108話 キーラ
キーラは完成品を両手で抱えてみた。
吐き気がこみ上げて来たので、テーブルに投げ捨てて目を背ける。
せっかく作った完成品は、テーブルの上をつるつると滑って、
反対側に落ちた。
「きゃあっ。 一体何?!」
驚いたすずが声を上げた。
床で作業をしていた彼女が、テーブルの隙間からこちらを見た。
「・・・どうしたの?」
「なんでもない」
キーラは震える手を後ろに隠して、ぶっきらぼうに答えた。
「これ、落ちてるけど」
すずは怪訝な表情を続けた。
「しばらくそのままにしといて」
心気を静めるために窓際まで歩き、校庭の緑を目に入れた。
キーラは銃を作った。
オドを使って金属片を射出する銃は、
M16自動小銃と同等の破壊力を持っている。
「・・・」
結局キーラは、戦うためにオドを使うことをソーニャに確認しなかった。
訊けばソーニャは頷くだろう。
キーラの痛みも少しは和らいだかもしれない。
だが、そうやって自分に逃げ道を作ることが許せなかった。
自分の意志で決めたことに逃げ道はいらない。
キーラは戻ると、下に転がっている銃を持ち上げて、
テーブルの上に載せる。
もっと軽くもっと強くすると、決意を胸に作業を再開した。
すずが傍にやってきた。
気の利くすずは、キーラの助手としてはなかなか役に立っていた。
「葵と話したの?」適切な道具を渡してきた彼女に尋ねた。
すずは首を振り、
「話せたけど、ちゃんとは話せなかった。
せっかく暇をもらったのに、ごめんなさい」
申し訳なさそうに言った。
キーラを子ども扱いしていた彼女はもういない。
「いいよ。
いつか言えたらいいね」
「ありがとう」遠慮がちな瞳が伏せられる。
キーラは喉を鳴らした。思案を巡らせるよりも、訊く方が断然早い。
「なぜ、変わったの?」
沈黙は、オドの消費を4分の1に抑える機構をキーラが
思いつくまで続いた。
「私・・・変わった?」驚きを抑えきれない口吻だった。
「そんな風にみえる」
「キーラくんって、人生何週目なの?」
すずは観念したように眉根を開いた。
「・・・私。
自分で言うのも何だけど、みんなに好かれてた」
「そうなんだ。なんで?」
「見た目もいいみたいでさ、よく褒められた。
で、いい気になってたの。 わかる?」
「僕にはそんな経験ないから」
だが、そういう目立つ人というのはいるものだ、ということはわかる。
そっか、とすずは首肯した。
「でもそれは、本当の人気とか、好きとは違った。
今の私が思う、前の私は、とんでもなくイヤなやつで、
本当のものの価値が、わかっていなかった」
すずの説明は抽象的だったが、意味はわからないでもない。
「葵と本当に友達なのか、って聞いたよね?」
「うん。
でもあれは」
すずは目を閉じて、小さく顔を振った。
「違うの。
キーラくんの言う通りだった。
そう思われるのは当然だし」
すずは照れくさそうに、両腕を後ろに回した。
「あの言葉のおかげで、目が覚めた気がする」
「何から?」
訊くと、俯いたすずが指で自分の髪を内側から梳いた。
「くるった価値感」
すずは顎を天に向けるように仰いだ。
「私、潔癖症だったの」
「潔癖症?」本で読んだことがある。
「うん。
私は、私以外のみんなが汚いと思っていた。
だってさ、いじめたり、叩いたり、悪口を言ったり、
それを見て見ぬふりをしたり、みんな平気でするんだもの」
「そうかもね」
キーラが肯定すると、すずは鼻白んだ。
「私もそういう人達の仲間だっていう自覚はあるけど」
キーラは失笑すると、
「うん。
でも、そんなこと言わなくていいよ」
肩を竦めると、すずは複雑そうに笑った。
「それで、どんどん悪化してって。
みんなが触れたものが汚いって思うようになった。
みんなみたいに、汚い人間になりたくない、って思ったのかな。
何かに触れる度に消毒して・・・結構、大変だった」
「だった・・・?」
「うん。
腫瘍持ちになってしまった女の子と一緒にいる内に、
治っちゃたから」
「・・・それは、良かったの?」
「もちろん。
私もみんなと同じくらい。
いや、それ以上に汚かったって分かったし」
すずは全力を尽くした年配ボクサーのように、
清々しい表情をしていた。
「葵と話したいのはそのこと?」
彼女が重力に従うように頷いた。
「葵のことも。ずっと、馬鹿な子だって見下していた。
いじめられるのも当然だって。
だから、キーラの言う通り、私は葵と友達じゃない」
「みんなと一緒になって葵をいじめたの?」
「私は・・・いじめは嫌い。
でも、止めようとはしなかった。できたかもしれないのに」
すずの目から大粒の涙が落ちた。
「でも、何度も助けてくれた」
声は教室の入り口から響いてきた。
振り向くとそこには、葵が立っていた。
「聞いてたの?」
「うん」
間合いを測るように、彼女はゆっくりと教室に入って来た。
内に閉じこもるようにすずが肩を抱く。
「私は・・・葵を見下していた。
私にできることが、葵にできないってだけで」
葵の手が静かに動き、すずのそれに到達する。
表情は穏やかであった。
「私ってば、本当にダメダメだったから、
そう思われても仕方ないかなぁ」
重なり合った手を、すずが握り返した。
「違う。
本当は私の方が役立たずだったの」
光り落ちる涙を見ながら葵が微笑んだ。
「私も、ずっと似たようなことを思ってたよ」
キーラは少し肩の力を抜いた。
切実なやりとりが続いているが、
彼女たちの交流は絶対に良い方向へ進むという確信があった。
「私は居場所をもらった。
ただ助けられて、やっと生きていられる」
すずの罪悪感を、葵の視線がそっと包み込む。
「そんなの、当たり前じゃん」
「・・・え」
「私も、みんなに助けられてここにいる」
「でも、葵はすごい力があるって。
それでみんなを守ってくれるって」
すずの言に、葵が苦笑いを浮かべる。
「それってば、私の力じゃあないのよ。
従者のみんなが助けてくれるだけ」
「でも」言い募るすずの手を、
「すずちゃん」葵が持ち上げて優しく上下に振った。
「私には、絶望的に社会性がなかった。
それに、いつもぐずぐずしてて、はっきりしなかった。
でも、すずちゃんは綺麗で、頭が良くて、人に好かれる魅力があった。
私がいじめられて、あなたが周りに好かれるのは当然だった」
「そんな」俯くすずに葵は恥ずかしそうに笑うと
「で、今の世界になってさ。
今度は私の方に力があって、すずちゃんには無くて。
でも、それってば、すずちゃんに価値が無くなったわけじゃない」
軽快に言ってのけた。
キーラは首肯してから、
「元の世界でだって、葵に価値がなかったわけじゃない。
みんなが気付かなかっただけ」
言うと2人が同時にこちらを見た。
「いいこと言うじゃんキーラ」葵がにやつく。
「所詮、価値なんて、周りや自分が勝手に決めたことだろ」
「そう」葵が人差し指を立てた。
「私もすずちゃんも、価値があるんだよ。
違いなんて、ただ世界と噛み合っているか、いないかだけだもん」
葵らしい答えだと思い、キーラはふっと笑った。
「今の世界でも、葵が噛み合っているとは思えないけどね」
「えーっ!
じゃあ私、どうしたって役立たずじゃんっ」
「ふふっ」大げさに悔しがる葵を見てすずが笑った。
「あ~すずちゃん笑ったっ!!」
「笑うわよ。
あんたおバカなことばっかり言うんだもん」
「泣いてるのも初めて見たっ!」
「私だって泣くわよ。一体何だと思ってるのよ」
すずが肩を竦める。
「まぁ、なんだかわからないけど、
葵がバカなのは、間違いない」
キーラとすずは目を見合わせて笑った。
「なによっ。2人して。
ちょっとキーラ、こっちに並びなさい」
「だめよ葵。
キーラくんは銃を作っているんだから、
騒いだら危ないじゃない」
葵とすずは、すず優勢のうちに言い合いを開始した。
キーラは頷く。
思った通り、この2人は友人ではなかったが、
たった今友人になれたのだ。
すずの表情が、くびきから解き放たれたように輝いて見える。
葵の方も、密かに思っていた願いが叶ったような顔をしている。
「こんなに丸く収まるものなんだなぁ」
2人の笑顔からは、何か奇跡じみたものを感じる。
見ていると、キーラは不思議な予感にとらわれた。
これは、どうにかなるかもしれない。
もしかすると、自分たちは負けないかもしれない。
根拠のない予感に、自然と頬が上がる。
「ふふっ」
機嫌のよくなったキーラは、いつまでも騒ぐ2人を放っておいて、
そそくさと作業に戻った。
ありがとうございました。
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次回は今週末に更新をいたします。




