107話 スカー
意識と無意識の狭間を行きつもどりつしているうちに、
朝が来ようとしている。
世界が明るくなる瞬間は、少しだけ嬉しい。
わずかに身を捩らせる。
不意に眠くなるのを防ぐために座位でいたため、
体中が痛みと怠さで悲鳴を上げていた。
「・・・いたい」
辛いとき、いつも傍に清十郎がいてくれた。
彼に支えられてここまできたが、あと2日耐えられるだろうか。
スカーは校庭がソーニャの手によって見事な庭園へ
生まれ変わるのを見てきた。
それが、どれだけ励みになったか。
だが、今のスカーは、庭園から目を背けるため、
首を下げて、蹲って視界を遮っている。
なぜ、こんなに辛い目に遭っているのか。
詳細には思い出せない。
ただ、やらなくてはならないという楔がスカーの意識を途切れさせない。
スカーはしばしば、セスの幻影を見た。
今も見えている。
彼女はしゃべらないが、決まっていつも笑顔だった。
胸元にビーズが散りばめられた、白のワンピースがよく似合っている。
セス、今日はおしゃれね。
あたしは、何をしたらいい。
朝日の中にいるセスに問うと、彼女が指をさす。
傍らに座っている清十郎へと。
「・・・」
彼はまるで息を止めているかのように静かである。
胸間に湧いた清十郎への思慕と、抜き差しならない孤独感に涙した。
すると―――なぜこんなに早く彼は気付いたのか―――
清十郎が抱きしめてくれた。
こんな姿、本当は彼に見られたくない。
それなのに離れるのが不安で、ずっと傍にいて欲しかった。
相反する気持ちが胸中で錯綜している。
奥歯がかちかちと音を立てる。
どうやってこの苦しさに負けずにいられるのか知りたかった。
いや、勝ち負けでいうなら、スカーはもう負けている。
シャツも下着も満足に履き替えられないし、トイレも1人ではこなせない。
好きな人に依存することでしか、自分の精神を保っていられない。
スカーは、自分が一番なりたくない状態に限りなく近づいていた。
これが敗北といわず、何というのか。
「清十郎」名前を呼んだ。
「ああ」短い返事。
ひとつだけ、彼に言いたいことがあった。
「く・・・・くるしいよ」
絶対に返事はいらない。
望んだとおり彼の返事はなかった。
もしあったなら、スカーは気が狂っていたかもしれない。
沈黙が訪れる。
黙ったまま身を寄せて、テントの隅で時を重ねていく。
朝日が昇るにつれて、世界に光のカーテンが下ろされていく。
瞳に熱いものを浴びたスカーは、反射的に目を閉じた。
その時、彼の声が聞こえた。
「愛してる」
言葉はきっと、誰かに聞かせるためではなく、
自身が決意するためのものだったろう。
張り巡らされた地雷原を走り抜けて、愛が胸中へと滑り込んでくる。
そんな言葉を綴った曲を、セスと歌うのが楽しかった。
こころに小さな火が灯る。
雨風から防ぐように、両手でしっかり守った。
「あたしも」
スカーは私も、の『も』の部分が気に入った。
『も』って、何だかいい響きね。
途絶えそうな意識を保つには、『も』が重要だ。
ああ、そんな奇跡を自分は手にしていた。
春でもないのに、チェリーブロッサムが咲き誇っている。
時に逆らうように、今しかないと命を燃やしている。
スカーはそういうのが大好きだ。
ありがとうございました。
急遽ですが、もう一話更新いたします。




