懐かしい声が聞えてきた。
<あの子は、神の国へ行きます。
もともと、そのような存在でしたから>
「そっかぁ」葵が至極すんなりと言った。
「じゅしー!! ばいばーい」手を振り始める。
結希も一緒になって、姿の見えない彼に向かって手を振った。
「ん・・・さっき、なんか声がしたような・・・」
<私です>「フォルトゥーナ様?!」
びっくりした葵が小さく飛びあがる。
<2人とも、お久しぶりですね>
結希と葵は周りを見回すが、女神の姿はなかった。
「えっと・・・お久しぶりです」
結希は彼女が居そうなあたりに見当をつけて頭を下げた。
<お世話をかけてすみません。
ミーミルが癇癪を起したものですから>
「あ~。
癇癪って、月落としたこと?」
<ああっ。そうです。そうです。
ほんとうに大忙しで・・・。
そのせいで、みなさんがバラバラになってしまったの>
結希と葵は顔を見合わせた。「何が起こってるんですか?」
<説明している暇がなくて・・・ごめんなさい。
とにかく大忙しってことだけ。
まずはみなさんを探して欲しいの>
「みんな無事なの?」
<ええ。みなさんお元気ですよ>
「でも、探すってどうやって・・・?」
<葵の目は、もう『真実を見通す目』ではありません。
ただ、絆は強く繫がっている>
「絆・・・を探すってこと?」
<そうです。
ああ。ちょっと行かなくちゃ>
女神の気配が消え失せる。
「ええ~・・・いっちゃったんだけど」
葵ががっくりと肩を落とす。結希も眉間を押さえてため息をついた。
「ほんと、あの人ってば無茶ぶりだわ」
「最初からそうだったよね」腰に手をあてて笑った。
「確かにー」彼女も目を細めると、うししと笑う。
「じゃあ、探してみますか」葵が指を使って瞼を大きく開いた。
「んーーーーー・・・・・」
女神の言った通り、彼女の瞳はもう琥珀色ではない。
「なにか見えた?」
「なんにも見えないわ。でも、こっちかなぁ・・・」
とりあえずといった感じで、葵が歩き始めた。
後に続く結希は、「この先に、誰かいる?」
ちょっと不安になって訊いてみる
「なんとなーく・・・キーラと、ソーニャかなぁ」
「わ、わかるの?」「わかんない」
2人は手を繋いだ。
景色は真っ白だと思っていたが、
彼方に真っ白な雪山が佇んでいるのがわかった。
しばらくして、ペンギンの行列を見つけた。
子どもが小さな発見をしたように、彼女ははしゃいだ。
「かわいー」
2人はペンギンの邪魔にならないよう立ち止まる。
ペンギン達を見ながら、何を思ったのか
「まだ、びりびり出せる?」葵がつぶやいた。
「もう出せない」
「なんでさ」
「トールがどっかに行っちゃったから」
「じゃあ、結希ってば、ただの人だね」
「そうだなぁ」最後のペンギンが歩いて行った。
2人でまた歩きはじめると、
遠くの地面を突き破ってシャチが飛び跳ねた。
シャチはそのまま地面に突き刺さり、もがきながら潜っていく。
彼らは数百の群れを形成しているようだった。
「確かにさ、『麒麟』とか、『雷獣』とか。
まるで夢みたいだった」
「そうだね。ぱちぱちしてすごかったよね。
楽しかった?」
跳ぶシャチを見つめながら、葵がにやりとする。
「まぁ、速く走れるのは楽しかったかも」
シャチの群れがこちらに向かって来たので、
邪魔にならないよう走って逃げていく。
「出会った時さ」
すぐ近くの地面に大穴が開いて、シャチが飛び出した。
氷の破片が彼女に当たらないよう、頭を庇ってやる。
葵はきゃっきゃっと騒いだ。
「結希ってば、おじさんジャージ着てたよね」
「おじさんってなんだよ。
葵だって、いきなり叫んでさ」
真上を一際大きなシャチが飛んで行く。
よく見たら、それはシャチではなく、クジラだった。
「あー! それは思い出したくない」
彼女が結希の腕に捕まって、思い切り体重をかけてくる。
結希は徐々に押されて左側に押しやられていく。
足を踏ん張って彼女を支えた。身体と体が密着している。
クジラの作った影の下で、顏と顏がはたと向き合った。
「結希」
葵が手を伸ばし、結希の頬に触れる。
彼女がきゅっと目を閉じたその時だった。
いきなり、地面がエスカレーターのように流れ始める。
2人はバランスを崩して、その場にすっ転んだ。
「うわおっ」
「びっくりした!」
葵の体を支えながら、結希は身体を起こした。
前の方を見ると、地面から出た白い縄を咥えて走る銀の姿があった。
彼が地面をソリのように引っ張っていたのだ。
「銀だぁ! 良かったぁっ」
2人は一緒になって、銀の背を慈しむように撫でた。
しばらく走っていると、3つの人影が見えた。
「あ、あれってば・・・」キーラとソーニャとすずだ。
「せーのっ! とう!!」
3人が銀の引っ張る地面に飛び移ってくる。
結希がキーラとソーニャを、葵がすずの体を受け止めた。
「葵ー! 結希ー!」腕の中にいるソーニャが喚いた。
「元気だったか?」「うん!」「まぁね」
後ろを見ると、「相変わらずどんくさいわね」
後頭部を両手で押さえてもがいている葵へ、すずが言った。
「せ、せっかく受け止めたのに・・・」
「まぁ、会えて良かったけど」すずが目を細めて葵を引き起こす。
「これは、どこに向かってるの?」すずが訊いた。
「わかんない」
葵が首を振ったのを見て、すずは大層驚いたようだった。
「え。じゃあ、何でずっと進んでるの?」
「なんとなく」
「止まった方がいいのかな?」不安になって結希が訊くと、
「いや、このままでいい」キーラが言った。
「どうして?」
「なんとなく」キーラがにやりとする。
冗談を言っているのだと分かり、彼の肩を引き寄せて笑った。
「あ。オカピだ」キーラが叫んだ。
「オカピ?」4頭のオカピが動く床に並走してきた。
「オカピ―!」面白がったソーニャが叫んだ。
「あ。オセロットだ」キーラも面白がっている。
「おせろっと?」
オカピとオセロットは追いかけっこをしながら、どこかに駆けていく。
「ばいばーい」時間とともに白い山々は少しずつ低くなる。
そうこうしているうちに、2人分の黒い影が見えた。
「あっ!
スカウトさんと、清十郎さんだっ」
動く地面は蛇行しながらも、2人へ向かう。
スカーはスマートにジャンプして、
清十郎は転びながら搭乗してくる。
「また会えて良かった」清十郎とキーラが抱き合う。
その様子にスカーがちょっと不機嫌そうにした。
「おらおらっ。
あたしと2人きりが不満だったってことか?」
「いや、それは最高だったよ」
清十郎が真面目な顔で言い返すと、スカーが赤面した。
空が暗くなり、前方の山から花火が上がる。
赤色、黄色、紫、緑、色とりどりの花火だ。
「きれいだよー」ソーニャが満面の笑顔になる。
「ただの花火だよ」キーラも言いながらまんざらではない表情だ。
しばらくすると、一尺花火が上がった。それも連続で。
大変贅沢なシーンだ。
「わー。花火なんて久しぶり」葵がいうと、
「あんた、近所の祭り行かない派?」とすず。
「うん。返り道に屋台が並んでるから、
あんまり特別感がないってゆーか」
「そうなんだ。私もそうだけど」
「ソーニャも行くー」
「それなら、今度一緒に行こっか。すずちゃんも」
「私がついでっていうのが気に入らないけど」
世界に昼間が訪れると同時に、紫と伊都子が飛び込んできた。
「うおおおおっ佐藤おおお。
よかったぁああああ!」
紫が結希の体を強く抱きしめて、頬にキスをした。
「い、いや、ちょっとやめて下さいよ」
「うおお。ソーニャぁあああ。キイイラおおおおあああ」
紫の被害はソーニャとキーラに及んだ。
そこからさらに葵に向かおうとしたところで、
「おらっやめろおっさん!」ビンタで止められる。
「ごめんねごめんね。
みんなのこと、心配してたのよ」
紫の凶行を弁明する伊都子へ葵がハグした。
「伊都子さんーっ」
「葵ちゃんーっ」彼女の肩にはベルがいた。
「あっベルだー」
ベルはソーニャの胸に飛び込むと、その中で大暴れをした。
宴も酣となった頃、銀が走るのを止めた。
「銀。お疲れさま。
みんな、こっちよー!」
叫んだ葵を先頭にして、一行は歩き始めた。
「どこー?」
「もうすぐよ」葵がソーニャの頭を撫でる。
満開となった桜の下に、クロエが立っていた。
「クロエさん!!」
伊都子の声に振り向いたクロエが、満面の笑みを浮かべる。
「クロエ―!」キーラとソーニャが駆け寄る。
3人が抱き合うと、白い地面に草花が広がっていく。
クロエの周りに集まると、全員がわんわん泣き始めた。
「あらあらみんな」
「クロエさぁあああん。うわあああん」
一番泣いたのは葵だった。結希も涙が出た。
「みんな、よく頑張ったわね。
ずっと見ていたわ」
クロエがずっと見てくれていたという事実は、
ソーニャを大変喜ばせた。
「ソーニャってば、あんなに頑張ってたもんね」
失った温かさをもう一度与えるように、
クロエがみんなとハグをしていく。
「こっちに行きましょう。みんないるから」
クロエの先導で、一行が歩き始める。
雨が降ってきた。
すると、三毛と虎が現れて、ビニール傘を渡してくれた。
月子とは、ちょっとした丘の上で再会できた。
「みなさん。ご無事で!」
全員、駆け寄ってきた月子には顔をほころばせたが、
後ろからひょっこり顔を出した陽子とダニエルには絶句した。
「こいつら!!」
紫がキーラとソーニャを後ろ手に回して身構えた。
ダニエルがその様子を見て肩を竦める。
「やっと会えたね」
憑き物が落ちたように健やかな彼は、
軽快に歩いて結希の前まで来る。
「ずっとさ、葵が数えてくれた・・・って話が気になっててさ」
そう言った彼の肩に、文鳥が舞い降りてくる。
「ああ、あれかぁ」結希は恥ずかしくなって俯いた。
「陽子ちゃんと私も、すごく気になっちゃって」
陽子と手を繋いだ月子が言った。
「そっかぁ・・・でも、恥ずかしいし」
結希は後ろ頭を掻きながら、葵の方を見た。
彼女は何の話かわからずに、きょとんとしている。
「葵の許可を取ってないから、言えないかも」
ダニエルがくすくすと笑う。「そうだったのか」
結希はダニエルが差し出してきた手を握り返した。
丘の向こう側にある川の畔に、全員で腰かける。
みんなで話しているうち、ダニエルと陽子はすぐに打ち解けた。
2人とも明るい性格で、よく笑わせてくれた。
その時、<あ・・・・集まりましたか?>
遠慮がちな女神の声が聞こえた。
だが、ダニエルとスカーがジョークの言い合いをして、
みんなが大爆笑している最中だったので、他の誰も気付かない。
「フォルトゥーナさん?」
<えー・・・あのー>
女神が白いカーテンを手繰り寄せるようにして姿を現した。
「どうしたんですか?」
<ちょっと、みなさんにお話が>どこか彼女はおずおずとしている。
「すみません。
いま盛り上がってて」
<そうですか・・・>
結希とフォルトゥーナは少しの間だけ、みんなを見つめていた。
<というか、なぜミーミルの尖兵達がみなさんと一緒に?>
女神が驚いたような表情をしている。
「よくわかりませんけど、さっき会いました」
<結希と葵には、本当に驚かされます>
「僕は特になんにもしてないですけどね」
みんなの話が一段落したところで、葵に声をかけた。
「はい。みんな。注目してー」
委細承知した葵が手を叩いてみんなに呼びかける。
「じゃーんっ!!
この方が神様です。フォルトゥーナ様です」
葵がフォルトゥーナをみんなに紹介すると、すぐに拍手が起こった。
「おおー! 女神さんだー」
「知ってまーす」
「フォルトゥーナ好きー」
野次にフォルトゥーナはおろおろと手を振った。
<は、はい。
皆さま、よろしくお願いします>
女神は頭を下げ、背中の方から何かを押し出した。
それは、どこか彼女の面影がある小さな男の子だった。
「あ、弟くんだ」葵が言った。
「おい。
ずいぶん小っちゃくなったな」
スカーが少し面白がっていうと、男の子はおっかなびっくり退いた。
<はい。葵の言った通り、
この子が私の弟神ミーミルです・・・>
ミーミルが目に涙を浮かべながら頭を下げる。
<ごめんなさい>
謝罪に対してダニエルが鼻を鳴らす。
「ミーミル。約束を違ったらしいな。
ちゃんと説明をして欲しいのだが」
フォルトゥーナが頷く。
<私から簡単に説明を致しましょう。
かつて、私とミーミルは地球を作りました。
しかし、人が誕生してからは、
不幸にして亡くなる命が増えていきます。
やがて、私が嘆くようになり、ミーミルもそれを憂いました。
ミーミルは私の悲しみの元凶である、
人間を地球上から絶滅させようと考えました。
私はそれを反対しましたが、押し切られ、代わりに、
1000兆人目の死者が出た時まで絶滅させるのを待つように
約束しました>
「それで、1000兆人目が、結希なの」
葵が言うと、一同が首肯した。
ダニエルだけが「なんだ、主役は最初から決まっていたのか」
こちらを見て肩を竦めたので、苦笑いを返しておいた。
<私は人に生きて欲しかった。人は他者を迫害する傾向がありますが、
守り合う、支え合うこともできる生き物です。
私は地球が人にとって過酷な世界になっても
生き延びられるよう、密かに力を与えました。
それが、結希、葵、ソーニャとキーラ、月子、そしてスカーなのです。
他の者にも力を与えましたが、私の思いを継いでくれたのは、
あなたたちだけ>
フォルトゥーナの長い沈黙。
<対して、ミーミルは、人類を滅ぼすために、
陽子、ダニエル、ロックに強力な力を与えました。
私とミーミルは水面下で、対立関係になっていたのです。
人は死んでいき、残りはダニエル達と、結希達だけになりました。
2組は戦い、結希達が勝った。
でも、ミーミルが癇癪を起してしまって・・・。
地球に『疑似の月』を落としてしまったのです>
「反則だよ」すかさずキーラが言うと、当然だと女神が頷いた。
<私は彼を叱りつけ、力を奪いました。
ミーミルは1000兆年この姿のまま過ごすことになります>
「これから、どうなるんですか?」
伊都子の賢明な質問に対して、女神は言った。
<ミーミルの力と私の力を使い、
地球に天変が起こる前の状態に戻します。
すみやかに行いますので、愚かな姉弟ともどもどうかお許しください>
<ゆ、許してください・・・>
フォルトゥーナとミーミルが頭を下げた。
「地球も、みんなも生き返るってことですか?」
清十郎の言に、<はい。その通りです>女神が頷く。
「そっかぁ。それなら、まぁいいか」
「一件落着・・・なんでしょうか」
紫と伊都子が顔を見合わせて言う。
何かに気付いた葵が素早く挙手をする。
「ちょっと待って!!
それなら、みんなとの思い出は?」
聞いたフォルトゥーナの表情が暗い。女神は静かに言った。
<残りません。
新たな世界に矛盾を残すことに不安があるの>
みんな一様に青くなった。
<でも、こうするしかないの。
最後まで、勝手にしてしまって、ごめんなさい>
ミーミルが一歩前に出る。
そして、何か呪文のようなものを唱え始めた。
フォルトゥーナの背に、後光のようなものが差すようになる。
<ここはもうすぐ崩れます。
さようなら>
既視感に結希ははっとした。
これは全てが始まった時と同じ光景だ。
白い部屋を光が全体を覆ってしまえば、
女神の言う通り何もかもが元通りになってしまう。
「葵っ」
気が付いたら彼女の手を取っていた。
光はどんどん大きくなっていく。
「キーラ。ソーニャ。おいで」4人で紫と伊都子に駆け寄る。
「なんか、とんでもない終わり方だな」
後ろ頭を掻きながら紫が呟く。
「サキ―。
とうもろこし、いっぱい植えてくれて、ありがと」
ソーニャが寂しそうに言った。
「おうっ。またいくらでも植えてやるっ」
目に涙を浮かべた彼が、ソーニャの頭を撫ぜる。
「葵ちゃん・・・」
「ありがとうございました、伊都子さん」
伊都子と葵がハグをした。
「ありがとな、佐藤」紫に強く肩を叩かれる。
厳しくも頼りがいのある兄貴分に、何度救われただろう。
伊都子が結希と葵と交互に見た。「きっとまた借りに来てね」
「行きます、ちゃんと」「行きます。絶対」
何度も頷くと、身を寄せ合った紫と伊都子は離れて行った。
「よっす」
スカーが目の前にきて、口の端を吊り上げる。
彼女は結希と葵、キーラとソーニャに素早く頬を寄せた。
そして彼女は
「ハッピーエンド!」言ってすぐに背を向けた。
そのかっこいい後ろ姿に、大きな声で「ありがとう」と叫んだ。
慌てた様子のすずとクロエが来た。
すずは身を屈めると、キーラを抱きしめた。
「キーラくん。ほんとうに、ありがとう」声が切なく響く。
結希と葵はクロエに向かい合った。
「2人とも。元気でね。
とっても楽しかった」
クロエが投げキッスをした。
「ソーニャもするー」2人はお互いに投げキッスを交わすと、
「うふふ。じゃあね」クロエは自ら光の中へ歩いて行った。
キーラと別れを告げたすずが立ち上がる。
葵へ向けて、「また学校で」と言うと、彼女も光へ向かって歩く。
「みんなぁ!!」月子が目の前に躍り出てくる。
後ろには、三毛と虎、銀も来ていた。
「わぁー!」三毛と虎が葵にぶつかり、結希は銀に足蹴にされる。
「いやぁー」「うぎゃあー」
ソーニャとキーラも乗じてもみくちゃの大騒ぎになる。
葵がむしゃぶりついてくる従者達を労っている間、月子に向き合った。
「月子さん。
ありがとうございました」
「はい。私も。
修行、楽しかったですねぇ」
彼女の笑顔半分が、強い光で見えなくなっている。
とうとう白い部屋全体が、光に包まれたのだ。
「月子さん」三毛と虎に両側から頬を舐められている葵が言った。
月子は葵と手を合わせると、「勇気をくれて、ありがとう」
「え? 私ってば、何にもしてないけど」
「ううん。もらったの。しっかり」彼女が穏やかに微笑む。
「もう行かなきゃ。
陽子ちゃん達が待ってるから」
行こうとした月子に「あのさ!」キーラが叫んだ。
驚いた彼女が振り返る。
「月子のこと、大好きだから!!」
彼女は涙をそのままに、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「私もよぉー! キーラくん!! またねぇ~!」
手を振る彼女が光に包まれた。
「結希ー葵―」
ソーニャが何度も名前を呼んでいる。
「どうしたの?」
葵が訊くと、双子が水分たっぷりの瞳を揺らした。
「僕達も、もう行くね」意を決したようにキーラが頷く。
「ソーニャも、キーラと行くー」
ソーニャがキーラの手をしっかりと握った。
「うん・・・行っておいで」
葵が促すと、あまりにも潔く2人は駆けていった。
「・・・行っちゃった。あの子達が」
彼女が切なく笑うと、透明な涙を流した。
「うん・・・行っちゃったね」
結希は葵の手をぎゅっと握りしめた。
そうこうしている内に、もう光でほとんど何も見えなくなった。
「三毛さん達は?」
「近くにいるわ」
彼女の声が聞こえる方へ、結希は顔を向けた。
例えようのない寂しさが募るが、言いようのない達成感もある。
「・・・結希」
「葵・・・」
手探りで彼女の顔を探り当てた。
優しく引き寄せる。
そして。
ありがとうございました。
ようやくここまでたどり着きました。
あと1話です。よろしくお願いいたします。




