109話 月子
数度の改良を加えられた義手に、関節が1つ増えた。
キーラ曰く増えた理由は、
「骨のしなやかさを再現するため」とのことだ。
ちなみ関節は、月子の体の動きに従って曲げ伸ばしが可能になった。
義手と返陽月を携えて中庭に出ると、
少し離れた屋根付きの休憩所に、
キーラと結希と葵とすずの4人が待っていた。
今日は義手の動きをチェックするために、
みんなが見てくれることになったのだ。
「ちゃんと見てるからねー」葵がこちらに手を振ってくれる。
彼女の『真実を見通す目』なら、
オーラを含めて月子の動きを精査してくれるに違いない。
「うん。
ありがとー」
胸の前で手を振り言うと、ゆっくりと息を抜いた。
みんなにじっと見られるのは緊張する。
道場で練習をするとき、月子はよく子ども達の見本になったものだが、
それとは一味違った緊張感だ。
「いつも通り、刀を振ってみて」
こちらにひたとカメラを向けながら、
真剣な表情でキーラが言った。
「う、うん」
腕を失ってから、月子はろくに刀を振っていない。
ちゃんといつも通りにすることができるだろうか。
「いつも通り・・・いつも通りに」
柄を握って、思うまま動いてみる。
多少のぎこちなさはあるが、抜刀することはできた。
返陽月の刀身は折れて痛々しいが、
そのおかげで、何とか片手で扱うことのできる重さになっていた。
「てかさ。
月子さんってば怪我したんだから、
いつも通りってムズくない?」
葵が立ち上がって言った。彼女はいつも一生懸命だ。
「・・・それはそうだけど、言葉の綾だよ」
「綾って、難しい言葉を知ってるんだねキーラ」
結希がよくわからないフォローをする。
「みんなうるさいなぁ。
とりあえず、やってみるしかないでしょ」
ため息交じりのすずがまとめる。
とりあえず正眼に構えていた月子だったが、
みんなのやりとりが面白くて吹き出してしまう。
「ほら。
結希ってば、静かにしなさいよ。
月子さんが集中できないでしょ!」
「ぼ、僕のせい?」
「葵の声が一番大きいよ。
これじゃあチェックになんないよもー」
「私はっ、うるさくなんてっ、してないわよ!」
見かねたすずが人差し指を立てて、
「だ・か・ら、それがうるさいのよ。
あんたは」
自然と生じた笑みが、月子の全身から力みを抜いていく。
まずは袈裟に、そして逆袈裟に振ってみる。
「あ」
今まで手に吸いつくようだった返陽月が、
路傍の石のように手から離れて落ちた。
「わーごめんなさいっ!」
月子は膝をついて返陽月に謝った。
祖父からもらった大事な刀を慌てて拾い上げて、思わず胸に抱く。
「月子さん。
怪我はない?」
駆けつけてくれたみんなに力なく頷く。
大事な刀を取り落としたことなど、生まれて初めてだった。
「はい・・・」泣きそうになっていると、キーラと目が合った。
「最初はできなくて当たり前だよ」
隣に屈んだ彼が、返陽月と月子の体を交互に見た。
その間、すずが義手をチェックしてくれる。
「もっと気楽に。
他にも方法はたくさんあるんだから」
「・・・うん」
「月子さん。ちょっといいかな?」葵が肩に手を置いてきた。
「うん」
手を顎に当てて思案するように宙を見つめながら、彼女は言った。
「禅をしていた時の、水が溢れていたような、
遊んでいたような、あんな感じが出せない?」
「水の力を使うってこと?
でも、あれは新しい力で」
確信めいた目で、葵が月子を射貫いた。
「それがいいの。
月子さんは左手を気にしすぎているし。
前と同じようにしたら駄目な気がする。
今の月子さんは前とは違うんだから」
言葉は月子にわずかな痛みと、新たな見解をもたらした。
ゆっくりと瞬きをする。
禅によって月子に根付いた深い呼吸が、身体の芯を温めてくれる。
「・・・わかった」噛みしめるように頷いた。
あらゆる体験を前提にして、月子の内面が変化しつつある。
変わることを恐れるな。自分から飛び込むのだ。
刀身を布地で拭い、もう一度正眼に構えた。
ただし、今度の月子は残された腕だけで構えている。
切っ先が月のように、綺麗な弧を描くのを想像する。
「できるよー。月子さーん!」葵が言う。
「だから、声が大きいって」すずの注意が入る。
「えーいいじゃん!」
「また落としたら困るから」結希は心配性だ。
「また、拾えばいいんだよ」
もう二度と落としたくはないが、
もしかしたらキーラの言う通りかもしれない。
「ファイトー!!」
みんなに支えてもらっているおかげで、
躓いてもすぐに立ち上がれる気がする。
「・・・」
返陽月は折れ、左腕はなくなった。
このままではどうしても足りない。
しかし月子は、足りないと分かっていながら振ってみることにした。
始めて子ども用の竹刀を手にした時のように。
手の平を擦るように、頭を掻くように、大地を鳴らすように踏み込んで。
ひたひたと、雨が降り始めた。
懐かしい鈴の音が聞こえる。
「きた」
月子は雨を掌で掬うと、返陽月の刀身を撫でた。
雨水で形成された切っ先が姿を現す。
「すごい。月子さん!」
「いいよっ。月子!!」
お祭りの合いの手みたいな、結希とキーラの声が聞こえる。
喜んでくれて、月子も嬉しい。
勢いもそのままに刀を振ってみた。
しかし、水の切っ先のせいで、刀が重い。
片腕の筋力だけでは、肉は斬れても骨を断つまでには至らないだろう。
構えを解いて、キーラを見た。
「今のじゃあ、だめなの?」
キーラの問いに、ゆっくりと首を振って見せる。
「うん。
片腕じゃあ、力が足りなくて」
「そっか。
その義手じゃあ、力をうまくフォローできないのか」
視線を足元にうろつかせる。悔しい気持ちでいっぱいだった。
葵が挙手をする。
「形だけでもいい。もっとゆっくりでもいい。
こだわらずに、動いてみて」
「ゆっくり? でも、それじゃあ斬れない」
「斬らなくても」
葵の何か確信的な言い方に促され、
自分にできる動きをいくつかやってみる。
それこそゆっくりと。
わずかな身体のブレはあるが、どうにかうまくできた。
「おー」「すごー」
すずとキーラに拍手されて、恥ずかしくて俯いた。
葵が律儀に挙手をした。
「月子さん。
あの、刀をしまってから、そのまま引き抜くときさ」
「うん」
「動きもオーラもとってもいい感じ。
ね、すずちゃん」
「剣術のことはあんまりわからないけど、
すごくスムーズで、綺麗でした!」
多分、2人が言っているのは、抜刀術のことだ。
鞘から引き抜く時はもともと片腕なので、
わずかばかり滑らかにできたのかもしれない。
今度はキーラが手を挙げた。
「今の月子は力とスタミナが少ない。
刀を扱うときには、一番得意な動きに絞った方がいいと思う」
キーラの言葉は月子に衝撃を与えた。
月子は自分でも気付かないうちに、
全ての技を使えなくてはいけないと思っていた。
「得意な動きに絞る・・・」
キーラが微笑む。
「月子の得意な技は、どういう動きなの?」
「得意かはわからないけど、好きなのは、これ」
それは産土流独自の抜刀術である。
だがこの動きも、両腕があった時と比べて、
とてもじゃないが十分とはいえない。
「なるほどー。
刀を抜くのには、鞘を持った手の動きも重要なんだね」
「葵ちゃん、そこまでわかるの?」
月子が驚くと、葵がつけていないのに眼鏡を上げる仕草をする。
「わかるわかるー。
月子ちゃんのイライラしたオーラが見えるから。
うふふ」
嬉しそうな葵の隣で、すずが目を細める。
「あんたの『目』って、なんだか趣味が悪いわね」
「ぎゃあー。すずちゃんっ
なんてこと言うんだ!」
キーラが光の輪にメモを取ると、
「いいこと思いついたよ。
どうにかなるかもしれない」満足そうに笑った。
「もう一回見せてよ」
月子はみんなの笑顔に押されて抜刀術を披露した。
「ほうほう」「ふむふむ」
「すごーい」「きれいねー」
月子は一通り見せると、頭を下げた。
「だめだー。
今までと全然違うから、どうしてもイライラしちゃう」
「えーだめなのー? きれいなのに」
葵が両足をばたばたさせる。とっても可愛い。
「もっとやってくださいよー」
すずはもっと月子の動きを見たいようだ。
「月子さん、すごく上手ですよ」
結希はとにかく褒めるだけだが、とても安心できる。
「僕も、いいと思うよ」
キーラは普段厳しいので、いいと言われるとくすぐったい。
月子はついついいい気分になってしまう。
「えへへー。
そうかなぁ?」
月子は調子に乗って、返陽月を振り続けた。
何だか楽しくなってきた。
りーん。りーん。
鈴の音も、さっきからひっきりなしに聞こえてくる。
月子よりも、水の力が勝ってくる。
そうか、体中を循環する血液だって水なのだ。
「全部正解だと思い込んで!
今の月子が、最強なんだってっ!!」
キーラの叫び声はほとんどひっくり返っていた。
なんだかじんときて―――スイッチが入った。
自分の中で、すごい力が生まれる気がする。
確信はないけど、どっちにしろ時間をかけて考える暇なんてない。
力をもっと集めなくては。
葵とすずが持っているペットボトルから、水が噴出する。
「ぎゃあ冷たっ」
水は周囲の水分を巻き込んで、返陽月の刀身に集まって凝縮する。
振動する柄を握力で抑え込み、月子は水の刀身を鞘に納めた。
心技体が揃ってこその剣術であるが、今の月子には心しかない。
だから、こころだけは負けないでいく。
「やあああああああ!!」
こころだけで抜いた刀には、勢いがあった。
圧縮された水の力が前へ押し出してくれる。
鞘を支えていた義手が、圧力に負けてへしゃげて吹き飛ぶ。
そのまま振り抜け。
太刀筋は三日月を描き、返陽月から離れて飛んだ。
「・・・へ?」
三日月が休憩所の屋根を真っ二つにする。
「ぎゃああっ!」キーラがカメラを放り出して休憩所から逃げ出す。
「うぎゃああああ」葵が頭を庇いながら走った。
「どあああああああ」
腰を抜かしたすずを、結希が抱えて飛んだ。
皆が避難した直後、休憩所は完全に崩れ落ちた。
「・・・え」
「・・・」
「・・・」
返陽月を振ったポーズのまま硬直していた月子は、
ゆっくりとみんなの方を向いた。
全員が目を見開いて、腰を浮かせる。
「月子。
おおおお、おちついて、とりあえず、刀をしまって」
キーラの語尾が震えていた。
「ご、ごめんなさい。
こんなことになるなんてっ」
月子が勢いよく頭を下げると、
みんなから「どわぁー!!」と悲鳴が上がった。
全員が物陰に隠れ、おずおずとこちらを見る。
「ゆ、結希ってば、ちょっと行きなさいよ」
「な、なんで僕が・・・」
「だ、だって月子さんがまたあれやったら死ぬでしょ」
「僕が死んでもいいってのか」
「あんたは『麒麟』で避ければいいでしょうが!!
さっさと行け!」
物陰から押し出された結希が、
本当に『麒麟』を身に纏いながらこちらにやってくる。
結希にひょい、と返陽月を取り上げられた。
「ごめんね月子さん。
ほら、みんなもう大丈夫だよ」
結希が声を背後の皆に声をかけるが、誰も物陰から出てこない。
「つ、月子さんすご過ぎでしょ。
ヤバ過ぎでしょ」
「私は、キーラくんが煽ったのが駄目だったんだと思うわ」
「う、うん。気をつけるよ。
それに今後はもっと離れて見守ることにしよう。
100メートルくらい」
だめだ、完全に怖がられている。
「ま、まぁ、水を使えばすごいことが分かったんで、
よかったですよ」
結希がよくわからないフォローをしてくれる。
そんな彼も、まだ『麒麟』を解いていない。
「は、はいぃ・・・」
その後みんなが安心するまで、
月子はなかなか刀を握らせてもらえなかった。
ありがとうございました。
次話も更新いたします。




