112話 フォルトゥーナ
<ミーミル>
女神は弟に声をかけた。
ここは何もかもが巨大である。
<姉さん>
見渡せる窓際から目を放すと、ミーミルがこちらを向いた。
緑色の瞳孔内には、流星のような輝きの残像があった。
見ているフォルトゥーナのこころが、振り子のように揺れる。
<何を、していたの?>
両親が遠くへと旅だってからというもの、
彼とはともに悠久の時を過ごしてきた。
長い時は互いの間に、真の恩愛を生み出していた。
ミーミルの目や吐息や仕草のひとつひとつから、自分へ向かう愛を感じる。
<見ていました。あの星を>
姉に語りかけられるのが嬉しい、とミーミルは目顏で語ってきた。
<あのね・・・ミーミル>
<はい。姉上>弟が瞑目して膝をついた。
両肩に触れて立ち上がらせると、フォルトゥーナは笑みを浮かべた。
笑みが彼の琴線に触れて、音を立てるのがわかる。
宇宙にある音の中でも、もっとも美しく気高い部類の音である。
フォルトゥーナは振り向くと、
部屋の隅で姉弟を見つめる従者達に暇を与えた。
1万の従者がいそいそと部屋から出て行く。
最後の従者が扉を閉めた時、フォルトゥーナは
ミーミルに頭を下げて許しを乞おうとした。
自分が至らないせいで、ミーミルに心配をかけてしまい、
結果として人間を巻き込んだ争いへと発展してしまったのだから。
<ミーミル・・・>
結希達がミーミルの尖兵である『3人』に負けることは、
戦力差からみてもあきらかだった。
フォルトゥーナは、もうこれ以上無用な争いをしたくはなかった。
もうあの星のことは忘れましょう。私も忘れますから。
喉から出かかった言葉を飲み込んだのは、
地球で必死に生きている結希と葵を思い出したからだ。
もう、フォルトゥーナもミーミルも、地球の人間達も、
後戻りできないところまできている。
1000年先を見通す姉弟は、互いを見つめ合う。
胸に抱いた痛みが宇宙創成の力を帯びた時、
ミーミルが手を握ってくれた。
<姉上。
すみません、僕はただ>
ミーミルが目を伏せた。こんな顔をさせたかった訳じゃない。
フォルトゥーナは逃げ出すように部屋から出た。
無限に続く回廊を抜け出すと、
空気のある星々に咲く花で作った庭園に出た。
庭園の中心にあるガゼボに入る。
ガゼポは宇宙の中心であり、
ここからは大小さまざまな種類の太陽が見える。
腰掛けると、テーブルの上に置いてある飲みかけのグラスに触れた。
グラスの縁についた一滴の中に、地球で死んだ人々の魂が籠められている。
居場所がなくなれば、この魂たちは輪廻から弾かれて
行き場を失ってしまうだろう。
フォルトゥーナは、目を閉じて大きく息を吸った。
人類に広い場所は必要ない。
あの小さな星で、ただ平和に過ごせばいいものを。
争いを忘れ、他者を敬い、土地を共有し、
ただ生を全うすればいいだけだろうに、なぜそれができない。
神たる自分がこんな感情を抱くことは、不合理そのものである。
だが、母から頂いた慈愛がそれを許さないのだ。
<結希・・・葵・・・>
彼らの顔が忘れられない。
あの2人は、自分にとって特別なのだ。
今や、結希と葵が素晴らしい生を全うできることこそが、
人類の存在が許される唯一の方法である。
託した魂がどんな最後を迎えるのか、この目で見てみたい。
グラスをテーブルの中央にそっと置くと、フォルトゥーナは立ち上がった。
区切りがよかったので、来週予定の1話を更新いたしました。
次話は来週末に更新をいたします。




