106話 後編 葵
目を開けると、全てが白く目映かった。
「ぁーっ・・・」
体をベッドに横たえて再度シーツをかぶる。
きつく目を閉じた原因は、
目映さではなく、この場所にある思い出だった。
ひとしきり泣いた後、ベッドから下りた。
背伸びをしてから鏡を見る。
「ああ。
目ぇ真っ赤・・・」
廊下に出ると、三毛虎と銀が出迎えてくれた。
「みんなは?」
3匹とも首を振ったが、仲間達の残したオーラはまだ温かい。
きっとみんな近くにいて、それぞれのやるべきことをしているのだ。
裸足のまま、日の当たる廊下を歩き始めた。
「・・・ふぅー」長く息をはく。
気配を感じて振り向くと、すずが立っていた。
少し痩せていたが、以前と同じ、凛とした立ち姿だった。
彼女が従者達を気にしているのがわかったので、
学校の周囲の見回りをするように頼んだ。
<わかりました>
「うん」
従者達が退くと、すずが腰に手をあてて左足に重心を傾けた。
その仕草をすると、決まってすずは葵への文句を言い始めるのだ。
「体は、もういいの?」
すずの言が想像と違ったので、拍子抜けする。
彼女が近付いてきて『呪視』に抉られた瞼を指さした。
「これ、見えないの?」
「見えない」
三毛が新しいものに変えてくれた包帯に、そっと触れる。
「私を助けるため?」すずの眉が寄る。
「違う」頭を振る。
否定されたことに、彼女は少し傷ついたようだった。
だが、これは真実なのだから仕方ない。
「じゃあ、これは?」
すずは葵の襟元を掴むと、少し引っ張った。
シャツと肩の間に、わずかな空間ができる。
彼女の目には、
銀から授かった『いけにえの印』が見えているはずだ。
「えーっと・・・。
これは、オシャレかな?」
すずが目を細める。「何で疑問形なのよ」
「うそ。ごめん」葵は経緯を簡単に説明した。
「学校にいた頃から、もうあったの?」
「あった」
「ずっと、そんな、ことがあったの?」
すずの疑問に頷く。葵にはずっとそんなことがあった。
毎日が冒険だったのだ。
「まぁね。
てか、すずちゃんは身体大丈夫なの?」
すずが口をへの字に曲げる。
「良いに決まってるでしょ。
見てわかんないの? ばかなの?」
憎まれ口に、葵はうっすらと笑みを浮かべた。
辟易とした様子で、彼女が両肩を上下させる。
「キーラくんが、あんたと一緒にいろって」
「そっか。キーラが」
「あんたはそんなの、いらなかったみたいだけど」
すずが肩の前にかかった髪を、ふわっと後ろに流す。
一緒に窓の外を見た。
こんな何気ない瞬間を、すずと過ごしたかった。
あこがれていた彼女と廊下を歩く。
すずは葵と並ぶのが嫌なのか、ほんの少し後ろを歩いた。
足は自然と、2人が通っていた教室を目指していく。
「なつかしいね」
「でも、ぼろぼろ」
教室には、瓦礫以外何もなかった。
懐かしさが切なさを呼び、その両輪の間で何かが擦り切れていった。
教室に残されたかすかなオーラに、ロックと同じ色があった。
「黒い鳥みたいなのに、全部吹き飛ばされた」
「すずちゃんもいたの?」
彼女は苦しそうな表情のまま、顔を背けた。
すずが言った黒い鳥というのは、間違いなくロックだろう。
彼は此処に来た。葵に会いに。
戻っていく途中で、伊都子と紫にばったり出くわした。
「あ」
顔面を固めた伊都子が、持っていた段ボールを落とす。
「・・・葵ちゃん。
もう起きて大丈夫なの?」
駆け寄ってきた伊都子に、葵は抱きすくめられた。
柔らかくて温かくて、いい匂いがする。
「心配したの。
戻って来てからすぐに寝ちゃったから」
紫が「おてんば娘の復活だな」と明るい声を出す。
「うるさいなおっさん。
あっちへいけ」
頭の天辺らへんにある、2人のオーラは薄い桜色をしていた。
それがゆるゆると動いて、結びつく。
オーラ同士が共鳴している。
きっと2人は、深い絆で繫がっているのだ。
ほーっとオーラに見惚れていると、
「葵ちゃん、まだ調子が悪いんじゃないの?」
伊都子が心配そうに額に触れた。
「熱はないみたいだけど」
「うん。大丈夫。
伊都子さんありがとう」
2人は昼食の準備をするとかで、すぐに離れて行った。
「みんな、ずっと、あんたの話ばっかりだった」
紫と伊都子の背中を見つめながら、すずが呟いた。
「そう、なんだ」
香しい花の匂いに誘われて、すずと葵は校庭へ出た。
「あんた。
これ履きなよ」
すずが上靴をくれる。葵が学校で使っていたものだ。
そっけない態度でこういう丁寧なことをするのが、とてもすずらしい。
「ありがとう」
「うん」
さらりと髪を横に流した彼女と手を繋いで歩きたい衝動を抑える。
校庭には、端から端までたくさんの花と緑が生い茂っていた。
植物達の色とりどりが、目に飛び込んできたことで、
景色が一段階明るくなったような気がした。
それだけでも圧巻の景色だったが、満開の桜が鮮やかさを底上げしている。
此処はまさに、楽園のような場所になっていた。
「あの頃は、歩くことすら嫌だったのにね」
独り言に、「なに?」すずが小首を傾げた。
「なんでもない」穏やかに笑って見せる。
進んでいくと、植物達の放つ様々な色彩のオーラに包まれて、
生命の坩堝へ飛び込んでいくような気分になる。
「こ、こんなことになっていたんだぁ」
「入ってきた時に気付かなかったの?」
昨日結希に言われた台詞を思い出して、葵は紅くなった。
「あの時はそれどころじゃあなかったというか・・・」
植物の間に、細く小さなオーラの軌跡があることに気付く。
植物達の世話をするため、育ての親が何度も通った証だ。
軌跡を辿っていく。
自分よりも背の高いトウモロコシとヒマワリの
横を通り過ぎようとした時、水分を含んだ土に足を取られて転んだ。
「ぎゃっ」よく耕された土は柔らかかった。
「そそっかしいのは変わらないのね」
「ごめん」
すずに手を借りて立ち上がり、先を目指そうとしたが、
視界が緑いっぱいのせいで、軌跡がよく見えなくなる。
困っていると、見慣れた光が近付いてきた。
「あ・・・ベル」
ベルは葵の頭にぶつかると、中空で小さなお尻を左右に振った。
動きを見ていると、何だか挑発されているような気持ちになる。
「こいつ・・・」
追いかけた葵の手から逃れると、ベルは奥へ進んでいった。
彼の後に続き、景色の奥にソーニャを見つけた。
「あ」
前に踏み込もうとした足が止まる。彼女の指先に原因があった。
泥だらけな指先には、糸のように繊細な命の支流が幾重にも編まれている。
ソーニャが呼吸をする度、鼓動が波打つ度に、
指先から土と植物達へ向かって、生命の息吹が流れ出ていく。
ソーニャの力は、『緑の指先』を中心にして無限大に広がっていく。
人が海に入って、魚以上に海に馴染むことなどできないように、
人が緑と一体になることなどできない。
だが、ソーニャにはできる。
生き物の放つ本質的な色を捉える葵の『目』が、
ソーニャが植物以上に、植物然としているのを見た。
それがどれだけ凄まじいことか、葵にはわからない。
ソーニャの小さな頭から、菜の花色をしたつむじ風が吹きあがった。
まるで植物達が天を目指して伸びるように。
「すごい」
菜の花色のオーラは上空へ向かうにつれ、
空を覆いつくさんと、どんどん外へと広がっている。
「わぁ・・・」
ベルが菜の花色のつむじ風に向かって飛んだ。
彼は目を閉じて、気持ちよさそうに巻き上げられていった。
他のオド達もと同じく、ソーニャに近付いては巻き上げられていく。
まるで滑り台で遊んでいる子どものようだ。
それを見た葵は、ソーニャが世界を作り上げているとすら思った。
彼女はいまや人知を超える、驚異的な生命力の根源と化していたのだ。
「ソーニャ」
「あおいー」ソーニャがこちらに気付く。
肩に菜の花色の風が触れた。
緑の葉や色とりどりの花びらが、歓迎するように頬を撫でていく。
前髪をしっとりと濡らして、少し日焼けをした頬を上げて、
ソーニャがやってくる。
屈んで待つと、『緑の指先』が葵の顔に触れる。
瞬間、『真実を見通す目』に、『緑の指先』の内部が映った。
惑星と流星、命の生み出す力動、弾けるような歓喜、
太陽と水と時間が高速回転している。
ソーニャの指先が映し出す超越した景色を前に、
筆舌しがたい感動はあっても、恐怖は微塵も感じない。
力の強大さと、恐ろしさは必ずしも比例しないのだ。
「ああ、ソーニャ」感動して涙が落ちそうになる。
抱きかかえると、シャツから伝わってくる体温が熱かった。
「葵―。
おかえりー!」
太陽と真っ青な空を背景に、菜の花色と桜色、
蝶のように飛び回るオドと、顔からはみ出そうなソーニャの笑顔がある。
何をしたら、こんなにたくましく成長するのだろう。
「どこに行ってたのー?」
「ちょっとそこまで」
「ふーん。
ソーニャねー寂しかった!!」
ソーニャの手には、つるりと光る林檎があった。
「リンゴあげる!」その純粋さが目に染みた。
そうしているうちに、オドがどんどんソーニャの周りに集まって来る。
「わわ」
葵やすずの周りにも群がってきて、服や髪の毛を引っ張られる。
「こらこらみんな」ソーニャは優しくオドに触れると、
「遊んでおいで」と中空に飛ぶよう促した。
言われた通りに、オドたちが離れていった。
葵が唖然としていると、
「ふふ。
みんな可愛いでしょ?」
ソーニャが太陽のように笑った。
細くてしなやかで、柔らかい髪に触れる。
「オドと仲良くなったの?
すごいねぇ」
「ソーニャすごい?」
ソーニャが褒めて欲しそうにしていたので、
望まれるままに口を開こうとした。
しかし、その時確かな存在感をもって、
ソーニャの顔がわずか憂いに落ちる。
「私、思ったの」
声のトーンが少女ではなくなった。
凛々しさの含まれる声色が、血の通った決意を表明している。
「うん」
葵は震えながら返事した。
「クロエがいなくなって、みんなが怪我して。
だから私・・・・たくさんみんなを育てようって思ったの」
たとえ目を閉じていたとしても、葵には分かっただろう。
ソーニャはクロエの死を昇華させ、自らの力に変えたのだ。
「私もこの子達と戦うから」
葵はゆっくりと、だが強く頷いた。
ソーニャはもう、一方的に守られる存在ではない。
◇
「そっち」
ソーニャが指した方向には、暗闇に浮かぶ月のような存在感と、
空間を裂くような雷の気配があった。
あっちに、2人がいる。
ソーニャに別れを告げて、
校門の外に出ると、水の流れる音と木と土の匂いがした。
導かれるようにガードレールに手をついて下方を覗いた。
河川敷に結希が座っているのを、『目』でしっかりと見た。
背を向けているので表情は見えないが
彼の足元でぽこぽこと弾ける金色の泡があった。
それはリラックスした集中を想像させる。
金色の泡は弾けた瞬間、線香花火のような雷を生じさせる。
線香花火が何かの輪郭を浮かび上がらせていく。
それは、金色の竜であった。
「あれは・・・『トールの雷竜』」
『雷竜』は静かに結希の近くに佇んでいる。
そこには以前からあった、赤色と黒色の濁りは無い。
結希と『雷竜』の間にあるのは、曇りなき静寂である。
『雷竜』は身をくねらせながら、気持ちよさそうに空を泳ぎ始める。
「き、きれい・・・」
その時、音が聞こえた。
りーん。りーん。
音は、実際に聞こえたわけではない。
プロの楽器奏者が、楽譜を見た瞬間その旋律を想像できるように、
葵は目の前にあるオーラを見た時、聞こえたような気がしたのだ。
結希の隣にすらりとした影がある。
彼女の姿勢は結希よりもまっすぐで、
まるで天から糸で吊るされているように見えた。
底が見えるほど透き通った水面を、魚が跳ねる。
ここの川は、こんなに綺麗だっただろうか。
跳ねているのは魚ではなく、水だった。
水は生き物そのもののように、複雑なオーラを身に纏っている。
命を吹き込んだのは、月子と、月子の持つ返陽月である。
吸い込まれるように川上を見た。
虹色の鯉が水面を飛び跳ねながら、こちらへ泳いでくる。
鯉の両脇に、2つの雷が現れた。
葵にはそれが何なのかすぐにわかった。
虎のような姿に、背中に3本の模様を背負っているのは『雷獣』。
馬のような四肢に大きな蹄、後ろに流れる長い鬣をもつのは『麒麟』である。
虹色の鯉が大きく跳ねると、水面から数えきれないほどの水魚が生まれた。
水魚達は鯉の動きに合わせ、尾ヒレを振り回して泳ぐ。
そこに『雷獣』と『麒麟』が交差するように突進した。
水と雷がぶつかり合うと、力は混ざり合い、やがて舞踊が始まった。
水が先に跳ねていき、雷の手を引く。
勢いを増した雷はやがて水に並走するようになる。
それは『雷獣』『麒麟』と、虹色の鯉だった。
静かな川辺を舞台に、力は目にも止まらぬ速さで縦横無尽に走った。
「すごいっ」思わず叫んだ。
「・・・ん?」
葵の声に気付いて、結希と月子が振り向いた。
同時に舞踊も終了する。
「あ」
咄嗟にすずの後ろに隠れようとしたが、間に合わなかった。
月子と結希は中途半端な姿勢のまま、じっと葵を見つめている。
「・・・」
「・・・」
「なんなの、これ?」
後ろにいるすずが呟いたことで、しばしの沈黙が終わった。
「葵ちゃんっ」月子が叫び、走り出した。
だが彼女は、「ぶわっ」こちらに向かう途中でこけた。
「わー。大丈夫?!」
葵は慌てて月子へ走り寄ると、膝をついた。
「大丈夫? 月子さん」
「心配したんだからっ」
顔を上げた月子は顔を真っ赤にして泣いていた。
「ごめんなさいっ」葵も一緒に泣いた。
こちらを見下ろす結希は、嬉しそうに笑っていた。
◇
2人がしていたのは、禅というそうだ。
「お坊さんがしているやつ?」
葵が訊くと、月子は「そうそうっ」月子は何度も頷いた。
失った腕の痛々しさを感じさせないほど、彼女の声は明るい。
試しに葵も禅とやらをしてみることになった。
「あなたも」月子がすずに声をかけるが、
「私はいいんで」とそっけない返事をする。
結果だけいうと、葵に禅はよくわかなかった。
「えー。すごくいいのに」結希がどや顔を浮かべる。
「うっさいなぁ・・・できないのよ。
なかなか」
禅をしている時の2人のオーラは凄まじかった。
確かな効果はあるのだろう。
「あう人とあわない人がいると思う」
月子がフォローしてくれたので、
「月子さん優しいっ」
月子にハグをしてから、結希には舌を出してやる。
みんなで校舎へ戻ることになる。
結希曰く「葵に見せたいものがある」だそうだ。
4人は技術室に到着した。
なんでもここは、キーラの研究室だそうだ。
中央のテーブルの上に、キーラが座っていた。
「ああ。すず。やっと戻って来た。
忙しいんだから、はやく手伝ってよ」
「はいはい」
すずがキーラの周囲に置いてある金属片を段ボールへ片付け始める。
「こんなに散らかして」すずがうんざりした様子でいうと
「片付ける暇なんてないんだよ」キーラは悪びれもなく言った。
「キーラ」
葵はこちらに視線を合わせようとしないキーラへ、
おずおずと声をかけた。
キーラは本の角からわずかに目を出して、こちらを一瞥する。
冷たい視線だ。
「き、キーラってば、返事くらい・・・」
「僕はすぐ隣の部屋にいた。
サキ、伊都子、ソーニャ。月子や結希に会ってから、
ようやく来た葵が、僕に何の用なの?」
結希が小さく笑う。
キーラが葵の真上を指さした。
そこには音もなく飛ぶドローンが浮いていた。
「え・・・気付かなかった」
ドローンはプロペラではなく、
不思議な光を浮力にして飛ぶようだ。
「全部見てたんだ」
「言ってくれたら良かったのに」
葵は手を広げながら、彼の元へ向かった。
「葵の方が、僕のところに来るべきだろ」
彼の一人称が、俺から僕に変わっているのに気付く。
年相応でいい感じ。
「ごめんね。キーラ」抱きしめて謝罪する。
それでもキーラは唇を尖らせていた。
「話しかけたのに、無視しただろ」
キーラは怒っているのではない。寂しかったのだ。
表面上は見せないが、葵だけが彼が寂しがり屋なのを知っている。
「ごめんね」
彼の体を揺すると少しだけ口元が弧を描く。
たくさんの皮肉を言った後、ようやくキーラは許してくれた。
「これ」
キーラに渡されたのは、ひし形のイヤーカフだった。
「これってば、なに?」
「インカムです」月子が自分の耳を指さす。
彼女も同じものをつけていた。
「離れていても、これで会話ができます」
「え・・・すご」
「しかも、これは話したい相手と自動で繫がる」
なぜか誇らしげに説明する結希に目を細める。
「ふぅーん・・・・どういう仕組みで?」
キーラがにやりと笑った。
「葵はおばかさんだから、説明してもわかんないよ」
「ぐぬぬぬ」
馬鹿にされたのは癪だが、自分が大変馬鹿なことを
しでかした後だったので何も言い返せない。
「オドを一度充填したら、1日はずっと使えるからね。
あと、これ。月子に」
キーラが細長い部品を持ち上げて、月子に渡した。
黒光りしている部品は細長く、途中で節のようなものがあった。
「これ、なんなの?」
訊くとキーラは「義手」と短く言った。
「注文通り、腕と同じ重さにした」
上着を脱いだ月子の左腕には、
ひじ関節の手前から失われた腕の先端に、
何かが刺し込めるような端子がついていた。
端子と端子を向かい合わせると、金属音とともに義手が装着された。
キーラが端子の辺りをドライバーでいじって微調整をする。
「できた」
月子が腕を持ち上げてみせる。
「職人さんみたいだなぁ」
結希が大きな声を出したので、キーラが口を尖らせた。
「大したことない。まだ試作品だし」
「すごいなぁ。音がしないで飛ぶドローンだけじゃなくて、
義手まで作るなんて」
結希がさらなる賛辞を伝えると、
キーラが耳を赤くさせてそっぽを向いた。
気恥ずかしいのだ。
「結希。
月子の義手に鞘を取りつけるのを手伝って。
簡単だけど、まだ試作品だから、片手では付けられない」
結希が月子から返陽月を受け取り、義手に取りつける。
「義手はオドを燃料にして、ある程度動く。
だけど、強度は低いから気を付けて。
希望があればすぐに言うこと」
月子は頷いて、教室の後ろの方に行った。
刀から鞘を抜く手順を何度も繰り返し始める。
義手が月子の意志で動くということだったが、
まだ思うようにとはいかないようで、月子の動きはぎこちなかった。
「キーラくん。
義手を、もっと自由に動かしたい」
月子の言い方は柔らかいが、表情は真剣そのものだ。
「鞘と義手が一体化しない方がいいってこと?」
「そうだけど、それだけじゃない。
腕が作れる角度が狭くって」
「そんなはずないよ。だって―――」
月子とキーラが義手について細かな話し合いを始めた。
やりとりを見ていると、不意に結希と目があった。
みんなが変わっていく。とてもいい方向に。
「葵も何かあったら、どんどん意見を出してね」
彼らが作る流れというか、うねりみたいなものが、葵には『見え』た。
「うん」笑顔で応える。
もっとみんなで話そう。もっとみんなと関わろう。
「結希。
お腹空いた」
「なるほど、記念すべき意見の第一号が、
お腹空いた・・・と」
「仕方ないじゃん」
「ふふっ」
言葉は自然と広がりをみせていく。
間違いなく、とてもいい方向に。
ありがとうございました。
次話はまた来週末に更新をいたします。




