121話 キーラ
「これでラスト!!」爆弾のスイッチを連打する。
人類が残した貴重な建物の倒壊を礎にして、
数十体もの腫瘍持ちが絶命していった。
「だいぶ巻き込んだなっ」
紫は軽快に言ったが、その横顔には余裕がない。
キーラはナビの画面でロックの所在を確認する。
奴は少し離れた上空で、腫瘍持ちを次々産み落としていた。
すぐに伊都子の銃撃が響いた。もう次の攻撃が始まったのだ。
キーラは2機のドローンを操作して、ハンヴィーの上空へ位置させた。
改良型ドローンには、伊都子が持っているライフルと
同じものが搭載されている。
近付いて来る腫瘍持ちへ向かって射撃を開始する。
しかし、物陰を利用してうまく躱された。
伊都子の射撃はもちろん、ドローンからの射撃に対しても、
腫瘍持ち達はうまく回避する術を身につけ始めている。
やつらは学習しているのだ。
「綱渡りだ」
紫がタイヤを狙って突進して来た敵を、ハンドル操作で躱す。
「はい、伊都子さんっ」
「ありがとう!」
バックミラーに、すずが伊都子へ
追加のマガジンを渡しているのが映った。
今はみんなの協力で何とか進めているが、
少しでもバランスを崩したらおしまいだろう。
強い風が吹いたと思ったら、車体が大きく揺れる。
「きゃあ!!」伊都子がルーフから落ちてくる。
「どうしたの?!」
葵が伊都子を支えた直後、
めきめきと音を立ててハンヴィーのサイドが凹んだ。
窓際に、縦にならんだ黒い影がいくつか見える。
強い衝撃とともに、車体が停止する。
「ど、どうなってんだ!?」
紫はアクセルを踏んでいるが、タイヤが擦れる音がするばかりで、
ハンヴィーはまったく前に進まない。
おそらく大きな力がハンヴィーにのしかかり、動きを阻害しているのだ。
<つかまえた>
奇妙な声は、男とも女とも、子どもとも老人とも取れる声だった。
瞬間、地響きのような音とともに、車体が浮かび上がった。
上下左右に揺れる車内で「みんな掴まれ!!」紫が叫ぶ。
ボンネットに三毛と虎がしがみついている背景が、
地面から建物の屋根へ、そしてさらに空へ到達する。
「う、うわあああああああああ」
浮遊感に嗚咽しながら、キーラはナビを確認した。
ハンヴィーの丁度真上にロックの反応がある。
「ま、まさか」
おそらくキーラ達は黒鳥ロックにハンヴィーごと
抱え上げられて、空を飛んでいるのだ。
キーラは咄嗟に、ロックが上空で車体を手放すところを想像した。
「ど、どうなってるんですかぁ?!」半泣きのすずが叫んだ。
「だ、大丈夫。とりあえず座って」
混乱するすずを伊都子が必死でなだめる。
「みんな、ちゃんとベルトをしろ」
紫が後部座席に向かい皆を落ち着かせる。
全員がシートベルトをすると、またあの声がした。
<みんな落ち着いた?>
声には虫をいたぶって殺す子どものような、
無邪気ゆえの残忍さがあった。
何かを言えば、すぐに握りつぶされてしまう予感が
車内に充満している。
沈黙が訪れる。
しかし、その中で死の気配に負けない者がいた。
葵だ。
葵だけが怒りを眦に宿し、ルーフを見上げている。
<葵さ。
三毛と虎に、悪さをしないように伝えてもらっていい?>
有無を言わせぬロックの口ぶりに、葵が小さく頷いた。
彼女はボンネットに引っかかっている三毛虎に手の平を向けて、
ゆっくり下げた。
<ありがと。
これでゆっくり話せるね>
ロックは嬉しそうだった。
「あんたと私が、何を話すって言うの?」
ベルトを握り締めた葵の目がじっと細くなる。
<いやさ。
葵がこっちに来てくれたら、
みんなを助けてあげようと思って>
それまで大人しくしていた銀が、轟と咆えた。
歯を剥きだしにしてルーフを睨みつける。
「銀・・・わかったから」彼女は静かに銀の額に手を置いた。
景色はどんどん上空へと向かって行く。
「私が行かなかったら、どうするの?」
葵は何でそんなことを訊いたのだろう。キーラは胸騒ぎがした。
<別に死体でもいいんだ>
キーラは心臓を掴まれたような脅威を感じて、無意識に身を縮ませた。
「あんた、人の命を何だと思ってるの?」声は怒りで震えている。
<知らないよ、そんなの。
人じゃないし>
めきめきと音を立て、ハンヴィーの強化したフレームが歪んだ。
「うわぁ!」
「ひぃ」頭を押さえて、恐怖に慄く。
今生きていられるのは、ロックの気まぐれなのだと思い知らされる。
「やめてっ・・・。
行けばいいんでしょ?」
彼女がベルトを外して立ち上がった。
<そうこなくっちゃ!>
突如ルーフがぶち破られ、血の色をした触手が車内に侵入して来た。
誰もが呆気にとられる中、葵の首が触手に巻かれる。
「やめろぉ!!」
キーラが叫ぶよりも早く、銀が触手に噛みついていた。
だが、それを見た葵が手を振って制する。
「銀・・・大人しくして・・・」
首が締められて苦しそうだ。こんなの最悪だ。
「葵ちゃん!!」
飛び出した紫が、ナイフを触手に突き刺した。
「おっさん・・・私は、大丈夫・・・・だから」
「大丈夫なワケあるか!」
「葵・・・待ってよ。行かないでよ!!」
葵の手を掴んだすずが泣き叫ぶ。
キーラも加わり、伊都子と一緒に葵の手を下に向かって引っ張った。
「葵・・・だめだって!!」
<はい、もうおしまい>
触手が信じられないほど震えて、みんなの手が振り解かれる。
「わぁああ!!」
葵が一瞬で奪い去られた。
<ばいばい>
喜々としたロックの声が響いた直後、ハンヴィーは空中に投げ出された。
ありがとうございました。




