第14話 小型聖杖の応用と旅立ち
召喚状が届いてから数週間というもの、日を追って寝相が悪くなるクリフに悩まされながら、オービスと体力作りに励んだ。
また、小さい聖刻杖であれば大きな神力も必要ないことから、制作過程をマニュアルに落として誰でも作れるように作業標準化をはかり、私個人の希少性をなくすことに尽力した。これで少なくとも教会に所属するビショップであれば、聖刻杖くらいなら作れるはずだから、聖刻杖を理由に召し抱えられることはなくなったと思いたい。しかし、
「また、新たな発明をしてしまったわ…」
体力作りをする際にヒールやリジェネレーションを多用するうちに、前世でヒールは自分か他者のどちらか一方しか掛けられない制限で不覚を取ったことを思い出し、複数の聖杖を使った結界で回復フィールドを作り出すことで擬似的な同時回復を実現できてしまった。
仕組みとしては周囲に六芒星を描くようにして結界専用の同期聖杖を配置して、聖属性の魔法陣を発動するというものだ。普通のヒールより五十パーセント増の神力を必要とするけど、二回かけるよりはお得だった。
そして同期聖杖の応用は戦闘だけにとどまらない。
「この聖杖オーブン・レンジやべぇな。マイクロ・セイクリッド・フレイムで簡単にピザが焼き上がってしまう」
訓練が終わって昼食にと作っておいた冷凍ピザを解凍してアツアツの状態で食べるオービスは、感心した声をあげる。
「私も聖杖にこんな可能性が眠っていたとは思わなかったわ」
電子レンジも真っ青。人差し指ほどの小型同期聖杖を六本使用して出力を絞った聖なる炎のフィードを金属の箱の中で発生させれば、常人の神力でも、あっという間に殺菌や魔素の消去まで出来た聖別されたステーキが焼き上がってしまうことに気がついてしまった。大きさを調節すればパンやクッキーだって焼けてしまう。ついでに言えば、同期聖杖で氷結結界を発生させるものに換装すれば冷凍庫に早変わり!
教会に在籍していた頃に神力でこんなことをしていたら、ものすごい勢いでお説教されてしまうだろうけど、一度知ってしまったものはやめられない。アルルが便利魔法を私の目の前で使うから悪いのよ。
この調子で出力を絞った神力を応用すれば、神風エア・バイクで空が飛べるかもしれない。空を飛ぶのは流石にパワーの問題で利用者は聖職者に限られるだろうけど、少なくとも私は飛べるでしょう。
「そんなことより、ようやく体力がまともな水準に戻ったわ。今なら、百人や二百人に囲まれたところで返り討ちにできそうよ」
「そうだな。俺もかなり全盛期に近い動きができるようになった。腹も凹んでアルルにも好評だ」
そう言ってアッハッハと互いに笑うと、オービスは急に真面目な表情をして頭を下げてきた。
「それよりすまねぇな。結局、クリフに頼ることになっちまってよ」
「いいのよ、オービス。この一ヶ月、エリシエールちゃんとお菓子を作ったり、ベッキーさんやカミラさん、それにシェリーさんとギルドのお仕事をしたりして、普通の生活というものを堪能させてもらったわ」
前世では幼い頃から鍛錬を続けて魔獣を倒して魔族との戦いに明け暮れる日々を、今生では魔杖職人になれず鬱屈した毎日を送っていた私が、ここにきて明るく人間的な生活を送ることができたのだ。身体的に大人になった後に再び制限のある生活を送ることになったとしても、ここで過ごした毎日は忘れることはないだろう。
◇
秋に差し掛かり広葉樹が赤く色づく頃、クリフの実家のハイデルベルク侯爵家から迎えの馬車が来て王都に向けて出発することになった。
「若様、お迎えにあがりました」
「若様はよせ、クリフでいい。それにしてもお前が来るとは思わなかったぞ、ヴィード」
ハイデルベルク侯爵家に仕えるヴェルゼン家の嫡子ヴィードは、昔と違って今は執事のような格好をしていた。今は三十代後半くらいのはずだし、父親のバラードさんが隠居して本当に執事でもしているのかもしれない。
「クリフ様から家に戻ると手紙が届いて旦那様も奥方様も大層お喜びで、気が変わらぬうちに縄で縛ってでも連れ帰るようにと下知を受けております」
ヴィードの言葉にクリフはやれやれといった風情で腰に手を当てて頭を掻いた。その二人の近くに寄ってきたオービスとアルルに気がつくと、ヴィードは二人に軽く会釈をする。
「おう、ヴィードじゃねぇか! 久しぶりだな!」
「これはオットー様にアルシェール様。この度はクリフ様を説き伏せていただき感謝の念に堪えません」
「あら、クリフが心変わりしたのは私たちのせいじゃないわよ」
そう言って意味深に私の方に視線を向けるアルルに、ヴィードがこちらを向いた。とりあえずクリフにバレないようにと初対面を装ってヴィードに近づきながら挨拶をする。
「はじめまして、ヴィード様。私は聖杖職人をしておりますアメリア・ローレンスと申します」
「これはご丁寧に、私はハイデルベルク家で執事をしておりますヴィード・ヴェルゼンでございます。私のことはヴィードとお呼びください」
しかしヴィードは挨拶したあと黙り込んで私をまじまじと見つめ、それからアルルの方に振り返った。しかし、アルルは表情を変えることなく微笑を浮かべるばかりで、その思惑は見えない。
まさか、何も言っていないのにバレた? そんなわけないわよね。私はただ単に無難に挨拶をしただけだし。ヴィードも今では侯爵家の執事なのだし、貴族家から見たら粗相な振る舞いでもしていたのかしら。
不安に駆られる私を尻目にヴィードは後ろに立つクリフの方を向いたけど、私からは二人の表情は影になって見えない。やがて私の方に再度振り向いて挨拶を終えると、ヴィードは顔に手を当てて天を仰いでこう漏らした。
「なるほど、これは予定を大幅に変更しなくてはいけなくなりましたな」
「なによ、大幅な予定の変更って」
そうアルルが問いかけたその時、馬車から降りた若いメイドがクリフに向かって駆け寄って声を上げる様子に、その会話は中断される。
「クリフ様! クレアです、お元気にしてらっしゃいましたか!」
そのまま抱き着こうとしたクレアさんの肩を、クリフは両手で掴んで押し留めていた。
「クレアか、私は特に変わりないよ。しばらく見ないうちにずいぶんと大きくなったね」
「あーん、クリフ様のいけず! 小さい頃はヴィード叔父様と一緒に高い高いってしてくれたじゃないですか!」
「ははは、それは大人になったクレアでは無理だね」
そんな二人の様子を見たヴィードは、アルルに向かってこう告げる。
「本人が考えた作戦名をそのまま使って申し上げますと、『クリフ様をクレアの魅力で籠絡して王都に繋ぎ止めちゃうぞ! 大作戦』の大幅変更です」
そうして肩を竦めながら答えたヴィードの言葉に、アルルの笑い声が秋晴れの空に響き渡った。





