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115話 結希

喪失は結希の人生につきまとった。

両親との生活では、愛情の喪失。

真紀子との出会いでは、信頼の喪失。

世界が天変してからは、命の喪失。

だから結希が毎日、

大切な仲間達の喪失を意識することは自然なことである。

葵に笑顔で語りかけながら、脳裏で血みどろの彼女を想像した。

想像で得た絶望を糧に、絶えまなく準備を続けた。

それでもダニエルとの出会いでは、クロエを失ってしまった。

まさに想像通りの喪失が、結希にさらなる鮮明さを与えた。

日々は、並大抵ではなかった。


そして。

喪失を覚悟し続けた青年の日々が、報われる時が来た。


   ◇


朝日が頭を出した頃、結希は立ち上がって屈伸をした。

身体の芯が熱を持っているのに、頭は氷のように冷静だった。

袖をまくり、靴紐を結びなおす。

水滴が落ちる音がしたと思ったら、隣に月子がいた。

2人は視線すら交わさずに、

だが、確かな一体感でもってそこにいた。

一陣の湿った風が髪を撫でる。

みんなに黙って此処にいることを申し訳なく思う。

とくに葵は心配するだろうが、どうしても必要なことだった。

力が弱まって、途切れる瞬間がもうすぐ訪れる。

喪失には匂いがある。今の結希になら嗅ぎ取れるのだ。

耳元から、清十郎の声が聞こえた。

彼がやろうとしていることはあまりにも尊かったが、

それを全うさせるつもりは毛頭ない。

「そろそろ」

月子の声は冷静だったが、手に持ったペットボトルの中身は

飛び出さんばかりに荒れ狂っている。

結希はそれを受け取ると、ようやく彼女と目を合わせた。

そこには、鋭く研ぎ澄まされた笑みがあった。

ペットボトルの水が収まる。

一口飲むと、喉を水が通っていく。

場を保っていた力が消え失せた。

瞬間、突如として宿敵の『3人』が姿を現す。


ダニエル、陽子、ロック。


まず、漆黒のフードを被ったダニエルが、

さながら死神のように手をかざした。

彼の周囲に無数の棘が出現したと思ったら、

それらは集合して巨大な鎌へと形を変える。

鋭利な刃が規則的な回転とともに、スカーと清十郎の首へ襲いかかる。

結希はすでに走り出していた。

だが、先に距離を詰めていたのは月子の方だった。

虹の鯉に乗った彼女は滑るように地面を走った後、

空中に身を投げ出した。

虹の鯉が月子を追うように跳ねると、

身体を反りながら尾を振り回してぶつける。

激しくぶつけられた尾を蹴って急激に加速した月子が、

鎌と清十郎達の間に滑り込んだ。

間一髪。

空振りした鎌が地面に刺さった背景に、月子達が着地する。

土煙が何もかもを覆い隠した。

それを突き抜けて、結希はダニエルの懐に入る。


恐れはない。


最初から全力渾身の『トールの雷竜』が、

シェルターのごときダニエルの防御ごと飲み込んだ。

間髪入れず口を閉じた『雷竜』の腹が大爆発する。

爆発は刃のように振り下ろされる雷の波状攻撃である。

目じりが焼けるのも構わず、雷光入り乱れる中へ踏み込むと、

拳の中にいくつもの雷撃を詰め込んだ。

膨張しようとする熱を圧縮したところへ

さらに力を注ぎ込むと、それは小さな恒星のごとき力となる。

「くらえ」

高速致死の連打は、『麒麟』によって寸分たがわず弱点に撃ち込まれた。

迷いない滅殺を前提とした業は、音を置き去りにした。

光だけが辺りを目映く照らし、音は最後の一撃でようやく追いつく。

轟。

防御が完全に砕け散り、生身の彼が姿を現す。

あ、から始まる叫びで雷鳴を呼び込んだ。

指先に燃えるような熱が生じて、宿敵の痩躯に叩きつけられる。

くの字に折れた身体は、鉄の校門にぶち当たって沈黙した。

『麒麟』が背後からの不意打ちに反応する。

振り返った視界に陽炎が見えたが、

それをはじき返したのは、水を含んだ返陽月であった。

休憩所を一刀のうちに破壊してのけた強烈な居合切りが、

風景に線を引くような赤い火花を消し去った。

水が蒸発する香ばしい匂いを嗅ぎながら、

結希は炎の剣士めがけて蹴りを放つ。

すかさず刀身で受けた陽子の体が浮いた。


そんなもので、受けきれると思っているのか。


結希は身体を捻り、足先に体重をのせた。

金属が軋む音とともに、女剣士の身体が派手に吹き飛んでいく。

全身のばねが生んだ反発を回転力に変え、

その場でくるりと回ると音もなく着地する。

幾度もの戦いを通して、結希の肉体は全盛期を迎えていた。

キーラ特性の耐熱強化された靴底が白煙を上げる。

それを地面に押し付けると、結希は清十郎のもとへ走った。

「清十郎さんっ」

「ゆ、ゆっきー・・・月子さん」

疲れ切った彼の顔は蒼白であったが、

気を失っているスカーの身体をしっかりと抱きしめている。

「清十郎さん、スカウトさん。

よかった」

「ああ・・・全部お見通し、だったのか」

わずかな遺憾と羨望のまなざしを受けて、苦笑いした。

「いえ。

失敗できなかっただけです」今更ながら震えがくる。

「移動します」月子が虹の鯉を呼び戻した。

鯉がみんなの足元から浮かび上がり、身体を持ち上げる。

「わわ・・・」

「大丈夫です。そのままでいてください。

紫さん達のところへ運びます」

虹の鯉が仲間達の方へ、地面の上うねりながら泳ぎ始めた。

「・・・いつのまに、こんなこと」

「川で泳いだ成果ですよ」月子が誇らしげに笑う。

ハンヴィーのもとへ到着すると、

「ジュ―ロー!!」

半べそのキーラを先頭にして、みんなが駆け寄ってきた。

「みんな無事か?!」紫が叫んだ。

「ああ、スカーを頼む・・・」

清十郎はスカーを紫に預けると、

気が抜けたのかその場に膝をついた。

「清十郎さん」

「とりあえず車に乗れ」

結希は清十郎の身体を支えて、ハンヴィーへ連れていく。

伊都子が清十郎に手を貸すのを見届けると、

虹の鯉の上で仁王立ちしている月子に声をかける。

「月子さん」

凛々しき後ろ姿に訊くと、

彼女が組んだ腕をゆっくりと解いて上空を指さした。

校舎に大きな影を落としているのは、巨大な黒鳥ロックだ。

「結希」葵が駆け寄ってくる。

「いろいろ言いたいことはあるけど、助かった」

「いいんだ」

とても冷たい手が背中に触れてきた。

「私も残るわ」

葵の言に結希は首を振った。

「君がいないと、みんなを守れない」

校庭の端で火柱が上がった。

紅蓮を背に陽子がこちらに歩いてくるのが見える。

思い切り蹴りつけたにも関わらず、

彼女にダメージを受けた様子はない。

月子が刀を鞘に納め、胸の前で両手を合わせた。

虹の鯉が大量の水へと姿を変え、

中空に河川が生じたかのように流れを作ると、

螺旋を描きながら火柱に降り注いだ。

陽子によって放たれた火がみるみる鎮火していく。

それを見た陽子が、裂けるような微笑みを浮かべた。

一触即発は避けられない。

「・・・出発して」

深い覚悟を感じさせる月子の声は、全員に届いただろう。

車に乗ったキーラと目が合う。

結希はクロエのようにウィンクをしてみせた。

意外そうに目を見開いたキーラが、ややあって強く頷く。

一瞬のうちで、紫と伊都子を見た。2人がしっかり頷いてくれる。

涙を浮かべた葵をひょいと抱えると、銀の背に乗せた。

「結希」

覚悟していた葵との別れを前に、笑顔で応えてみせる。

「ぼくは、絶対に負けないから」

「うん」

ハンヴィーと銀の足音が離れて行くのを背に感じながら、

中空でロックと合流したダニエルに目を向ける。

彼にもダメージらしいダメージはなさそうだった。

ダニエルが黒い霧が作り出し、月子の操る水を霧散させた。

「ぐ」

のけぞった月子の背をそっと支えて、

「僕に任せてください」結希は前に出た。

「結希と月子。

2人とも見違えたよ」

ダニエルの声がはっきりと聞こえた。

余裕のある声色だが、彼が結希と月子の速さを警戒しているのがわかった。

結希はこの時間を使って、葵に思いを馳せた。

初めて会った時に見た、眼鏡の奥にある大きな瞳。

みんなを守るために、失明してまで戦い抜いた青白い頬。

顏半分に朝日を浴びて、眩しそうに目を閉じる姿。

そして、風に揺れるくせっ毛。

葵は自分がくせっ毛ということを気にしていたようだが、

結希は彼女の髪が大好きだった。

中空に手を伸ばそうとして、それを握り締める。

絶対に、もう一度。

ありがとうございました。

頑張っていきます。

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