111話 結希
「あー疲れた」
昼間にこき使われたせいで身体中が痛い。
夕食を終えて歯を磨いていると、ソーニャに呼ばれた。
「ゆきー。きてー」
手を引かれて外に出ると、
キーラと葵がパイプ椅子に座っていた。
「きたきた」
葵が立ち上がり、結希の椅子を出してくれる。
「どうしたの?」
「まぁまぁ座りなよ」
「すわりなよー」
「はいはい」
保健室の灯りはここにはあまり届かない。
だから、庭園がよく見えるのはオドの光と月のおかげだ。
「作業お疲れさま。結希がいたから、早く終わったよ」
キーラがくれたカルピスソーダを受け取って、タブを引いた。
昼間に紫が自販機荒らしをして持ってきたそうだ。
保存期間は過ぎていないので、まだ飲める。
「ありがとう、キーラ」
カルピスソーダはよく冷えている。
「結希ったら、いい歳して甘いのが好きなのよ」
「そうなんだー。
ソーニャも甘いの好きだよ」
ソーニャと葵の手にはイチゴミルクがあった。
僕のよりもそっちの方が甘いんじゃあ、と思うが口には出さない。
結希は少し上向いて広がる夜空を見た。
瞬きをすると、4人で過ごしていた日々が思い出された。
あのキーホルダーを、みんな大事に持ってくれている。
「あれー」
2つある月のうち片方を、ソーニャが指さした。
「なんだよ」
キーラが彼女の指先を追う。
「あれ、月のお友達」
「月のお友達?」
キーラがぼうっとしている葵の肩を叩いた。
「ちょっと、あれ見て」
目を閉じてリラックスしていたが、月を見た瞬間に大きく見開いた。
「あれってば、月じゃない。
オドの塊だわ」
葵がはっきりと言った。
「オドって、このオド?」
キーラが校庭を飛び回る光を指さす。
結希は立ち上がって背伸びをした。
「・・・そうか。
あれは月じゃないんだな」
呟くと、葵も立ち上がって背伸びをした。
「そう、だね。
なんで今まで気が付かなかったんだろうね」
キーラが2人の様子を見て眉を寄せる。
「結希と葵は、何を言ってるの?」
返事をせずただ微笑みを返すと、やがてキーラも頷く。
「・・・最初から、決まっていたんだ」
言った彼の頭に、結希と葵は手をのせた。
「ソーニャもー」
案の定羨ましがった彼女の頭にも、結希達は手をのせてやる。
4人が手と頭を通して繫がっている。
「・・・どうするの?」
少し不安そうに言ったキーラへ、
「どうもしない。ただ、自分がやるべき事をする」
「最初からそうするつもりだったし」
2人の決意に対して、「そんな馬鹿みたいに割り切れたらな」
呆れた様子でキーラが呟いた。
「ソーニャも」
「え」
結希は膝をついて彼女に視線を合わせた。
「ソーニャもね、結希と葵にさんせーっ。
だって、クロエにちゃんと見せたいもん」
ソーニャの笑顔にはわずかな憂いがあったが、
冬を乗り越えた強さも秘められていた。
ソーニャの言動に驚いた結希は、葵へ視線を運んだ。
彼女は、やっと気づいたか、と言わんばかりに頷く。
知らないうちに、みんな強くなっていたのだ。
キーラが少し離れた場所に転がっていた小石を蹴った。
「僕さ、最初結希のこと嫌いだった」
背を向けた彼の表情は見えない。
思い出せば、最初のキーラは結希をずっと警戒していた。
だが、面と向かって嫌いだと言われると、少し落ち込む。
それなのに、視界の端で葵がうんうんと頷いていたので、
結希はがっくりと力が抜けた。
「でもさ・・・」
キーラ軽々と夜を払うように振り向いた。
「結希のことも、葵のことも
今はこんなにも好きになった」
言われた瞬間、目が熱くなった。
「はぁ~?!
私のことも嫌いだったってか?」
ふざけて言いながら、葵は少し泣いていた。
「葵は知ってたでしょ。
『目』があるんだからっ」
葵が追うと、キーラは逃げ出した。
「ちょっと待ちなさい」
「やだよ」
追いつけなかった葵は、三毛虎を呼んでけしかける。
「キーラを捕まえてこい!」
どこからともなく現れた2匹が、うんみゃーと返事をした。
「ぎゃー」
しばらく追いかけっこを見ていた結希は、
「僕達も行こう」ソーニャを抱えて騒ぎに加わった。
「先にキーラを捕まえた人が勝ち!」
葵に意味のわからないルールを作られて、
慌てるキーラをみんなで追いかける。
「私のこと大好きだって言ったら許してやるわよ!」
葵が叫んだ。
ソーニャが「大好きー」だと叫ぶ。
「やー嬉しいっ。もっと言って」
葵がソーニャに抱きつく。
「大好きだ」
結希も叫んだので、「結希は言わなくて良いってばー!」
葵が真っ赤になる。
結希達がキーラを追い越すと、今度は追われる番になる。
背中に乗ったソーニャが「走れー。ゆきー」と騒いだ。
猫達に足を掴まれて走れなくなったところに、
葵とキーラが突撃してきた。
「ぐわー」
最後に抱き合い、もつれるようにみんなで倒れた。
「はぁ・・・はぁ・・・たのしかった」
満天の星が見える。左右に首を振ると全員の顔が見えた。
「あーもう、めちゃくちゃだよ」
キーラはうんざりしたように言ったが、
本心はその笑顔を見れば分かる。
「ふふっ。
キーラは素直になったねぇ」
「うるさいな。
そうしろってクロエに言われたんだよ」
キーラの頭を撫でる葵の手が一瞬止まる。
「そっかぁ」彼女はなんてやさしい表情をするのだろう。
遠くで銀がこちらを見たが、欠伸をひとつして離れていった。
見ている何もかもが特別に感じる。
どれだけ素晴らしい絵画でも、偉大な音楽でも、
かけがえのないこの瞬間をあらわすことはできないだろう。
今日は久しぶりにみんなと眠ることにした。
ありがとうございました。
次回は来週末に更新をいたします。




