127話 葵とロック
ロックがどんぐりを食べた瞬間、
絶望に縁どられた世界へ、光の輪が波紋のように広がった。
光が地上を満たして空まで達すると、木々が折れるような音がした。
「なんなの?!」葵を抱きしめたすずが叫ぶ。
折れる音はどんどん大きくなっていく。
<あれを見るにゃ!>
虎が指さした方向は、空の真ん中だった。
そこに白い亀裂が入る。
ソーニャのどんぐりがどんどん成長していき、天井を貫いたのだ。
成長にともなって、ロックの生命力が失われていくのが『見え』る。
この世界はもうすぐ壊れるだろう。
「おい。やばそうだぞ。
にげよう!!」
すずとソーニャが『ポータル』へ逃げ込んでいく。
葵も続こうとしたその時、なぜか後ろから呼ばれる気がした。
「ん?」
立ち止まると、すずがこちらを振り向いた。
「どうしたの?」彼女の視線は鋭かった。
「先に行って」
すずの顔が蒼白になっていく。
「どうして?! せっかく助けに来たのにっ」
伸びてきたすずの両手に襟首を掴まれる。
「ごめん。
ちょっと野暮用が・・・」
「どうして、あんたはいつもそうなの?!
ほっときゃいいじゃないっ」
泣いているすずの顔が間近くまで来た。
葵はそれでも、ゆっくりと首を振る。
「ほっとけない」
すずは頭を下げて、大きなため息をついた。
「あー! もー!
わかったわよっ。でも、ずっと待ってるから」
すずが葵の頭に手をのせると、ゆっくりとさすった。
そして、左目の包帯をするすると解いてくれる。
「このお節介焼き」
「ふふ。ごめんね」
かつて『呪視』に潰された左目は、
鮮明にすずの泣き顔を映した。
◇
「はぁっ・・・はぁっ・・・ふぅっ・・・」
廊下を走り、教室に辿りつく。
ホームルーム前の教室は喧騒に包まれていた。
何だか落ち着かず、教室内を行ったり来たりしていると、
平野が取り巻きと一緒に前を通り過ぎていった。
「あれ?」空が光った。
生き物の鼓動のように、やや不規則なパターンで光る。
あの光のことは、よく覚えている。
飛んでいたヘリを落とし、世界から文明を奪った光だ。
窓の外を、見たことも無いような黒い鳥が飛んでいる。
蛍光灯が割れて、教室が一段と暗くなる。
ついにきた、と思った。
気付いたら葵は叫んでいた。
その叫びも虚しく、教室のクラスメイト全員が消え失せる。
「ああ・・・消えてしまった」
<そう。みんな死んだんだ。
自業自得なんだ>
聞き覚えのある声は、ロックのものだった。
「どういうこと?」
胸に手を置くと葵は問うた。
<行いの報いを自分が受けることだよ。
葵と違って>
葵は首を振った。
数えきれない死が報いだったなんて信じられない。
「みんな、ただ生きていただけだよ」
世界が崩壊する前、それぞれみんな必死に生きていた。
葵だけじゃなく、みんな生きたかったはずだ。
<それが罪なのさ。
だから、僕も死ぬんだ>
どこか投げやりなロックに腹が立った。
「あっそ。
それなら私にだって、罪があるはず」
校庭に黒い鳥が降り立った。
啄めば教室ごと潰せそうな嘴が、窓のすぐ外まできた。
<葵は間違いなく被害者だ。
それに・・・>
ロックは何か動揺しているみたいだった。
「どうしたの?」
<わからない。うーん。
いや、何だか、思い出せないことがあってさ>
「私のこと?」葵は窓に近づいた。
<うん。
どこかで葵を見たんだ。
でも、それがどこなのか思い出せない>
鍵を解除して、窓をスライドさせた。
「ああ。
私ってば、なんだか思い出せそう」
飛び降りると、ロックが大きな羽で受け止めてくれる。
葵はふわりと地面に着地した。
瞬間、ロックが羽を散らして消えてしまった。
あたりに残っているのは黒い羽毛だけだ。
ふと顔を上げたら、銀が校庭を横切って行った。
「あ」
葵は胸をつかれながら後を追った。
校門の外で止まった銀に追いつくと、
『呪視』がぴょんぴょん跳ねて、葵の胸に飛びついてきた。
「『呪視』だ」
毛むくじゃらの身体をしっかりと抱きしめた。
葵が怒ってばかりいたから、彼にはたくさんの痛みを与えてしまった。
「ずっと・・・ごめんね」
下校順路を3人で歩いていくと、道路の向こう側に三毛がいた。
「三毛っ」
<こちらです>走り寄ると三毛が静かに脇道の奥を指した。
「こっちって・・・あんまり行ったことないんだけど」
<でも、こちらなのです>
首を捻りながらも、葵はそれに従った。
少し歩いたところに虎がいた。
「あ。虎」
<やっと来たにゃん>
虎は黒を基調としたリボンを差し出した。
「これは・・・?」
リボンには銀色の星々が描かれており、綺麗な夜空を連想させた。
<5本目の従者帯だにゃあ>虎はなぜか満面の笑みだ。
「5本目? なんで5本目なんてあるの?
『4人の従者』なんだから、従者帯は4本でしょ?」
<葵は何にもわかってないにゃ>
虎が三毛に目配せすると、やや申し訳なさそうに三毛が言った。
<もうお気づきかと思ったのですが・・・。
『呪視』が4本目を使っていたのです。
ですから、これは5本目です>
「ええ?
『呪視』ってば、私の従者だったの?」
肩に乗った『呪視』をにらみつける。
<小娘の『目』は、なんのためにあると思っているのだ>
銀が呆れたように長息した。
「だ・か・ら、それならそうと言いなさいよ!
あんたはいつもいつも」
『呪視』を手に取ると、葵はその優しく閉じた瞼にキスをした。
「ありがとね。『呪視』。
てかさ、従者帯ってば5本目なんてあったの?」
3匹が同時に首を振る。
<ない。
だから私の毛を使って、猫達が作ったのだ>
「そういえば、なんかゴソゴソしている時があったわね・・・」
虎の手から従者帯を受け取ると、黒くて細いオーラが見えた。
<あの者と繫がっています>三毛の先導についていく。
三毛のいう通り、見覚えのある弱々しいオーラは、
地面に落ちた小さな生き物と繫がっていた。
思い出した。
あなたはここで死んでいた。
救い上げた体は、あまりにも軽い。
頭の天辺が黒くて嘴がピンク色の、可愛らしい手乗り文鳥。
<・・・やっと思い出した>
ロックがもがくように言った。
「・・・私も」
<2階から外に放り投げられた。
もう飼えないからって。でも、すぐに動けなくなって>
ロックは人に飼われていたけれど、最後に捨てられたのだ。
「・・・そう」
<死んでから、ミーミル様に会った。
お前はかわいそうだって>
「うん」
<あっちには、たくさんの仲間がいた>
「うん」
<だから、みんなで終わらせようって>
ロックは泣いているみたいだった。
<でも。
本当は、楽しいこともあったんだ。
可愛らしい女の子だった。毎日話を聞かせてくれた。
最後は泣いていたのに。全部、忘れてしまっていた>
悲しそうな声だった。
フォルトゥーナは葵達から、生前の記憶を奪うことはなかった。
だが、人類を滅ぼすための尖兵に、生前の記憶があることはある意味酷だ。
これはミーミルなりの優しさだったのかもしれない。
「もういいよ」小さな体を優しく膝の上に置いた。
三毛と虎と銀が、ゆっくりと身を寄せてくる。
「ロック?」呼びかけると、彼は苦しそうに返事をした。
彼が抱えているたくさんの命も苦しんでいる。
「私にできることはある?」
<別にさ・・・人に飼われるのが嫌って訳じゃなかったんだよね。
ただ、それなら最後まで一緒に居たかったってだけで>
軽妙な口調と裏腹に、ロックの瞳から涙が零れ落ちた。
「そっか」
虎と三毛、銀がこちらを見ている。
「ねぇ・・・みんな」
3匹に向かって、葵は精一杯の笑みを作った。
「この子を許しても・・・いい?」
<葵さまが望まれるなら>三毛が葵の手をぺろりと舐めた。
虎は欠伸をしてから<そのための5本目だにゃあ>
銀を見つめると、彼はややあってから尾を2回振った。
それぞれの頭を撫でると、葵は頷いた。
「『呪視』お願い」
自らに課した憎しみに、以前の苛烈さはない。
世界に大穴が開き、千の光が降り注いでくる。
頭が痛くなるくらいの切なさを抱きながら、
葵は従者帯をロックに結びつけた。
許すことで始まる悪夢はなかった。
ただ、そう思い込んでいただけだった。
「ロック。
もし、生まれ変わったら、うちにきなさいね」
◇
耳元で聞き覚えのある子どもの声がする。
「葵・・・・おーい」
「うーん。うるさいなぁ」
仕方なく目を開けると、すっきりとした景色がこちらを覗き込んでいた。
声の出所へ顔を向けると、目を真っ赤にして心配そうなキーラ、
彼にしがみついて涙を浮かべるソーニャ、
葵の開眼に気付いて顔を歪めるすず、喜びのあまり紫に飛びつく伊都子、
起きたぞ、と声をあげて清十郎の肩を叩く紫、
スカーの肩を引き寄せてまっすぐにこちらを見る清十郎がいた。
腹の上には銀の鼻先があり、両足に三毛と虎がそれぞれ齧りついていた。
「み・・・みんな・・・いったい、どうなったの?」
「終わったよ。黒い液体は消えた」
呆れたような、疲れ切ったようなため息をついて、
キーラがそっぽを向く。
ソーニャとすずが抱きついて来る。
「葵」「あおいー」
「ソーニャ。心配かけたね。
あれ、すずちゃんってば、もしかして心配してくれたの?」
「してないしっ」言ったすずはだが、体を離すことはしない。
「ソーニャは心配したー」
「ありがとね」
ソーニャが顔を寄せると、前髪の間から出てきたシロが
葵の頬を舐めてきた。
「ああ。シロも無事だったのね」
体を起こすと、今度は伊都子に抱きすくめられた。
「いたたた」
体中が筋肉痛みたいになっている。
「まるでおばあちゃんね」
「そうだね。ごめんなさい」
「無茶したね」スカーが加わってきた。
「スカウトさんほどじゃあないですけどね」
「言うようになったな」
スカーの顔はまだ疲れ切っていたが、笑顔が光っている。
葵は景色の高さに気付く。
「清十郎さん、ここは?」
「ああ、ここはソーニャがロックに食わせたどんぐりが
成長したクヌギの上だ」
「ええっと・・・うん」
キーラが『賢者の真心の王国』を開いて、
クヌギの立体映像を見せてくれる。
「普通は大きくても20メートルくらいなんだけど、
ソーニャが植えたから、80メートルほどに成長した」
ソーニャが植えたから80メートル、のところが意味がわからないが、
とりあえず頷いた。
キーラがクヌギの枝で作ったという足場の縁まで歩き、下界を見下ろす。
街の半分が森に変わりつつあった。
びっくりして口が開いたままになった葵の隣へ、
すずと一緒にソーニャが来てくれる。
「あのキリンさんね」
「うん」
「たくさんのオドを持ってたの。
それで、ここを森にして欲しいって」
葵は小さく首肯した。
「・・・そっか。そういうことか」
「ねぇ、空を見て」
すずが遠くを指すその先には、月があった。
昼間でもはっきりと見えるほどに輝いている。
「あれは・・・」
「月だよ」葵よりも先に、キーラが言った。
『真実を見通す目』が、月の凄まじい落下をとらえる。
あれは、実は月ではない。
地球を転変させるときにミーミルが作った地球破壊装置だ。
それが、地上に向かって落ちてきているのだ。
「ふふ」
終焉を前にして葵は微笑みを浮かべた。
自分達は勝ったのだ。
ありがとうございました。
あと3話で終了です。
読んで頂いている方々に感謝です。




