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119話 月子

校門を抜けて学校前の一本道に出ると、

三間の距離を置いて2人は向かい合った。

あと数秒すれば、命懸けて相打つだろう。

肺の中の空気を全て吐き出して腹を締める。

最初の課題は、怯まず前に出ることだ。

刀を抜かない月子を見て、陽子がすっと目を細めた。

あの日、言えなかった言葉を探す。

私だって苦しかった。あなたを失って、苦しかった。

表情は変えず、こころの中で叫ぶ。

「前から被害者ぶるの好きだよね」

陽子が冷たく言い放ち、横一文字に振った。

太刀から生じる獄炎が月子の鼻先を掠める。

動かない月子に、陽子が憎々しげに舌打ちをした。

「陽子ちゃん」

言葉は、音を立てて踏み込んだ妹の斬撃に遮られる。

躱しながら、こんな小さな声で言う言葉ではないか、と思った。

身体の芯に生命力をみなぎらせて叫び、

「陽子ちゃん!!」体を捻りつつ返陽月を抜く。

圧縮された水の噴出により、

凄まじい推力を得た返陽月が袈裟に舞う。

しかしそれは、他の剣術家が見たら絶賛するだろう、

陽子のなめらかな受け流しによって、無に帰される。

だが、本命は次だ。

陽子が受けたと思っている刃は本物ではなく、

月子が水で作った仮初めの刃である。

それは熱を受けて霧とともに消えたが、

念じることで月子の濡れた身体から水が集まり、

瞬時に切っ先を作り出される。

「!!」

一歩踏み込み、肩口を撫で斬りにする。

頬についた返り血が熱かった。

目頭が熱くなり、呼吸が冷たくなり、手先が震えた。

下がりながら、身体を反転させて後ろ蹴りを放つ。

めり込んだ踵の感触は、確実に腹筋を貫いて、

内臓に衝撃を与えたはずだ。

しかし、陽子はふらついたものの、呻き声一つ上げない。

「みんな、陽子ちゃんは凄いって。

・・・私はいつもそれを黙って聞いてた」

陽子が姿勢を崩した分、月子が高みから見下ろす。

「でも・・・・私も死ぬほどやってきた」

陽子が何か言い返そうと口を開けたが、すぐに閉じてしまう。

月子は胸の高さまで拳を上げて、陽子に見せた。

「姉ちゃんが、稽古つけてやる。

かかってこい!!」

月子の台詞を聞いた陽子が、唇を弧に歪ませて笑った。

「ずっと黙ってたと思ったら今度はベラベラとっ!」

その凶悪な笑みに呼応して、太刀に紅蓮が灯される。

火は見るものを怯えさせる程、大きく赤く噴き上がった。

「はぁぁぁぁあああああああっ」

陽子が声を出すと、膨れ上がった炎が薄く小さく研ぎ澄まされていく。

それは、やがて赤から白へと変色する。

赤の熱を超えた白炎。

これこそが陽子の炎の、真の姿だった。

月子は雨と鈴の音に耳をすませる。

りーん。りーん。

鞘に収めた返陽月を一振りすると、

水によって形成された三日月の斬撃が飛んだ。

斬撃は薄く透明であるため、受けることも避けることも非常に困難だ。

陽子は胸に被弾する。出血は少なくはない。

「きかねぇよ!!」

月子はさらに一振り浴びせかけた。

勘のいい陽子は、今度はその一撃を受け止めて蒸発させる。

二回目で完全に見切られるとは思わなかった。

しかし、その隙に月子は側面に回り込んでいる。

対角線上には、ガードレールがあり、その先には川がある。

一度鞘に収めた刀を、近距離で引き絞りながら抜く。

陽子は立てた太刀をそのまま前に押し出して、

こちらの剣を受け止めた。

「ううううう!!」

全体重を返陽月にのせて、陽子を押し切った。

陽子は後方に吹き飛ぶ。

いや、攻勢に出た月子に合わせて、後ろに逃げたのだ。

空中で体勢を整えた陽子目がけて、月子も飛んだ。

勢いの乗った斬撃を見舞う。

陽子は空中であるにも関わらず、

天才的な身のこなしですべて受け流した。

しかし、彼女の太刀から白炎はかき消され、刀身が剥き出しになる。

「馬鹿な」狼狽した陽子が言う。

着地を意識した陽子の腹に蹴りを入れて、月子は後ろに跳ねた。

体勢を崩した陽子は倒れ、月子は軽々と河原に着地する。

「なんなのあんた・・・!」

陽子の声が途切れる前に、鞘に納めていた返陽月を解放した。

神速の刃を前にして、たまらず陽子が後ろへ逃れる。

月子は流れるように後を追った。

炎が消えた彼女の太刀はいかにも心許無く、

月子の刀は水が流れるが如く、勢いを増していく。

「舐めるなぁ!!」

陽子の怒りを源にした炎が再び太刀に灯った。

辺りの空気を飲み込むような炎が襲ってくるが、月子は居合で斬り捨てる。

陽子は距離を押しつぶすように踏み込むと、鍔迫り合いに持ち込んできた。

剣道をしてきた陽子の方が、鍔迫り合いの経験は多い。

さらに、月子は隻腕だ。

両手を使う相手には、普通なら力負けしてしまうところだろう。

追いつめられながらも常に勝率の髙い選択肢を

選び続ける陽子のセンスは凄まじい。

だが、月子も負けられなかった。

義手で陽子の脇腹を叩く。

軽い一撃だが、陽子の体がわずかに右に逸れた。

体が右に逸れたことで、左の重心がおろそかになった。

そこを全力で衝く。

「うああぁぁぁぁぁあああ!」一気加勢。

陽子を退けて、月子が前に出る。

どんどん陽子を追い詰めていく。

陽子の後ろに、川が見える。あと3歩の位置だ。

最後の一押しというところで、陽子が踏ん張った。

「いい加減にしろよ・・・!」

陽子が体の力を一瞬だけ抜いて、月子を誘い込む。

やや前のめりになった手首に、

小さな動きで太刀を振り下ろしてくる。

この技は『蜻蛉』という、地味であるが産土流の実戦的な一手である。

月子は、妹が産土流を覚えていたという感慨よりも先に、

回り込んで陽子の側面に入っている。

月子自ら編み出した『蜻蛉』封じの手順だ。

もちろん陽子は知らない。

陰で作り上げ、月夜でひたすら研いできた業だからだ。

顏のすぐ横で、太刀が流れていくのを見守って、一歩踏み込む。

体が密着すると、相手の息が頬にかかった。

陽子が後ろに引こうとする左足に合わせて、

月子は右足を前に出す。

そうすることで、間合いは密着した時とほとんど変わらない。

「なにこれ?」

密着しているので、互いに不戦の状況に入っている。

不戦は産土の本懐である。これを産土流奥義『懐踏み』という。

少しでも腕を動かせば、月子が攻撃するのが分かっているのだろう、

陽子はそれ以上何もできなくなる。

「ふふふざけるなんでこんなこと」

動揺した様子の陽子を見ていると、

自分がどんどん冷静になっていくのがわかった。

「私だけの力じゃない。

これは、みんなからもらった・・・っ!」

なりふり構わず覆いかぶさってきた陽子を柔でいなし、

強烈な蹴りを放つ。

妹は悲鳴を上げながら川に落ちていった。

ありがとうございました。

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